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 夜酒 ~君の香りに溺れて酔うも酒の所為か~


 独りだったとしても、彼女のことを想いながら月を見て、美味しい酒に酔わされたらばそれは幸せなことなのだろう。

 満たされていく心地がすることなのだろう。

 その理論は考えられないでもなかったが、彼女が隣にいない、独りということを僕には想像できなかった。

 彼女に出会ってしまったせいで、今の僕は孤独というものを教えられてしまった。

 寂しいという感情さえ植え付けられてしまったからね。


 酒の美味しさはそれなりにわかってきたつもりだけれど、だからといって、それが彼女のいない世界を想定しても耐えられるほどに、僕の心を強靭、あるいは狂人にするとは思えなかった。

 それほど僕が酒を愛していないせいなのだろうか。

「僕も、素面でも隣に大切な人を感じられて、心から幸せでいられた頃には、それほど酒を愛してなどいなかった。それが、喪ってしまってからは、すっかり僕の心の穴に滝のように求められるようになってしまって……ね」

 そのように言われてしまうと、どうしたってどきりとしてしまった。

 彼女を喪ってしまったら、同じようになってしまうと僕も思わないではいられなかったからだ。


 彼女だったらばそうはならないだろう。

 それは彼女が僕に依存するほど愛していない、愛の力が弱いのだとか愛が小さいのだとかそういうわけではなくて、執着しないではいられない甘えん坊の弱者ではないというだけだ。

 しかしこれはまた酒に逃げた彼を非難しているわけでもなく、ただ僕は自分を見ているようで怖かったのだ。

 死や孤独への恐怖が蘇ってくるようだった。


 横からの視線を感じないではなかった。

 何を言うべきかわからないで、言葉を探すべく、彼女は僕を見つめているのだろう。他意はないに違いない。

 逃げるのを好としないとして、それだって僕と彼女とでは育ちが違うのだから、……僕が弱いことへの言いわけだとはわかっていても。

「んなことされたって、嬉しかねぇべよ。あたしゃっちゃじゃったら嫌なんだべんげど、そういうもんでねぇんがな。田舎もんで賤しあたしゃがおかせぇんがもせんねが」

「あまりはっきりと言いすぎることが、正しいこととは限りませんよ」

 聞こえていなかったのか、訛りで聞き取れなかったのかはどちらにしても、幸い彼に伝わってしまってはいないのだろうか。


 勝手に僕が彼のことをわかっているような顔をすることは間違っているかもしれないけれど、もし彼が抱えているのが僕と同じ種の弱さだとしたら、彼女が言うようなことは理解していると思う。

 望まれていないことを理解していて、自分のためにそうしないではいられないものなのだ。

 そしてそれを他人に言われることを望まない。それを大きく恐れ、嫌がる。

 自分の中で大切な人の死を認めることで、自分で殺してしまうことになるのが嫌なのだ。

 認めたくないで、逃げている期間がほしいのだろう。

 片が付いたと心に告げられるのは自分だけだから、よっぽどそれが怖いことだから、他人に言われることが怖くてならないのだ。

 僕が考えて彼女を止めている間にも、呑み始めた彼はすっかり聞いていないようだった。



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