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記憶喪失 ~一方通行の恋心~
兄「記憶を失ってしまったらば、また生まれ変わったかのように、全てをやり直せるものなのだろうか」
弥「そんなはず、……ないじゃないですか。失うばかりで、そんなポジティブな意味……っ!」
兄「あ、すみません、そういうつもりではなかったのです」
弥「気付いてから無理に笑顔を作って、愛想を振り撒こうとなさらなくて結構ですのよ? さすがに今更ではありませんか。こちらも悪いことを言いましたわね」
兄「お言葉に甘えて、普通に話させてもらう。それにしても、傷付いていただろうに、すまなかった。デリカシーがなかったな」
弥「いえ、構いません。構いませんの。過去は過去、今は今、未来は未来で、全部を楽しむつもりですもの。いつまでも縛られていないって決めたから、ポジティブに考えるって決めたから、……いいの」
兄「そうか」
弟「記憶喪失って、どういう感じなんですか? それまでの自分がいなくなってしまうのだとしたら、それは、とても怖いことではありませんか」
春「自分が何者かわからないことは、ええ、とても恐ろしかったです。愛おしい女性のことを忘れてしまったのだということは、今でも胸が痛みます。それまでの自分が大切にして、それまでの自分を信じてくれた、そんな人を裏切ってしまっているのだろうということは辛かった。彼女の傷付いた眼を、まだ忘れられません」
弟「一度は愛した人を、もう一度恋することはできないのですか? 自分自身は、記憶がなくなったからといって変わるものではないではありませんか」
春「そうだったら、どれほどよかったことでしょう。嘘で愛を告げたなら、かえって彼女を傷付けることになってしまうだろうと思ったから、突き放すしかないと思いました」
弟「……夢ならば」
兄「弟よ、歌っちゃ駄目だよ」
矛盾 ~刹那の永遠~
弟「前に会ったときに、美味しいって言ってくれましたよね。お金持ちみたいでしたし、これはたくさん買ってもらえるかもしれませんよ」
兄「商人だね。お客様への感謝は忘れちゃいけないよ」
弟「感謝はしています。ちゃんと商品の味で買ってくださるお客様に、感謝をしないはずがないではありませんか。たくさん、たくさん買っていただきたいと思うのは、お金のためばかりではありません。味にも自信があるからです。お父さんから、もっと前のご先祖様から受け継いだ、大切な味なのですから」
兄「そうか、そうだね。して、何が言いたいんだい?」
弟「何というわけではありません」
兄「誇りがある。宣伝は、もう十分かな。もうお前を傷付けたくないし、味に自信があるって言うのもそうだし、潮時だね」




