8 ゆきと明と直実 神心力の呼称で揉めるのこと
前回までのあらすじ
雪村ゆきは田舎の高校一年生。
ある日出会った半透明の神様に教えられ、超人的な能力を身に付けました。
そして神様に命じられ小国紙同好会を作り、他の能力者を集め始めます。
ゆきの努力の甲斐あって、吉田六郎、小国沢明、山野田直実の三人が仲間になってくれました。
さて、それから物語は一体どうなるでしょうか?
山野田直実が小国紙同好会に入って数日経った放課後、会員達は性懲りもなく、自分たちの持っている超能力の呼び方について、何度目かの議論を始めていた。それは紙同会内で仰々しくも、[超能力呼称問題]といわれるようになっていた。もっとも、主に議論をしているのは、雪村ゆきと小国沢明の二名だけであったが。
その日の午後五時は雨が降っていて、すでに外は暗かった。木造の校舎は雨音がよく聞こえた。
「・・・だから、今後の活動の幅を考えれば[ソウルパワー]って言い方がいいんだって。」
「そんなことない。[御魂の力]のほうが正統性がある。初めはとっつきにくいかもしれないけど。正しく力を理解するには断然こっち。」
「初めのとっつきにくさが致命的だろ。何度もいっている。世の中の移り変わりは早い。それに分かりにくい以上にダサい。年寄りのセンスだ。」
「ダサくない。私たちが継承するべき真っ当な感覚よ。それに分かりにくいのは明君が分かってないからかもしれない。」
「俺は分かってるって。ただ正統とか継承とか、かっこ悪いだろう。」
すでにいつものようにゆきと明の議論は喧嘩腰になっていた。
外部顧問の吉田六郎はそれを夫婦喧嘩と名付けていた。彼はその喧騒をよそに窓際の椅子に座って壁を見つめ、物思いにふけっていた。まるで六郎の形をした置物のようだった。小柄な直実は、議論中の二人と同じ机に向かって静かに座っていた。
堂々巡りをする議論に飽きたふたりは、何度目かの沈黙に入った。そして、そのうち沈黙にも飽きてくるはずであった。会室にはしばらく雨の音だけが聞こえていた。
突然直実が小声で言った。
「あの、意見があります。」
一同は、あいさつと相づち以外ほとんど数日振りに聞く直実の声に驚いた。
「ナオナオ、どうしたの?」
「直実、なんだ。」
直実は注目を浴び緊張した素振りを見せたが、しばらくしてまた口を開いた。
「お二人の意見は、よくわかります。ユキユキはミヤさんが昔から使っていた呼び名が大事で、小国沢君は今の人に分かりやすい呼び名が大事だということ。」
だんだん直実の声が小さくなる。
「どちらも大事なことだと思います。でも私は、」
直実の声が小さいので、ゆきと明は直実の方に身を乗り出して耳を澄ました。六郎は壁を見つめている。
「私が大事に思うのは、私たちのこの力が『ESP』だということ。そしてもうひとつは、ミヤさんが霊的な存在だということ。このふたつを考えると、私たちの力は、[霊能力]というべきだと思います。」
直実は[霊能力]と言ったとき、幾分大きな声になった。一同は驚愕した。そして心の中で「いまさら第三の意見?」とつぶやいた。直実は続けた。
「[御魂]は[霊魂]と言っていいと思います。ただ[霊魂]は体とは完全に分離可能なものですが。それで、[御魂の力]は[霊能力]です。だから[御魂使い]は[霊能者]で、ミヤさんのような神様は、多分[守護霊]か[背後霊]か、もしかしたら[怨霊]だと思います。」
直実が言い終わると、ゆきは静かに言った。
「ナオナオ、ちょっと待ってね。あなたの意見って、今流行りの超常現象というか心霊現象、いわゆるオカルトっぽいんじゃない。」
「・・・はい、そうかもしれません。でもオカルトとひとくくりにはできないと思います。ミヤさんの存在で霊は証明されました。私たちはそれを感じることができます。ただの流行りじゃなく、実在します。」
「なあ直実、それはなんか違わないか?お前のはなんか、女子が大好きな怪談みたいな雰囲気じゃん。それに、『以仁王』がいるって言ってるのは雪村と吉田さんだけで、俺とお前は見えてないだろう。」
「確かに私にはミヤさんは見えないです。でもなんとなくミヤさんを感じるんです。小国沢君も感じているのではないですか?それに、ユキユキの、会長のいうことは信じています。・・・私は夏休みによく『お昼のワイドショー』の『あなたの知らない世界』を見ていました。でも、あの変わった名前の女性霊能者に本当の[霊能力]があるかどうかはわかりません。あれはテレビです。怪談と同じで作りものです。私は信じていません。それに他のオカルトとされているものも信じていません。『心霊写真』とか、『ピラミッドパワー』とか、『ムー大陸』とか、『アトランティス大陸』とか、『オーパーツ』とか、『ノストラダムス』とか、『ネッシー』とか、『ビッグフット』とか、『ヒバゴン』とか、『バミューダトライアングル』とか、『四次元パワー』とか、『UFO』とか、『フリーメーソン』とか、『金星人』とか、『コックリさん』とか、『口裂け女』とか、『オリバー君』なんかも、信じていません。」
一同は直実の真剣さに敬意を表してただ固唾をのんで見守った。
「でも『ユリ・ゲラー』の超能力は信じています。実際にアメリカ軍にも超能力部隊があると言います。彼はその部隊の設立に協力しました。あれは正確には[霊能力]です。そして私にも[霊能力]があって、この会のみなさんにもあります。『ユリ・ゲラー』と同じです。吉田先生は透視、小国沢君は魅了、ユキユキは・・・いろいろな能力、私は・・・運動かな。」
「ナオナオのはね、たぶん超回避能力よ。」
「はい。きっとそうです。その力はそれだけでは超能力と呼べばいいものです。でもミヤさんという霊的な存在があるので、[霊能力]というほうが良いと思います。人はみな、肉体と[霊魂]を持っています。[霊能力]とは、その[霊魂]を駆使する能力のこと。そして死んだ人は、ある条件下では[霊魂]だけになっても私たちのそばに居続けるのです。ミヤさんのように。」
「なあ直実、やっぱりオカルトがかってきたな。宗教っぽいというか。そういうの俺はあんまり好きじゃない。もっとイカす言い方があるだろう。」
「・・・はい。でも私は、そう思いました。」
直実の声が消え入りそうになったので、明は素知らぬ顔で低い天井を見上げた。
「でもナオナオの考えは伝統的な発想よ。ミヤさんが言うにはね、それって『御霊信仰』っていう、ミヤさんの時代からある由緒正しい考えなんだって。昔の人はミヤさんみたいな神様を祟り神として恐れたわけ。」
「出た!祟りじゃ!『八つ墓村』じゃ!・・・まあとにかく[御魂]も[霊魂]も似たようなもんなんだろう。それなら俺は断然[ソウル]を推すが。」
「違う![御魂]とは心体が連動した[超生命活動]のことよ。[霊魂]とは別物。」
またもやゆきと明の夫婦喧嘩が始まるかと思ったその時、六郎が立ち上がり一同に言った。
「よし、直実さんの意見を踏まえて、もう一度『超能力呼称問題』を板書しよう。」
明はなりゆきで書記になっていたので、三人の意見を黒板に箇条書きにしていった。明の字は少々乱暴だったが、きれいだった。
・雪村案 ・小国沢案 ・山野田案
[神] = [エンジェル] = [霊]
[憑神] = [ガイド] = [守護霊]
[御魂] = [ソウル] = [霊魂]
[御魂の力] = [ソウルパワー] = [霊能力]
[御魂使い] = [ソウルメイト] = [霊能者]
[弦打ち] = [ロックスター] = [霊源者]
[共鳴り] = [フォロワー] = [霊応者]
[以心伝心] = [テレパシー] = [霊話]
[生身の操り] = [ダンス] = [霊体術]
[変化の操り] = [マジック] = [霊働術]
書き終わって黒板を眺めていた明が言った。
「なんかこう書いてみると、直実の[霊能力]っていうのも、けっこう分かりやすいな。」
「はい。造語も多いですが。」
「・・・読んで分かりやすくても、声に出すと分かりにくくない?」
「んー、まあ、そうかもな。レイノウシャとレイオウシャなんて聞き間違えやすいかな。あと、[霊働術]は念動とか、サイコキネシスでよかないか?」
「なんとなく、統一感があったほうが・・・。」
「そう。明君のは、いまいち統一感がないわ。」
「そうか?洒落てるけどな。」
ふいに六郎が言った。
「いいねえ、[霊能力]!これは分かりやすい。直実さん、さすが運動能力だけじゃなく学力もある。いい造語力だ。これはいい線いってる。」
六郎の手放しの賞賛に直実は赤面して下を向いた。ゆきと明は六郎の節操のなさに飽れ、白い目で彼を見つめた。[ソウルパワー]を気に入っていたんじゃないのかと。
「・・・で、いま超能力の名前決定します?六郎さん。」
「あ、いや、もうちょっと吟味した方がいいんじゃないかな。どれもすごくいいところがあるし、どれも決定打に欠けるという感じでもあるし。」
顧問の権限で半ば強引に決めてもいいはずであったが、六郎は優柔不断であった。もっとも六郎がこれと決めたところで、ゆきと明がそれに従う保証は全くなかったが。ただ自分たちの持つ力の名前が決まらないということは、この先のすべての活動に支障をきたす大問題だった。紙同会は活動開始早々に、迷走状態に入ってしまった。
時刻は七時をまわり、その日は解散となった。帰り道、秋の雨は降り続いていた。