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7 ゆきと直実 神心力を用いて雌雄を決するのこと

前回までのあらすじ


雪村ゆきは田舎の高校一年生。

ある日出会った半透明の神様に教えられ、超人的な能力を身に付けました。

そして神様に命じられ小国紙同好会を作り、他の能力者を集め始めます。

そんな時、会室に山野田直実が現れました。

ゆきと神様は、直実が能力者であることを見抜きます。

しかし直実は明に近寄るゆきに激高し、敵愾心を表しました。

ゆきはしかたなく直実が得意な方法で勝負を提案します。

さて、それから物語は一体どうなるでしょうか?

「じゃあ決まり。体育館に行きましょう。」


言うが早いか雪村ゆきは山野田やまのた直実なおみの横をすり抜け、小国紙おぐにがみ同好会会室から出ていった。直実も素直にそれについて行った。小国沢おぐにさわあきらと吉田六郎りくろうは座ったまま、お互いの顔をちらっと見た。

 しばらく男二人がまごまごしていると、外から草を踏み分ける音がしてきた。窓から見ると、会室から見下ろせる校庭裏をゆきと直実が歩いていた。

 校庭裏は、体育館と旧校舎と二枚の田んぼによって四角く区切られていて、そこそこ広い。近くに外灯もないので、今は二階にある会室の窓から漏れる光だけが唯一の灯りだった。そこは普段使われない場所で、夏に刈ったとはいえ雑草が膝丈以上に生えていた。

 明が目を凝らして見ていると、その中ほどでゆきと直実は対峙したようだった。


「吉田さん、あの二人、何してるんですかね。」


「さあ、バスケットボールをしようとしているのかな。ワン・オン・ワンというのがなんのことか俺は知らないが。」


「うーん。体育館が閉まっていて、ボールも見つからなかった、でとりあえずあそこに行った、とか?」


「草ぼうぼうだね。あそこでバスケットボールは大変かな。」


「まさか野蛮にも殴り合いをするんじゃ・・・。」


「あの直実さんと言ったっけ、異常な機敏さだったけど、ゆきと格闘するとどうかな。上背と体重はゆきがあるし、[生身なまみの操り]も出来る、あ、[ダンス]だったか。直実さんが[共鳴ともなり]、あ、[フォロワー]だった、彼女がそれでもし格闘技経験があるとしても・・・、むずかしいね。ゆきが有利、とみた。」


ふたりが話していると、ゆきがこっちに向かって手を上げて言った。


「六郎さーん!こっちが合図して一分経ったら教えてくださーい!」


六郎は手を上げてそれに答えた。ゆきは「スタート!」と言って手を振り下した。六郎はカシオのデジタル腕時計をちらっと見た。雑草が遠くでザッザッと音を立てた。

 だんだん目が慣れてきた明には、女子二人が校庭裏を縦横無尽に駆け巡っているように見えてきた。追いかけっこをしている。ゆきが追い、直実が逃げている。二人とも非常に速く走ったりとんだりはねたりしているようだった。

 しばらくして、遠くで「あっ。」「やった。」などと声が聞こえて、二つの影の動きが止まった。二人の息遣いがかすかに聞こえる。その時六郎が「はい一分!」と大声で言った。

 またしばらくして、ゆきの声が「スタート!」と言った。二つの影が動き出した。明の見立てでは、今度はゆきが逃げ、直美が追っているようだった。草を揺らす音が派手に聞こえる。


「これって、鬼ごっこですか?」


「みたいだね。・・・でも、凄まじい鬼ごっこだよ。」


「吉田さんは、これ見えてます?」


「うん。俺の力、いや[ソウルパワー]は、視覚に特化しているから。すごいのが見えてるよ。あの直実って子は、なんであんなにすばやく動けるんだろう。あの身のこなし、普通じゃない。ゆきは[生身の操り]ができるとして、あ、[ダンス]といったか。」


「吉田さん、どっちでもいいっす。」


「さっきゆきは、直実さんが[共鳴り]だって・・・、いや[フォロワー]だって言ってたな。」


と、六郎は壁の黒板をちらっと振り返って言った。


「吉田さんは、直実が[共鳴り]だとすると、どんな[御魂みたまの力]をもっていると思います?」


「明君、それ[フォロワー]って言わないと。[御魂の力]も違うだろう、なんだっけ。ほら。とにかく君が言い出したんだろう。」


「はい、でも今は吉田さんが慣れた言葉の方が良いと思って。」


「・・・うん。そうか。じゃあ今はそうしようか。」


六郎が腕時計を見ると、すでに一分二十秒を回っていた。六郎はあわてて「はい一分!」と言った。遠くで影の動きが止まった。直実が「あー!」と大声を出した。ゆきが、「ちょっと今の長くなかった?」と聞いてきた。六郎はその質問には答える気が無いようだった。

 しばらくして、またゆきの声で「スタート!」と聞こえた。


「明君、普通鬼ごっこといったら、鬼が何秒か数えてからスタートするよね。ちょっと距離を開けてから追いかけっこをするために。でも今ね、あの二人、ほとんど手が届くくらいの位置からスタートしてるんだよ。」


「それじゃあ、すぐ鬼に捕まっちまう。・・・はずですよね。」


「そう、普通はそうだね。でもさっきゆきは一分以上逃げてたわけだ。その前の直実さんだって一分近く捕まらなかった。」


「どういうことでしょうか。」


「これはね、特に打撃系の格闘技に見られる非常に高度な攻防、と同じことだと思う。」


「打撃系の、高度なやつ?」


「そう。俺はモハメド・アリとジョージ・フォアマンの一戦を記録した映画を長岡で見たことがある。」


「ボクシングの世界ヘビー級、十年位前ですか?」


「そう。いまでは「キンシャサの奇跡」といわれる劇的な試合だった。試合結果はご存じだろう。落ち目で引退寸前の三十二歳アリが、当時無敗で最強の二十五歳フォアマンに八回KO勝ちした。アリの持ち味は「蝶のように舞い蜂のように刺す」といわれた華麗なる動き、一方のフォアマンは「象をも倒す」といわれた史上最強のハードパンチ。アリの速さをフォアマンが打ち砕けるか、という感じだね。大方の予想では若いフォアマンが断然有利と見られた。アリは初のKO負けを喫するだろうとね。はい一分!」


遠くで叫び声が聞こえた。


「ところが勝ったのはアリだった。勝因は何か。アリの速さがフォアマンを翻弄したのか。実は違った。アリは周りの想像通りボクサーとしては老いていた。動きに精彩を欠いたアリは一ラウンド目からフォアマンのパンチを何発も食らった。そこで天才アリは作戦変更をした。すばやい動きを捨て、ロープを背にしてパンチを受け流す戦法をとった。そんなやり方は前代未聞だった。ヘビー級ボクサーのパンチはまともに食らえば一発でKO必至の凶器だからだ。フォアマンを含めた皆はアリが狂ったか、勝負を捨てたと思った。アリはお構いなしにロープにおっかかり挑発を繰り返す。時にはフォアマンをおちょくり罵声を浴びせた。フォアマンは猛然とアリにパンチを見舞った。はい一分!」


遠くで誰か大声を出した。


「フォアマンのパンチを一発でも食らえばアリの負けだ。アリは両腕で体を守り、上半身の動きだけでフォアマンのパンチをかわした。終始打ちまくるフォアマンにロープを背に防戦一方のアリ。二ラウンド、三ラウンドと過ぎた。そろそろアリがフォアマンに捕まるだろうと皆が思っていた。ところが異変が起こった。四ラウンド、五ラウンドと過ぎても、アリは倒れなかった。それどころかフォアマンが連打を休めるとすかさず速いパンチで反撃にでるようになった。アリの作戦勝ちだった。はい一分!」


誰かが何かを言っている。遠くのようだ。


「いくらロープでダメージを軽減しても、ボディブローだけは腕のガード越しにダメージを受ける。そこでアリの挑発が利いていた。フォアマンは挑発に乗り、アリの顔を狙った大振りのパンチを出し続けた。若気の至りだった。アリは正確にフォアマンのパンチをかわし続けた。とうとうフォアマンのスタミナが切れてきた。その動きが止まった八ラウンド終盤、アリはガードを解いて、ロープから離れた。立て続けにフォアマンの顔面にパンチが当たる。ついに無敗の王者フォアマンが生涯初のダウン。観衆はどよめいた。しかしカウントエイトで起き上がるフォアマン。ダメージは意外に少ないようだった。はい一分!」


遠くで声がした。


「ところが無情にも審判はカウントテンを数えた。熱狂する観衆。呆然と立ち尽くすフォアマン。喜びを爆発させるアリ。天才アリが機転と鉄壁の守備で、剛腕フォアマンを下した。これがいわゆる「キンシャサの奇跡」だ。いい映画だったなあ。是非また見たいもんだ。」


「はあ。その試合と、今あっちで繰り広げられている鬼ごっことは、どういうつながりが?」


「うん。つまり打撃系の熟練者は、防御技術が高い。たとえばプロボクサーなどが鬼ごっこをやったら、どうなるかな。今あそこでやっているように、近距離で、鬼の手をかわし続けるんじゃないかな。はい一分!」


声が遠くでする。


「俺はこのゆきと直実さんの鬼ごっこ、すごいと思うな。これはひとつの格闘技だよ。」


「はあ。でも始めからあの二人、近距離だけじゃなくめちゃくちゃ走り回ってません?」


六郎は答えなかった。明は二つのことを理解した。ひとつめは、六郎のように千里眼を持っていても、見たいものしか見ない、という性質は人類共通なのだということ。ふたつめは、実はフォアマンが負けたのは審判のせいだった疑惑がある、ということだった。


 女子高校生二人による夜の一分鬼ごっこワン・オン・ワン対決は、攻守を変えて計二十回行われた。勝負は八対六、ゆきが八回捕まえて、直美が六回捕まえた、ということでゆきの勝ちであった。

 勝負を終えた二人は、しばらく草の上に寝転がっていたらしかった。


 その後二人は、六郎と明のいる二階の窓の下まで歩いてきた。彼女たちはハンカチで汗を拭きながら談笑していた。それを見て明が窓から言った。


「おい、どうなってる?雪村。」


「どうって、どうもこうもないよ。思い切り体を動かして、楽しかっただけよ。ねえナオナオ。」


「はい。」


女子二人は旧校舎の石の基礎に腰掛けて話を続けた。すでに仲直りしたようだった。明と六郎はそれを上から呆然と見ていた。明は勝負の結果を知りたいと思ったが、とにかく喧嘩が収まってよかったのかなと思い直した。



 山野田直実は山野田村に住んでいる。山野田村は柏崎市に通じる峠道の途中にあり、小国郷おぐにごうのなかでもかなり山奥の集落である。

 十年前、村中で作られている小国紙おぐにがみと言われる手漉き和紙の製法が国の無形文化財に指定され、小国郷のなかで大変話題になった。直実の家も、祖母が小さな紙漉き場で小国紙を作っていたから、そのときの騒ぎは少し覚えていた。

 六郎は直実の祖母ミンに小国紙の製法を習っていたことがあった。当時小学校高学年だった直実ともその時会っていた。というより仕事が終わってから少しの時間一緒に遊ぶほど仲が良かった。 直実が中学に上がる頃、六郎はミンさんの元での修行を終えて太郎丸村で独立し、それきり今日まで会わなかった。

 直実の中学校は増田中学校といった。ゆきの通った結城野ゆうきの中学校より、かなり渋海しぶみ川の上流側にあった。山側といってもいい。直実はそこで、バスケットボール部に入り、ポイントガードというポジションで頭角を現した。中学の三年間で二回全国大会に出場するという、田舎の中学校にしてはかなりの偉業を成し遂げた。

 そしてその頃、ゆきにも会っていた。小国郷中学合同壮行会という、全国大会に出場する小国郷の中学校の部活動チームを集めた壮行会でのことだった。当時ゆきは結城野中学バレー部だった。直実とゆきはそれぞれのチームのエースで、すぐに仲良くなった。その後何度か文通という手紙のやり取りをしていたが、中学三年の終わり頃には自然に途絶えていた。そして今日会ったのは約一年ぶりであった。

 直実は地元の上小国かみおぐに高校に上がり、今年の夏のインターハイでバスケ部を全国三位に入賞させる活躍を見せた。しかしその後、直実は突然バスケ部に通わなくなり、日陰者のような文化系部活動が巣食う旧校舎の、さらに吹き溜まりのような軽音楽部室に通うようになった。直実が明のグルーピーになったことは、まだほとんどの人が気付いていなかった。そしてそれはなぜなのか、誰も知らなかった。当の明ですら、二学期から毎日来るようになった小柄な女子が、あのバスケ部の山野田直実だとはしばらく気が付かなかった。

 明が知る直実は、大変物静かな目立たない生徒だった。会話もあまりしたことがなかった。グルーピー三人組の他の二人がかなり大柄というかふくよかなせいもあったが、直実はいつも二人の影に隠れるように明の演奏を聴いていたのだった。だから明にとって今日の攻撃的な直実は、ほとんど衝撃に近かった。後々のことではあるが、それはどの分野でもトッププレイヤーが当然持っているべき闘争本能なのだろうと、明は思うようになった。


 ゆきと明と六郎と直実、さらにミヤさんを含めると五人は、旧校舎と新校舎を結ぶ渡り廊下にある出入り口の前にたむろしていた。時間は九時過ぎ、六郎が引率者だとしても遅い時間である。校舎内はすでに真っ暗で、出入り口の常夜灯が唯一の灯りである。守衛がそろそろ施錠に来るだろう。

 ふいに楽しげな笑い声が秋の夜の校庭に響く。さきほど直実は六郎のことを思い出し、あっと声を上げた。六郎はその前から直美に気付いていたが、黙っていた。その沈黙の意味は、特になかったらしい。ゆきと直実は先ほどの険悪な雰囲気もどこへやらで、すっかりかつてのように仲良くなっていた。明は、直実がまた普段のようにおとなしくなったことと、自分が退会しないで済むということに安心していた。いままで軽音楽部室で居心地良く過ごしてきたのに、そこを小国紙同好会に貸した途端自分が追い出されるなんてことは、軒を貸して母屋を取られるを地で行く冗談っぷりだと思った。

 何はともあれ、本日の小国紙同好会はこれで解散となった。一同は笑顔でそれぞれの帰路に就いた。家が遠い直実を六郎が車で送っていくことになった。助手席の直実の手には、きれいに四つ折りにされた「小国紙同好会 入会申込書」があった。

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