6 山野田直実 紙同会室にて大いに咆えるのこと
前回までのあらすじ
雪村ゆきは田舎の高校一年生。
ある日出会った半透明の神様に教えられ、超人的な能力を身に付けました。
次にゆきは神様に仲間集めを命じられ、小国紙同好会を作りました。
そして幼馴染みの小国沢明を会員にすることが出来ました。
その明と、外部顧問になった吉田六郎の協力で同好会室も手に入れました。
そんな時、会室に山野田直実が現れます。
さて、それから物語は一体どうなるでしょうか?
上小国高校旧校舎にある軽音楽部室改め小国紙同好会室の入口に、小柄な山野田直実は立っていた。少し大きめの長袖のセーラー服は紺色で、ゆきの白地のセーラー服とは異なっていた。
直実ははじめきょとんとしていたが、すぐに険悪な表情になった。
「小国沢君、その子は誰?」
直実の黒縁眼鏡の奥の瞳は、ゆきを睨み付けている。小国沢明はいつもと雰囲気が違う直実に戸惑っているようだった。
明ではなく、ゆきが答えた。
「久しぶりね、ナオナオ。」
直実は一瞬顔に驚きを見せたが、すぐに元に戻って言った。
「ユキユキ!なぜお前がここにいる。小国沢君、なぜユキユキがここにいるの?」
明はやっと言葉を発した。
「直実おまえ、なんか怒ってるのか?」
「小国沢君!なぜこいつがこの軽音部室にいるのか聞いている!」
「いや、まあ話せば長いし、話も荒唐無稽というか、なんというか。」
明がぼそぼそ言っていると、ゆきが立ち上がって話に割って入ってきた。
「ナオナオ、私が説明する。私と明君は小国紙同好会に所属していて、今さっきここはその会室になったの。だから私は会員としてここにいるの。」
「なに?他校のお前が上小国の部活に入っただと?うそをつけ!」
「本当よ。そこにいる吉田六郎さんが小国紙同好会の外部顧問よ。本当よね、六郎さん。」
六郎は椅子から立ち上がりつつ挨拶をしようとしたが、怒り激高した直実の声に遮られた。
「信じられない!そんなこと!」
「なあ直実、そんなに驚くなよ。ここ数日で急に決まったことなんだが、事実だ。」
直実は肩にかかる長い黒髪をかき乱し、明に向かって叫んだ。
「小国沢君!なぜ私に何も言わないで決めた!」
「いや、なんでお前に言わなくちゃならんのだ。軽音部の部員でもなかっただろう。」
直実はしばらく黙って体を小刻みに震わせていた。
「小国沢君、最近部室に来ないと思ったらこんなことに・・・。」
直実はゆきの方に向き直った。フッと、直実の顔から怒りの表情が消えた。無表情、それは直実が本気で怒った時に見せる表情らしかった。直実はゆっくり言った。
「ユキユキ、お前が原因だな。」
「え?・・・何を言っているの?ナオナオ。」
「お前、何を企んでいる?」
「ちょっとナオナオ、あなたさっきから言葉遣いが普通じゃないよ。」
「お前!質問に答えろ!」
直実は叫びながらローファーを踏み鳴らし、ゆきに詰め寄った。ゆきの体に緊張が走った。直実の動きは非常に俊敏で皆は瞠目した。
直実とゆきは正面で対峙すると、直美の方が頭一つ分以上小さかった。直実は上目使いでゆきを見ている。ゆきはすでに直実に異常なものを感じ取っていた。
一瞬の間があり、直実は右手でゆきの胸倉を掴もうとして、逆に右手首をゆきに掴まれた。「パンッ」と音がするほどその動作は速かった。直実は冷徹で鋭い視線のまま言った。
「今の反応、お前何者だ?」
「あなたもその動きは普通じゃない。」
「・・・質問に答えろ。」
「ナオナオ、まず落ち着きなさい。私はあなたの敵じゃない。私たちには争う理由はない。」
「・・・手を離せ。」
ゆきは直実の右手を放した。直実はすばやくその手を引いて身構えた。ゆきは言った。
「じゃあ、あなたの質問に答えるよ。まずはじめの質問、私たちは何を企んでいるか。私たちは今特別な仲間を探している。だからこの会を作ったの。明君はその一人。六郎さんもそう。そして、これからもっと会員を増やそうとしている。単純でしょう。企みっていうほど複雑じゃない。」
直実の無表情は変わらない。
「次の質問、私たちは何者か。私たちは、普通じゃないの。[御魂の力]を操る[御魂使い]っていうの。そのなかでも私は[弦打ち]という[御魂使い]で、明君と六郎さんは[共鳴り]という[御魂使い]。」
ゆきの話を直実は静かに聞いていた。ゆきを睨むその視線は相変わらずだったが、問答無用の気配は薄れていた。明と六郎はこの修羅場をなすすべもなく見ていたが、心の中で、「[ソウルパワー]では?」とつぶやいていた。
「そしてミヤさんがいうには、どうやらあなたも[共鳴り]みたいね。」
直実は少し落ち着いたようだった。しばらく沈黙が流れ、彼女は静かに言った。
「ユキユキ、私はそういうことを聞きたいんじゃない。そういうことじゃないの。問題はそうじゃない。問題はね、ユキユキ、小国沢君の近くにあなたがいること。私より近くにいることなのよ。」
そう言うと、直実は再び怒りを表わし叫んだ。
「だからお前!ここから出ていけ!いますぐ小国沢君から離れろ!」
ゆきははじめ戸惑ったが、すぐに状況を理解した。明と六郎は口を開けて呆然としていた。
「ナオナオ、何か勘違いしているよ。私と明君とは何もない。ただの会員同士よ。」
「小国沢君を下の名前で呼ぶな!」
「下の名前って、小国沢なんて名字は小国沢村全員がそうでしょう。それじゃ区別できないじゃない。」
「うるさい!なれなれしくするな!」
「あなたのグルーピー仲間も明君に近づいてるでしょ。私だけじゃないでしょ。」
「いやお前だけだ!お前は危険だ!あの子たちは危険じゃない!」
「私も危険じゃない。」
「いや、お前は小国沢君を取ろうとしている!」
「取ろうとなんかしてないよ。」
「今すぐ部室から出ていけ!」
直実は興奮状態ですでに話が通じなくなっていた。これでは、世にも恐ろしい女性同士の取っ組み合いが始まってしまうと、男性陣は戦慄した。
直実が今にも飛びかかりそうになったその時、ゆきは少し大声で言った。
「わかった。あなたの言い分はわかった。あなたの言う通りにする。小国沢明君にはこの会を外れてもらう。」
突然言われた明は頭が真っ白になった。直実は出鼻を挫かれた格好になった。
「・・・お前、それは本当か?」
「本当よ。ただし、私との勝負に勝ったらね。」
「勝負?」
直実はゆきのペースに乗せられつつあった。
「そう、勝負。なんでもいいけど、じゃんけんでもいい。・・・そうだ。お互い運動部だったから、なにかスポーツで勝負しましょう。」
「・・・。」
「なんの種目にする?」
「・・・なんでもいいなら、例えばバスケ(ットボール)・・・。」
「いいんじゃない。」
「ばかをいうな。私はこの夏まで現役だった。しかもインターハイ全国三位のチームでだ。」
「そう。でも私は全国二位だった。」
「お前のはバレーだろう。しかも中学時代だ。今のお前が私にバスケで勝てるわけがない。」
「試してみる?ワン・オン・ワン。」
「・・・面白い。その挑戦受けて立つ。インターハイで出すことが出来なかった、私の本当の実力を見せてやろう。」
直実は絶対勝つこと、ゆきを明から引き離せることを確信した。また、観客がいなければ全力でバスケが出来る、ということが少し楽しみだった。
「お前たちの勝負の結果がどうであれ、俺はこの会から出ていかんぞ。」
明は二人を見つつぼそぼそ言ったが、その声は六郎にしか聞こえないほど小さかった。