5 ゆきと明 上小国に拠点を設けるのこと
前回までのあらすじ
雪村ゆきは田舎の高校一年生。
ある日出会った半透明の神様に、ゆきには特別な力があると言われます。
それから数週間の特訓を経て、とうとうゆきは超人的な能力を身に付けました。
次に、ゆきは神様に仲間集めを命じられます。
そんな時、幼馴染みで能力者の小国沢明が現れました。
なんだかんだあって、ゆきはなんとか明を仲間にすることが出来ました。
さて、それから物語は一体どうなるでしょうか?
数日後、ほとんどの部活動がそろそろ終わる午後六時頃、雪村ゆきと小国沢明は上小国高校の木造の旧校舎にいた。放送室を使える放送部以外の文化系部活動は、みんなこの古い校舎に集められていた。その二階、音楽室のとなりに音楽準備室があり、そこは明一人が部長で部員の軽音楽部の部室として使われていた。
「すごく狭い。というか細長い。ここに何人も入れて演奏していたら・・・。」
「そうだ。俺の力で倒れなくても、酸欠とか、そういうことでやられそうだろう。」
明は言いながらカタガタ木枠を鳴らして小さい窓を開けた。真っ暗な外からひんやりと冷たい夜気が入ってきた。
狭い部屋の壁際に並んだ机には使わなくなったアコーディオンや管楽器の部品などが積み上げられている。反対側の机や棚には、明の私物であろう楽器類やたくさんのコードにつながれた電子機械のようなものが乱雑に置かれていた。そちら側の壁には、ゆきの知らない欧米のミュージシャンのポスターが張られていた。公序良俗に反するような激しい絵と、『ANVIL』というアルファベットが見える。バンドの名前だろうか。この物置部屋の天井は低く、部屋をより狭く感じさせていた。
「ここは俺が一人で使っている。顧問のじいさんは月一くらいで様子を見に来る。となりの吹奏楽部はだいたい体育館のステージ裏で練習している。だから静かかと思ったら、グルーピー三人組がいつも来て、全然静かじゃない。今日はもう帰ったみたいだが。まあここでよければ、小国紙同好会の部室にするといい。」
「あんまりよくないけど、ぜいたくは言わない。許可が下りたらありがたく使わせてもらう。」
ゆきは言うが早いか廊下の掃除用具入れから箒と塵取り、モップなどを取り出して掃除を始めた。ゆきが掃除をしている間、明はその様子をぼんやり眺めていた。手伝う様子はない。そういう発想もないようだった。しかしゆきの清掃は、雑然と置かれた楽器や道具類に阻まれてしまった。
「俺の楽器はいじらないでくれ。雪村の机は後で用意する。掃除はその時すればいい。」
「・・・そうする。明君には後で大きな棚を作ってもらう。」
「まあいいよ。寸法を言ってくれ。図面を引くから。どうせこれから暇になるし。」
そのとき部室の戸の向こうから男の低い声がした。
「もしもし、ゆき居るか?」
ゆきの家のお隣さん、紙漉き職人の吉田六郎だった。
「六郎さん。こっち入って。」
六郎は「あ、どうも。」と言いながら木戸をガタガタ開け、部室の中に入ってきた。明は幾分緊張した様子で「どうも。」と返事をした。
六郎は二十代後半くらいの男で、明と同じくらいの背丈であったが、骨格ががっしりしていて明よりひとまわり大きく見えた。幾分長髪で、明るい色のジャケットに中が丸首の黒シャツなのでラフな印象である。
「いやあ、この年で高校にくると変な感じだ。懐かしい気がする。俺の母校には木造校舎はなかったが。」
「古い木造の汚い物置にようこそ。」
「おい、便利が良いようになってるんだ。」
「いや、いいところじゃないか。秘密の隠れ家みたいで。隠し扉とかありそうだ。」
「きれいに整理したら、いろいろ出てきそうだけど。たぶんガラクタばっかり。」
「勝手にいじるなよ。大事なものが置いてある。」
ゆきは明には答えず、六郎に言った。
「外部顧問の件、どうでした?」
「いま学年主任の先生と話してきた。正式な許可にはしばらく時間がかかるだろうが、暫定的にお願いします、とのことだった。」
「よかった。わりとすんなり通った。よかった。」
「あの主任先生と俺とは知り合いだし、年も一緒なんだよ。大丈夫だと思っていた。」
「じゃあひとまずここが小国紙同好会の会室に決定したわけだ。」
「正式名称は、小国郷高校連合小国紙同好会ってところね。ちょっと仰々しいかもだけど。略して紙同会!」
「連合って、小国郷の三校全部で会員を集める気かよ。」
「もちろんよ。」
「そうそう。あとは、軽音学部の顧問の先生にも会わなくちゃいけないんだが、今日は出張だそうだ。」
「あのじいちゃん先生はめったに来ない。」
「ちょっとせまいけど、ここから始めましょう。六郎さん、外部顧問を引き受けてくれて本当にありがとう。」
「いや、いいよ。こういうのも俺の仕事だと思っている。ただ・・・、」
「ただ?」
「確かにここは少し狭いな。しかも四人ともどちらかというと大柄ときている。」
明はそれを聞いて聞き返した。
「四人?三人じゃなくて?」
「ああ、ゆきの憑神さまを入れて四人といったんだ。」
「・・・そうですか。吉田さんがそういうのが見える人とは聞いているんで。あいにく俺には雪村の神が見えないんです。神様のけ者にしてごめんなさい。」
明はミヤさんのいないあさっての方向を向いて頭を下げた。一見殊勝な態度ではあるが、自分だけ神が見えないことが気に入らないという表現にも受け取れた。
「明君、俺も可愛らしい[憑神]さまが見えるだけでね。残念ながら話は出来ないんだ。話をするのは、[以心伝心]という力がいるんだっけ?」
「[以心伝心]は、言葉を使わずイメージで意思の疎通ができる状態のこと。[御魂の力]の種類じゃない。」
「そうか、仲が良くなれば[以心伝心]という状態になるわけか。なかなか一筋縄じゃいかない学問体系だ。」
少し沈黙があってから、明が言った。
「なあ、ひとつ提案があるんだが、もっとシンプルに行かないか。古臭い言葉を使うから難しくなってくるんだ。」
「どういうこと?」
「[以心伝心]という言葉が、君には古臭く感じるわけか・・・。」
「古いですよ。[以心伝心]もそうだし、あと[弦打ち]とか[共鳴り]とか、イメージしにくいんだ。もっとわかりやすい言葉のほうが、通じるよ。」
「それで明君、どうしたいの?」
「・・・わかりやすい言葉を思いついた。」
「力の呼び名を思いついたってこと?もう決まった名前があるのに・・・。」
「じゃあいうぜ。[御魂の力]は、[ソウルパワー]とする。[弦打ち]は[ロックスター]、[共鳴り]は[フォロワー]、[以心伝心]は[テレパシー]、と改名する。どうだ。」
「いやだ。かっこ悪い。」
「雪村。お前『以仁王』に憑りつかれすぎて流行感覚が狂っているんだ。時代は川の流れのように変わる。人類が月に行って何年経つと思っているんだ。[ソウルパワー]の方が絶対に分かりやすい。」
「・・・確かに、分かりやすいな。」
「ちょっと六郎さんまで。今ミヤさんもがっくりしてる。受け入れられない!伝統的な文化をないがしろにしないで!」
「雪村。じゃあ日本的に多数決で決めよう。吉田さんはこちら側。二対一で[ソウルパワー]に決定だ。」
「即決するな!それにミヤさんを入れて二対二です!あと多数決は日本的じゃない!日本は全会一致よ!」
「吉田さん、いいでしょう?[ソウルパワー]って。」
「うん、[御魂]に[ソウル]という言葉を当てるというのが、なかなか良い感性だと思う。黒人音楽にも通じる。正直言ってイカすね。[ソウルパワー]。」
「正直言って似合わない!」
ゆき(とあるいはミヤさんも)の抵抗も空しく、分かりにくいとされた言葉は改められた。明はそれを、壁かけの黒板に無慈悲に書き上げていった。
[神] → [エンジェル]
[憑神] → [ガイド]
[御魂] → [ソウル]
[御魂の力] → [ソウルパワー]
[御魂使い] → [ソウルメイト]
[弦打ち] → [ロックスター]
[共鳴り] → [フォロワー]
[以心伝心] → [テレパシー]
[生身の操り] → [ダンス]
[変化の操り] → [マジック]
しばらく後、同好会一同は狭いながらも机を合わせて座り、六郎の差し入れた『メローイエロー』や『ファンタ』を飲んで一服した。ゆきとミヤさんは黒板を睨みながら今後の打ち合わせをしているように見えた。
一方、六郎と明は音楽談義に花を咲かせていた。六郎は黒人音楽、明はハードロックと、お互い得意分野が違った。年季が入っている分六郎の方が幾分詳しいようだった。
時間はもうそろそろ夜八時に近い。六郎が「時間も時間だし・・・」と言いかけたその時、突然部室の木戸が開いた。明のグルーピーの一人、山野田直実がそこに立っていた。