20 雪村ゆき 楮畑にて島屋敷博行に再び説法する
前回までのあらすじ
雪村ゆきは田舎の高校一年生。
ある日出会った半透明の神様に教えられ、超人的な能力を身に付けました。
それから神様に命じられ小国紙同好会を作り、同じ能力をもつ仲間を集め始めます。
その後運命に引き寄せられて、顧問が一人、会員が一三人仲間になってくれました。
そしてとうとう、小国紙同好会は荒れていた上小国高校統一に成功します。
そんな秋も深まる中、彼らは待ちに待った楮の収穫に出かけました。
さて、それから物語は一体どうなるでしょうか?
小国紙同好会一同は、晩秋の晴れ渡った空のもとで楮刈りの最中である。
しばらくして一〇時の休憩になった。一同は木陰にレジャーシートを敷いて、茶菓子を食べながら談笑した。彼らは自然に雪村ゆきを中心にまばらに座っていて、ゆきに一番近い位置にいるのは諏訪井泉であった。髪型は『薬師丸ひろ子』のようなショートカットで、色も黒く染めている。彼女はスケバンを辞め、普通のうら若き少女に戻っていた。色気のない上小国高校指定のあずき色のジャージを着てはいるが、やはりその美貌はいささかも減ずることはないようであった。ゆきと泉の近くにはその他の男衆が陣取っていた。小さな山野田直実はその輪に紛れていたが、そのすぐそばには森光四郎の巨体が座りながらに小山のようにそびえていた。
ひとり大貝慶次は、その輪から少し離れて日向の枯草に直にあぐらをかいていた。法末鎮生がいない今、野球部で一人だけ丸坊主の彼の頭は、汗で少し光っていた。彼は手ぬぐいで頭を拭いた。今いる楮畑のある法坂の山からは、西に八石山がよく見えた。山々の紅葉は少し落ち着いてきたようだった。
「どうだ。楮刈りは?」
苔野島清が横から話しかけてきた。慶次はちらっと清を見て答えた。
「ああ、いいな。昔の農業という感じで。」
「そうだな。機械化されてないからな。でもちょっと山の方に行けばまだまだ人力で米野菜を作っている。」
「ああ。うちの大貝村も半分くらいそうだ。でももうすぐ全部機械がやるようになるだろう。農協が小さい機械も売るようになってきたそうだ。」
「そうだな。」
「だが、この楮は機械化されないだろう。儲かりそうもないからな。」
「そうだな、紙同会でもそう思っているやつは多いだろうな。」
「吉田顧問は楮畑もやって、手漉き和紙も作って、和紙の工芸品も作って、自分で売り歩いてもいるんだろう。」
「そうだな、始めから終わりまで、器用なことだ。美大を出たら普通に出来ることなのか。」
「ああ、わからん。ひょっとして結構珍しい才能なのかもしれないが。俺にはそれは判断できん。ただこれだけは言えるな。楮も手漉き和紙も商売には向いてない。」
「そうだな。吉田顧問は金なさそうだからな。国立大学出てるのにな。」
慶次はそれには相づちを打たず、しばらく沈黙してからおもむろに前を向いて呟いた。
「野球部は完全に紙同会の傘下に入ったな。」
「そうだな。紙同会の中の野球部だ。調査部と同じ意味の部だな。普通は同好会が部活動に昇格する。だから今回はあべこべだな。それがどうかしたか?」
「ああ、特になにもない。俺は強い奴の元にいたいだけだ。今のここで満足だ。」
「そうだな。お前が朝雄に満足してなかったのは知っている。」
「奴は強かったが、頼三を甘やかしていた。あんなわけのわからん奴など、ひねって言うことを聞かせれば済むこと。そんなことも出来ん奴にはついてはいけない。そうは思わんか?」
「俺は朝雄の女房役だ。その俺にいうなよ。」
「前はな、バラバラの野球部でも構わないと思っていた。野球ができれば良かったんだ。ボールを触っていられたら、それだけでな。それにリーダーシップはなかったが朝雄はいいピッチャーだったし、悪平もいい野手だった。ああ清、お前も、良いキャッチャーだったよ。」
「ありがとうと言っておくか。」
「だが今は、やはりチームワークはすばらしいと思う。力が何倍にもなったような気がする。これは、いいことだな。」
「そうだな。博行や雪村のおかげで朝雄は統率力を持てた。チームもまとまった。今だから言うが、朝雄はちょっと限界かとも思っていたんだ。」
「女房役のお前も思っていたとはな。」
「それでな、俺は頼三を部長に据えてみようと思っていたんだ。」
「ほう、意外だな。なぜだ。」
「多分、行けそうな気がしたんだ。今でもそう思っているが。頼三はな、何の根拠もなく近寄りがたい雰囲気を持っている。だからひょっとして、トップにすると意外な実力を発揮するかもしれない、そんな気がしてな。」
「ああ、そうかもな。今となってはただの仮定の話というやつだがな。」
「そうだな。仮定で良かったんだ。今は、みんなそれぞれうまく収まっている。朝雄にしろ、頼三にしろ、悪平にしろな。」
「ああ、今俺たちは、強いリーダーのもとにいるんだ。全てうまくいくさ。」
西の八石山に少し雲がかかり始めていた。午後からの天気は悪くなりそうだった。
作業再開後すぐ、島屋敷博行が雪村ゆきに言ってきた。
「さっきの『以仁王』は見えないという話の続きですが、結論から言うと、光学的情報としては『以仁王』は存在していないと考えられます。」
「えーと、つまりミヤさんは私の幻覚ってこと?」
「いいえ、そういう意味ではないのです。つまり神は四次元的な時空、空間三次元と時間の一次元のことですが、それより高次元の情報として存在している。」
「うーん。たった今、落ちこぼれました。」
「すいません。なかなか分かりやすく表現できないので。」
「でも大丈夫、今度ミヤさんに聞くから。古代末期出身のくせに科学知識はすごいのよ。」
「はい。私もできるだけ分かりやすく説明させてください。まず、光は物体に反射してはじめて視認できますが、神には反射せずに直進している。だから神は目には見えない。」
「そう。でも私、見えてるけど。」
「そうです。これは一つの仮定ですが目で見ているのではなく、脳が再構成してそう見せているのです。神は高次元のエネルギーの塊です。多分、磁気を帯びた音のような性質を持つ。あなたはそれを情報として受け取れる能力がある。高次元のエネルギーを感じる能力です。他の人にはその能力はない。」
「・・・はい。」
「なぜこのような現象が起こるのか。現代の科学ではまだわかりません。しかし私は最近、一つのヒントを見つけました。それは『相対性理論』と『量子論』の矛盾の中にありました。」
「・・・はい。」
「ごく大雑把に言うと、『相対性理論』は宇宙の大規模な構造を説明し、一方『量子論』は宇宙の最小単位、素粒子を説明します。この二つの物理理論はそれぞれ人類の英知と言っていい。しかし実は、この二つはお互いに矛盾する存在、統合が不可能な理論なのです。」
「・・・はい。」
「だから最先端科学が求めているのはこの二つを統合する『大統一理論』なのです。人類の夢、この世のすべてを説明する究極の理論です。そして今その最有力候補として注目されているのが『スーパー・ストリング・セオリー』、日本語にすると『超弦理論』です。この理論は『相対性理論』と『量子論』を内包し、さらになんと十一次元までの高次元の存在を示唆しているそうです!」
「・・・はい。」
「しかし、今の主流科学では未だに四次元までしか確認されていない。五次元以上の高次元などほとんど机上の空論という扱いです。・・・我々人類は、いまだに世界の実相の一部分しか把握できていないのです。」
「・・・ああ、なんとなくわかった。今の科学が遅れているって言いたいのね。」
「そうです。神は高次元の存在で、今はまだ測定不能。少数の能力者のみが認識できたり意思の疎通ができる存在なのです。もし科学技術が高次元の存在を測定できるようになったら、誰もが神を認識出来るようになる。『スーパー・ストリング・セオリー』なら、それが可能かもしれない。」
「そう。とっても楽しみね。でもストリングって弦でしょう。なんかミヤさんの理論に似ているのかな。[弦打ち]とかさ。」
「そこなのです。実に不思議です。『スーパー・ストリング・セオリー』は宇宙の最小単位を超高エネルギーで引き絞られた弦だとしている。ある極小の一点にある超弦の振えのパターンで、そこが真空になるか素粒子になるかが決まるという。[以仁王]の力の説明も何かこれと似ています。」
「本当ね。」
「その『以仁王』の説明に弦が使われているのはなぜか、最先端科学との思わぬ符合に意味はあるのか?古代から続く伝承と最先端科学との類似。ただの偶然かもしれませんが。・・・手がかりはほんの少しで、全く謎だらけです。」
「博行君、大丈夫だよ。そんなに難しく考えなくても。私たちには神様が憑いてるんだから。」
博行はまたしばらく黙って、そして言った。
「・・・その神が何しに来たか、目的は何か、この疑問が残ります。本当に[世界平和]をめざしているのでしょうか?ソビエトの全体主義を倒すのですか?それともアメリカの帝国主義?あるいは両方でしょうか。」
「そうね。あなたにはぶっちゃけるけど、始めは私も単純にそんな感じだと思っていた。でも今はわからない。神様の言うことには、神の性という制限がかかっている。もう少し裏があるというか、複雑なんじゃないかってね、そう考えるようになっている。だから神様の目的は、正直な話まだ分からないのよ。」
「そうなんですか。」
「・・・でも、みんなにはまだ内緒にしてね。時期が来たら私から話します。」
「分かりました。・・・ところで雪村さん。私は『以仁王』について一つ懸念があるんです。彼が今お留守らしいので言いますが。」
「なに?」
「日本には、貴種とされる人物が強い思いを残して死んだ場合、怨霊になるという考えがありますね。」
「ああ、『御霊信仰』ね。」
「はい。その考えがもし事実だとすると、『以仁王』は怨霊、いえ祟り神になったと考えられませんか。史料によると、たいそう恨みを残して亡くなっていますから。もしそうなら大変です。我々は祟り神に祟られていることになる。非常に危険な状況かもしれません。」
「・・・ふふふ。」
「あれ、何か可笑しいですか?」
「あたり。ミヤさんは祟り神、それも史上最強の祟り神だった。・・・でも、今は違う。ただの半透明さん。」
「元最強の祟り神?」
「そう。実際、ミヤさんに祟られて滅んだ人たちは数多いわ。代表的なのは『平清盛』の平家一門、ミヤさんを殺したとされる人たちね。清盛を始め、清盛没後の総大将『平宗盛』、碇知盛として知られる『平知盛』、悲劇の幼帝『安徳天皇』、幼帝と天叢雲剣とともに入水した二位尼『平時子』、大原御幸の健礼門院『平徳子』、美丈夫『平維盛』、『源義経』と双璧をなす豪傑・能登殿『平教経』などなど。」
「ああ、言われてみれば確かに。あれだけ栄華を極めた平家が非常に短期間に滅びている。最も有名な軍記物語の題材になる位に悲劇的に・・・。ということは『御霊信仰』は事実と考えられるのですね。」
「目に見える現象としては大体そう、事実に近いわ。詳しい仕組みはミヤさんがいる時に聞くと教えてくれるけど。まあごく簡単に言うと、ミヤさんの死後に彼の力が暴走した、って感じかな。それが日本史上最強最悪の祟り神になった。」
「恐るべし『以仁王』。」
「平家も悲惨だけど、でも本当の被害者は『治承・寿永の乱』、いわゆる『源平合戦』で亡くなった数十万の人々全員ね・・・。」
「平安時代末期の大規模な内乱そのものが『以仁王』の起こした祟りである、という発想ですか?」
「発想じゃなく事実よ。その時起きた『養和の飢饉』もミヤさんの仕業よ。その年の夏の日照りも秋の長雨も、彼の怨みの力で引き起こされた。いったいどうやって気候なんて操ったのかしら。[変化の操り]の究極の相なのかな。想像もつかないけれど、とにかくとんでもなく強い祟り神だったの。」
「・・・でもそれは本当に『以仁王』の祟りだったのですか?一般的に知られているように『崇徳上皇』の祟りではないですか?『菅原道真』と『平将門』と合わせて『日本三大怨霊』の一人の。大事件や天変地異の時系列的にもすっきりします。」
「よく調べているのね、さすがは我が調査部。・・・『玉葉』や『愚管抄』などの史料によると、確かにミヤさんが亡くなったとされる一一八〇年五月以前にも、大きな事件が平安京で起きている。例えばその年の四月の竜巻とか、その三年前の大火事とか、『鴨長明』の『方丈記』に詳しいけど、手っ取り早く明君の[蓮胤]さま本人に聞いてみるのもありかもね。で、これらはミヤさんの祟りとはいえない事例なんだけど。でも実はミヤさんが、その大火事と竜巻の原因は生身の自分だって、言っていたのよね。事件に巻き込まれたって。その事件が後にミヤさんの挙兵につながるみたいなんだけど。つまりミヤさんの生前の大事件は誰かの祟りとかではなく、生身のミヤさんが直接起こした天変地異だったということ。」
「生前の『以仁王』が超能力を使って引き起こしたということですか?」
「公式には記録されていないけど、多分そういうことね。それに『崇徳上皇』だけど、史実としては、彼は実弟の『後白河法皇』に多少の恨みを持ちつつも讃岐で平穏に亡くなっている。彼は亡くなって二〇年も経ってから『後白河法皇』によって祟り神に祀り上げられた人よ。彼が祟り神だとする根拠は、『保元物語』などの軍記物語、白峯寺や歴代の皇族による篤い信仰などがあげられるし、『雨月物語』、『椿説弓張月』などの江戸時代の読本の影響も大きいらしいわ。」
「そうなんですか、知りませんでした。では、もうひとつ教えてください。『崇徳上皇』が祟り神として祀られたのに、『以仁王』が祀られなかったのはなぜですか?最強の祟り神にしては、祀られ方が非常に地味ですよね。」
「理由はいくつかあるけど、一番は、彼が平家のように祟る対象を滅ぼし尽くしてしまったということね。だから当時生きている人間でミヤさんに負い目がある者はいなかった。当然、祟られる心配がないから祟り神として祀りもしない。要するにミヤさんが強すぎた。単純だけど、これが一番の理由ね。」
「・・・なるほど、そう言われれば。目からうろこが落ちる思いです。」
「まあそれだけじゃないけどね。実父の『後白河法皇』に『最勝親王』僭称を嫌われて、死後何十年も罪人として扱われたことも大きい。『御霊信仰』の考えでは、罪人は怨霊にはならない。当然の報いを受けたと考えられたから。怨霊に認定されるには、無実の罪を着せられている死者である必要があった。」
「ああ、そこが実際の『以仁王』の力の暴走と、『御霊信仰』の解釈が食い違うところなんですね。つまるところ、『御霊信仰』は古代の政治の形なんだ、鎮魂するために怨霊に認定するという。」
「そういうことみたいね。それに、『後白河法皇』が子のミヤさんの祟りを兄の『崇徳上皇』のものと解釈したとか、後に幕府を開いた『源頼朝』流の河内源氏が、ミヤさんと一緒に滅んだ源三位『源頼政』流の摂津源氏の地位向上を嫌ったとか。最強の祟り神のミヤさんが、史実で黙殺された原因はたくさん考えられるようね。全部ミヤさんの受け売りだけど。」
「大変勉強になります。・・・で、『以仁王』は今は祟り神じゃないのですね。」
「そう、祟り神じゃない。たくさん殺して気が済んだのか、あるいはただ力を使い果たしたのか、はたまた八〇〇年の歳月が神の性質を変えたのか、真相はわからないけどね。ちなみに今のミヤさんの力は全盛期の何百分の一もないらしいわ。」
「・・・そうですか。雪村さんは、怖くないですか。そんな荒ぶる神といて。」
「まあ元荒ぶる神だからね。正直な話あんまり怖くない。なんでだろうね。憑りつかれているから、かな。」
「そうですか。でも今の話で少し安心しました。我々は『以仁王』に祟られているわけではない。・・・それで、はじめの話の『以仁王』の目的ですが、我々を育ててどうするんでしょうか?本当に謎の組織とやらと戦わせるつもりでしょうか?それが神の性?雪村さんはどう思われますか?」
「さっきも言ったけど、ミヤさんはそれにも詳しく答えてくれないの。この世は正邪が逆転しているって言うだけ。でも、ミヤさんが意地悪をしているんじゃないのよ。どの神様もそれには答えてくれないの。あなたの[憑神]さまの円以様もそう。あれだけ博識なのに。神の性が邪魔をしているのね。だから私たちで推測するしかないわ。解読、と言った方が良いかも。博行君。神様の目的、神様が本当は何をしたいのか、私たちがどこに向かっているのか、一緒に考えましょう。それがきっと、人類の英知、紙同会調査部の役目なのよ。」
「ええ。そういうことでしたら、わかりました。私も伊達に調査部長に任じられたわけではありません。知力と気力の続く限り、協力させていただきます。」
「ありがとう、博行君。それでね、一つだけ思い当たることがあるの。神様の中には、見た目が薄い神様と濃い神様がいる。薄いのは例えばミヤさん。向こうが透けて見えるくらいよ。他の神様も何人か透けているわ。逆にくっきりなのは頼三君の初代様。それで、なんで濃い薄いがあるのか、なんだけど。推測するに、薄い神様は、力が弱い。多分死にそうなんだと思う。例えば人々の信仰が薄れるにしたがって、神様の見た目も薄くなっていくとしたら。」
「人気のない神は、エネルギーが少なくなると最後に消えて死ぬ、ということですか。」
「そうかもしれない。だからミヤさんは、あれでも頑張って信仰を集めようとしているんじゃないかしら、死なないように。それで今も日本のどこかで信仰集めをしているのかな。」
「・・・なるほど。神は生きるために、我々を利用している。この仮説、調査部で調べてみます。」
「神様の目的の一つはそれだと思う。でも多分、もっと他に目的がありそうなのよね。正邪が逆転しているって、どういうことかしらね。」
午後三時になり、楮の枝の伐採は終わった。次に、畝の脇にまとめてある楮の枝の束を、みんなで運んでトラックに乗せた。その後、それを外部顧問・吉田六郎の紙漉き工房におろして、本日は解散となった。
その日は夕方から特別寒くなり、とうとう初雪が降った。例年より少し早目の冬の到来だった。
一一月も最後の週になった。雪が容赦なく降り始めた。意外なことに、その雪は春まで残る根雪になった。
野球部室内の紙同会室に、一同総勢一四人が集まっている。博行が前に立って、講義を始めた。
「これは我々調査部の調査研究の中間報告です。神々や我々の能力はどこから来るのか、そしてどこへ行くのか。様々な神話や歴史や宗教や哲学、または科学、超心理学、あるいは我々の経験などから、考えるヒントになる事例を挙げていきます。結論はまだまだ出ませんが、ひとつの方向はぼんやり示せるかなと思います。」
一同はシンと静まっている、すでについてこれないものもいるようであったが。
「またこのなかで、我々の能力などに対して新たな名称を提案しています。まずそこだけダイジェストで説明しましょう。・・・大前提として、世界とは四次元を超越した高次元を含む場、[曼荼羅界]です。われわれの最終目標は[世界平和]ですが、これを目指す活動を[金剛乗]と名付けます。そして神という現象は[羅漢]とし、[御魂]という状態は[我]、いわゆる力は[金剛杵]と名付けます。ではこれらについて説明します。云々かんぬん・・・。」
「やれやれ、また堂々巡りが始まってしまうか・・・。」
明はそう思って六郎を見た。窓際の六郎は、目を輝かせて博行の発表を拝聴していた。
紙同会の一同は、雪が降ってからよく雪合戦をした。野球部室兼紙同会室の小屋の裏に、人目に付かない広い場所があり、能力者一三人の遊び場にはうってつけだった。六郎はよく雪の降るなか外に出て、独ソ戦時のすさまじい大戦車戦のような雪合戦の様子を、楽しそうに眺めていた。
その年の冬は厳しかった。年末、氷点下の気温が続く中、紙同会は六郎の紙漉工房で楮の皮むきを手伝った。野球部の六人は遠征に行ってしまい、合計七人での作業であった。楮は蒸すと、おいしそうな焼き芋の香りがした。楽な作業ではなかったが、救いは少しだけアルバイト代が出ることだった。
ゆきはふと、居間の神棚で丸くなっているおなじみの黒い猫神を見た。ゆきはその猫神を猫太郎と名付けていた。それは、とても大きな猫で、脇腹だけ四角く白かった。
「ニャー。」
とその猫は鳴いてまた寝た。ゆきはその猫神が、何か意味のあることを言った気がした。ミヤさんに聞いたら教えてくれたかもしれないな、とゆきは思った。
学校は冬休みに入った。紙同会もお休みである。冬はますます厳しくなった。大寒波が襲ってきたのだ。小国郷はもともと豪雪地帯だったが、後々『五九豪雪』と言われるその年の大雪は、桁違いにすごかった。
大雪の中、ゆきは自室で作業をしていた。それは、近々開催されるイベント用の二次創作系イラスト集の製本作業であった。その本は薄いながらもしっかりした和綴じ本で、表紙にこんにゃくを塗った小国判の紙を使ってあった。その紙は、夏にゆきが六郎に手伝ってもらって漉いた記念すべき紙だった。ゆきはそれを[小国夏紙]と名付けていた。
部屋のカレンダーには、二五日の欄に「冬!初参加!」と赤マジックで書き込みがしてあった。
ふとした瞬間、礼服姿のミヤさんがゆきのベッドに現れた。半透明のミヤさんは作業中のゆきを後ろから覗き込むように見ていたが、ゆきはしばらくそれに気づかなかった。
第一部 完




