19 雪村ゆき 楮畑にて島屋敷博行に説法するのこと
前回までのあらすじ
雪村ゆきは田舎の高校一年生。
ある日出会った半透明の神様に教えられ、超人的な能力を身に付けました。
それから神様に命じられ小国紙同好会を作り、同じ能力をもつ仲間を集め始めます。
その後運命に引き寄せられて、顧問が一人、会員が一三人仲間になってくれました。
そして先日、上小国高校の不良グループを倒し、上小国統一に成功します。
さて、それから物語は一体どうなるでしょうか?
十一月中旬、野球部部室内の「新」紙同会(小国紙同好会)室、一同は外部顧問・吉田六郎の楮畑での楮刈りを目前にして、道具の準備をしていた。
といってもいるものは少ない。軍手とタオルと小さなのこぎりだけである。上級者は鎌を使うが、初心者がやると果樹を痛めやすいからのこぎりなのだそうだ。六郎が熱心に楮の説明をしている。
その横で会長の雪村ゆきは、六郎と会員達を眺めていた。会員は総勢十三人である。さらに一人につき一柱ずつ[憑神]がついている。つまりゆきには、会室に合計二七人もの人物がひしめき合っているように見えているのだった。
近頃では、野球部兼任の新入会員達もようやくそれぞれの力を把握し、能力者としての自覚が芽生え始めていた。先輩会員の中には[憑神]と[以心伝心]ができるようになった者もいたが、ほとんどの者はまだゆきを介して[憑神]とのコミュニケーションをとっていた。
「結成から二ヶ月、紙同会はやっとここまで来た。無駄にも思えるほどの雑談のような会議を重ね、ついに上小国高校の能力者をほぼ全て結集することに成功した。世界最強の鎮生君を欠いているのが残念だけれど、大きな力を手に入れた事には違いない。しかし、大きな力はまた大きな反発力を招く。だからきっと、本当の正念場はここからなんだ。」
と、ゆきは決意を新たにするのだった。
ふと横を見ると、ミヤさんが珍しくこちらを見ている。最近ではゆきの成長が軌道に乗ってきて、よく暇そうにぼんやり遠くを眺めていることが多かったのだが。久しぶりにゆきはミヤさんに声をかけた。
「どうしたの?ミヤさん。」
「ゆき殿。われはなんじを頼もしく思う。何も心配しておらぬ。」
「そう。なんか改まってしまって、変な感じ。」
ミヤさんは微笑んですっと消えた。ゆきは、また日本中の依り代をたどって旅に出たのかなと思った。一日二日そうやってミヤさんがいなくなることは、近頃珍しいことではなかった。
最近ゆきは、紙同会内に小国沢明と島屋敷博行を中心にした調査部という部門を設立させた。そして、そこで会員達の名簿をより詳細に作り直してもらった。ゆきは何度目かの確認の為、会員一人一人を見ながら、その新しい名簿を開いてその中の情報と照らし合わせてみた。
・番号 ・氏名 ・能力 ・憑神 (実名・通称)
一番 雪村ゆき 万能 ミヤさん (以仁王)
二番 小国沢明 魅了 蓮胤 (鴨長明)
三番 山野田直実 回避 蓮生 (熊谷直実)
四番 上岩田仲良 剣術 大将軍 (木曽義仲)
五番 森光四郎 持久 多聞 (今井兼平)
六番 諏訪井泉 水泳 巴子 (坂額)
七番 島屋敷博行 入魂 円位 (西行)
八番 原朝雄 投擲 左馬頭 (源義朝)
九番 苔野島清 俊足 二郎 (鎌田政清)
一〇番 三桶良平 蹴技 悪源太 (源義平)
一一番 太郎丸頼三 虚構 初代 (源頼朝)
一二番 小栗山友成 登攀 悪禅師 (阿野全成)
一三番 大貝慶次 長駆 武蔵坊 (弁慶)
顧問 吉田六郎 透視 不明
なかなかよくまとまっているとゆきは思った。
「会員達の能力は漢字二文字に収めた。ちょっと分かりにくいところもあるが、いまのところいいだろう。それぞれの能力はまだ不確定なところがあり、というかまだまだ発展途上で不安定で、本当に得意とする範囲を決めるのは容易じゃない。強弱もバラバラ。狭い範囲に特化した能力もあれば、カテゴリーを横断するような広い範囲の能力もあるかもしれない。まあいずれにせよ、これからだんだん明確になってくるはず。みんなの成長が楽しみだ。」
ゆきは顔を上げ、一同を見渡した。
「[憑神]さまは本人の希望する呼び名の他に、一般的に有名だという方の名前も載せた。明君や博行君はこれで随分わかりやすくなったと言っていたけど、私にはさっぱりだ。それに、あいかわらず六郎さんの[憑神]さまが降りてこない。どういうことだろう。ミヤさんはそのうち来るといっているけど。」
一一月下旬、土曜日。晴れ。気温はかなり低い。その日は六郎の楮畑で楮刈りである。会員達は『スズキアトレー』と自転車で法坂村の山奥にある楮畑に集まった。楮畑は、銀杏畑と隣接していた。
楮は春から伸びた枝を収穫する。元の株は切らない。だから毎年同じ木から収穫できる。ちなみに紙になるのは芯の木質部ではなく、皮の部分である。
会員一同は、それぞれ黙々とのこぎりで枝を切りだしている。
作業中、博行がゆきに話しかけてきた。
「今調査部で、我々や神々についての調査を進めていることはご存知だと思います。それでその作業の中で疑問に思っていたことをお聞きしたいのです。神々、とくに[憑神]についてです。」
「そう。どんな疑問?」
「我々に憑りついている[憑神]という存在は、『古事記』や『日本書紀』などの神話に出てくる神々とは、別のものですね。例えば、『イザナギ』や、『ツクヨミ』、『スサノオ』とは。」
「ああ、そうね。別のものっていうより、偏っている感じかな。私たちの[憑神]さまは、ミヤさんとその[共鳴者]の神様に限られているから。ミヤさんグループって感じ。モチヒトマキ(以仁王の本家分家の意)ともいえるかな。そのほかの八百万の神々は、それぞれの持ち場に居るから。」
「持ち場というのは、依り代のことですね。神社のご神体などの。」
「そう。」
「他の神々はそちらに鎮座している、と。わかりました。では仏は、大乗仏教に出てくる様々な仏たちは、どうですか?『毘盧遮那仏』とか、『毘沙門天』とか。神とどう違いますか?」
「仏様も神様と同じで人の心の集合体だから、やっぱりそれぞれ依り代、じゃなかったご本尊に宿っているわ。仏像とかお経とかにね。神様との違いってことになると、まあそんなに違わないみたい。世界観がより緻密に構成されているのが仏教だって、前にミヤさんが言ってたけど。でも随分日本の神様とごちゃ混ぜになっているって。」
「ええ、『本地垂迹説』による神仏習合ですね。わかりました。仏も同じ、と。心を集めたものが神や仏。では、一神教のいわゆる造物主はどうですか?『ヤハウェ』や『アッラー』などは。どう違いますか?」
「一神教の造物主はね、心を集めた存在というところはやはり同じ。でも日本の神様や仏様と比べるとまるで別。こっちは人に近くていろいろいるけど、あっちは人を超越した存在というか、概念や法則と言った方が近い。そしてそれがたったひとりだけいる。ひとつだけあるといってもいいかな。」
「概念や法則・・・。ちょっと分かりづらいですが、なんとなく分かりました。」
「神様も仏様も造物主も人の心がベースだから、祈る人の心が違えば性質も違うってことじゃない?」
「そんなものですかね。・・・ではまったく違うことをお聞きしていいですか。」
「はい。」
「神である『以仁王』はなぜこの地にやってきたのでしょうか。雪村さんに引き寄せられたというだけではどうも弱い。なにか他に由縁があるはずですが、見つかりません。例えば福島県の会津地方周辺には伝説がちらほら見つかるのですが。」
ゆきはのこぎりを持った手をおろして言った。
「ミヤさんが言うには、この小国郷には伝説があるらしいの。都から落ち延びたミヤさん一行がこの地に立ち寄ったという。」
「『以仁王』がこの地に立ち寄ったという伝説?初耳です。それは『貴種流離譚』というのです。・・・確かに平安末期当時の小国郷は荘園で、『以仁王』と共に挙兵した『源頼政』の影響下にあった。先ほど言った南会津や新潟県の上川村には『以仁王』の伝承や事跡もある。ですがこの小国郷に立ち寄ったというのは、聞いたことがない。」
「確か、小国郷の二つの旧家に古文書が伝わっているんだけど、門外不出だそうよ。」
「本当ですか!それなら大発見ですよ!それはどの家でしょうか。是非うかがわなければなりません。そして確かめましょう。」
「そうね。それ紙同会の予定に入れときましょう。門外不出とはいえ、理由を話せばきっと見せてくれるはず。・・・それともうひとつ、古文書以外にお墓の跡もあるんだって。」
「!・・・それも本当ならかなりすごい事実ですね。それはどこですか?」
「このあいだ行った苔野島村の大塔塚跡よ。」
「そ、それはどうでしょうか。あそこは『大塔宮護良親王』の陵と伝わっているはずです。」
「うーん、そうなんだけど。どうやら伝承に混乱があるらしいのよ。南北朝時代という戦乱の時代があって、小国郷の小国氏っていう武将は南朝方について、それで負けてめちゃくちゃになったんだって。」
「南北朝時代は確か、『以仁王』の時代から一五〇年くらい後。そして『護良親王』はその頃に『楠正成』と共に戦った南朝方の征夷大将軍です。この郷でも戦火で歴史資料が喪失して、さらに伝承も途絶え、取り違えられてしまったんでしょうか。」
「そうそう、喪失でごっちゃになったのよ、きっと。ふたりとも皇族だし、戦っているし。だから大塔塚は本来ミヤさんの陵なのよ。」
「・・・今のお話が本当なら、『以仁王』はこの地に強い所縁があることになりますね。いえ、もし本当じゃなくてもその伝承自体が強力な依り代として機能します。その所縁と雪村さんの両方に引き寄せられたとするなら、『以仁王』があなたに憑りつくことも、そんなに無理はないようです。」
「そう。それは神の性よ。」
「ところで『以仁王』は一般的には京都で亡くなったとされています。そこに墓も祀られた神社もある。しかし一方、小国郷に逃れてきたという伝説も墓の跡もある。・・・雪村さんは以仁王とお話ができるんでしょう。どっちが本当か聞いてみたらどうですか?」
「それがダメなの。今のミヤさんは八〇〇年間の人々の信仰心が混ざった神様だから。いろいろな説がミヤさんの依り代として機能していて。実際にどこで亡くなったとか、本当のお墓はどれとか、答えてくれないの。多分本人もわからないのね、きっと。それも神の性なんでしょう。」
「・・・そうでした。神々は信仰心の集まりでしたね。ええ、納得しました。」
「そう。はっきりしないことも多いのよ。」
「・・・『以仁王』について、もう一つ思ったのですが。なんでも女装をしているとか。」
「そう。外だと昔の女の人の外出着。小袿をからげた壺装束に、市女笠を被ってるのよ。家だと普通の平安貴族の格好なんだけどね、礼服っていう。」
「実は、『以仁王』は平家の軍勢から逃げる際に女装をしたと、記録にあります。」
「あっ、じゃあ。」
「そうです。多分その逸話の影響で女装した神になっているのです。」
「へええ、知らなかった。それでなのね。ただの趣味じゃなく、結構切実な理由でそんな恰好をしてたんだ。私、ミヤさんに失礼なこと言っちゃってたかも。」
「このことを疑問に思いませんでしたか。」
「聞いたけど、神の性としか答えてくれなかったよ。」
「そうですか。言いたくなかったのかもしれませんね。一応『玉葉』などの当時の日記、いわゆる正史では、『以仁王』はその戦で流れ矢に当たって亡くなったことになっていますから。」
「そう。かわいそうね。今、目の前にいたらなんていうかな。」
博行は少し間をおいて言った。
「・・・雪村さんは、はっきりと『以仁王』が見えるのですね。実在しているかのように。」
「そう。ここにいればしっかり見える、半透明にね。今はどこかに旅行中だけど。」
「それを他の人が見えないという理由には、二通りあり得ます。一つは、『以仁王』の視覚的情報がその人の網膜に届いていないパターン。つまり光学的に目に見えていない。もう一つは、その人は『以仁王』を目で見ているけれど脳が認識していないパターン。」
「へえ。」
「でも後者の、他の人の脳が認識していないパターンはなさそうです。あなた以外の全人類を集団催眠にかける必要が出てくる。だから前者について、本当に見えていないパターンについて考えます。」
その時後ろから明が言ってきた。
「雪村、お前の畝全然進んでないじゃん。会長がサボんなよ。」
ゆきと博行があたりを見渡すと、確かにこの畝だけ枝の刈り取りが遅い。
「あちゃ、怒られた。」
「雪村さん、この話はまた後で。」
二人はあわてて楮の根本近くに視線を向けた。




