17 紙同会 六人衆と本塁打で雌雄を決するのこと
前回までのあらすじ
雪村ゆきは田舎の高校一年生。
ある日出会った半透明の神様に教えられ、超人的な能力を身に付けました。
それから神様に命じられ小国紙同好会を作り、同じ能力をもつ仲間を集め始めます。
その後運命に引き寄せられて、明、直実、六郎、仲良、四郎、泉、博行が入会してくれました。
そしてついに今日、荒くれ者で有名な野球部六人との対決と相成ります。
さて、それから物語は一体どうなるでしょうか?
島屋敷博行の太郎丸頼三への働きかけが功を奏した。なんだかんだいろいろあって、野球部は急速に原朝雄を中心にまとまっていった。しかし博行の予想以上に、彼らは強く結束してしまった。そのため、朝雄ら六人の能力者たちは紙同会(小国紙同好会)を敵とみなし、一致団結して挑戦してきたのである。そして両者の話し合いの結果、チーム対抗ホームラン競争で勝負をつけようということになった。紙同会が勝ったら朝雄たち六人全員が入会する、負けたらこの話は無し、という条件であった。
一一月上旬、土曜日午後一時、上小国高校グラウンドホームベース前に、公式戦開始時のように両チームは向かい合って整列した。
紙同会は顧問の吉田六郎を抜いた七人、雪村ゆき、小国沢明、山野田直実、上岩田仲良、森光四郎、諏訪井泉、そして島屋敷博行である。それぞれ身に付けた体操着や制服に統一感はない。
一方の朝雄たちは、原朝雄、苔野島清、三桶良平、太郎丸頼三、小栗山友成、大貝慶次の六人。全員ぼろぼろの野球のユニフォーム姿である。紙同会も半数以上は屈強なアスリートではあったが、対する朝雄たちの迫力は凄まじく、さすがは不良グループ[渋蛇会]を潰すほどの暴れ者たちという雰囲気だった。しかも今彼らは、同じ甲子園という目標に向かって一丸となっていた。
審判は六郎が勤めるらしく、両チームの間に立っている。
朝雄が言った。
「もう一度このホームラン競争のルールを確認する。基本は公式戦ルールだ。次に特別ルール。打球がフェンスを超えたら一得点でバッター交代。凡打、ヒット、ボールはノーカウント。スリーストライクでアウト、バッター交代だ。出塁はない。打順が一巡したらチームの攻守交代。最後に合計得点の多い方が勝ちだ。お前たちが一人多いのはハンディキャップだ。」
「いいわ。要はホームランを多く打てば勝ちでしょう。」
「そうだ。では始めよう。先攻はお前たちでいい。お互いに礼!」
朝雄たちが配置に付き、六郎がぎこちなく合図を出して試合が始まった。
紙同会の打順は、ゆき、明、仲良、四郎、直実、泉、博行、の順番である。まずはゆきがバッターボックスに入る。ゆきは長岡大手高校指定の緑色の体操着に、黒いヘルメットを着用している。対してピッチャーは朝雄、キャッチャーは清である。外野に二人、良平と慶次がつく。ただしこれは守備ではなく、球拾いである。ベンチには頼三と友成が控える。
朝雄はマウンドで硬球を握りしめ、考えた。
「俺はチーム作りに失敗し、特に頼三や友成をはじめこの五人は俺の言うことを聞かずバラバラになっていた。しかし紙同会の働きかけでわだかまりが解け、五人は団結を約束してくれた。他の部員もそれに続いてくれた。おかげでチームの精神的コンディションはとても良くなった。お前らには感謝の言葉もないくらいだ。だから俺は、お前らに協力することには賛成だった。」
朝雄は紙同会のベンチを見た後、野球部の五人を見た。
「しかしこの五人が、チームのみんながそれに反対してくれた。これからは春に向けてみんなで頑張る時期だと、組織力を強化する時期だと言ってくれた。嬉しかった。俺はこの一体感を大切にしたい。紙同会に貴重な練習時間を取られたくないんだ。だましたようですまないが、やはり俺たちはお前たちの仲間にはなれない。このホームラン競争は俺たちの実力からして絶対勝てる。悪いがこの勝負、もらった。」
朝雄は振りかぶって第一球を投げた。美しい投球フォームから繰り出された剛速球は、時速一四〇キロを軽く超えていた。この場に球速を測るスピードガンがないことが惜しまれた。当時は『KKコンビ』の『桑田真澄』でさえ最高一四〇キロもいかず、プロ野球でも『村田兆治』や『江川卓』などの超一流投手が、最高一五〇キロをわずかに超える位であった。球はパンッと音を立ててキャッチャーミットに収まった。コースは外角低め、ストライクである。
「朝雄の奴、やべえ球投げるな。」
と、明が驚いて言った。
「確かにな。増田中学の頃は法末中学の鎮生に隠れて目立たなかったが、元々奴は有力な選手だった。鎮生を欠いた九月の県大会での活躍はすさまじかったようだ。」
仲良も同意した。横で聞いていた博行は少し焦りながら言った。
「これは私は打てませんね。皆さんに頑張ってもらうしかない・・・。」
しかしバッターボックスのゆきは、朝雄の剛速球に動じる様子はない。朝雄はマウンドでゆきの様子に感心していた。ゆきの構えはバランスがとれていて素人には見えなかったし、今の投球の球筋を見切っているようにも見えたからだった。
「手強いか。だがあと二球で終わらせてやる。」
朝雄はそう思い第二球を投げた。今度はストライクゾーンのど真ん中にいった。朝雄はしまったと思った。ゆきは金属バットをフルスイングした。キーンと高い音がして、打球は大きな弧を描きそのままフェンスを越えた。ホームラン。紙同会一得点である。
ゆきは大騒ぎの一同とハイタッチをしてベンチに戻った。得点したらバッター交代である。良平が奥の杉林から球を拾って朝雄に鋭い送球をした。
次の打者、明がバッターボックスに入る。上小国高校指定の小豆色の体操着姿である。朝雄は無表情であったが、内心は動揺していた。
「甘く入った球を打たれた。俺が鎮生以外にあんなホームランを打たれたことがあったか。雪村は元バレーボール部と聞いていたが、あの美しい打撃フォームには一分の無駄もなかった。野球経験者じゃないとすると、化け物か。同好会は妖しい噂の通りなのか。他の連中も同じ化け物揃いだとしたら、どうする。」
朝雄はなんとか気を落ち着けて、二番バッター明に集中するよう努めた。それから朝雄が投げた三球は全部ストライクゾーンに入り、明はバットを振ることもできなかった。見逃し三振、打者交代。
「ドンマイ明よ。軟弱なギター奏者にしてはよくやった。あそこに立っただけでも立派だぜ。」
「・・・正直な話、手も足も出ん。球が全く見えん。速さにビビってたら終わってた。」
「まあ俺に任せろ。得物を振るのは得意中の得意よ。」
朝雄は明を仕留めたことで、かなり落ち着きを取り戻していた。なんとなく上段の構えみたいな三番バッター仲良に対しても、三球とも空振りで三振という結果だった。ベンチに戻った仲良は堂々と一同にこう言った。
「球は見えた。バットも振った。だが、当たらなかった。」
一同は沈黙し下を向いた。
四番の四郎がバッターボックスに入った。朝雄は当初、四郎を最大の強敵と見て警戒していた。彼の記憶が正しければ、四郎は野球経験者であったし、四番は強打者の打順であり、さらに彼の体格が鎮生には及ばないが大柄で、その素質を感じさせたからだった。
四郎は静かにバットを構えた。鋭い視線を朝雄に送る。朝雄は実力通りの速球を投げた。四郎はその体格に似あわない柔軟な打撃フォームで、その球を真芯で捉えた。大きく山なりの打球はセンターのフェンスに当たりそうだったが、良平が難なくキャッチしてセンターフライに終わった。全員から落胆や安堵のため息がもれた。
「四郎君、すごく上手みたいね。」
「そうだ。正直なところ、お主には負けるがな。かつてあいつは森光小学校の特設野球クラブで活躍していた。キャッチャーで四番、あだ名は当然のように『ドカベン』だった。法末小学校の鎮生に隠れて目立たなかったが。」
「そう。みんな鎮生君に隠れちゃってたみたいね。その『ドカベン』君が、なぜ中学から剣道家になったの?」
「あいつは『六三四の剣』がすきだったんだ。あれの影響だ。六三四郎の剣と言ったりして、遊んでいた。」
「『少年サンデー』ね!私も好きよ。今もね。『うる星やつら』に『タッチ』、『Gu-Guガンモ』もいい!『ふたり鷹』も外せないわね!」
明が口をはさんだ。
「あれ、お前漫画読むの?初耳だが。」
「え?ああ、妹が読んでるのを少しだけね。」
「前も言ったが、俺は『少年ジャンプ』が好きだな。漫画はそれしか読まないな。」
「・・・そう。でも私、あんまり詳しくないから。」
キーンと音がして、打球が紙同会側のベンチ近くに飛んできた。四郎の打順は続いていたのだ。
公式戦と違って、フライなどの凡打はノーカウントである。つまり、ストライクか、ホームランか、それだけのシンプルな勝負なのである。ちなみに今の四郎の打球はファールボール、カウントとしてはストライクである。
一同の期待を集める四郎。しかし次の投球は朝雄の実力を示した。パンッと清のミットが鳴り、四郎は初の空振り。カウントはツーストライク。一同に緊張が走る。朝雄は本来の調子を取り戻したようで、球速も一五〇キロに迫るのではないかと思われた。
そして次の投球、朝雄は振りかぶって投げ、四郎は鋭くバットを振った。キンッと短い金属音がしてすぐパンッと乾いた音がした。球がバットにかすってからキャッチャーに捕球されたのである。これはファールチップと言い、ルール上はストライクである。四郎はスリーストライクで交代。彼は目をつむって天を仰いだ。
「当たったけどストライク・・・。なんか、野球っていまいちルールが分からない。」
「まあ、一度覚えてしまえば簡単なんだがな。なあ明よ。」
「俺はルールが分からないのに応援できる奴らの方が分からないな。」
「明よ。そう夫婦喧嘩をするな。ほら見ろ、直実さんがバッターボックスに入る。」
次の五番バッター直実は少し四郎と話をしていた。
朝雄はマウンドで、強打者四郎を打ち取ってひと安心していたが、そうそう気を抜いてもいられないと思いなおした。公式戦だと普通三振を三回とれば攻守交代である。しかし今回のホームラン競争では、七人のバッター全員を三振にして初めて休めるのである。朝雄は次の小さなバッターに集中することにした。
「すごく、ストライクゾーンが小さいな。」
と朝雄は思った。前のバッターが大柄な四郎だったため、直実の小ささが強調されていた。
ブカブカのヘルメットを揺らし、バットを構える直実。一同の期待を集めた直実であったが、朝雄のナイスコントロールの前に、あえなく三球三振に打ち取られてしまった。直実の超人的俊敏さは、このホームラン対決ではあまり役に立たなかったようである。感情を高ぶらせる間もなく終わった直実は、おとなしくベンチに下がっていった。
仲良が四郎に聞いた。
「六三四郎。お主、さっき直実さんにアドバイスをしていなかったか?」
「自分が言ったのは、朝雄はうまいから、デッドボールは無いと、思うけど、一応気を付けて、と。そ、それだけだ。」
「そうか。それは大事なことだな。まずはそこを気にしなければならなかったな。不覚であった。」
仲良は神妙な表情で腕を組み、目をつぶった。
バッターがあと二人になったので、ゆきは四郎と投球練習の準備を始めた。
次のバッターは泉であった。バッターボックスでバットを構える泉。スケバン丸出しの変形ロングスカートにサンダル、ヘルメットから金髪のチリチリ頭がはみ出ていた。
朝雄は苦笑いをして第一球を投げた。泉は意外にも鋭い打撃フォームでその球を外野まで打ち返した。打球は惜しくもワンバウンドしてフェンスを越えた。エンタイトルツーベースヒットであるが、今回のルールではノーカウントである。朝雄たちのみならず、紙同会も驚いていた。
マウンドの朝雄は思った。
「やはり紙同会は化け物の集団らしい。俺の本気の速球を真芯で捉えられるやつなど、鎮生以外はいないと思っていたが。紙同会にはそれが三人もいた。一体どうなっているんだ。しかし正直に言って、楽しい。力を抑えて投げなくていいのは。思いっきり投げられるのは!公式戦じゃあり得ない緊張と興奮だ!」
「朝雄!行け行け!」
「行こうぜ行こうぜ!」
「仲間が俺を応援してくれる。もうマウンド上でも、俺は独りじゃない。こいつらと一緒だ。そうだ、思い出したぞ。昔はこうだったんだ。俺はいつの間にか忘れていたが、野球はこんなに楽しかったんだ!」
朝雄が笑っているのにキャッチャーの清は気付いた。朝雄は県大会優勝の時も笑顔を見せなかったので、清には驚きだった。そして、
「あいつが笑ったのは、春以来かな・・・。」
とつぶやいた。
一方、紙同会は泉の意外な実力に大興奮だった。
「キャー、泉ちゃん最高!」
「泉!いけるぞ!」
「うおおお!」
泉はぎこちなくその声援に右手を挙げて答えた。
マウンド上の朝雄はあふれ出る笑みを何とか抑えた後、第二球を放った。泉はバットを振る。乾いた音がして、剛速球はキャッチャーミットに収まった。コースは内角低め。泉は悔しそうな表情を見せた。カウントはワンストライク。紙同会は泉の空振りに静まった。
明が小声で仲良に話しかけた。
「あいつ、いい打撃フォームだ。経験者みたいだな。」
「なぜだろうな。泉さんは水泳一筋のはずだが。・・・鎮生をずっと見ていたから、自然と真似できる、っていうことかもしれないな。」
「なるほど、愛の力か・・・。」
緊張と静寂の中、朝雄が第三球を投げた。速い、と朝雄は思った。それは自己最高の球速、おそらく時速で一五〇キロ以上に達していた。当時日本で数人しか超えたことのない壁を、朝雄は超えた。その球は厳しいコースに決まり、泉は空振りした。ツーストライク。
しかし泉を追い詰めた朝雄は、むしろ逆に泉からの圧力を感じていた。泉のスイングが非常に鋭かったためであった。
「まるで鎮生のような豪快な切れ味の打撃フォーム。当たったら確実にフェンス越えだ。少しでも甘いコースに行けばやられる。」
泉はバットを構えた。いよいよ集中力が増しているようだ。次の一球で決まる。両者に緊張が走る。上小国高校のグラウンドに一陣の風が吹いた。赤とんぼの舞う小春日和の田舎には似つかわしくないほどのレベルの高さである。ただ傍目に見える状況としては、スケバンがふざけて野球部の邪魔をしているようには見えた。
少しの静寂の後、朝雄は第四球を投げた。球速は明らかに先ほどの第三球より速い。コースも厳しい外角低め。泉のバットは虚しく空を切った。吠える朝雄。盛り上がるベンチの頼三と友成。紙同会からはため息がもれた。スリーストライクで交代である。
泉はうなだれてベンチに戻った。
「ごめんね。ダメだったよ。」
「ドンマイ、泉ちゃん。かっこよかったよ。」
「次は私です。泉さんがあれだけ頑張ったのです。なんとかやってみます。」
といって最後のバッター博行はベンチから走って出ていった。緊張してネクストバッターズサークルで待機するのを忘れていたのである。
一同は博行には内心まったく期待をしていなかったが、彼は以外にも朝雄の剛速球を三回バットに当てた。朝雄は密かに博行の打撃センスに舌を巻いた。打球は三回ともファールボールだったが、そのたびに歓声が上がった。しかし第四球目を博行が空振りしたときには声を上げる者はいなかった。スリーストライクで終了、紙同会の攻めは一得点のみで終わった。




