16 紙同会 原朝雄を求めて島屋敷博行を得るのこと
前回までのあらすじ
雪村ゆきは田舎の高校一年生。
ある日出会った半透明の神様に教えられ、超人的な能力を身に付けました。
それから神様に命じられ小国紙同好会を作り、同じ能力をもつ仲間を集め始めます。
その後、明、直実、六郎、仲良、四郎が入会してくれました。
そして先日、鎮生には断られてしまいますが、泉が入会してくれるというのです。
さて、それから物語は一体どうなるでしょうか?
数日後、会員一同はグラウンドの隅の野球部の部室小屋で、一年生キャプテンの原朝雄と対峙していた。室内は案外広く、ウェイトトレーニングやベンチプレスの道具などが整然と並び、よく整頓されていた。ただ、数個の裸電球の明りだけでは薄暗く、カビと埃のにおいが鼻を突いた。
ベンチに腰かけた朝雄が言った。
「断る。話がそれだけなら、もう帰ってくれ。」
「朝雄君。よく考えて。」
「考えるまでもない。俺たちは野球をやる。先週の北信越大会では優勝は逃したが、先月の県大会では優勝した。鎮生がいなくても出来たんだ。この成績なら春の『選抜』出場は確実だ。この夏逃した甲子園に出られるんだ。お前たちにもわかるだろう、俺たちがどれだけ一丸となって頑張らなければならないか。周囲の期待を裏切ってしまったあの事件が、やっと過去のものになるんだ。この冬はみっちりウェイトトレーニングをする。そして毎週末関東に遠征に行く計画だ。お前たちの活動に付き合っている暇はない。お前たちはお前たちで頑張ってくれ。」
「春まで時間はたっぷりあるわ。野球部の邪魔はしない。野球してる合間に協力してほしい。練習が終わった後とか。ちょっとした気分転換になるわ。」
「・・・余裕だな。お前たちはインターハイで良いとこまで行った奴らだ。だからそんなことが言えるんだろう。。だが俺たちは違う。今甲子園に向かっている、その途中なんだ。集中したいんだ。野球だけやらせてくれ。」
「朝雄君、今のあなたは野球だけに集中しなくても、十分高校野球のトップに立てるわ。『KKコンビ』なんか目じゃない。それだけの力があるはずよ。自覚しているでしょう?その異常な力を。」
「・・・わからんな、なんのことだ。それに、俺たちチームの目標は私立のスター軍団の『PL学園』じゃない。もう、超高校級の鎮生はいないんだ。目指すは、公立で二連覇した水野の『池田高校』だ。夏の三回戦『市立尼崎高校』の守備も良かった。確かサードの池山だったか。そうだ。俺たちに必要なのはチームプレイなんだよ。攻撃力じゃない。言っても分からんだろうが。・・・とにかく今は、俺たちの邪魔はしないでくれ。これで失礼する。グラウンドの整備があるんでな。」
そう言って朝雄は部室を出て言った。
「朝雄一人なら説得できると思ったがな。やつの甲子園にかける思いはことのほか強かった、ということか。奴がダメなら、他の五人はなおさらダメだろうな。なんせ凶悪なやつらだ。」
と、小国沢明はだらしなく会室中央の椅子に座りながら言った。雪村ゆきは反論する。
「でも彼は半分気付いているわ、自身の異常性に。あの態度はそうだと思う。だから、もうひと押しなんじゃないかな。」
「お前って、最近ポジティブだよな。」
一同は手分けをしてお茶の用意をしている。机に出された『味しらべ』をすばやく頬張って上岩田仲良は言った。
「いや、雪村の言う通りだろう。もぐもぐ。朝雄はどうやら自身の異変に気付いている。」
仲良はもうひとつ菓子をつまんだ。
「そして今は勧誘するには絶好の機会だ。野球部は秋の大会が終わって一息ついている。春の『選抜』は確か『高野連』が推薦するんだったよな。下手な事件でも起こさない限り甲子園出場は間違いない。むしろ誘うなら時間的余裕のある今しかない、というべきだな。」
「仲良、世間の評判としては、下手な事件を誘発しそうなのは俺たち妖しく活動中の紙同会なんじゃないのか?普通はそんな奴らに付きまとわれたくないと思うだろう。」
「もぐもぐ。違うな。朝雄は張り切っているが、野球部は今もそれほど統制はとれていない。バラバラだ。まして、大会が終わってすぐ喧嘩をするほど血の気が多い。」
「確かにそうだが。・・・しかし統制がとれてなくてよく県大会で優勝できたな。」
「バラバラとはいえ、朝雄と清、あと慶次か、奴らが飛びぬけた活躍をしたそうだ。頼三と友成もまあまあで、悪平は故障者だったが、能力者だからな。それ以外はお世辞にもまともな選手とは言えん。つまりチームワークで勝ったんじゃなく、個人の攻撃力で勝ったわけだ。」
「それだと甲子園では、厳しいんじゃないか?」
「その通りだ。だから朝雄はチームをまとめようと焦っているんだ。だがあいつらは、朝雄以外はみんな不良がユニフォームを着ているみたいなもんだ。[渋蛇会]との抗争も終わったかどうかわからん。春の事件は氷山の一角。あいつらはほっといたらまた問題を起こしかねんのだ。」
「あいつらそんなに馬鹿か?もうちょっと考えて行動するだろう。」
「もぐもぐ。明よ、あいつらは馬鹿だ。じゃなきゃ人間を橋から吊るしたりはしない。・・・ああ、あれは多分鎮生じゃない。あいつの性格を考えればそんなことはしないと分かる。それに鎮生本人はずっと否認していた。確証はないがあの事件の犯人は多分、頼三だ。」
「仲良君、やめて。それは悪い噂にすぎないでしょう。後ろ向きの話は、わが紙同会には似合わない。」
「・・・すまん。失言だ。まあとにかく俺が言いたいのは、野球部の危ない奴らを抑えられるのは、能力者の俺たちなんじゃないかってことだ。それは朝雄にとっても、いいことだろう。なあ雪村よ。」
「そうね。いいわ。明日また朝雄君に話してみましょう、野球部の『選抜』出場に紙同会が協力できるってことを。ギブ・アンド・テイクでいきましょうってね。」
その時会室の木戸がガタッと開いた。そこには美術部の島屋敷博行が立っていた。
「・・・それだけでは弱い。朝雄さんを説得するにはもう少し材料が要ります。」
「あら、博行君。」
「失礼します。今の話、聞いてしまいました。大声だったもので、全部廊下に筒抜けでしたよ。」
「いらっしゃい、博行君。どうぞ入って。紅茶か緑茶があるわ。」
「ああお構いなく、雪村さん。ちょっと失礼します。なかなかコンパクトなお部屋ですね、人数のわりに。いや温かくて快適ですね。・・・それで、今の野球部の話、悪い噂のことですが、皆さん御存知でしたか?」
「ええ、知っていたわ。わりと有名だよね。」
「そうですか。実は私は、頼三とは小さい時から仲がいいのです。御存知でしょう。だから直接彼から話を聞いてましてね。ああ、ありがとうございます。」
そういうと博行は出された紅茶を一口飲んだ。
「ここからはちょっと言いにくい話なんです。他言無用に願えますか?」
そう言って博行が話し始めた内容は、悪い噂が事実であることを裏付けるものだった。彼によると、春に鎮生をいびっていた三年生をシメて橋の下に吊るしたのは、頼三と友成だった。頼三が指図し、友成が実行したらしい。
「なんでそんなことを?」
「馬鹿だからだろう。」
「彼らは遊び半分だった、というと誤解を招くのですが。実は、頼三と友成には不思議な冷酷さがあって、いや冷酷というと本当は違うんですが。それも彼らのチャーミングなところなんです。まだたくさんあるんですよ。勘が鋭かったり、動物が好きだったり、木登りが上手だったり。」
「・・・小学生じゃないんだから。」
「まあ、妙に幼いところはありますが。私は彼らとたまに山で遊ぶのです。面白いですよ。でも童心に帰るのとはちょっと違う。狩りと儀式の中間のような遊びです。彼らは全てのものに名前を付けているようなのです。古い言葉とも違う、まったく聞いたことのない名前です。その遊びを見ていると、彼らにとっては森羅万象が全然違う見え方をしていると思える。そこには人間を特別扱いしない、不思議な秩序があるんです。異界から見たある種の均衡のようなもの、とでもいいましょうか。彼らの頭の中には、何か巨大で精緻な構造があるんじゃないかと思えるんです。神話、哲学、宗教、思想、幻想、物語、どう呼ぶかまだ保留中ですが、非常に面白い。なぜか彼らは分かりやすく話してくれませんけど。まあとにかく私はその遊びが好きですね。それに、ひょっとすると紙同会の活動とも何か関わりがあることかもしれませんしね。つまり、春の事件はその頼三の世界観で理解する必要がある・・・。」
「そう。頼三君は昔からちょっと変わった人だった。家も同じ太郎丸村だし、よく知っているわ。友成君は小栗山村だからよく知らないけど。」
「はい。友成さんは頼三の忠実な弟子のような存在ですかね。それであの事件ですが、結局鎮生さんが責任の大半を負いましたね。野球部も連帯責任を取らされた。団体競技の良くない所です。それで、そのことはすでに済んだこと、ほぼ終わったことだと外からは思われています。でもチームの内情をみれば、決してそうではない。頼三たちの悪い噂のおかげで、チームはバラバラ。朝雄さんはそれをどうにもできていない。彼らの中で、春の事件はいまだ終わってはいないのです。次の甲子園に出られそうなこの期に及んでね。」
「俺の見立てもその通りだ。」
「そうなんです。朝雄さんの願いは、頼三と友成さんが鎮生さんに謝ること。そうすればけじめがつき、他の部員は朝雄さんの統率力を信頼する。チームのわだかまりが解け、春の事件が完全に終わる。」
「うむ。頼三たちが謝ることが大事だな。礼節だ。」
「そう、でも彼はいままでそれが出来なかった。頼三たちがやったという確証がなかっただけではありません。頼三たちの野球の実力が必要だっただけでもない。もうひとつ、朝雄さんは頼三が苦手なのです。いや、ほとんど恐れていると言っていい。」
「恐れている?あの強面の朝雄が?」
「頼三には底知れない何かがあると、敏感な朝雄さんは感じ取っているのでしょう。私も感じています。」
「ああそうか、俺もそれは感じた。確かに奴は底知れない。この間の鎮生と悪平のタイマン勝負の時、奴だけ下を向いていた。手のひらで、虫を遊ばせていたんだ。鎮生と悪平とのタイマン勝負なんて、ちょっとした見ものだぜ。それより小虫に興味があるなんてな。ただの馬鹿かとも思ったが。どうもそうじゃないらしい。悪平が鎮生に投げられた時も、微動だにしなかった。妙なやつだぜ。」
「そうです。チャーミングでしょう。朝雄さんはある意味でそんな得体の知れない頼三に翻弄されていた。言うことを聞かせることができなかった。統率力を発揮できないキャプテンには、部員たちはついて行かない。バラバラです。だから、朝雄さんが頼三の行動を抑えることが出来たら、野球部は今よりずっとまとまりがよくなるでしょう。私があの二人の関係を取り持てばそうなるのです。恩を感じた朝雄さんは、喜んで他の人を誘ってこの紙同会に入ってくれるでしょう。」
一同が沈黙するなかで、明は言った。
「ちょっとまて。確かに面白い話だが、なんでお前がそこまでするんだ?何の得がある?お前は紙同会じゃないだろう。」
「確かに先日はお断りしました。ですが、やはり入会させていただきたいと思い直しました。それで、これはお手間を取らせたお返しなんです。」
一同は博行の急な話に戸惑った。
「それはありがたいけど、なんか話が急すぎてちょっと信じられないくらいよ。前は頑なに断っていたから。それにあの彫刻はどうするの。あれは大事でしょう。」
「雪村さん、私はあれを捨てました。」
博行は、制作中の彫刻のほとんどが気に入らなくなり破棄したこと、ゆきに新たな作品制作に協力してもらいたいこと、そのために同好会に入会したいこと、などを話した。相変わらずのストレートな物言いに、一同は苦い顔をしていた。明は特に苦そうだった。しかしゆき本人は気付いていなかった。
「そう。それで私が何を協力するの?」
「モデルになってほしいのです。」
「あらそう。いいわ。」
「ありがとうございます。特別にお時間を取らせることはしません。ただ、私があなたをじっと見ていても、聞き耳を立てていても、気味悪がらないでください。」
「そんなことでよければ、いいわ。あ、そうだ。私からもお願いがある、彫刻を教えてほしいの。そう。どんなのを彫りたいかとかは絶対に言えないけど。」
博行は快諾し、この瞬間、紙同会は顧問も含めて総勢八人になった。




