14 紙同会 島屋敷博行を勧誘し神像を得るのこと
前回までのあらすじ
雪村ゆきは田舎の高校一年生。
ある日出会った半透明の神様に教えられ、超人的な能力を身に付けました。
それから神様に命じられ小国紙同好会を作り、同じ能力をもつ仲間を集め始めます。
そして先日は、一気に九人の会員候補を引き入れる作戦が失敗してしまいました。
さて、それから物語は一体どうなるでしょうか?
翌日の放課後、上小国高校旧校舎一階の美術室に、吉田六郎以外の一同が集まっていた。そこは美術部の部室にもなっていた。紙同会(小国紙同好会)室と同様年季の入ったたたずまいで、イーゼル、キャンバス、絵の具、希釈液の缶、筆の束、モチーフ用の骨やガラクタなど様々な美術の道具があちこちに放置され、積み上げられていた。紙同会室より何倍も広いはずであったが、やはり非常に狭く感じられた。ただカビのにおいとは別の、すえた油のにおいがしていた。
たった一人の部員で部長である島屋敷博行はまだ来ていなかった。美術部顧問も隣の美術準備室にいつものように籠って出てくる気配はなかった。大方自分の作品制作に熱中しているのだろう。
会員たちが様々な道具やガラクタを触ったり、この教室のにおいが好きか嫌いかで盛り上がっていると、戸が開いて博行が入ってきた。
「・・・誰かいると思ったら、新しく軽音楽部の部室に入った方たちじゃないですか。」
「お邪魔しています。そしてお久しぶり。博行君。雪村ゆきです。いまは小国紙同好会の会長で、ここにいる人たちはその会員です。よろしくお願いします。」
「ああ、こちらこそよろしくお願いします。雪村さん、お久しぶりですね。」
博行は穏やかな笑みをたたえていた。女子に非常にモテそうな優男で、いまだに美少年の面影を残していた。
彼は島屋敷という太郎丸の隣の集落に住んでおり、結城野中学校まではゆきと同じだった。幼少から図画工作が得意で、中学三年からは彫刻に取り組み、そして高校に入ってから早速名のあるコンペティションに入賞し、天才の片鱗を見せていた。
「ところで、今も彫刻やってる?」
「ええ、やっています。最近のはコンペに出してしまったのですが、今あるもの、後で見ますか?」
「是非!見たいわ。」
「分かりました。ところで、今日のご用件は?」
「そう。そっちが先ね。お察しの通り、昨日小国沢書記がお話した件です。小国紙同好会へのお誘いに来ました。」
「そうですか。そうと思っていました。いやいや、ありがとうございます。でもすいませんが、お断りします。作品の制作が忙しくて、他に手が回らないのです。」
「そう。昨日明君が話した内容を、どう思う?」
「ああ、あれは、なかなか荒唐無稽な話でしたね。妖しい話、という感想を持ちました。雪村さんがなぜそんなことをしているのか、理解できません。」
「でもあなたは自覚しているはず。あなたは力を持っている。」
「いえいえ、そんなものありませんよ。」
「隠さなくてもいい。我々はみんな能力者だから。この力を結集しようとしているのよ。」
「・・・いえ、私に力はないと思います。ところで、みなさんで集まって何をしようとしているのですか?」
「入会したらお話するわ。紙同会はこう見えても、れっきとした秘密結社なのよ。」
「・・・雪村さん、あなたの声は非常に魅力的ですね。なぜ今まで気付かなかったのか。」
「話をそらさないで、博行君。あなたの力が必要なのよ。」
「話をそらしてはいません。あなたの声を、私は初めて聞いた気がします。主な声の他にいくつか声が合わさるような、中音の中に絶妙に高音と低音が含まれて、良く通ってなおかつ余韻が豊かにひろがるような、とてもよく響く印象的な声。あなたは、今まであまり声を出していなかったんじゃないですか。そういえば、バレーの試合の時も、あなたの声は聞こえなかった。」
「ああ、そう。私の試合、見てくれたの。」
「もちろんです。全部見ました。去年の夏の、東京代表に惜しくも負けた試合も応援にいきましたよ。いい試合でした。」
「・・・ありがとう。でももう私はバレーはやらないの。」
「いえ、雪村さん。今のあなたもすばらしいですよ。昔もすばらしかった、ということです。」
そのとき明が言った。
「博行、昨日言ったことを繰り返すが、入会するかしないか、どっちなんだ。」
「明さん、まあ待ってください。今は雪村さんとお話をしています。この会のトップは、雪村さんでしょう。」
「明君、ありがとう。私が話すわ。博行君、あなたの今作ってる作品が完成したら、紙同会に入会してくれる?」
「雪村さん、制作中の彫刻は、何十個もあるんです。それを毎日少しずつ進めていくんです。一日に集中できる時間は限られていますから。それに進んでると思っていても、そうじゃないこともある。とてもすぐには終わらない、いつ終わるか分からない作業です。そこのところ、はっきり工程が決まっている手漉き和紙とは違うところでしょうか。美術と手工業の違いといいましょうか。」
「そう。なんか、彫刻って楽しそうね。」
「楽しいですよ。見てみます?まだみんな途中のものですが。」
「見たい!」
博行は教室の一角の布がかぶさっている何かに近づいた。そしてその大きな布をばっとはいだ。一同にどよめきが走った。隠れていたのは何十体もの人物彫刻だった。大小様々で、大きいもので等身大、小さいもので手のひらサイズの、美しい裸婦像の群だった。白っぽいものや黒っぽいものがあり、素材は木や粘土などだった。
「すごい。これ全部博行君が作ったの?」
「作ったというか、まだどれも出来ていませんが。もう少しで完成しそうだったのが、これです。これでも毎日二ヶ月位いじっていました。」
そういってゆきに差し出したものは、高さ二十センチに満たない白い小さな像だった。ゆきはそれを受け取ってよく見た。写実的で躍動的な裸婦像で、バレーボールのサーブをしているようにも見えた。
「すごく、きれい。」
「そうです。美しく作ったのです。優しくてなおかつ逞しい美しさを表現したかったのです。ですが、すでにこれは失敗作です。」
「ええ!どこが失敗作なの?とってもきれいなのに。」
「この女性の美しい容姿や強さを彫るだけではだめだったのです。その美しい声も表さなくては。でも僕はそれを知らなかった。それを始めから知っていれば、このような表現にはならなかったのです。」
「へえ、そういうものなのね。でもどれもこれもすごくきれいよ。」
ゆきの後ろの会員たちは、博行の話の意味が分かったので苦虫をかみつぶしたような表情をしていた。特に明は特大のやつを咀嚼しているようだった。ゆきはそれらのことにまったく気づいていなかった。
博行はやはり制作が忙しいという理由で、紙同会入会を断った。その意思が固いと見た一同は、すごすごと引き下がり、木造校舎二階の会室に戻った。
六郎が窓際に座って暗い外を眺めていた。
「ああ、お疲れ様。」
「六郎さん、だめだった。博行君はまだ入らないわ。」
「そうか。で、明君が気にしていた件はどうだった?」
「それは大丈夫。博行君に悪意は感じられなかったし、今後紙同会に敵対するような兆候も見られなかった。まだ力に目覚めてもいなかったのよ。」
六郎は無言で頷いた。ふと、ゆきの手にしている二十センチほどの白いものに目をとめた。ゆきはその視線に気付いて言った。
「博行君の彫刻作品、優しさと逞しさを表した像よ。彼はこれが理由で紙同会には入らないって。でもこの像自体は要らなくなったといって、くれたの。」
ゆきはその像を黒板の横の小さな棚の上に置いた。一同が椅子に座って雑談をしている間、六郎はその像をじっと見つめていた。
その日一同は、午後七時過ぎまで仲間勧誘の順番を話し合って、解散した。




