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11 雪村ゆき 紙同会で説法するのこと

前回までのあらすじ


雪村ゆきは田舎の高校一年生。

ある日出会った半透明の神様に教えられ、超人的な能力を身に付けました。

そして神様に命じられ小国紙同好会を作り、同じ能力をもつ仲間を集め始めます。

努力の甲斐があって、明、直実、六郎、仲良、四郎の五人が入会してくれました。

さて、それから物語は一体どうなるでしょうか?

 翌日放課後の小国紙おぐにがみ同好会室で、小国沢おぐにさわあきらが雪村ゆきに言った。


「またわからなくなった。そもそも、神ってなんだ。前におまえは人の心が集まって神になるって言ってたな。その話と、歴史上実在した『以仁王もちひとおう』や『木曽きそ義仲よしなか』が神になってるということと、矛盾してないか。」


「そう、明君の疑問ももっともね。でも矛盾はしてない。実は、神様の成り立ちには二種類あるの。自ら神様になる場合と、人々に作られる場合よ。ミヤさん達の場合は、自らなった方。」


「自ら神になる?」


「そう。肉体や[御魂みたま]が活動を停止しても、人の心は、[御魂の力]はすぐには消失せずにしばらくその場にとどまる。特にミヤさんは生前[弦打つるうち]で、優れた[御魂使い]だったわけ。『木曽義仲』っていう人も強い[御魂使い]だった。彼らが亡くなった時に持っていた強大な[御魂の力]は、そのまま彼らのむくろをしろにして活動を始めた。人々が神様として彼らをまつる以前に。それがミヤさんや『木曽義仲』さま。」


「・・・まるで残響というか余韻を集めたみたいな存在ってことか、いまここにいるっていうそいつらは。」


「残留思念・・・。」


直実がつぶやいた。


「余韻にしては強すぎるけど、まあ間違いじゃないかな。」


「ということは、今の『以仁王』は生前の『以仁王』ではない・・・つまり、人格が連続していないのか?」


「その通り。でも今のミヤさんがいうには、生身の頃のミヤさんとはつながってはいないけど、ほとんど性格は同じだそうよ。」


明は少し考えてから、言った。


「さっき、むくろを依り代にしてっていったな。むくろって死体だろ。あれ、なんというか、腐ったり、火葬したりするだろ。依り代がそうなっても、神は平気なのか。」


「そうね、神様にとっては依り代は活動の切っ掛けであり、「御魂の力」が供給される場でもある。しかし、すでに活動を始めた神様にとっては、自分のむくろでさえ数ある依り代のひとつにすぎない。」


「そうか、神にとって依り代はひとつじゃなくたくさんあるのか。神社の本尊とか大木とか、そういうやつから力をもらうわけだ。」


「そう。それに、神聖な物や場所だけじゃなく、もっと形の無いもの、例えば伝説や物語とかも依り代に成り得るわ。」


「なるほど、神というのがちょっとわかってきた。例えば広く信仰されている神は、力がたくさん供給されているわけだ。当然そいつは、強力な神になる。」


「そう。」


明はまた少し考えて言った。


「ところで、『以仁王』のように自分で神になるって、よくあるパターンなのか?」


「いえ、それはごく少数派ね。強力な[御魂使い]が死んだときだけ。今ある八百万やおよろずの神様はほとんど人々に祀られて神様になったパターンよ。」


「そうか。・・・ところでもう一度確認なんだが、能力者が神になる場合は、そいつが神として甦るわけじゃなく、その能力者の力が神になるんだな。」


「そう、その通り。そして普通の死者が神様として甦ったように思える場合も、実際には人々の思いが集まって新たに神様が作られている。だから、死者そのものは決して甦らない。」


「そうか。甦ったように見えるだけか。・・・じゃあ例えば、もし俺が死んで神になったとする。その神は、俺の力が集まったもので、俺の人格そのものじゃない。その時この俺は相変わらず土の中の骨、っていうことなのか。」


「そう。でも心配しなくてもいい。明君の[御魂]が亡くなったら、明君の人格も消える。人格なんてただの表層、脳の記憶を検索するときのほんの少しの癖にすぎない。[御魂]の幻影みたいなものよ。」


「・・・急に科学的なことを混ぜるんじゃない。混乱するだろ。」


「明君。はっきりいって、神様や私たちの力は、現代の科学技術体系に矛盾するものでは無いのよ。相対性理論や量子力学や脳科学などと両立可能なの。補完関係にあるといってもいい。ただ、いまだに力の概念や測定方法が確立されていないだけ。」


ゆきはすらすらと言葉をつないだ。


「でもまあ、ミヤさん風にいうと、人の死とは人から[御魂]が無くなること、つるの振動が止まること、なのよね。」


「『以仁王』の思想体系なら知ってる。肉体の生命活動が弦そのものなんだろ。それを振わせて初めて[超生命活動]の[御魂]が生まれる。覚えてるさ。納得してはいないがな。」


「あら、矛盾してなければ疑うことはないんじゃない?」


「・・・サ、サンプルが少ないからな。だからまだ考え中だ。」



 季節は十月も後半に差し掛かり、夕方の小国紙同好会室は少し寒くなっていた。明はどこからか石油ストーブを引っ張り出してきていた。

 会室にはゆき、明、山野田やまのた直実なおみ、新会員の上岩田かみいわた仲良なかよし、同じく新会員の森光四郎もりみつしろう、外部顧問の吉田六郎りくろうの、六名全員がそろっていた。不幸なことに直実以外は大柄で、小さな会室は窮屈だった。

 蛮カラ風の学ランに身を包んだ仲良は、太い腕を組みながら言った。


「ところで、俺にりついている神とは、どういう神なんだ?」


ゆきが答えた。


「そうね。あなたの[憑神つきがみ]さまは、かなり信仰をあつめている神様ね。」


「ありがたいことだ。ええと、その俺の神の名前、なんといったか?」


「『源義仲みなもとのよしなか』、または『木曽義仲』っていう神様で、ミヤさんの[共鳴ともなり]、いえ、[共鳴者きょうめいしゃ]って言った方がいいかな、だったそうよ。」


「『源義仲』か、なんとなく聞いたことがあるような。」


「『平家物語』の主要人物のひとりよ。実在の人物で、悲運の勇者ってところかしら。彼は今の長野県にある木曽地方で育って反平家の軍勢を起こした。瞬く間に信濃、越後、北陸で連勝して、一度は平安京を支配しながらも、結局『源頼朝みなもとのよりとも』が派遣した『源義経みなもとのよしつね』に討たれてしまった。親戚同士なのにね。そして今では、史跡や伝説の多い北陸や中部地方、墓のある滋賀県、遺臣が多く移った群馬県などを中心に信仰を集めている神様。」


「よく勉強しているな。」


明が割って入ってきたので、ゆきは答えた。


「まあね、ミヤさんが教えてくれた。当時は神様として『源平合戦』の戦場を見て回ったというし。八百年の蓄積があるわけだし。この分野でミヤさんほど詳しい人はいないでしょう。」


仲良は少し上を見ながら言った。


「『平家物語』、頼朝、義経に義仲か。そうか・・・。そいつが俺に力を与えてくれているのか。あいや、大昔の大先輩に失礼な言い方をしてしまったかな。でも俺はその神様をなんとお呼びすればいいんだ?義仲様か?それとも義仲明神様か?」


「そうね、今直接聞いていい?うん、何でもいいって言ってるけど。強いて言えば、うん、征東大将軍ね。ちょっと長いから、うん、じゃあ大将軍で良いって。」


「うむ。ではよろしくお願いします。大将軍様。」


「私が今見ている大将軍様は、鎧兜に身を包んでいる武者姿なんだけど、とっても強そうよ。」


「うむ。わが守護神様は強くなくちゃあいかん。稽古をつけてもらわねばならないからな。」


仲良は豪快に笑った。四郎も真似をして笑った。小国紙同好会に体育会系の明るく爽やかでほんの少し能天気な風が吹いた。


 その日は午後七時に会は終わり、家の方向が同じゆきと明と仲良は、外灯のまばらな砂利道を一緒に歩いていた。ゆきはちょっと下がって自転車を押していた。

 仲良の家は上岩田かみいわた村にあり、そこはゆきの住む太郎丸たろうまる村と明の住む小国沢おぐにさわ村に隣接していた。三人は、結城野ゆうきの中学の同窓生だった。

 稲刈りが終わって乾いた広い田んぼに、仲良の笑い声がよく響いた。


「ははは。まあ、面白いこともあるものだ。特に昨日一日はな。三回も驚いたわ。剣道世界最強だとうぬぼれていたら近所の女子にあっさり負けてしまうわ、文化系の同好会になんぞ入ってしまうわ、挙句の果ては大昔の神に憑りつかれてしまうわでな。いやまったくたいした一日だった。」


「仲良はタフなんだ。普通なら参ってるよ。」


「はは、いや実は俺も参ってる。でも一日経ったら少し面白く思えてきた。」


「前向きだな。」


「そうかもしれんが、そうじゃないかもしれん。・・・ところで、お主たちが何かやっているのは、上小国かみおぐにではすでに噂になっていたぞ。なにやら悪さをしているってな。知っているか?直実さんがバスケをやめたのは二人のせいだとも言われている。かつてのスター選手であった雪村は今や長岡の高校生で、しかもバレーボールをやめているし、お主は反社会的な音楽をやるし。無理もないんだが。」


「そんなにひどい噂か?」


「まあ噂はだいたいひどいもんだ。それに、この夏は特にインターハイフィーバーがすごかっただろう。剣道で俺が全国優勝、バスケで直実さん達が二位、水泳で泉が三位だ。上小国だけじゃなく小国郷おぐにごう全体だともっと数えられる。それもほとんど俺たちの学年、一年のやつらだ。」


「ああ、異常なくらいの好成績だった。昭和四二年生れにちなんで、[四二年組よんじゅうにねんぐみ]って騒がれているな。」


「そうだ。で、新聞やらが来たりして大いに盛り上がっている時に、直実さんが、バスケ部をやめてしまった。小国郷全体の凱旋式をやる前だった。これはなにか起こったと思うだろう、だれでも。」


「思う。」


「で、約一月後に軽音部に通っているのが発覚すれば、当然お主は悪者扱いだ。普段の行いからして、地元のヒーローを悪の道に誘った悪い奴だってな。」


「はじめは誰かもわからなかったんだよ。」


「まあまあ、でもそういう噂があるってことだ。雪村、お主も覚えておいたほうがいい。新しくできた小国紙同好会だってそうだ。軽音部が看板を掛け変えただけだと思われたら、上小国、いや小国郷にとっても歓迎されない可能性がある。」


「歓迎されない?地元のヒーローの邪魔をするからか?」


「まあ、それもある。今日だって、俺と四郎が稽古を早退して同好会に出た。剣道部は俺たち二人以外いないようなものだから、顧問はひと騒ぎするかもな。バスケ部をやめた直実さんの例もあるから。」


「そうか。」


「まだある。それは、やはりこの会が上小国にとって異質な存在ということだ。特例で外部顧問や外部の生徒を受け入れているが、何か問題があればすぐにでも解散を勧告される立場だろう。[学年主任会議]と悪名高い[生徒会]に睨まれなければいいが。」


「[生徒会]?悪名高いの?」


ゆきは小さな声で訊ねた。


「まあ奴らの意思は正直な話わからん。しかし活発に活動しているのは事実だ。秩序を重んじるやつらと我々とでは、利害が反するだろう。そのうち何かでぶつかるかもしれん。そしてその上に[学年主任会議]がある。学年主任の教師三人の集まりだが、これも妙な噂があってな・・・。」


「そう。」


この後仲良の話は学校組織や各村の役場、農協、民青みんせい(日本民主青年同盟)などに及んだ。ゆきはその話題には興味を示さなかった。少し会話が途切れた後、ゆきは言った。


「そういえば、大将軍様は、元々あなたのそばにいたのかしら。」


「さあ。俺は大将軍様を見たことがないからな。お主が見えるって言っているから信じている。あと吉田顧問にも見えるのか。まあ俺は信じるよ、お主も、大将軍様も。お主、直接聞いてみたらどうだ?」


「そうね。じゃあそうする。」


「前から知りたかったんだ、俺の剣の力にどんな秘密があるのか。この不思議な力、[御魂の力]といったっけな。」


「いろんな言い方があるんだよ、それ。」


明は話に割って入って、いわゆる[超能力呼称問題]について語りはじめた。明はゆきをちらちら見つつ話した。ゆきは黙っていた。


「ふーん、名前で揉めているとはな。で、今はなんていえばいいんだ?とりあえず。」


「今は仮に超能力とか、ただ単に能力とか力って言ってる。」


「味も素っ気もないが、俺もそれでいこう。」


「なあ雪村、お前もひとまずそう言っとけよ。俺もそうするからさ。」


「そう、わかった。」


そう言ったゆきの表情は、明の方からは暗くて見えなかった。

 三人はしばらく歩いて、ゆきの家の前まで来た。すぐそばに立つ電柱の外灯が明るい。生垣がきれいに手入れされている。ポストモダン風の家屋が十メートルほど奥に建っており、いくつかの窓から明かりが見えた。三人の話は尽きなかった。

 午後八時過ぎ、お腹が空いたゆきは、家から『バームロール』やら『チョコリエール』やらの茶菓子を持ってきた。そしてそれを二人に配りつつ言った。


「遅くなるとあれだから、大事なことをまず言わせて。ミヤさんと大将軍様が言ってるんだけど、これから紙同会の会員には新たな神々がそれぞれ現れるだろうって。一人に一柱いっちゅうずつ。[憑神]さまとしてね。」


明が聞いた。


「んん?それはどういう理屈なんだ。」


「ミヤさんが言うには、能力が高まってある一定の水準に達すると、その人に縁がある神様が引き寄せられるんだって。ミヤさんや大将軍様みたいに。これも神のさがのひとつらしいんだけど。」


「引き寄せられる、か。」


「そう、力と力は互いに引き合う性質を持っている。神様は力の集合体だから、強い力を持つ者に寄っていく。そして憑りつく。憑りつかれた者は、[憑神]さまの影響によってその力を飛躍的に高めることが出来る。」


「力と力は引き合うねえ。そういうもんなのか。・・・そういえば前に超能力は音に似ているって言ってたな。引き合う性質があるとすると、超能力ってのは、磁気を帯びた音、って感じなのかな。」


「そう。なかなか分かりやすいイメージね。[磁気性の音]。」


「不思議なイメージだな。面白い。ははは。ついでにこの菓子もうまい。なあ明よ、お主これ食ったことあるか。」


「物理法則に反せずに存在する、[磁気性の音]のようなエネルギーか。興味深いな。」


「そしてさらに、[憑神]さまと[以心伝心いしんでんしん]が出来るほどになれば、こういうこともできる。ちょっと見て・・・。」


そういってゆきは姿勢を正して目をつぶった。しばらくするとゆきの体が青白く光り出した。明と仲良はその神々しさに息をのんだ。


「雪村、お前これは・・・。」


ゆきはゆっくり目を開けて言った。


「今、われはミヤさんと一体化しているの。これが神に憑りつかれた者の究極の形、[明ツ神あきつかみ]。」


明と仲良はまぶしそうに強さを増していく光源を見ている。ゆっくりゆきの輪郭が大昔の女性の姿に変わっていく。


「そして、この姿だとわれが元々持っている[御魂みたまの力]を極大化できるのよ。」


そう言い終わると、ふっと強烈な光は消えて、ゆきは元のセーラー服に戻った。いつもの暗い外灯の元で、男子生徒二人はしばらく呆然として口がきけなかった。


「でもちょっと疲れやすいかな。」 


「・・・な、なんか、変な口調だったな、さっきの光ってるお前。」


「そうだった?そんなことないと思うけど。」


「われって言ってたじゃん。・・・まあいいか、ところで、俺にもそのうちお前みたいに神が憑くんだろう?」


明は茶菓子の包みを開けながら言った。


「そう。多分近いうちに、そうなる。」


「いつかわかるか。」


「それは分からない。」


「そうか。まあ楽しみにしてるよ。お前も仲良ももう神が憑いているんだからな。実はちょっと羨ましかったんだ。」


そう言うと明は砕けた茶菓子をほおばった。

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