10 ゆきと直実 剣道部で試合するのこと
前回までのあらすじ
雪村ゆきは田舎の高校一年生。
ある日出会った半透明の神様に教えられ、超人的な能力を身に付けました。
そして神様に命じられ小国紙同好会を作り、三人の能力者を集めます。
ゆきを含めた四人の仲間はあることで仲たがいをしますが、なんとか目標を定めて活動を開始しました。
さて、それから物語は一体どうなるでしょうか?
翌日放課後、上小国高校の格技場に雪村ゆきと山野田直実はいた。
二人ともボロボロの剣道防具を着ている。その二人に対峙しているこれまた剣道防具の大男二人は、一年生ながら剣道部部長の上岩田仲良と一年生部員の森光四郎である。四人とも面をつけているため表情は読めない。
しばらくして仲良はその場に正座をして、脇に竹刀を置き、小手と面を取った。その精悍そうな顔からは血の気が引いていた。仲良はゆきを見ながら、隣に立つ四郎に話しかけた。
「四郎、こいつらはまともじゃない。気合を入れていけ。」
「オス。仲良、ま、任せろ。」
四郎は前に進んだ。直実もぶかぶかの剣道防具を揺らして前に出てきた。試合場の中ほどで、ふたりは蹲踞して竹刀を構える。
ゆきが面をつけたまま仲良に向かって言った。
「試合はさっきと同じ三分間一本勝負、いいですね。」
「無論。」
仲良は立ち上がって言った。
「それでははじめ!」
試合が始まった。四郎はゆっくりと慎重に直実に近づいていく。直実はあいかわらず防具をゆらゆらさせている。近づいてみると四郎は直実の二回りほど大きいようで、大人と子供という印象だった。
瞬間、四郎が奇声とともに真上から打ち込んだ。
「メエエエエン!」
直実はすばやく横に避けた。四郎は宙に泳いだ竹刀を引いて数歩あとずさり、ちらっと仲良を見たようだった。その後しばらく両者は動かなかった。直実のぶかぶかの防具だけが揺れていた。
数十秒は経っただろうか、やはり四郎が打ち込んだ。小手、面という眼にもとまらぬ二連打であったが、手ごたえはなかった。直実は体をさばいてかわしていた。
剣道の肝は先を取ることで、非常に掻い摘まむと先手必勝である。まず如何に相手より先に叩くか、有効打突をあびせるかで、避けることはその次である。しかし直実の戦い方はそのような定石を完全に無視するものだった。直実は避けた。直実には四郎の竹刀はかすりもしなかった。四郎は一年生ながら夏の県大会二位、北信越大会も二位の天才剣道家だったが、このように打撃をかわされたことは一度もなかった。彼は初めての経験に動揺していた。
またも動けなくなった四郎に仲良が檄を飛ばした。
「打て打て打て!いつものように!当たるまで打ち続けろ!」
言われて四郎は猛然と直実に打ちかかった。面、小手、面、面、突き、小手、面、胴。直実は超人的な動きでかわしまくる。今度は四郎も打つ手を止めない。打ち込む四郎、かわす直実。打ち続ける四郎も驚異的な体力である。
徐々に直実が後退していく。四郎はどうやら直実を試合場の角に追い込もうとしているらしい。鋭い打撃は全くやまず、直実は中央に逃げることが出来ない。とうとう身動きが取れないくらいの端の空間に追い込まれてしまった。四郎は間髪入れずに渾身の一撃を直実の面に打ち込んだ。直実は痛烈な一本を取られるはずだった。
しかし、次の瞬間ガチッと音がして後ろに吹っ飛んだのは四郎だった。試合場中央に尻餅をついた四郎は、しばらく呆然としているようだった。直実は激高して叫んだ。
「なめんなよ!そう簡単に一本やるか!」
「反則!それまで。」
審判役の仲良はそう言った。直実は四郎に体当たりをしたのだ。故意の体当たりは一発で反則負けである。ついでに言うと、相手への罵倒も反則である。
お互いに礼をして試合は終わった。ゆきのもとに戻った直実は、いまだに怒りが収まっていなかった。ゆきは「体当たりじゃなくて竹刀でぶっ叩けばよかったのに」と言おうと思ったがやめた。そして仲良に向かって言った。
「これで一対一、ラスト一試合やりましょうか。」
「いや、俺は分かった。次にまたお主とやっても勝てん。力の差がありすぎる。四郎ももはや戦意はないようだ。お主たちの勝ちだ。約束通り、同好会に参加させてもらう。」
「ずいぶんあっさりしているのね。でも、ありがとう。」
仲良は笑おうとしたが、失敗した。
「なあに。いや参った参った。俺は毎日なにを稽古していたんだ。自信喪失だな。素人の女子相手にあんな負け方をして。夏のインターハイ優勝の俺がだ。四郎も随分翻弄された。まあ、世の中は広い。俺も四郎も修行が足りないってことかな。」
「あなたの剣術は人間業を超えているのよ。だから本気を出される前に、剣道のルールで勝負を決める必要があったの。ごめんなさいね。」
「いや、謝る必要はない。むしろ俺たちは教えを乞いたい、その強さの秘密を。なあ四郎。」
「オス。見事な体さばき、強い体当たり。あれは、いい。」
四郎は面を取りつつそう言った。となりの仲良と比べると、少し横に大きい。
直実は怒りモードが収まりつつあったが、まだ余韻が残っていた。
「竹刀を持っているのを忘れていた、残念・・・。」
ぶつぶつ言っている直実をよそに、ゆきは言った。
「それじゃあ着替えて小国紙同好会の会室に来て。書いてほしいものがあるから。あとはミーティングをしましょう。状況を説明します。今日は顧問と書記がいないけど。・・・それと悪いんだけど、この鎧みたいなのの脱ぎ方を教えてくれない?」
その時ゆきは、はっとした。仲良の後ろに鎧姿の武者が見えたからだった。
格技場の壁にもたれて片膝立てていたミヤさんこと『以仁王』は、勢いよく立ち上がった。そして、仲良の後ろに立っている鎧武者に話しかけた。
「木曽殿。息災であるか。」
仲良よりもさらに一回り大きいその武者は、ミヤさんの方を見た。そして兜の奥の白く整った顔に驚きの表情を浮かべ、その場に平伏し、
「『三条高倉宮』様!『最勝親王』様!お会いしとうございました。われは征東大将軍『源義仲』であります。」
と言った。
「うむ。かつてのなんじの働き、うれしく思っていたぞ。ところで大将軍、面を上げよ。神となっては作法など不要である。」
「宮様、勿体無いお言葉であります。」
そう言って『源義仲』と名乗った神は顔を上げた。ミヤさんは彼の近くに片膝立ちに座った。それから八百年の歳月を経た神々のよもやま話に花を咲かせるのだった。ゆきはそれを聞いていたが、知らない人名地名がたくさん出てきて、チンプンカンプンだった。一院という人の悪口をいっているのは分かったが、それが誰かは分からなかった。
仲良は自分の後ろ辺りをじろじろ見ているゆきを不審に思った。そしてちらと振りかえって言った。
「なにか、いるか?」
「ああ、そう。・・・いるわ、神様が二人、世間話をしている。なんかね、大昔からの友達って感じ。あ、でも、初対面なのかな。今ミヤさんに聞いたら、いろんな話をしているって。昔の話。戦争の話。飢饉の話。悲惨な話ばかりね。仲間の話。そう、この神様はミヤさんの子供の為に戦ったのね。」
「お主、妖しいことをいう。」
「あら。確かに妖しいけど、本当にいるのよ。私には神様が見える。あり得ないと思う?でも考えてみて。あなたのその剣術の能力だって、十分あり得ないレベルでしょう。」
仲良は黙った。
「神様が見えることも、それと同じことなのよ。尋常じゃない我々の力の正体がなにか、それを探ることもわが紙同会の役目。あ、ちょっと待って。今神様が面白い話を始めたから。神様って、めちゃくちゃ早口なんだ。」
そういうとゆきはまた仲良の後ろの空間を見つめた。




