考える我が輩。本について
読んでも人生のプラスにはならないと断言する。
我が輩は考える。
目の前で山積みとなった問題の処理、処置、処分について頭を悩ませる。
この問題、我が輩の部屋にて定期的に浮き上がっては我が輩を困らせる。季節の変わり目に見られる風邪みたいなものだと推測する。
この問題、燃やしたり捨てたりと云った解決策は我が輩の選択肢の中にない。ナポレオンの辞書の中に、不可能という文字が無い様に、我が輩の辞書の中に、本を処分するという文字は無いのである。
我が輩の辞書には記載がないのだが、家族の辞書には見開きトップページにあるらしく、口を開けば、やれ捨てろ、やれ売ってこい、と呪詛の様に呟かれる。
それが至極もっともな提案なのは理解しているが、それが出来れば最初からこうやって思春期の少年少女の様に「私、人とは違うかも」などと悩んだりはしない。
少年少女諸君に言っておくと、それは個性なのでむしろ誇って欲しい。何がとは言わないが。
我が輩などは馬鹿だったので、「生えた生えた! 一本生えた!」と教室で喚いた覚えがある。馬鹿の友達もやっぱり馬鹿なので、俺はまだだの、俺は生えてるなどと言い合って、見せ合った。
穴があったら飛び込み台からフルスピードで入りたいくらいの黒歴史でしかない。
何が生えたのかは言わないけども。
そもそも、捨てるにしろ売るにしろ。処分する前提ならば最初から買っていないという話である。
電子書籍にしろとか言うのはやめて欲しい。アナログな我が輩にどうしろというのか。
我が輩、
紙の匂いが好きだ。
インクの匂いが好きだ。
手に持った本の適度な重量感が好きだ。
と、電子書籍を薦められる度に言うようにしている。
ぶっちゃけちゃうと、上記3つは別に好きではない。言い訳にしているだけなので、「あ、自分もです」などと同意しないでいただきたい。あなたの気持ちは我が輩には分からないので。
○○の匂いが好き。←これ、怪しい薬品をふんかふんかと嗅ぐヤンキーとどう違うのか?
みたいな事をネットに書いて、猛攻撃を受けた事があるので黙っておくけども。
話題が逸れたので戻すとしよう。
何故、本というのは部屋に山積み平積みになりたがるのか。彼らの気持ちは我が輩には理解出来ない。自分の上におぶさるそれが異性ならばウェルカムだけれども、本に性別は無いので、やっぱり我が輩には理解出来そうもない。
仮に性別があったなら、コイツらは我が輩の部屋で人目も憚らず毎日の様に組んずほぐれつイチャコラしている訳だ。許されぬ所業である。次からは男同士を重ねておこうと決意を改める。
さて、この乱れた性たる本達だが、我が輩の部屋には沢山ある。
本屋さんはもっと沢山あるので、我が輩は別に「本が多すぎる」と、怒られる謂れはないとだけ先に明記しておく。
我が輩の部屋にどれくらいあるのかと問われると難しい。食べたパンの数をかぞえていない様に、読んだ本の数などかぞえていないので。
部屋には棚が3つある。床から天井まで測った様に収まる棚である。測った様にと言うか実際測って購入したので収まって当たり前だったりする。
その棚は計11段の棚となっている。
漫画だったり小説だったり色々だが、漫画のみで見たならば、棚の一列を海賊王が占めている。流石は海賊王であると我が輩感心する。
海賊王の他にも、珠を七個集める漫画だったり、殺さないのに刀持って戦う人の漫画だったり、他にも巨人を駆逐したり、左手が鬼だったりと色々だ。
海賊王から察するに漫画ならば90巻が一列に収まってしまう。
それが11段。計三棚だからして、え~、――――まぁ、なんかそんくらいだ。我が輩は考えない。
実際は、背の低い小説なりの空いた上部のスペースにも本が突っ込まれているので、それよりも多い数量となる。
この数量が一般的に多いのか少ないのか、本屋さんを基準にする我が輩には分からない。
我が輩に分かっているのは、棚に収まりきらない本が床で山積み平積みになっている、という揺るぎ無い事実だけである。組んずほぐれつしているのである。あと、地震が怖い。
新たな棚を購入しようにも、もう棚を置くスペースなど無いのである。最悪、ソファーを排除して部屋のど真ん中に棚を置くという荒業がなくもないけれど、そうすると、当然ソファーが無くなってしまうので、我が輩は自宅の部屋に居ながら立ち読みをしなければいけなくなる。
まぁ、リビングで読むけども。
そうやって色々と我が輩は考えるのだが、なんだか面倒になって、結局、山積み平積みの本をソッと棚の隅に固めて、そうするとちょっぴりだけ部屋が広くなった気がして、実際は何も解決していないけれども、それでなんだか解決した様な気になるのである。
そうやってまた、我が輩の部屋に本が増えていくのである。
本を床一面に敷き詰めてやろうかと小一時間我が輩が考えたところで、本日はお開きとする。
我が輩、キャスター付きの椅子で音速を越えるのが夢である。