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少女は逃走する

 


死亡フラグ、ひさしぶり。

元気してた? え? わたし? わたしは元気だよ!


お前と会うまではな!!!



殺されると思った。

腕を折られ、剣を抜かれるシーンまで鮮明に想像でき、膝が笑ってしまう。

騎士とはなんぞや。国民を守る立場じゃないのか。これじゃあ真逆じゃないか。



「手始めにこの腕を折っちまうか」


「や、やめ……っ」


「ははっ、かわいそーに。自分の運命を呪うんだな」



こいつは、本気だ。

本気でわたしを殺す気なんだ。


絶体絶命のピンチ。

いよいよ死亡フラグがわたしと添い遂げたがっている。

死亡フラグよ、お前とはもう二度と会いたくなかったよ。お前さ、しつこいんだよ。束縛激しすぎ。さよならするのにわたしがどれだけがんばってきたか知らないだろ。


ふざけんな。

わたしは死ぬ気で生きていくよ。



――どうか、お願い。



意志に共鳴したのか、突如として鼓膜の奥から途切れ途切れの音声が流れてきた。



――あなたは、あなただけは、どうか。


――生きて。



子守唄を紡ぐように語りかけてくる。

その声には聞き覚えがあった。あれは、川で溺れたとき。あのときもこんなふうにわたしの中でずっとこだましていた。身体の持ち主である少女の記憶だろうか。

誰の声かはわからない。それでも充分すぎるほど、窮地に立たされたわたしを猛烈に奮い立たせる。



――生きて。



あたぼーよ! 死亡フラグを蹴散らして生き抜くから安心しな! 声の主さんの願いは、神様に代わってわたしがしっかり叶えてやるよ!


男がその気なら、わたしだって! 殺られる前に殺ってやらぁ!


わたしは握力のイカれた男の手を逆手にとり、ちゃっかり支えにして地面から足を浮かせた。ブランコの要領で体を上下に揺らし、速度をつけながら右足を振り上げた。

食らえ! 必殺キーック!



「イッ!?!?」



男の股間に見事クリーンヒット。恐怖心から変化した鬱憤をすべてキックの威力に転換させたから、相当こたえたはずだ。

男は内股になり、股間を押さえながら激痛に悶えた。

やってやったぜ。いい気味だ。


その隙に右腕を引っこ抜き、近くの木によじ登る。枝を次から次へと飛び渡り、距離を取った。逃げるが勝ちだ。

男は反射神経に優れている。一か八かの賭けだった。


何もせず殺されるなんてまっぴらごめん。せっかく転生できたんだ。何が何でも逃げ延びてやる!



「こんのクソガキ~~ッ!!」


「うげっ」



背後から男の怒号が轟いた。鳥の大群が空高く逃げていく。あぁ、わたしも一緒に飛び去りたい。

きっとすぐに追ってくる。遺憾にもわたしには翼がないので、木に垂れたツタを伝って移動していく。「あ~ああ~」と高らかに叫びたいけど我慢だ。風を切りながらうまく身を反らし、果実のなる木へ飛び乗った。



「おっとっと……セーフ」



ふらつきながらも太めの枝に着地。木の幹に寄りかかる。

この木に実るのは、先ほど採集した赤い果実だった。甘いと噂のそれをひとつもぎ、かじりつく。焼き林檎くらいとろとろで甘い。


糖分補給を済ませ、ふたたびツタを取る。

右腕がわずかに痙攣した。男に握りつぶされたところが果実のように腫れている。いまだに痛むが、庇っている余裕はない。

ツタを上下に引き、簡単に切れないことを確認してから、緑に染まる宙を駆け抜けた。


近衛騎士だという男は、ローザちゃんたちの前では猫を被り、わたしから遠ざけようとした。

人目のあるところでは本性を出さない、最低モラハラ男なのかもしれない。というわたしの名推理から、ガルさんたちのいる孤児院を目指すことにした。

クソガキ!と叫び散らす男と目的地の位置を把握しながら逃げていく。最悪なことに男がだんだんと孤児院に近づいていて、やむを得ず山の奥のほうへ方向転換する。急がば回れ。マリーさん、約束破ってごめんなさい。


すると下方に男と同じ服装の人影を発見し、あわてて木の影に身を潜めた。



「やっぱ何もないな……」


「もっとよく捜せ。見落としてるだけかもしれねえぞ」



二人の若い男が、草むらを分けながら何かを捜している。

恰好からして彼らも近衛騎士なのだろう。追手のせいで騎士にいいイメージがない。

警戒はするものの、あの二人には恐怖心は働かなかった。彼らこそ、追手が演じていた真っ当な善人そのものに見える。仕事中や誰かといるときに装っているだけかもしれない。

今はどうしても疑心暗鬼になり、何も信用できない。



「本当に見落としてるだけだったらいいけどな……」


「一縷の望みに懸けるしかないだろ」


「最北端の山で靴と血痕が見つかったんだろ? そっちを調べたほうがいいんじゃないか?」


「昨日別の部隊が捜したってよ。でも進展はなし。だから今日はこっちに来たんだ。シンデレラ様がよく足を運ばれていた孤児院のある、この山にな」



シンデレラ様。

その名前に、耳が敏感に反応した。


そうか、任務って、シンデレラ様と第一王女の捜索のことか。

てっきり、国王陛下がシンデレラ様の訃報を発表した時点で、捜索を打ち切ったと思っていた。

本当は、まだ、あきらめていなかったんだ……。



「この山を捜索するのもこれで四度目か……」


「許される限り捜すさ。見つかるまで何度だって……」


「俺だってずっと願ってるよ!どこかでシンデレラ様と王女様が生きておられないか、手がかりだけでも見つからないかって」


「来週葬儀が行われることさえ信じられねぇよな」


「ああ……。国王陛下は表向き認めておられるが、来週の葬儀ぎりぎりまで捜索するよう命じたあたり、心の中ではきっと俺たちと同じ気持ちだよな……」


「国王陛下が一番想っていらっしゃるだろうさ。王妃殿下もここ最近は自室にこもっておられるそうだし」


「……正直、王妃殿下がこんなにも気落ちなさるとは思わなかったな。シンデレラ様のことをずっと敵視していらしたし、今回の件も最初は王妃殿下が企んだんじゃないかって……」


「おい!誰かに聞かれたらどうすんだ!」


「わ、悪い……。でも……お前もおかしいと思っただろう?あのシンデレラ様が責務を放り出すなんて考えられない」


「まあそれはそうだけど……王族には王族の悩みがある。逃げたくなるほど疲弊していたのかもしれない。シンデレラ様は疲れを表に出さないお方だから……」


「……生きていてほしいな……」


「捜索がんばろうぜ」



無情にも、漫画のとおりに世界は回っている。


彼らに真相を教えたい気持ちは山々だけれど、モブの言葉に説得力はないし、物的証拠もない。

今後のストーリー展開では、ヒロインのアイラちゃんの活躍で真実が暴かれていくのだろう。

わたしにできること……孤児院の子どもたちの名前を覚えること以外にも見つけていかないと。


何はともあれ、今は、逃げる一択。

生き延びなければ、明日はない。



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