少女は捜索する
ローザちゃんと、ニック。二人とも素直でいい子で、気まずい空気を解決できた今ではすっかり仲良しこよし。これはもう友だちと呼んでもいいのではないだろうか!
やさしいお姉さん代表ローザちゃんは、山に不慣れなわたしの後方でサポートしながら、山の特徴を教えてくれた。ツンデレ気質なニックは、前を歩き、危ないところを遠ざけながら先導してくれた。
二人に頼りきりではいかん! とわたしも張り切って、というか開き直って、あらゆる木を登っていった。
果実の種類によって採取方法が異なるうえに、木を揺する場合は三人で力を振り絞らなければならないので、なんでも確実に速攻で採集できる木登り戦法が最適なのだ。
特技を最大限に発揮した甲斐もあり、無事に目的達成。多種多様な果実をかごいっぱいに集められた。
山に入って一時間。
山のふもとに戻り、ほかの子どもたちと合流した。みんなのかごにも果実がたんまり入っている。色も形も様々な果実がこれだけ集まったのだ。色とりどりのハンカチができること間違いなし!
リーダー的存在である最年長十四歳の子が、人数を確かめる。最後まで数え、首をかしげると、もう一度頭から数え直す。それを何度か繰り返す。
明らかに様子がおかしい。どこか焦りながら各グループの代表者を呼びつけた。わたしのグループからはローザちゃんが話を聞きに行った。
周りが騒然としていく。
心配になり、戻ってきたローザちゃんに事情を伺う。
「ローザちゃん、どうしたの?」
「テオがいないの」
「テオ?」
「最近孤児院に入ったばかりの男の子でね、この山に来るのもまだ二回目だから迷っちゃったのかも……」
テオ、テオ……。記憶の棚をひっくり返して名前を検索し、褐色肌の少年がヒットする。
たしか洗礼式前の四歳だった。人見知りが激しく、自己紹介中もマリーさんのうしろに隠れていた。
ひとりぼっちで怖がっているテオくんの姿が浮かぶ。
土地勘もないだろうし、自力で帰ってくるのは難しいだろう。逆に山の奥まで行ってしまう恐れもある。早急に捜し出さなければ、テオくんの身が危ない。
各自一旦かごを置き、先程のグループに分かれて捜索することになった。
テオくんはわたしより小柄だった。草木の陰に隠れて縮こまっていたら見つけづらい。辺りに注意深く目を凝らした。葉を一枚一枚避け、木を一周し、足音や声がしないか耳を澄ます。
ローザちゃんの話によれば、この山には日中に活動する生物は小動物が多く、そもそも人を襲うような凶暴な動物はめったにいないらしい。その点に関しては安心だが、毒性のある植物や凹凸の激しい山の奥など、危険であることに変わりはない。油断は禁物だ。
「どこにいるんだろう……」
「果実を採ってたときはいたみたいだから、戻ってくる途中ではぐれちゃったのかも」
「戻る際中に果実を見つけたんじゃないか?」
そうは言っても、果実を採った形跡はいたるところにある。ありすぎて目星をつけられない。みんなのがんばりが裏目に出るとは。困った。
空は、青い。山に入ったのは正午過ぎだから、今は午後二時あたりだろうか。日が明るいうちに見つけたいけれど……。
わたしは天を仰ぎながら、ひらめいた。
そうだ! 上から見てみよう!
下ばかり気にしていた意識を一転、上から展望することで何かわかることがあるかもしれない。あわよくばテオくんが見つかったらいい。さすがにそううまいこといかないかなあ。でもやってみるのが大事。なんでもトライだ!
「ちょっくら木に登って見てみるね!」
「うんお願い!」
「任せた!」
かごがない分、さっきよりも素早く登れた。高い位置から伸びた太い枝につかまり、よいこらせと体を持ち上げる。見晴らしがよく、山を一望できた。
周囲をくまなく見渡してみる。
「う~~ん………」
やっぱりそううまくは……
「………あ、いた」
いきました。
ふつうにいた。秒で見つけた。
意外と近くにいた褐色肌の姿を、この目にはっきりと捉えたよ!
「いたよ-!!!」
「え!? 本当!?」
「どこにいる!?」
「あっち!」
下にいる二人に、クソデカボイスで即報告。方向を端的に教えたあと、わたしは木々を飛び移りながらひと足先にテオくんの元へ駆けつける。
十秒もかからず移動成功。秘儀、瞬間移動! なんちゃって。
木の上からしれっと舞い降りたわたしに、泣きべそをかいて立ちすくんでいたテオくんは、涙が引っ込んでしまうほど目ん玉をひん剥いて驚いた。
「っうえええ!? え……あ……る、ルリおねえちゃん……!?」
ギャグマンガみたいなリアクション。
わたしも突然のお姉ちゃん呼びに、ギャグマンガみたいにデヘデヘした照れ方をしそうになる。危ない、危ない。もう二度とお姉ちゃん呼びされなくなるところだったぜ。
ていうか、テオくんからは、わたしはお姉ちゃんに見えるんだ。まあ二センチくらい身長高いしなあ。
結局、わたしっていくつなの。誰かそろそろ教えてくれ。
「なんで……」
「テオくん見つけて飛んできちゃった!」
「……おねえちゃん、まほうつかい?」
残念ながら、この世界には魔法は存在しない。ガルさんから聞いたとき、それはそれはショックを受けた。
けれども魔法などのファンタジーを取り入れた物語は、数多く存在する。テオくんもファンタジーに魅せられたひとりなのだろう。同志だね。
夢見る少年に、嘘をつくのも現実を突きつけるのも荷が重い。
「どうだと思う?」
そこであえての質問返し。
「テオくんはここにずっといたの?」
さらに新しい質問を上乗せする。これで魔法使いのくだりは一旦置いておける。よし。
同志よ、想像力をかき立てろ。わたしは高みで待っている。
「あのねあのね、まいごになったら、うごかないほうがいいって、マリーさんにおそわってたの。だからね、ぼく、ここにいたの」
「マリーさんとの約束を守ったんだね。えらい!」
「えへへっ」
テオくんは褒められてすっかり上機嫌。
安らぎが生まれたのもつかの間、背後の茂みがガサゴソと音を立てた。テオくんから早くも笑顔が消え、怯えだす。
対してわたしは微動だにしなかった。すぐに彼の肩に手を置き、大丈夫だよとささやいた。
わたしには確信があった。
「たぶんローザちゃんとニックが……」
「――ん? 子ども……?」
が、ガラガラした低い声に、確信を打ち砕かれた。
現れたのは、友だち……ではなく、見知らぬ男だった。
おま、誰。
二十、いや三十代前半だろうか。がたいのいい男は、見たことのない恰好をしている。軍服のようなデザインの制服だ。青を基調にした高級感ある生地に、白の装飾が際立っている。
兵隊? 軍人? 得も言われぬ威圧感がある。
腰に携えている剣を目視した瞬間、本能的に臨戦態勢に入った。不安げなテオくんを下がらせ、男と間合いを取っていく。
なぜだろう、心臓が妙にざわめいている。
「そういや近くに孤児院があったな。そこの孤児か。チッ……ガキがいたらサボれねぇじゃねぇか」
緊張しているのはわたしだけのようで、男は頭を掻きながらぼそぼそと独り言を吐いている。よく聞こえないが、印象はあまりよくない。
わたしは勇気を振り絞って口を開いた。
「……あ、あのぉ……」
思ったより声が出なかった。
わたしの勇気よ……もうちょっとがんばれたでしょう!? せめて文章で言えって! 「どちら様ですか」とか「何しているんですか」とか!
男の醸し出す刺々しい雰囲気に、完全に呑まれてしまっている。
男の気だるげな眼が、わたしを射抜いた。鋭利なレーザーが顔面をスキャンした途端、瞳孔が開き、ぎらつきだす。
こっっわ。子どもに向ける目じゃないよあれ。わたしじゃなかったら絶対泣いてた。テオくんがすでに泣きそうだもん。気分が明るくなったばっかりだったのに、なんちゅうことしてくれとんじゃああ! って叱ってやりたい。できないけど。
このままじゃこっちのメンタルが消耗するだけだ。不審者からはさっさと逃げよう、そうしよう。
そんなわたしの考えを見計らったように、男が迫ってきた。無骨な手がわたしの手首をつかみ上げる。加減を知らない握力が、骨の髄まで締め上げていく。
光沢を帯びたブレスレットが、男の指先をかすめた。
「お前……」
悶え苦しむわたしを露ほども気にせずに、男は眉をひそめ、きつく睨みつける。鬼気迫る形相とは裏腹に、声色は焦燥感にあふれていた。
「なぜここにいる」
「……?」
「なぜ……っ」
――ガサガサッ。
ふたたび茂みが揺れた。
男はとっさにわたしの手首をつかむ手を後方へ振った。目にも止まらぬ速さでわたしの体は音のした方向とは真逆に飛んでいく。気づいたときには、わたしは草むらの上にいた。これこそ本当の瞬間移動。
……なんでこうなった?
茂みから出てきたのは、ローザちゃんとニックだった。
急に消えたわたしに困惑するテオくんに、状況を知らない二人は喜色満面に駆け寄り、抱きしめた。あの輪にわたしも入りたいのに、吹っ飛ばされた衝撃で体中が痛いし、くらくらするしで動けそうにない。悔しい!
みんなが男の存在に気づいたのは、感動の再会に浸ったあとのことだ。
ローザちゃんが男の恰好に目を留め、もしかして、と声を弾ませた。
「その服……近衛騎士の方ですか?」
えっ? 近衛騎士? って、あの?
王家に仕える直属の警備隊。騎士の中でも憧れの組織。
この男がそのひとりだって? まっさかぁ。ないない。子どもを脅かす近衛騎士がいるわけがない!
「ああ、そうだとも」
ついさっきまで愛想のかけらもなかった男の顔に、絵に描いたようなスマイルが貼り付けられた。それがあまりにも気味悪くて、わたしは寒気がした。
嘘だろ。あれが、騎士? なんかショック……。
「君たちは孤児院の子かな?」
「はい。騎士様はどうしてこちらへ?」
「とある任務でね。山にはほかにも騎士がいるので、仕事の邪魔はしないように」
「わかりました!」
男の豹変ぶりがおそろしい。ローザちゃんとニックが来てから、重みのある威圧感が笑顔の裏にきれいに忍ばせられた。二重人格かと疑ってしまうほどに。
ふと、ローザちゃんは辺りを見渡し始めた。
「あれ? ルリちゃんは?」
「おねえちゃん……いつのまにかいなかった」
「いなくなった? ルリの奴、またどっか行ったのか?」
ここ! ここにいるよ! 男のうしろ側! 木と草でわかりづらいけどいるよ!
アピールがてら手足をじたばたさせたら、痛みや痺れが広がってしまい、一向に立ち上がれない。最悪だ。
「おねえちゃんってやっぱりまほうつかいだったんだ!」
「は? 魔法使い?」
「ふふ、そうかもね。ルリちゃんすごいもん」
テオくん目線では、瞬きを一度したコンマ数秒の間に、わたしの姿は消えていた。ふつうならありえない現象に、魔法使い説が濃厚になってしまうのも頷ける。
だけどね、ちがうの! 魔法じゃなく、物理! 消えてません! ここにちゃんといます!!
こんなことになるならさっき魔法使いじゃないってしっかり否定しておけばよかった。数分前の自分が憎い……!
「女の子をお探しかな?」
「あ、はい。藍色の髪の、ルリちゃんって言うんですけど」
「その子なら何か見つけてあっちのほうに走っていったよ」
「えっ!あっちに!?」
さも善人ぶって反対方向を指差す男に、ローザちゃんは礼儀正しく頭を下げ、ニックとテオくんとともにわたしの名前を呼びながら走っていった。
待って! そっちじゃない! ここにいるんだよ! 気づいてくれえええええ!!
心の叫びは虚しく、気づかれないままこの場に取り残されてしまった。
「ルリちゃん、ねえ……」
ふたりきりになると、男は笑顔のマスクをはぎ取った。わたしの名前を噛みしめるようにつぶやきながら、いまだに立ち上がれないわたしを見下ろしている。
わたしの負傷した右腕をつかむと、肩を外す勢いでわたしの体を引き上げた。
復活した威圧感に、顎が震える。
「その名、その目……間違いねえ」
何。何が。
意味がわからない。
わからないことが、怖くてたまらない。
「なぜお前はまだ生きてる」
「え……?」
「あのときたしかに葬ったはずだが」
……今、なんて言った?
葬った? こいつが、わたしを? ……この身体の本当の主を?
川で溺れていたのは事故ではなく、この男のせい?
不敵に目を眇める男に、動悸がして血液が滞っていく。凍りつく意識を手放しそうになり、必死になってつなぎとめた。
理性をなくしてはいけない。わたしは静かに深呼吸をした。
すべてを鵜呑みにするのはよくない。
男が人違いしている可能性もある。不穏な予測が立ってしまっただけ。それが現時点、有力であるだけ。事実とは限らない。
まだ何もわからない。
わかっているのは、ただひとつ。
「今度こそ始末しねぇと」
目の前に死亡フラグ。