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少女は仲良くなる



正午、ガルさんは子どもたちにパンを配った。パンの種類は前回とほとんど一緒。唯一のちがいは、ルリちゃんお手製の、歪な形のロールパンがあること。味見はちゃんとしたから安心して食べられるよ!

とはいえ、通夜のような雰囲気が和らぐことはなく、ずーんと沈んだままランチタイムは過ぎた。おいしいはずの味をまったく楽しめない。ほぼ無味。会話もまともにできなかった。


満腹になり、次は遊びの時間!

と思いきや、子どもたちは何やら小さめのかごを背負いだす。どう見ても遊びに行く様子ではない。


何だ! 何をするんだ!? 狩りか!? 暗殺か!?


戦々恐々と不吉な予感をめぐらせていると、とある少女と目が合った。わたしより数センチ背が高く、ほっぺのそばかすが愛らしい。

名前は……ええと、名前……何だっけ。え~~っと……あっ! ローゼちゃん! ……あれ、ロールだっけ? ローラ? ローズ? そういう感じの名前だった気がするんだけど……。

うーん……とうなっていると、少女がとことこと近づいてきた。



「ルリちゃんも来る?」


「えっ!?」



狩りに!? 暗殺に!? わたしも!?



「丘の裏手に山があってね、今から果実を採りに行くんだけど、どうかな?」


「果実を……なんだあ。狩りや暗殺じゃないんだあ。よかった~」


「狩り? あんさ……?」


「あああちがう! 独り言! 気にしないで!」



くっ……わたしの想像力が豊かすぎるばっかりに……!

聞かなかったことにしてください。デリート、デリート!



「果実がいっぱい欲しいから、ルリちゃんも来てくれたら助かるんだけど……」


「行きます!」



食い気味に返事をした。

かわいい子にそう言われちゃあ行くっきゃねえぜ!

いっぱい欲しくなるほどの果実がどんなものなのかも気になるところ。



「裏山で採れる果実ってそんなにおいしいの?」


「うん、おいしいよ! けど……今回はちがうの」


「ちがうって?」


「ごはんじゃなくて、捧げ物に使うんだよ」



なるほど。目的は、亡くなったシンデレラ様への供物だったのか。


ガルさんがパンを届けているように、シンデレラ様も寄付金のほかに、刺繍を入れた服や掛け布団を贈っていた。

心のこもったプレゼントを大層喜んでいた子どもたちは、何かお返しがしたいと、前々から計画を立てていたらしい。自分たちだけで作れるものにこだわり、話し合った結果、果実で染色したハンカチを作ることにした。

唐突な訃報によって直接渡すことは叶わなくなったものの、子どもたちの気持ちは変わらない。サプライズ計画を進めることに、異論はなかった。

完成したハンカチは、シンデレラ様の姉が代わりに彼女の墓に供えてくれる予定だそう。


みんな、やる気にあふれていた。暗く見えた顔つきは、おそらく真剣だったゆえに険しくなっていたのだろう。

シンデレラ様は民を愛し、愛されていた。漫画で知っていたけれど、直接目の当たりすると、愛情の形や色、深みまで、より鮮明に感じ取れる。

わたしがモブだから、客観的に見て感じて、知っていけるのかもしれない。やはりナイスポジションだ、村人B。



「ローザ! 早く行こうぜ」


「ニック待って。ルリちゃんも一緒に行くって!」



孤児院の入口で、ブロンドの髪の男の子が呼びかける。

女の子の名前、正解はローザでした。惜しい。そんで、あの男の子がニックね。よし、二人覚えたぞ。いい調子!


ローザちゃんから余っているかごを受け取り、ニックくんたちの元へ合流する。

ニックくんはわたしを見てむすっとしている。



「こいつも来るのかよ……」


「こら! こいつって言わないの。ルリちゃんだよ」



ローザちゃんに指摘されても機嫌は直らず、ぷいとそっぽを向かれてしまった。

初対面も同然なのにその態度は何だ! わたし、美少女ぞ? 鬼かわいいぞ? シンデレラ様に似てるって言われちゃったんだぞ?

ひょっとして、あれか、好きな子をいじめるタイプか? やさしいほうがモテるってことをまだ知らんのか。ふっ……青いな。



「ニックがごめんね。気にしないでね」



洗礼を終えたばかりだという年相応なニックくんと比べ、ローザちゃんはいい意味で少女らしくなく、こころなしか母性を感じる。わたしと同じように転生してるんじゃないかと疑ってしまうくらい。自己紹介のときに八歳だと聞いた気がするけど、小三くらいの年齢でここまで思いやり精神にあふれている子はそうそういない。


保護者の大人たちに「いってきます!」と声をかけると、マリーさんから一点注意喚起。奥まで行き過ぎてはいけませんよ、とのこと。

言いつけを守り、道がある程度整えられた安全地帯までを採集範囲に定めた。

効率化を図るため、いくつかのグループに分かれ、採集範囲の担当箇所を決めてある。わたしはローザちゃんやニックくんのペアに混ぜてもらうことになった。


花々の育つ山の中は、村を囲む森よりものどかに感じる。歩きやすく確保された道幅、葉に邪魔されずに地面まで届く日光。動植物も数多く生息しているようで、さっきは兎のような小動物が足元を横切っていった。

お目当ての果実も、そこかしこに実っている。すでに五種類も発見した。



「あ! あれ! あれもそう!?」


「うん! あの赤いのはね、とっても甘いの!」



大木を彩る、梨のような形の赤い実。味を聞くとちょっと味見したくなる。じゅるり。



「その果実はね、木を揺らして……」


「さくっと登って採ってくるね!」


「へっ?」



間の抜けた声を出すローザちゃんをよそに、わたしは颯爽と木をよじ登っていく。

ガルさんのお手伝いのときも、こうして採取していた。最初は落っこちてばかりだったけれど、三回目にはコツを覚え、今ではすっかり木登りのプロだ。

前世ではよく友だちに言われていた。見た目はこけし、中身はモンキーと。褒め言葉だと信じたい。


猿よりも早く枝に到達すると、とりわけ甘い香りのする、真っ赤に熟した実を選び取り、軽々と飛び降りた。ルリ選手、見事着地! 百点!


……ん?

ローザちゃんとニックくんがびっくりしてる。

なんで? わたし、何かやっちゃった?



「あ、あのね、ルリちゃん。この果実は揺すれば落ちてくるんだよ」


「えっ」



まじかよ。わたし、木登りマウントとっただけのイタい奴じゃん……。

ドン引きしてない? 大丈夫そう?



「でもすごいね、あんな高いところまで登れるなんて! 男の子でも手こずるのに!」



いい意味でギャップだったっぽい! セーフ!



「ねえ、ニックもすごいと思わない?」


「……べ、別に」



目を輝かせるローザちゃんに、ニックくんは仏頂面で水を差す。さっきからわたしにだけやけに素っ気ない。

ニックくんに嫌われることをした覚えはない。

……惚れられたか?

わたしたちのグループは三人だけだから、わたしとニックくんの関係が気まずいままじゃ、気配り上手なローザちゃんに負担をかけちゃう。それはまずい! 解決できるなら早めにせねば!



「ニックくん!」


「っ、な、なんだよ……」



ニックくんの顔を覗きこもうとしたらすぐさま避けられた。この反応速度……間違いなく惚れている!



「わたしのこと、嫌い?」


「別に、嫌いじゃ……」


「ならどうして嫌そうな顔するの?」



右から回りこめば左にかわされ、左から回りこめば右にかわされる。目が回ってきた。首もちょっと痛くなってきた。これではきりがない。



「嫌とかじゃな……」


「ニックくん!」


「!?」



彼の両頬を両手で捕らえた。顔を固定させてしまえばこっちのもんだ。これで避けられまい。



「人と話すときはちゃんと目を見ること!」



わかった? と念を押すと、彼の瞳がゆらゆら揺れ出す。

本当に嫌いでも、惚れていても、この際どっちでもいいよ。ただ理由がわからないと対応に困る。納得できる理由なら、わたしも距離を取る。納得できなかったら……そのときにまたどうするか考える。


教えてよ、君のこと。



「あ、あんたが……」


「ん?」


「あんたが、シンデレラ様にちょっと似てるから……」


「……え?」


「あんたの顔を見たら泣いちゃいそうで……っ」



やっちまった。

潤んでいく幼い瞳に、わたしの青ざめた顔がばっちり映っていた。


惚れてなかった! 勘違い乙!!

目を合わせなかったり、不機嫌そうな顔をしていたのは、そういうことだったのか! それは納得できる! 今しました! 君の努力を察してあげられなかったわたしは大罪だ! わたしがすべて悪い! ローザちゃんから気配りを学べ!



「う、うん! そっか! ちょっとしたことで思い出しちゃうよね! そうだよね!」


「……ごめん」


「ああああ謝らないで!! 謝るのはわたしのほうだよ! 泣かせてごめんね!!」



彼の両頬をホールドしているわたしの手に、涙がしみていく。

子どもを泣かせてしまった罪悪感が、パンを消化中の胃をキリキリと締め上げた。しゅんとするブロンドの頭を、よしよしと撫でる。


かわいい子をいじめるような真似をしてしまっていたのは、わたしのほうだったね。バカなわたしをどうか許してください。



「シンデレラ様のことが大好きなんだね」


「……うん」


「その思いは、きっと、空の上まで届いてるよ」


「空の上?」


「そう、空の上からシンデレラ様は見守ってくれているはず! こうして果実採取していることも、大好きすぎて泣いてしまうことも、ぜーんぶ伝わってる!」


「ほんと……?」


「わたしは、そう思ってる」



彼は涙の池のできた目の淵を手の甲で強めに擦ると、栓を抜いたように表情を和らげた。



「お、俺も……そう思うことにする!」


「……もう、大丈夫?」


「大丈夫になった!」



真っ直ぐな眼差しに安堵しつつも、わたしってそんなにシンデレラ様に似ているのか、甚だ疑問に思った。シンデレラ様も木登りしてた? あ、シンデレラ様くらい美しいってこと? それならまあ百歩譲って理解できる!

無理やり結論を出していると、服の袖を軽く引っ張られた。ニックくんがもの言いたげにもじもじしながら、わたしを見つめている。



「俺……る、ルリのこと、嫌いじゃないぜ」


「ふふ。わたしも! 一緒に果実採集がんばろうね、ニック!」


「おう!」



呼び捨てで呼んでみると、ニックは気恥ずかしそうに口をゆるめた。

かわいいなあ。子どもってなんでこんなにかわいいの。癒される。今なら何回でも木に登れそう。



「やっぱり、ルリちゃんってすごいね」



ふと、一歩引いて見守っていたローザちゃんは感嘆の息をついた。よくわからんが褒められたので良しとする。



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