和解カッコカリ
おかあさんが、わたしにこれをやれっていった
わたしはがんばってやってみた
いがいとかんたんにできた
おかあさんがわたしをほめてくれた
うれしい
いつもはほめてなんてくれないのに
ねえおかあさん、どうしてほめてくれないの?
そうきいたときにはいつもおかあさんはかなしそうにわらってた
ねえ、おかあさんがかなしいのはいやだな
でも、おかあさんはわらってるからそれでいいのかな?
ねえ、こたえてよ。
おねがい、こたえてよ。
きょうもともだちはしゃべらない。
「ん…」
自分の近くで何かがパチパチという音を立てているのを聞き、沙羅は微かに目を開く。
「…ほの、お…?」
目を開けた途端に視界に入ってきた真っ赤な炎とその温かみがぼんやりとした意識を一気に覚醒させる。
数回パチパチと目を瞬かせた後に沙羅はその目をいつも通りにパッチリと開けた。
「ここ、は…」
呟いたところで自分の視界の端に地面が映っているのを見て、沙羅は自分が地面に寝転がっている事に気付き、未だに所々痛む体をゆっくりと起こす。
高くなった視界の中には、勢い良く、とまではいかなくとも明るく燃え盛るたき火とたき火の横に体育座りしている祥吾が映った。
沙羅が起き上がったことに気付き、祥吾は笑顔で口を開く。
「おはよう、沢田さん。」
異世界召喚からの激動の展開に少し慣れたからかもしれない。その声には落ち着いた響きがあった。
祥吾の0円スマイルを無視して沙羅は辺りを見回す。
「そうだ、あの魔物はどうなったの?」
相変わらず薄暗い森の雰囲気に倒された木々、抉れている地面を見て自分が気絶する前に戦っていた魔物の事を思い出したのだろう。沙羅の声には生きていた事への安堵と圧倒的な脅威を自分に見せつけた魔物への恐れが五分五分で混じっていた。
そんな沙羅の内心に気付いたのだろう。祥吾は優し気な声で言う。
「大丈夫だよ。あの魔物は俺が倒したから。」
「は?そんなわけないじゃん。馬鹿なの?」
「グハッ!」
だが、残酷な事にその優しさが沙羅に届く事はなかったようだ。
容赦のない疑いの言葉に祥吾はその場で撃沈する。
「でも、もう魔物はいないじゃん?」
一瞬で復活した祥吾の言葉に沙羅はもう一度周りを見回す。
「…確かに、何もいないわね…。もしかして、本当に…?」
疑い深い声だ。
信用していないような反応を返された事にショックを受けたのだろう。祥吾は納得いかないといった表情で沙羅の言葉を肯定する。
「だからさっきから言ってるじゃないか…。ホントにあの魔物は俺が倒したんだって…」
「でも、信じられないわね…。魔物と自分との実力差に絶望した、みたいな表情のまま私が苦しんでたのを見つめる事しかしなかった神谷君が…。」
「グハッ!」
沙羅の言葉に再び祥吾は崩れ落ちる。
自分が沙羅を見捨てかけた事を言われたからだろうか。さっきよりも心に刺さる言葉のダメージが大きいようだ。
「そうだよなぁ…。殺されそうになってる人を簡単に見捨てようとするなんて…。やっぱり俺はクズだなぁ…。ああ…この世に生を受けてしまってゴメンナサイ…」
沙羅を見捨てようとしたという事実が心に刺さって自虐を始めた祥吾に沙羅は呆れたような目線を向ける。
その目線に温かい物が混じっているのは気のせいではないだろう。
沙羅は口を開く。
「あのね…」
「ッ!?」
とことん罵られると思ったのだろう。祥吾はその肩をビクリと跳ね上げる。
そんな祥吾に沙羅はため息を吐いてから言った。
「ハァ…。そんなにビクビクされても困るのはこっちなのよ…。まあともかく、アンタが私を見捨てようとした事は事実ね。」
その鋭い言葉に祥吾は顔を俯かせる。
沙羅を見捨てようとしてしまった罪悪感がのしかかっているようだ。祥吾の周りには憂鬱な空気が漂っていた。
そんな祥吾を見て沙羅は苦笑気味に口調を柔らかい物に変えた。
「ま、でも、アンタが私を助けてくれたって事は事実だし、アンタがあの魔物を倒してくれなきゃ私は死んでただろうから、私を見捨てようとした件については許してあげる。」
「…」
無言のまま祥吾は顔を上げる。
その顔には沙羅が本当に見捨てかけられた事を気にしていない事への驚きがあった。
若干嬉しそうにしている祥吾を見て沙羅はニコリと笑う。
その花も恥じらうような笑顔に、思わず祥吾の頬が赤く染まる。
祥吾が何で赤面しているかが理解できていないのだろう。沙羅はこてりと首を傾げるが、その後に元の姿勢に戻って口を開いた。
「ええ。許してあげるわ。私を見捨てようとした事だけに関しては、ね。」
祥吾はしばらくフリーズした後に、ようやく沙羅の言葉の意図に気付いて顔を青くさせる。
「ま、別に良いわよね?私、魔物と戦う前にアンタを一発ぶん殴るって言ったしさ。」
言葉を続けながらも沙羅は近くにあった木から一枚の葉をむしり取る。
異世界特有の植物、というやつだろう。葉の表側には、びっしりと棘が増えていた。
沙羅はそんな葉の棘の生えていない裏側を拳に巻き付けた。
ファイティングポーズをとる沙羅に祥吾はますますその顔を青くする。
「ちょ、待て待て!それ絶対に滅茶苦茶痛いって!」
必死に助けを請う祥吾に沙羅は優しく笑いかける。
ホッとした祥吾の顔に狙いを定め、沙羅は思い切り拳を後ろに引く。
「問答無用ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「ガフッ!」
哀れな男の断末魔の悲鳴が、薄暗い森の木々を震わせた。