剣聖の産声
戦闘会終了のお知らせ。
自分の後ろで驚いた表情を浮かべている沙羅にから目を逸らして祥吾は目の前の魔物を見る。
魔物は既に体制を整え直してその深紅の双眸を祥吾に向けていた。
魔物は頭を低く下げて突進のような構えをする。
「…剣術チートとは言ったものの、勝てる気がしねえなぁ…剣術チートって言っても、さっき魔物を吹き飛ばせたのは奇跡みたいなモンだし…」
その手に握る長さ一メートル程の長い木の棒をチラリと見ながら祥吾はため息を吐いた。
剣素は剣を上手く使う、という能力なのだ。
剣も持たずにただ木の棒を使うだけだったら敵を倒すどころか木の棒が折られないようにするのが精一杯だろう。
「さっきは思いっ切り木の棒で殴りつけたらなぜかあの魔物を吹っ飛ばせたけど、流石にマトモな剣でもないただの木の棒じゃあ殺傷力もクソもないからなぁ…」
祥吾がブツブツと呟いている間に魔物は後ろ足に力を込め、祥吾に飛び掛かった。
ブツブツ呟いていたせいで魔物に集中できていなかったのだろう。
魔物が祥吾の目の前に迫ってようやく祥吾は魔物に気付く。
「うおっ!?」
だが、祥吾はそこから一瞬で反応して体を捻って砲弾のように飛んでくる魔物を躱した。
スルリと魔物を躱した後に祥吾は自分の体を見下ろし、冷静に口を開く。
「うわ、ナニコレ!?何であんなのを躱せるようになってんだ!?まさか遂に俺にも特殊能力が芽生えた、とか!?信じられねえ!神様ありがとー!」
訂正。全然冷静ではなかった。
今までだったら回避できなかったようなスピードで飛び掛かってきた魔物を避けられた事が自分でも信じられないのだろう。完全に攻撃が祥吾に当たると思っていた魔物だけではなく、祥吾もその目を大きく見開いて驚いていた。
大きく飛び掛かったせいで地面に横たわっている沙羅を飛び越えてしまった魔物の視界の中に沙羅の姿が再び入る。
だが、魔物は沙羅に興味の欠片も持っていないとでも言うようにただ一心に敵意を込めて、興奮した表情で木の棒を持っていない左手を開いたり握ったりしている祥吾を睨みつける。
「グルル…」
敵意を更に大きくして自分を睨みつけてくる魔物を見て祥吾はその表情を真面目な物に変えた。
魔物の攻撃を躱せるようになったとはいえ、避けているだけでは勝てない事は明らかである。もしも魔物が標的を沙羅に変えたら、ただ単に攻撃を回避するだけの祥吾では肉壁にもならないだろう。
一切の油断を捨てて祥吾は右手に握る木の棒を両手で持ち直して構える。
「ッ!?」
だが、ただ飛び掛かるだけが攻撃ではない。
魔物がその前足を大きく振り上げたのを見て祥吾は急いで沙羅に駆け寄り、その体を抱き上げる。
「フッ!」
鋭く息を吸い込んで祥吾は足に力を込めた。
「グルルルル、グルッ!」
魔物の前足が勢い良く振られ、それと同時に祥吾はその場から後ろに大きく跳躍する。
三メートル以上地上から跳躍できたことによって斬撃からは逃れられたが、流石に三メートルも跳躍できるとは思わなかったのだろう。空中で祥吾は思い切り顔を引き攣らせた。
「ちょ、なぜかパワーアップしてる今の俺でも三メートルから落ちるのは無理じゃね!?」
叫びながらも祥吾は空中で無理矢理体を捻り、何とか無事に着地する。
完全に不意打ちの攻撃を躱せるような反射神経を持つ祥吾でも流石に着地後は攻撃を避けることができないと考えたのだろう。魔物は再び祥吾に飛び掛かった。
「う…ぐぅっ…」
祥吾は木の棒を殴るように突き出された魔物の前足に添えて魔物を受け流した。
だが、完璧に受け流せたわけではないようだ。
受け流す体勢が不十分だったために魔物の爪がかすったのだろう。破けて中から血が流れ出ている黒い制服のズボンを苦々しく見下ろしながらいつもより速くなった思考で祥吾は判断した。
「早めに倒さなきゃこっちがやられるな…」
右足は動くかどうかも分からないし、その上沙羅を守りながら戦わなければいけないのだ。これ以上相手の攻撃を避け続ける事はできないだろう。
ならば、やるべき事はただ一つだ。
「こっちから仕掛けるしかないな…。」
誰に言うでもなく一人で呟きながら祥吾は左腕に抱きかかえていた沙羅を地面に横たえる。
魔物に地面に押し付けられていた上に、祥吾に抱きかかえられたままで三メートルも急上昇したからだろう。沙羅は気を失っていた。
「できないかもしれないけど…、それでも、やるしかない、よな…」
逃げてぇ…と呟きながらも祥吾は再び両手で木の棒を握る。
祥吾は魔物の方に向き直り、前かがみになる。
「行く…ぞっ!」
祥吾は一気に足に力を込めて地面を蹴る。
祥吾が両足をつけていた地面が、大きくへこんだ。
弾丸のような速さで飛び出す瞬間、祥吾の視界が突然スローモーションになる。
だがそれに、そんな事に構っている暇はない。
体験したことのない現象に戸惑う事をせずに祥吾は前を向く。
視界に映っているのは、飛び掛かった直後なので未だに体勢を整えている魔物。
あの様子だと攻撃をしようとした瞬間に反撃されるような事はないだろう。
だが、真正面から棒を振り下ろして反射的に棒を噛み砕かれるわけにもいかない。
だったら、柔らかそうな部分に棒を当てるしかないだろう。
スローモーションになった視界の中で祥吾はそう考え、結論を導き出した。
「すれ違いざまにぶっ叩くか…」
呟いた瞬間に祥吾は魔物の目の前、正確には顔の少し横に現れる。
「グルッ!?」
流石は野生の勘と言うべきか。驚いた声を出しながらも魔物は瞬時にその大きな口を開く。
だが、それを無視して祥吾は勢いを止めずに前進し、ちょうど喉の横を通り過ぎるタイミングで棒を横に構えた。
「ハッ!」
横向きにされた棒が、そのまま魔物を切り裂いた。
魔物の切り裂かれた場所、脇腹から赤い血が噴き出す。
「グ…グルル…」
魔物から血が噴き出したのを見て祥吾はしばし呆然とした。
それも当然だろう。
木の棒でただ殴るだけしかできないと思っていたのにいとも簡単に魔物を切り裂いてしまったのだ。むしろ呆然としない方がおかしいと言える。
祥吾が呆然としている間に既に攻撃の体勢を整えてしまったらしい。
いつの間にか魔物は祥吾の方に顔を向けてその口を開き、鋭い牙を見せていた。
「グラグルグラガア!」
脇腹を切り裂かれたせいだろう。多少苦しそうな響きを乗せた叫び声を上げながらも魔物は今までとは比べ物にならない速度で祥吾に飛び掛かった。
「グッ…カッ…」
だが、今の祥吾にはそんな一撃でさえも通用しなかった。
祥吾は左手に木の棒を持ち替えて飛び掛かってくる魔物の首元に差し込む。
そして、一気に振り上げた。
途轍もないスピードで突っ込んでくる魔物の首を切り裂いたらどうなるか。答えは簡単である。
「うわっ、今俺、首を刎ねた、のか…?」
物理法則に逆らわずに物凄い勢いで飛んでから地面に転がった魔物の生首を見て思わず祥吾は声を上げた。
魔物とはいえ、首を刎ねた感触は決して良いものではないのだろう。微かに顔を顰めながらも祥吾は魔物の生首に近寄る。
「アニメとかだと、たまに首を刎ねられたままでも首だけで襲い掛かってくる敵もいたからなぁ…。ちゃんと倒せてればいいんだけど。」
そう呟きながら祥吾は生首を覗き込む。
生首は、アニメの中のように動き出す事はなかった。
「ふぅ…。ようやく倒せた、か…」
心底ホッとしたように祥吾はその場に座り込んで上を見上げる。
ぬるりとした風が、祥吾の頬を撫でた。
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