魔の山へ
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「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
長くも短くも感じられた静寂の中で祥吾が口を開く。納得がいかないのだろう。その腕は微かに震えていた。
「なんで俺達が国外追放なんかにされなきゃいけないんだよ!?確かに俺達は戦闘力がないけど、炎崎達のサポートくらいはできるだろ!」
祥吾の言葉に申し訳なさそうに視線を下げながらポゼアは答える。
「確かにそうなのですが、彼等は勇者だけれどもまだまだ未熟なのです。ハッキリ言ってしまうと足手まといくらいにしかならない貴方方を庇って戦いをするようなことは出来ないでしょう。」
ポゼアの口から放たれた足手まとい、という言葉に祥吾は唇を噛み締め、拳を強く握り締める。
自分が足手まといなのは確かでも、それを最近出会ったばかりの人に真正面から言われた引き下がる程祥吾は大人ではない。
祥吾は必死に言葉を紡ぐ。
「で、でも、アイツらの士気が下がることもあるんじゃないか?いきなりクラスメイトが追放になったら混乱して士気が下がったり…」
「それはありません。」
祥吾の言葉を遮ってポゼアは言う。
その言葉にはこれまでの穏やかな物とは違い、王としての有無を言わせない空気が含まれていた。
「まず第一に勘違いしないで頂きたいのが、私達は決して貴方方を害するつもりはない、ということです。私達は貴方方が邪魔だから消すだとか、そんな事は微塵も考えていません。私達はただ、勇者召喚で騒がしい今の時期に勇者の中に戦えない者がいる事を広められたくないだけで、ほとぼりが冷めた頃に貴方方を呼び戻そうと考えております。大変申し訳ないのですが、追放を甘んじて受け入れてはくれませんか?
士気についても、しばらく旅行に出かけてもらうと既に説明済みなので士気が下がることもありませんし。」
ポゼアは威厳のある声で、しかしとても申し訳なさそうに言う。
祥吾は最近会ったばかりのポゼアに役立たず扱いされて耐えられる程大人ではないが、そのポゼアが申し訳なさそうに頭を下げるのを無視して反論を続けられる程子供ではない。
渋々といった雰囲気を出しながらも頷いた祥吾を見てホッと安心したようにため息を吐いてからポゼアはもう一人、沙羅の方に向き直る。
ポゼアの申し訳なさそうな静かな視線を受けてハァと一つ呆れるようなため息を吐いてから沙羅は仕方がなさそうに口を開いた。
「分かってるわ。所詮自分達が知られたくないような事を知られるかもしれないと思ってビクビクしているような臆病者達でも、今の何の力も持たない私達が逆らったら私達を始末するくらいの事はやってきそうですしね。」
「あ、あはは…。」
自分が下の立場にいて逆らいでもしたら消される可能性がある事を知っているのにいつもと変わらずにその毒舌を振るう沙羅に祥吾は諦めたような気分で苦笑いする。
そんな二人を申し訳なさそうに見ながらポゼアは言った。
「アテネの法律では国外追放は決まった日の内に執行する事が決まっています。馬車を用意するので、ついてきてもらえませんか?」
「ハァ…。暑いわ…。なんで狭い馬車の中に貴方と二人きりで放り込まれなければいけないのかしらね…」
外でギラギラと日光が降り注ぐ中、薄暗く狭い馬車の荷台の中で沙羅はため息を吐いた。
悪事を働いてはいないとはいえ国外追放になった二人を乗せるからだろうか。荷台にかかっている布は暗い緑色で埃を被っていて、風が通り抜ける穴もないので中は暑く蒸れていた。
「そう言われても…。俺達、名目上は国外追放にされた罪人みたいなモンなんだから…」
苦笑いしながら祥吾は返す。
苦笑いしすぎて最早苦笑いがデフォルトになりかけているのは気のせいだろう。
頭の上のアホ毛を軽く揺らしながら祥吾は問いかける。
「でもさ、一体この馬車はどこまで向かってるんだろうな?」
祥吾の問いに沙羅は彫刻の「考える人」の様なポーズ、所謂「考える人ポーズ」をとる。
蒸れた空気の中にいるからか、顎に当てられた手に少しの汗が伝っている。
「さあ?そんな事分かるわけないでしょ?」
それもそうだよな、とガックリ肩を落としながら祥吾は目を瞑る。
「あら、この狭いスペースの中で寝るつもり?」
どこか非難するような言葉に祥吾はやんわりと訂正を入れる。
「いや、少し目を瞑って休憩するだけだ。別に寝っ転がってタダでさえ狭いスペースをさらに狭くしたりはしねえよ。」
「あらそう。なら良いのだけれど。」
そして祥吾は目をゆっくり瞑る。
だが、その瞬間に馬車が止まり、外から声がかけられた。
「着いたぞ、出ろ!」
「お、意外と早いな…」
ミノアを出発してからわずか数時間しか経っていない事に祥吾は驚く。
馬車で数時間進んだ程度の距離だ。あまりミノアから離れてはいないのだろう。
そんな事を考えながら祥吾は馬車の運転席に座っていた男に布を取り払われた荷台から降りる。
祥吾の目に映ったのは一面の畑と、その逆方向にあるクロア山脈と呼ばれる山脈だった。
頂上部に多くの雪が積もっている高い山々はアテネとその隣国であるヘレの国境の境に連なる物で、その崖の様な見た目からはどこかミノアを囲んでいる壁と同じ印象を受ける。
祥吾はそんな山脈をぼんやりと眺めるが、ふと気になって祥吾は問いかける。
「馬車で何時間か進みましたけど、ここはミノアからどれくらい遠いんですか?」
「あ?そうだな…。大体二、三百キロってとこじゃねえか?」
「えっ!?」
大体数十キロだと予想していたのに予想の十倍近くも遠くに来ていたことに祥吾は驚いて目を見開く。
「この馬車って、どれくらい速いんですか?」
「そうだな…。大体時速五十キロくらいじゃねえか?」
なぜそんなに速く走れるのだろうか。そんな疑問を表情に浮かべる二人を知ってか知らずか男は言う。
「いやー、やっぱり魔術ってのはスゲェなぁ。馬を強化しただけで元の何倍も速くなれるんだ。交通手段に魔術を運用することを考えた奴は天才だな!」
そんな呑気な事を言ってから一見変わって真剣な顔になって男は言った。
「で、だ。俺にはお前らが何をしでかして国外追放なんて事になったのかはわからねえが、お前らみたいな子供が追放されるなんてかなりの事情があるモンだと思ってる。だからお前ら、生きてヘレに辿り着けよ!」
男の力の入った激励に二人は不思議そうに顔を見合わせる。
沙羅が問いかけた。
「なんでそんなに大袈裟に言うのかしら?コレはタダの国外追放でしょう?生きてヘレに辿り着けだなんて、少し大袈裟すぎると思うのだけれど。」
沙羅の言葉に心から驚いた様に男は濁った緑色の眼を大きく見開く。
「大袈裟?タダの国外追放?トンでもねえ!お前ら、国外追放がどれだけ辛いのか分かってねえのか!?」
「辛いって…」
男の一見すれば大袈裟に聞こえる言葉に祥吾は苦笑いする。
その表情には呆れの色が浮かんでいて、この人はそういう物を大袈裟に捉えてしまう性質の人なんだなぁ、と生暖かい視線まで向けている。
「いいかお前ら、あの山脈を見てみろ!」
「なんだよ急に?」
怪訝そうな顔をしながらも二人はクロア山脈を見る。
「お前ら、どうやってヘレまで行くと思ってるんだ?」
男の問いかけに当然とでも言いたげな声で沙羅が答える。
その顔はまるで1+1の答えを聞かれた時の高校生の様な当然とでも言いたげな物だった。
「あのトンネルを通って行くのでしょう?電車の駅みたいな物もあるし、快適そうじゃない。」
沙羅の答えに男はあちゃーと顔に手を当てる。
「ああ…。やっぱりそう思ってたのか…。」
「違うの?」
「電車で行けるなんて、そんなわけないだろ?どんな事情があっても、お前らの扱いは犯罪者なんだから。」
男の言葉に沙羅はポカンとした後に問いかける。
「それじゃあどうやってヘレまで行くのよ?」
沙羅の問いかけに今度は男が1+1を聞かれた高校生の様な当たり前とでも言いたげな表情で答える。
「そりゃあもちろん、山を歩きで登って歩きで向こう側に降りるんだよ。」
その言葉に今度は祥吾が聞き返す。
相当驚いているのだろうか。その瞳は激しく動揺したように動いて声も若干震えている様に聞こえる。
「で、でも、あんな崖みたいな道を登れるわけないって!それに食料はどうするんだよ。あんなところに野菜農場なんてないだろ!?」
祥吾の言葉に何言ってんだコイツ、という雰囲気を出しながら男は答えた。
「いや、罪人なんだから、一々登るのを助ける道なんて設置されるわけないし、そもそも食料は自分達で探さなきゃいけなかった気がするぞ?」
「嘘、だろ…?」
「そんな環境の中じゃ生きていけないわよ…」
絶望した様な表情を浮かべて地面に膝をつく二人を見て本当に知らなかったのかよ、と呟きながら男は頭をガシガシと掻いた。
「まあ、だから生きろって言ったんだ。多分大丈夫だぞ!魔素が30もあればギリギリヘレに到着することくらいはできるらしいしな!」
魔素30は今頃どこかで満喫した生活を送っているであろう熱斗達からすれば大した事のない量だが、魔素をそもそも1も持たない二人にとって魔素30なんて夢物語の様な物である。
いきなり葬式の様な雰囲気を醸し出しながらブツブツと何かを呟き続けた祥吾と無表情のまま辺りに哀愁を振りまく沙羅を見て男は大きくため息を吐いた。
「ハァ…。そんなに落ち込むなよ。子供は発想が豊かだって言うしな。お前らも多分何とかなる…はずだ。」
全く励ましになっていない言葉をかける男に紺の軍服を着こんだ数名の兵士が近づいてきた。
「コイツらが国外追放になった犯罪者どもですか?」
無機質な声だ。
鋭い声が自分に向けられているような感触を覚え、祥吾の肩がピクリと動く。
兵士の言葉に男はさっきのような親しみやすそうな声ではなく、同じく無機質な声で答える。
「はい、そうです。彼らの運搬は終わらせましたので、これで私は戻らせて頂きます。」
そう言って馬車に乗って男は走り去って行く。
それを見送ってから兵士は二人に話しかけた。
「ついてこい。」
ポゼアが向けてきた好意に満ちた視線とは全くの別物の冷たい視線を浴びて居心地悪そうにしながらも祥吾は言われた通りに歩き、それと一緒に沙羅も歩き出した。
「さて、ここがお前たちを解放する場所だ。ここから先にはどこにでも自由に行くがいい。」
そうとだけ言って兵士は直ぐに去って行ってしまったので、この場にはもう祥吾と沙羅しかいない。
祥吾はいきなり崖の様な山の中腹に連れてこられてそこから釈放されると思っていたらしいが、実際国外追放はそこまで鬼畜な刑ではなかったようだ。
だが、鬼畜でなくとも不気味な物は不気味だ。祥吾と沙羅は目の前に広がる薄暗い森を見て同時にため息を吐いた。
気のせいか、森の中から所々紫の液体が流れてきている様にも見える。
生理的な嫌悪感にブルッと身を震わせている二人の目の前の茂みが、大きく揺れた。
祥吾と沙羅はせめてもの餞別にと裁きの間から馬車の中に入るまでの間にこの世界についての基本的な情報をポゼアに教えてもらってます。
ちなみに馬車の荷台にはアニメみたいに屋根みたいな形でこんもりと布が張られているのではなく、ただ単に荷台の上にバサリと緑の布をかけただけです。
外から見ると狭い荷台の上に人の形の緑色の布が座ってる感じ。