小石の追放
文章の指摘下さい。
「あーあ。魔術が一番重要視されてるところで剣術しか使えないとか…。マジかよ…」
召喚された翌日の朝。案内された部屋のベッドの上で祥吾はため息を吐いた。
昨日の生徒達が吐いていたような感嘆からくる物ではなく、純粋に落胆からくる暗いため息だ。
異世界に召喚されてアニメキャラの様に活躍できると期待していたのに自分にきたのは実質的な戦力外通告。
祥吾のテンションが下がり続け、その目が死んでから一晩経った魚のような目になるのも当然と言えば当然のことだった。
思い体を何とか動かして祥吾は昨日のまま着替えていない学ランで部屋のドアを開ける。
「そう言えば沢田さんも、今日はポゼアさんに九時までに王城の前に来るように言われてたな…部下に王城の中に入れさせるって言ってたけど…」
戦力にもならない祥吾と沙羅のみを集めて何かをさせるのか、それとも勇者である他の生徒達と一緒に行動させてくれるのか。
趣味のアニメもなく自分のメンタルも折れそうな状況でもう頼れそうなのは友達だけ。
後者だといいなぁ、と考えながらも祥吾は部屋の外に出て日差しの差し込む赤いカーペットの敷かれた廊下を歩く。
強めの風が、開け放たれた窓から入り込んだ。
王城の正面玄関、その前に位置する王城の門のさらに前に存在している広場。
その中心には噴水が水を太陽光で煌めかせていて、太い道が噴水を囲むように横たわっている。
周りを三メートルの黒い塀に覆われた王城に唯一通じるこの場所は王に商業をする許しを得るために集まる商人やその従者が集まり、それらに物を売るために毎日市が開かれる賑やかな場所だ。
ミノアの中でも二、三番を争う喧噪の中、祥吾は眠そうに細められた目を擦りながら歩いていた。
時々人にぶつかりそうになるが、どこで手に入れたのか、ナメクジのようなふにゃふにゃした動きで受け流している。
「騒がしいところだな…」
ミノアは夜に市場を開くことが禁止なので、夜の王城の門前はとても静かなただの広場だ。
だが、それとは真逆の朝の騒がしさに眠気で細めていた目をさらに細めながら祥吾は今日二回目のため息を吐いた。
最近ため息を吐くことが日常化してきているような気がするが、何か不幸なことでも近づいてきているのだろうか。そんなありえない事を考えていた祥吾はいつの間にか自分が門の前まで辿り着いていた事に気付いて歩みを止めた。
「お、ようやく着いたか…」
実際には祥吾は王城のすぐ横にあるホテルから出てきたので、ようやく、などという言い方をするほど遠い距離でもない。なのにようやく着いた、などと言って疲れた旅人の様な雰囲気を出している祥吾に一人の人が話しかけた。
「ようやく、なんて言うほど遠い距離だったかしら?」
決して低くなく、そこまで高くもない声だ。男か女かと聞かれれば間違いなく女だろうと答えられるその涼しい雰囲気を感じさせる声に祥吾は振り向く。
「お、沢田さんじゃん。そういえば沢田さんも呼ばれてたよな。」
「ええ。異世界からわざわざ召喚したにも関わらずただの役立たずだったアナタと同類の沢田沙羅よ。」
自分を貶しながらさらりと同じように祥吾の事も貶してみせた沙羅に祥吾は苦笑いを浮かべる。
「おう。おはよう。」
自分が役立たず扱いされているにも関わらず起こる雰囲気を微塵も見せずにしょうがないと言わんばかりに苦笑いをしている祥吾を見て沙羅は怪訝そうに目を細める。
「なんで貶されて笑えるのかしら?もしかして神谷君ってマゾヒストだったりしたの?」
眉を引くわー、とでも言わんばかりに顰める沙羅を見て祥吾は慌てた声で訂正する。
「いや、俺は別に特殊な性癖なんて持ってないからな!?ハァ…。っつーか、やっぱりここに呼ばれたのは俺と沢田さんだけだったのか…。」
「あら?私と二人きりになるのがそんなに嫌なの?」
美幸がすかさず返答する。
全く変わらない表情のまま言われた言葉は、言っていることとは裏腹に嫌味な意味を含んでいない。注意して聞けば、わずかに分かる程度に面白がるような響きが含まれている。
「いや、そうじゃなくて、別にそこまで嫌ってわけじゃない…、べ、別にそういうような意味じゃなくて、いやでも嫌ってるわけではないと言いますか……、あーもー!何て言えばいいんだー!?」
うがー!とギリギリ周りに迷惑をかけない程度の大きさで呻く祥吾を見て沙羅は少し顔に笑みを浮かべる。
「いや、冗談よ。適当にからかうために言っただけだから、気にしないで。」
いつもはクールで無表情なのでどこか氷を思わせるような沙羅だが、元々の顔立ちが無表情のままでもッ美人だと思えるほどに整っているため、花を思わせるような沙羅の笑顔は思わず見惚れてしまう程に綺麗な物だった。
顔をわずかに赤くした祥吾を微笑みながら見てから沙羅は元の無表情に戻って問いかける。
「ねえ神谷君。アナタはなんで私達だけがここに呼ばれたと思う?」
先程までの様な演技じみた少し弾む声ではなく、驚く程平坦な声だ。
無表情のまま瞳を何かを考えるかのように少し動かしながら沙羅は祥吾の答えを待つ。
「そうだよなぁ…、実際に俺達は戦力外みたいなモンだし、せっかくわざわざ異世界から召喚した勇者の仲間が無能だなんて知られたくない。秘密裏に死刑にするにしても、実際に理由もなく人を殺したことがバレたら国民だけじゃなくて勇者…、炎崎達からの信用も失うだろうしな。もしかしたら何か適当に理由をつけて国外追放にでもされるかもな?俺達はまだこの世界についてほとんど知らないから機密情報を漏らされる心配もなければ、俺達が異世界から召喚された勇者の仲間だ、なんて信じる奴もいないと思うし。」
祥吾の答えに沙羅は微かに目を開く。
「驚いたわ。意外と頭がいいのね、神谷君。」
本気で褒めているのだろう。その声からは驚いたような雰囲気が滲み出ていて、それを感じ取っているのか、祥吾の顔も若干得意気だ。
そんな二人の後ろから一人の人物が声をかけた。
「申し訳ありませんが、ショウゴ・カミヤさまとサラ・サワダさまですか?」
低い声だ。
悪意を持つザラザラした声ではないが、好意を持つ滑らかな声でもない。本当になんの感情も抱いていないような声に沙羅は訝し気な表情を浮かべる。
そんな沙羅に一向に構うことなく黒い髪の平凡な顔立ちの男は事務的に言った。
「これより国王、ポゼア・アテネさまのところにご案内いたします。ついてきてください。」
「はぁ…」
本当にこんな丁寧さの欠片もないような男が国王の部下なのか、と沙羅は露骨に不審そうな表情を浮かべる。
そんな沙羅を見て祥吾はどことなく不安のような物を感じる。
それを気のせいだと割り切って祥吾は何も言わずに男についていき、その後に渋々、と言った感じで沙羅も歩いていった。
王城の二階にあるいくつか存在する部屋の中の一つ。
その中に沙羅と祥吾は通された。
「なんで裁きの間、なんて名前の場所に連れてこられたのかしらね。」
「さぁ…。」
沙羅の言葉に祥吾は微かに首を傾げる。
会話が途切れ、祥吾と沙羅以外の人が誰もいない中、沈黙がその場を支配していた。
突然部屋のドアが開かれて沈黙を破った。
「やあ君達。」
ドアの外から入ってきたのは、昨日よりも若干疲れた顔をしたポゼアだった。
「私達を招いておいて自分が遅れるなんて、ダメダメですね。ちゃんと礼儀という物を知っているんですか?」
国王であるポゼア相手でも構わずに沙羅はその毒舌をぶつける。
そんな沙羅に困ったように笑いながらもポゼアは言う。
「それについてはすまなかった。それで、君達もなんで呼び出されたのか気になるだろうから聞いてほしい。」
そう言ってポゼアは間を開け、祥吾は緊張に喉をゴクリと鳴らした。
「君達の国外追放が決定した。」
空気が、凍り付いた。