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剣術チートで異世界生活を  作者: 初永姚
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退屈は驚愕に

文章の指摘ください。

九月一日。


夏休みという名の天国が終わってしまうその日は、学校に行くのを嫌がる学生の気持ちやや会社に生きたくないサラリーマンの負の思念が集まる一年の中でも最も不幸せな日である。


そんな日、周りの生徒と同じように教室の机に頭をつけながら平凡な高校生、神谷祥吾(かみやしょうご)は心底ダルそうに呟いた。


「ああ…疲れた…帰りたい…」


普段ならば大きめの黒い瞳と薄い唇、艶やかな髪の毛とその上にぴょこんと立つアホ毛のおかげで見方によっては女子に見えなくもない祥吾だが、よっぽど夏休みの終わるのが嫌なのか、黒い目は濁った光を発し、唇はカサカサに、髪の毛はボサボサになって、そのアホ毛はしなりと垂れ下がっている。


祥吾の小さな呟きに耳聡く反応して一人の男子生徒がわざわざ談笑していた友達に断りを入れ、祥吾の席に近づいて言った。


「何を言うんだ、神谷君!新学期の始まるめでたい今日だからこそ、僕たちは一層やる気を出さなければいけないんだ!」


こんな日にやる気を出すのなんて、お前くらいなものだから。とは言わない。代わりにうんざりしたような目を祥吾は目の前の男子生徒、炎崎熱斗(えんざきねつと)に向ける。


「そんなこと言ったってよ…」


「いや、そこは口答えするところじゃないだろう!こういう時は、皆でダルさなんて振り払うべきだ!」


カラコンかと疑いたくなるような真っ赤な目と赤色の髪を光の反射で煌めかせながら熱斗は熱弁する。


「ダルい?何もしたくない?それがどうした!君は君だろう!」


その体からは赤い炎のようなオーラが幻視できる。瞳は最早自家発電でもしているのではないかというほどにキラキラと輝き始めた。


祥吾はお前がダルさの一因でもあるんだぞ、という半分呆れの混じった視線を熱斗に向けるが、悲しいかな。熱斗はそれに気づかない。


「いいかい!確かに夏休みが終わってしまったのは悲しいが、それに落ち込んでいてはその先に進めないんだ!だからこの後スポーツでもしよう!僕と陸上の道に進まないか!?」


「はいはい、またいつかな…」


なぜかいきなり部活の勧誘を始めた熱斗に祥吾はもう苦笑いをして受け流すしかない。


周りに助けを求めようにも、同級生は皆程度の差こそあれ熱斗を尊敬しているのだからどうしようもない。友達に相談しても、精々「炎崎は凄い奴だからな!置いて行かれないように努力しろよ!」と応援される未来が見えるのは考えすぎではないだろう。


クラス内での熱斗の評価は、ともかくやる気があって凄い奴。祥吾の評価がやる気のなさそうな平凡な奴。ほぼ真逆の評価をされているのにここで面と向かって熱斗の言葉を断ったらクラス内での評価もダダ下がりだ。


言いたいことを言い切った熱斗が再び友達のところに歩いていくのを見送り、ふと祥吾は教室の窓側の席を見る。


そこには、誰にも話かけられず、ただ静かに本を読んでいる女子生徒、沢田沙羅(さわださら)がいた。


「危ない危ない…今ので下手な返しをしてたら俺もあんな風になってたのか…」


黒縁の眼鏡とスッキリした顔立ち。


さっぱりとした雰囲気を放つ所謂クールビューティーなので普通なら同級生からの人気が高くなっているはずだが、いじめを受けているので仕方がない。


熱斗の言葉に面と向かって文句を言った結果、クラス中から無視されることになってしまった同級生に憐れみの視線を向ける。


実際に熱斗が沙羅を無視するように命令したのではないが、沙羅が無視されるきっかけになったのは熱斗。熱斗は間違いなく理由の一つなのだろうが、これに関しては別に熱斗が直接何かをしたわけでもないし、結局誰が特に悪いだとか、そういうことはないのだろう。


ぼんやりとした思考でそんなことを考えてから祥吾は視線を沙羅から外してカバンの中を手探りで探り、体育着を入れた袋を取り出して男子更衣室に向かう。


次の授業は、体育だった。



「次、バッターは炎崎だ!」


学校のグラウンドで体育教師の芹沢が声を上げる。


今の授業は体育。内容は、男女混合の野球だった。


「おお、頑張れ炎崎ー!」


「ホームラン期待してるぞー!」


ベンチから上がる歓声にバットを持っている右腕を高々と掲げてから熱斗はバッターボックスに立つ。


ピッチャーの女子生徒が思い切り力を込めてボールを投げるが、熱斗はバットを簡単にボールに当てた。


「おお!高いぞ!」


打たれたボールは高く上がって滑らかな軌道を描き、屋上のネットにぶつかって下に落ちた。


「おお、スゲェ!ホームランなんてものじゃないな!」


「ああ、ありえないくらいのナイスプレーだったな!」


生徒達がしきりに熱斗を褒め称える中、祥吾はそこはかとなく不安を感じてボールがぶつかった屋上のネットを見上げる。


そして、大きく目を見開いた。


「どうかしたのかい、神谷君?」


祥吾の本気で驚いている顔を見て疑問を感じたのだろう。熱斗が祥吾に声をかけ、それに釣られて熱斗を褒め称えていた生徒達も祥吾の方を向く。


「さっきボールがぶつかったネットの上に何かいないか?」


祥吾の言葉に生徒達は怪訝そうに上を見上げる。


そこには、屋上のネットの上に必死にしがみついている紫のローブを被った老人がいた。


「うわあ!誰だあの人!」


「なんで屋上のネットの上なんかにしがみついてんだ!?」


生徒達が混乱し始める。


それも当然だろう。ふと屋上を見上げたらネットにローブ姿の怪しげな老人が掴まっていた、なんて面白くもない冗談だ。


「ふ、不法侵入者か!?」


「いや、今そんなこと言ってる時じゃないでしょ!」


生徒たちが混乱している間にもネットは老人の重みに耐えられなくなったのかギシギシと音を立てながら曲がっていく。


「ちょ、落ちる落ちる!」


「何か受け止められそうな物はないのか!?」


いつの間にか騒ぎに混じっていた芹沢が問いかけるが、その答えが返ってくる前に老人はネットから転落し、グチャリと言う生々しい音を立てて地面に叩きつけられた。


数人の生徒が目を塞ぎ、他の生徒は現実を理解できずに呆然と立ちすくむ。


しばらくの思い沈黙の後、最初に動いたのは熱斗だった。


重苦しい空気の中、ハッと我に返った熱斗は慌てて老人に駆け寄る。


「大丈夫ですか!?」


老人を優しく抱きかかえて熱斗は問いかけるが、老人は答えない。自分のローブの上に吐血しながら荒い呼吸を続けるだけだ。


「ちょ、大丈夫ですかー!」


呼吸がどんどんゆっくりになっていく老人に慌てて熱斗は大声で再び問いかける。


その騒がしい声にようやく意識が戻ったのか、老人はわずかに目を開けた。


「よかった、意識が戻った…!後は病院に…!」


熱斗が安堵の声を漏らす。


それに反応して生徒達も熱斗のところに駆け寄った。


流石に自分の前で人が死ぬところなど見たくないのだろう。熱斗が原因の一つとなっていじめを受けるようになってしまった沙羅でさえも躊躇せずに熱斗の近くに行って老人の無事を確認し、心底安心したため息を吐く。


「ぁ…」


老人が何かを喋ろうと口を開く。


いつもはうるさい熱斗も重大な雰囲気を感じ取って静かに老人の言葉を聞く。


「ゆ…勇者召喚…術式…起動…」


「へ?」


老人の口から出てきた言葉は意味不明だ。


死んではいないとはいえ屋上から落ちたというのにそんなことを言う意味が分からず、生徒達はポカンとする。


だが、その表情は一瞬で恐怖の物に変わった。


「うわっ、なんだコレ!?」


「なんで地面が光ってるんだ!?」


老人のいる場所を中心として紫色に輝く模様が浮き出たからだ。


生徒たちの混乱も無視して魔法陣はどんどん大きくなる。


そして魔法陣は、二十八人の生徒全員を飲み込めるほどの大きさになった後にピタリと拡大を止め、一瞬眩しく光った。



生徒たちがいた場所には屋上から飛び降りた老人のみが残るが、老人の体からは生気が抜けていき、色がどんどん薄くなっていくようにも見える。。


約一分後、あれほど騒がしかったグラウンドには、風に揺れる紫のローブと、魔法陣の中にいたのに消えることをせず、ただただ呆然と立ち尽くす芹沢のみが残った。

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