第3話「メビウスリング」
-1997年3月4日-
忠弘「さむい」
そんな言葉を第一声に上げ。
布団から起き上がる。
ケータイ電話を見る。
3月4日6時55分。
セットしている目覚ましよりどうやら
だいぶ早く起きたようだ。
眠い目を擦り
日記帳を手に取る。
毎朝の事だ。
えーと、昨日は…
日記帳の3月3日は
空欄だった。
何故昨日、日記を書かなかったのかは解らない。
書けない理由があるのだろうが
全く思い出せない。
何か他に記録を残したかを確認する。
部屋の隅に、メモの様なものを発見した。
ー3月3日屋上から飛び降りて死ぬー
…そうか、また僕は。
断片的な記憶では、明確には解らないが
何度もこういう事をしているのは
うっすらと覚えている。
ただ今日生きているという事は
'何か'によってそれが妨げたのだろう。
それが何かは思い出せないんだろ?
半分呆れたように呟く。
そしてケータイ電話のメモ帳を見る。
そこには
ー3月3日屋上から飛び降りず生きたー
…!?な…んだよ…これ…
頭が混乱している。
一心不乱に、'過去'を見返しても
生きたいともとれる文章は一切ない。
死にたいのだ。覚悟は出来ている。
死にたくて辛くて消えたいのだ。
そんな僕が何故、こんなメモを残しているんだ?
大切なものに、触れたのかもしれない。
ふとそんな事を感じた。
だめだ…手が震えてる
いや胸が、心が痛いんだ…
とっさに抗うつ剤を飲む。
…少し落ち着いてきた。
どうやら考えても
思い出せる事がないのは、自分がよく知ってるから。
けど僕にとって大切な’何か’があったのなら
それを知りたいと強く思った。
そして日記帳にメモを挟み、
ケータイ電話のメモ帳にも文字を打ち込む。
ー3月4日屋上から飛び降りて死ぬ、あくまで予定ー
と。
学校へ行く支度をする。
母親が用意してくれた朝食を採り
家を出る。
もうすぐ春がやってくる。
僕は桜が好きだ。
その短く美しい命を存分に見せつけては
多くの人を魅了し、刹那に消えてゆくのだから。
校門が見えてきた。
【都立桜が丘高校】
そう書かれたプレートが目に入る。
校名をなぞるかのように'ソメイヨシノ'が至る所に植え付けられた
通称【桜の高校】。
この街では平均的な偏差値の高校。
某ブランドが作った制服は異常に人気がある。
特に女子の制服には'マニア'と呼ばれる者達に
怪しいショップで高額取引きされているような噂がある。
スカート丈に制限はほぼ無い。
自由な校風である。
屋上にもフェンスはない。
校風は【自由をモットーに】だそうだ。
その事を考えたら罪悪感がよぎったが
頭を振り考えを止めた。
植え付けられた'ソメイヨシノ'は
もうすぐ芽を出す頃だろうか。
地球温暖化の影響か
最近では桜の開花が早くなってきていると
今朝のニュースでもやっていたような。
でも今年は大規模な寒波らしい。
どっちやねん…
そんな事を考えながら
一人校舎へと進む。
そんな時だった。
桜花「おはよう!清水君!」
一人の女子生徒が声を掛けてきた。
なにこの可愛い生物?
忠弘「あ、ああおはよ」
とりあえずぶっきらぼうに答える。
この女子生徒が何故、僕に声を掛けてきたのかはわからない。
桜花「今日も寒いねー。温暖化なんて絶対嘘だよ~、ほらだってーー」
彼女はそう言ってハーっと白い息を吐いたーー。
桜花「あっ、雪、ほら雪降ってるよ清水君っ!」
そう言われ上空を見上げた。
ぽつりぽつりと白い雪が降ってきた。
桜花「早く教室行こっ!」
そう言い彼女は俺の手を取り歩き出した。
忠弘「お、おい、ちょw」
照れくささと、周囲の視線の痛さを感じながら
僕は彼女に引っ張られ歩き出した。
何故初対面の僕の手を繋いで歩いているのか?
とか
この子は誰だ?
とか
そんな事はどうでも良くなる様に思えた。
だって
彼女の手のぬくもりは
懐かしく
暖かく
哀愁が心を襲い
悲しくも
あったから。
忠弘「で、何これ?」
昼休みの教室。
目の前に並べられたお弁当を見る。
桜花「私の手作りだよー!頑張ったんだから!
(卵焼きしか作れなかったけど、残りはお母さん…)」
すんげー笑顔かわいいんすけど…語尾が聞き取れなかったのは置いておこう。
いや、それはさておき。だからこの状況は一体何?
そんな困ったような顔を浮かべていたら
彼女はこう言った。
桜花「清水君、あっ!忠弘君って呼んでいい?」
何だ馴れ馴れしい。
【初対面】なのに。
桜花「昨日はいきなり倒れてびっくりしたよ~大丈夫?」
そんな事を言ってきた。
昨日?
何かあったか?
いつもの事だ。
記憶にはほとんど何もない。
彼女は僕の頬に手を置き
目を潤ませてじっとこっちを見る。
いや、ってかさっきからずっと周りの視線が痛いのですが…
そんな事を彼女は気にも止めずに彼女は続ける。
桜花「清水く…あ、ごめん忠弘君ってやっぱり男の子なんだねー。」
男の娘?(笑)
桜花「すごく重たかったんだから~…ちょうど保健の先生が来てくれて助かったよ~」
ペロッと舌を出す彼女。
いっつきゅーてぃくるもあ!もあ!
何故だか心の中でガッツポーズを決める俺。
桜花「ごめんね~目が覚めるまで居たかったんだけど…」
そんな事を言う彼女を制して僕は
忠弘「というか昨日どうやらお世話になった事は感謝してる。」
忠弘「けど、何で俺倒れたんだ?ってか君は誰?」
続けて吐いた言葉に彼女はふと寂しそうな顔をして
こう言ったんだ。
桜花「私は忘れてないよ?ずっとずっと前の約束も昨日だって」
彼女は僕を知っている?
しかもずっと前から?
ちっぽけな水槽の様な記憶を起こそうとするがやはり
思い出せそうにない。
すると彼女は一冊の手帳を差し出してきた。
桜花「はい!これ今日から必ず日記をつける事!」
びしっと指を立てて。
可愛らしい日記帳を差し出す。
忠弘「え?何でだよ…」
日記をつける習慣はある。
実際、今日も書いたと思うし、日記帳だって持ってる。
そう言おうとした時、彼女が口を開いた。
桜花「でね、…じゃんっ!」
彼女はその手帳の見開きを見せてきた。
ん?なんか貼ってあるぞ?
これは…プリクラか?
最近、学生の間で爆発的なブームを起こしているらしい。
そのプリクラには彼女一人が笑顔で映っていた。
その下に「七瀬桜花」と書いていた。
これは…彼女の名前か??
忠弘「ななせ…おうか?」
彼女の氏名を口に出していた。
桜花「そうだよ!ななせおーか!」
忠弘「そーか…」
桜花「そうかじゃないー!おーか!」
忠弘「おーか…」
桜花「よろしいー桜花っ。はい、復唱~♪」
ニコニコしながら続ける。
忠弘「お、…うか?」
僕はどもりながら
桜花「うん!桜花って呼んで、私の名前だから。」
まるで天使の様な笑顔を俺に向ける。
忠弘「い、いや…でもいきなり名前で呼べっていわr…」
桜花「桜花、おーか!オーカっ!!」
彼女は俺の言葉を制し、ぷくッと頬を膨らませ言う。
…参りました。
忠弘「桜花」
僕は折れて彼女をそう呼ぶ。
桜花「はい!」
すっげーいい返事が返ってきた。
桜花「あっ!いっけなーい、次移動教室だから行くねっ」
そう言いそそくさと席を立ち、桜花は踵を返す。
最後に「日記ちゃんと書いてねー。今日は私の事、名前で呼んだのもねっ!」
と言葉を残し去って行った。
…ふう、何だったんだ?まるで「嵐」だ…
とりあえず昼休みもあと残りわずかだから
頂いたお弁当を有り難く食す事にした。
てかあいつ喰ってねえじゃん……
天然か…?
忠弘「あ、うんめえー。」
良く見れば結構…いやかなり手の込んでいる弁当だった。
タコさんウインナーとかリンゴのうさぎさんとか。
僕は彼女を知らない、けど彼女は僕を知っている。
それは普通に見れば、当たり前じゃないけど
僕からしたら当たり前の事。
弁当を急いで味わい食べ終わって
僕は貰った日記帳を開いて見る。
ここにもプリクラかよ…
でも。
忠弘「可愛い。」
ただそんな一言が出た。
忠弘「日記…忘れないうちに書いておくか。」
あの子は昨日の事を話していた。
何かを知っているんだろうか?
そうだろうか?
というか中学の頃に、見た事があるかもしれない。
聞かなくちゃ、昨日の事。
と思ったが時間がない。
そして3月4日の欄にこう書いた。
-3月4日は雪が降っていた。
一人の少女と出会った。
凄く馴れ馴れしかった(何故か弁当を作ってきた。しかも手作り?)
卵焼きに殻が入っていたのを除くと満点だ。
けど懐かしい気分になった。
何故だか分らない。
暖かい気持ちにもなった。
昨日の出来事を知ってる?
七瀬桜花。彼女は一体?-