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愛されぬ花に祝福を  作者: 兎角Arle
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第四話:愚者の記憶

彼が生涯もっとも信頼し身近に置いていたのは、シオンという落ちこぼれの魔法使いだった。

今迄数多の魔法使いからの弟子入りを拒否してきた彼が、唯一自分からアプローチをかけた程に執着していた。


彼が生涯もっとも共に時間を過ごすことになったのは、カンナという国家機関所属の魔法使いだった。

誰よりも特異な才能を持つ彼を監視する役割として、彼が幼い頃から『助手』の様な形で傍に居続けていた。


******


「ははは、またフラれちゃったぁ」

フワフワと柔らかい笑いを浮かべながらも、デスクの上に突っ伏せる。

そうしていると、直ぐに彼が暖かい紅茶をもってきてくれて、いつもの様に呆れた声を出すのだ。

「懲りないね、きみの偉大さを理解できないあんな落ちこぼれを口説くのなんて、もうやめてしまえばいいのに」

ほらね。

だから、ちょっと茶化してやる。

「わあお、棘のある言葉。やきもち?」

「やきもちだよ」

「じゃ、今日のお昼はお餅を食べよう」

「なんだそりゃ」


才能が有る故に監視であるカンナとの共同生活を余儀なくされ、やりたくもない仕事に埋もれる毎日。

でもそんな毎日もなかなか楽しいもの。

最近ではシオンという素敵な女の子をほぼ毎日口説きに言っている。

彼女の切り替えしは、『前世』を思い出してとても面白い。

そのせいで巷では「愚者が恋をした」なんて言われてしまってちょっぴり困ったものだ。

確かに毎日毎日口説いてはいても、彼女に恋愛感情は一切も向けていない。

単純に仲良くなりたいだけ。

こういう時男と女という体は非常に不便である。

今のところ、この体のコト・・・否、病気と言おう、それを知っているのはカンナだけだ。


そういうことを分かっている癖に、誰かと関わる度にやきもちを焼く。

“愛しいおチビさん”だよ、まったく。

勿論、背も年齢もこちらの方が小さいんだけれどね。


考え事をしながらでも手が動かせるようになってしまった。

不器用だった昔がもう思い出せない。

そんなことに少しだけ寂しさを覚えて、それでもてきぱきと仕事を片付ける。

そうしていると、昼を告げるアラームが聴こえてきた。

「あ、お昼休みだ」

「コロ、お餅食べるんだっけ」

「嫌だなあ、冗談を真に受けないでったら。今日はお昼もシオンにアタックするんだもん」

「・・・僕も行く」

「やめてよー。カンナ直ぐシオンを睨みつけるから彼女恐がっちゃうもの」

「食事管理も僕の仕事。なんと言おうと一緒に付いて行くんだから。それと、あの女が睨まれただけで恐がるわけないよ」

一見、とても物腰柔らかい男なのに興味のない事へはとことん冷酷で、せっかくの美男が台無しだ。

とはいえ、カンナも仕事で監視しなければならない立場、私の行動を把握する権利が有るのだから断ることは出来ない。

少し前はこんな直接的にモノを言わなかった筈なんだけど、やっぱりこの前つい怒鳴ってしまったのが原因なんだろう。

いやあ、だって、あんまりにも小さなことまで口うるさかったものだから・・・。

ああ、でも、大事なモルモットなのだから過保護に成るのも仕方ないか。


「それもそうか」

なんて言ってみたりして。

それに対してカンナは少しだけ表情を緩めた。

「一緒にシオンを食事に誘いに行こうか」

「不本意だけどね」

「それなら無理に付いてこなくていいよぉ」

「それはもっと嫌だ」

「カンナって時々面倒くさい」

「う・・・ごめん・・・」

「ふふ、でも嫌いじゃないよ。―――さ、行こう」

手を差し伸べると、一瞬戸惑い、結局カンナは握り返さずに先に戸を開けた。

まるで執事か何かのように戸を押さえて外に出るように促す姿が似合わなくて思わず気味の悪い笑いをもらしてしまう。

「ふっへっへっへっへ」

「そ、そんなおかしい?」

「はっはっはっは!」

ポケットに両手を突っ込み盛大に笑い声をあげながら先に歩く。

その後ろを頬を掻きながらカンナが付いてくるのが、振り向かなくても分かる。


シオンが居る学び舎の戸を盛大に開けると、中に居た生徒達が一斉にこちらへ視線を向けた。

そんな中で唯一こちらに興味を示さずに黙々と娯楽本へ目を向ける少女の傍へ歩み寄る。

傍に来ているにも関わらず全くの無反応。

次第に部屋中がザワザワと騒がしくなるけれど、そんな些細なことは気にしない。

解り易いように、パチンッと指を鳴らしてやり、魔法を使う。

なあに、簡単な魔法だ。

ただ彼女の興味を引いている本を私の手元へ移動させた。

そうしてようやく、シオンがこちらに意識を向けてくれるのさ。


「やあ、シオン。もしよければ私達と一緒に食事しない?」

「本を返してちょうだい」

「返事をしてくれたら直ぐに返すよ」

「答えはNOよ」

喰い気味に即答されてしまい、わざとらしく肩を竦めて見せる。

仕方なく本を返すと「どうも」と素っ気ない返事。

やれやれ、お食事作戦も失敗だ。


本を餌に食事へ誘うことも出来るだろうけど、それは主義に反する。

だから答えを聴いたらすぐに返してやる。

もう何十回と似たような事をしている。

「ねえねえ、その本面白い?」

「つまらないわね」

「つまらないのに読むんだねぇ」

「つまらないから読んでるの」

「ははは、それはいいね」

本を返した後にこうして他愛のない掛け合いをする。

これもお決まりのパターン。

でも今日は少し違うらしい。


「今日はこの後予定があるから。明日なら大丈夫よ」

「へえ?」

「あなたが誘ったんでしょう?」

「ええ。誘いましたとも。でもきみからOKの返事を聴けるなんて夢にも思わなかったものだから」

「だって、あなたに奢らせれば食費が浮くじゃない」

ああ、ちゃっかりしてらっしゃる。

それでも、食事を奢るだけで会話の場を貰えるというのなら随分と安いもんだ。

「じゃあ、明日食堂で」

「はいはい。ああ、それと、私、お友達を呼びたいのだけど、良いかしら?」

「いいよいいよ。こっちもいつも彼が付いてるから、その方が気も楽だろうしフェアだろう」

言いながらカンナを指すと、カンナがしょぼくれた顔をしていた。

別に付いているのが悪いとは言っていないのだけど・・・。

あんまり放っておくのも可哀そうなので適当に切り上げて、「また」と手を振り学び舎を後にした。


暫く早い速度でずいずいと進む。

カンナも駆け足で追ってきて、私の手首を掴んだ。

「コロ、歩くの速―」

「やったよカンナ!! ついにシオンを誘えた!!」

喜びのあまりに彼に抱き着いて飛び跳ねる。

いきなりの衝撃に、いつも持ち歩いている資料を落し、カンナは硬直した。

「あああ明日どの服を着よう! あんまり張りきり過ぎたらドン引きされちゃうかな? あーん! というかシオン友達居たんだね失礼ながら心底吃驚だよ!」

「こ、コロ、落ち着こう。まだ弟子になるなんてあの女言ってないから」

「そっ、そうだね、これからの接し方が一番大事な所だね!」


息巻いていると、カンナの不満そうな視線に気づいた。

言わんとしていることは分かるけど、此処は彼の口から聴いてあげよう。

「ん? どうかしたかな?」

出来るだけ自然に、カンナが語りやすいように、声をかける。

この子は本当に、目を逸らさないな。


「どうしてそこまであの女を弟子にしたがるの?」

何度も何度も、カンナはこの質問をしてきたね。

その度に同じ答えをしているにも関わらず、またこうして聴いてくるのだから、納得が行かないのだろう。

私はね、きみのそういう所は嫌いじゃあないんだよ。


「シオンには素晴らしい力が有るからだよ」

「魔法なら僕の方が力はあるし、コロの弟子を志願してる多くの魔法使いの方があの女より魔法が使えるじゃない」

「力って言うのは、魔法のことじゃないんだよ」

「・・・・・・また、何時もみたいに、話のオチ所は命名権なんだろ」

あらあら?

茶番の会話のオチを先に言ってしまうんだね?

この会話の流れは少し珍しいかもしれない。

面白い。

どうせ明日のシオンとの食事にカンナも同席するんだもの、本当の事を全部話して手伝ってもらうのがいい。


「命名権が欲しいなら、あの女を孕ませてやればいいんだ」

「そういう野蛮な行為は嫌なんだ。そうだなあ、ここまで傍に居てくれたカンナを信用して、本当の所を話すよ」

「本当の、所?」

「理由、とでもいうのかな? どのみち此処でするような話じゃない。一回私たちの巣へ帰ろう」




この時彼に全てを話したのは正しい選択だったのか?

それは私には分からない。


正誤を決められるのはきっと、あの少年だけ。



******



「もうすぐ、“愛しい彼女”と会えるんだ。焦ることはないさ、時間は幾らでもあるんだから」

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