No.3
大丈夫……!
まだカメさんにはなってない……!
一般的な学校と違い、未成年候補生が受ける講義は出席義務がない。出席数が成績に反映されるということもなく、試験で合格すれば教官から文句も言われない。
「リラ、午前はどこにいたんだ?」
教室の後ろの方の席に座り欠伸をしていたところ、仲間の一人に声をかけられた。
「ふあぁ……あ、カイル。おはよう」
「おは……ようじゃないだろう。また寝坊したのか」
「そう。昨日任務だったから」
「そう言えばユーヤの奴も今朝から見ていないな。そんなにハードだったのか?」
「別に。遅かっただけ」
「そうか」
カイルは灰色の瞳を細めて微笑んだ。
「心配したんだ。二人が同時にサボったからな」
「愛の逃避行とか?」
「まあな。前科があるだろう? ユーヤには」
「あれは事故」
「事件の間違いだろう」
リラは机に頬杖をついた。
「あれは全部ユーヤの所為」
「それは認める。お前は巻き込まれた被害者だ」
カイルはリラの隣に腰を下ろした。大学などと同じで、席は特に指定されていない。
「ついでに、俺と愛の逃避行をしてほしいと思っている」
「お断わり」
「そうか。残念だ」
ふん、とリラはカイルを横目で見る。
「珍しいこと言うんだ」
「言っただろ、心配したって。今日は少し荒れているんだ。油断していると痛い目を見るぞ?」
「そう。なら気を付ける」
カイルは不敵な笑顔を浮かべ、リラにぐっと顔を近づけた。
「まあ、俺としては油断してくれた方がいいんだが」
「警告する辺り本気じゃないくせに」
「本当にやってみろ。俺はミズキに暗殺されたくはないし、イルの牙にかかりたくもない」
「ユーヤとアスは?」
「何とかなるだろ」
カイルは軽く肩を竦めた。
カイル、本名はイージェ=カイリス。鷲の異種人だ。北方出身の彼は苗字が先、名前が後になっている。リラ、アスと同じく「仲良しグループ」の一人で、リラの幼馴染でもある。常に冷静沈着でクールな気質。仲間内ではアスの次に常識的で、どちらかというとまともな性格だ。
身を引いたカイルはリラの髪に手を伸ばし、指先で遊び始めた。
「そう言えばリラ」
「ん?」
「ミズキが探していたぞ」
「ミズキ?」
「今度任務があるらしい」
そう言ったカイルはチッと舌打ちをした。
「前回はユーヤ、その前はイル、その前はアス。今回はミズキ……俺の番はいつだ?」
「アスの前は?」
「ミズキ。覚えてないのか?」
「いちいち覚えてない」
「ちなみに俺は四ヶ月前だ」
不満顔のカイルの手がリラに頬を撫でる。
リラは眉根は寄せたものの抵抗はせず、目を閉じた。
「どうしてほしいの?」
「甘やかしてくれ。抱きしめて、唇を重ねて」
教室にいるほかの候補生たちが困り顔で二人を見る。
リラはカイルに顔を近づけた。
カイルはフッと穏やかに微笑む。
唇が寄せられ―――
「痛っ!」
急にカイルの姿が机の下に消えた。
「あしっ……」
「簡単に許可するわけがないでしょ」
「思いっきり蹴ったな!?」
「セクハラ鳥には足蹴で十分」
「くぅ……」
カイルは涙目でリラを睨み付けた。
「覚えてろ……」
「そろそろ教官来るよ。私語は慎まないと」
「くそっ」
本気で悪態をついたカイルは席に座り直した。
「今度、教官に掛け合って任務を取り付ける。何日か掛かるような長期のヤツ」
「やめてよ。めんどくさい」
「フッ そう言いつつも、いざ仕事が来たら真面目にやるんだろ? お前の性格はよく分かっている」
「……把握しないで」
「幼馴染だからな。仕方ない」
リラはカイルを横目で睨みつけた。
「なら把握させてよ、カイルのこと。不公平だ」
「教官が来たぞ? 私語は慎むことだな」
意趣返しとばかりにカイルが言うと、リラはこの上ない不満顔で教卓のほうを向いた。
やがて講義が始まり教官が暗殺の歴史について語り始める。
話を適当に聞き流しながら、カイルは隣に座るリラをちらっと伺い見た。リラは真面目な顔で講義のノートをとっている。彼女の頭脳と知識量ならわざわざノートを取らなくても十分なのだが、勉強をおろそかにしがちな仲間のためにやっていると以前他の仲間に聞いた。
態度はドライなくせに仲間想い。そういうところは幼い頃と全く変わらない。リラに『仲間』と呼べる存在は少ないが、その数少ない存在を大切にするから彼女は愛されるのだ。
分かりにくいリラの親愛に、多大な愛情と我が侭で以って応える。
カイルはノートを開き、ページの端に言葉を書いてリラに見せた。
やや面倒臭そうにそれを見たリラが、目を丸くする。彼女の耳と頬が真っ赤になり、カイルは笑いを押し殺した。彼女のこんな表情はそうそう見られない。
リラは彼のノートに走り書きをした。
『バカ』
危うく噴き出しそうになったカイルは済んでのところで口元を手で覆う。
(『好きだ』って書いただけでこの反応……さっき声に出して言えばよかったな。惜しいことをした)
リラはもうノートに顔を落としていて、カイルのことなど全く見ていない。しかし赤くなった耳はそのままで、カイルは苦笑を零した。
未来に夢を持つ、とか、そういうことをカイルはしない質だ。それでも、何となく夢想してみる。
「好きだ」と言うカイルの台詞に、リラが「わたしも」と返してくれる日を。
キャラ紹介も兼ねて、あと何話か。
そしたら全員集合かな、と。




