NO.2
連続投稿なのは書きはじめたばかりだからです。
カメになる日はそう遠くない……。
音も無くドアが開く。
忍ばせた足音は、一歩二歩と少女が眠るベッドに近付く。
寝息を立てる少女に手が伸ばさられ―――
「リラ、起きてよ。もう昼になるよ」
「んんんー……あと十分……」
「ダメだよ。もうじき昼食の時間なんだから。ほら、起きて」
「やだー……あと二十分……」
「ダメだって! なんか延びてるし! 起きってったら起きてってば!」
足音の主、黒髪の少年が何度肩を揺すっても眠り姫は起きる気配がない。抗議の唸り声をあげ、布団にもぐろうとする。
少年はリラの行動を阻止すべく布団をはがし、強引に彼女の体を起こした。
「ほら、起きて着替えて。朝食どころかお昼ご飯まで逃したら健康に悪いよ」
「幽霊は夜活動するものなの……」
「あああ、もう! 二度寝しないで!」
少年に寄りかかって夢の世界へトリップしようとするリラを、少年は必死に揺さぶる。
「夜行性のイルだって昼間に起きてるんだから、幽霊だって昼間に活動できるよ。頑張って!」
「頑張りたくない……」
「そ、そんなこと言わないで!」
少年は困り果てた顔でリラの身体を揺すり、やがて意を決したように、
「あんまりわがまま言ってると、その……い、イタズラするよ!?」
「悪戯って何」
「え」
「内容によっては許可する」
「えええっ そ、そこは嫌がって起きてくれないと」
「おやすみ」
「ああっ 待って! 考えるから……っ」
えーっと、えーっと、と少年が悩むのを、リラは面白そうに眺めていた。この時点でリラはすっかり目が覚めているのだが、少年はそれに気づかず『リラを起こすためのイタズラ』を頑張って考えている。
「えーっと、うーっと……そう! 顔にラクガキする! どう!?」
名案! とばかりに振り返る少年に、リラは小さく噴き出した。
「えっと、リラ?」
「面白い。その頑張りに免じて起きてあげる」
「え? あ、えっと、ありがとう……?」
「着替えるから、部屋の外で待ってて」
「う、うん……」
何だかよく分からないが、目的は達成できたらしい。少年はドアのほうまで行き、そこでリラに呼び止められた。
「アス」
「ん、なに?」
「アスって面白い」
「あー……ええと、どうも」
リラとアスは[S]候補生である。よくつるんでいる面子、言ってしまえば「仲良しグループ」的なものが同じで、一緒にいることが多い。未成年候補者の中でもきわめて優秀な部類であり、その実力は構成員にも匹敵すると言われている。
アス、ことアーシス・レオンは、シャチの異種人である。シャチは本来獰猛な生き物だが、アス自身は温厚で優しい。仲間思いで気づかいができるため、仲間内では厄介事を押し付けられることが多い。寝起きが悪いリラを起こしに来たのも仲間から押し付けられたせいだ。
「それにしてもリラ、ちょっと不用心じゃない?」
こんな時間になってしまうと、午前の講義はすべて終わってしまう。仕方なく直接食堂に向かう道中で、アスはそう話を切り出した。
「不用心って何が」
「部屋の鍵。かかってなかったよ」
「ああ、忘れてたかも」
「かもって……いい加減だなぁ。もしかして、いつもそう?」
「まあ大体」
気のない返事をするリラにアスは溜息をついた。
「はあ……戦闘員候補生とはいっても、リラだって年頃の女の子なんだから。もっと気を付けないと。男に狙われるよ」
「返り討ちにするからいい」
「うーん。リラなら出来そうだけど、そういう問題じゃなくて」
「それに」
リラはアスの瞳を見つめた。彼の黒い瞳はリラの目線の高さと同じところにある。
「リ、リラ……?」
リラの瞳の色は深い紫色。落ち着いた魅力を宿すそれは、無垢にも妖艶にも見える。
しばらく立ち止まって見つめあう二人。沈黙と緊張に耐えきれなくなったアスはやがて目を逸らした。心臓がバクバク鳴っている。
「あの、リラ……」
「顔赤い。耳真っ赤」
「じ、実況しないで。本気で恥ずかしいから……」
「鍵はかけたくない」
「え、えっと、何で?」
リラは緩く首を傾げ、淡く微笑んだ。天使のような美しい微笑にアスの心臓はますます早鐘を打つ。
「アスに来てほしいからだよ」
「えっ……ええっ……!?」
「来てくれるでしょ?」
「え、あ、えっと、そのっ……」
「朝起こしに」
「……はい?」
我に返ったアスが改めてリラを見ると、彼女は気怠そうに欠伸をしていた。
「だって朝起きれないし」
「それは、つまり……自力で起床は諦めたってこと?」
「うん」
「起きようよ……」
アスは二重の意味でガクッと肩を落とした。起床くらい自力で頑張ってほしいし、さっきのドキドキを返してほしい。
「ホントもー……リラって……イタズラ好きというか、何というか」
「さっきみたいなことはアスにしかしないけどね。他の面子にやったら手痛いカウンターが来るし」
「じゃあ、僕がユーヤやイルみたいに『そんなこと言うんなら云々』でキスとかしたら今後やらない?」
「そうなったらしなくなると思うけど、そもそもアスにそんな度胸はないでしょ」
「よくお分かりで……」
アスはリラも含めて仲間たちに把握されている節がある。彼の純朴さがアダとなっているらしい。
一癖二癖もある他の仲間に対してはリラも下手にいたずらはしない。その分アスのことは存分にからかうので、アスは結果的にリラに振り回されることが多い。
(今後も、僕がリラに敵うことってないんだろうな……)
「アス、ボーっとしてないで。食堂行くよ。お腹減った」
「はいはい……」
さっさと歩きはじめたリラを追い、アスは苦笑を零した。
何で彼女みたいな子を好きになったんだろう。
今まで幾度となく感じた疑問は、同じ答えで上書きされる。
(理由はどうであれ、リラが好きなのは変わらないし、それを後悔することは一生ない)
そういうのを『ぞっこん』って言うんだよ。親友の声が脳裏をよぎった。




