No.11
異種人が暴走するとき、その戦闘能力は飛躍的に高まる。
もし意図的に暴走させることができれば、これほど強力な兵器はないだろう。
たとえそれが危険で背徳的なことだったとしても、上に立つ者には何ら関係がない。戦場に立つのは兵士だけ。指揮官は適当に軍配を振ればいい。
勝てば官軍なのだ。
勝ちさえすれば、誰も何も言わない。
何も言えない。
リラに怪我を負わせた虎の異種人は、西方の出身。両親が小さな製薬会社を営んでいたが、大成功したのをきっかけに一躍大手企業に出世した。しかし両親とは不仲で家出をしており、現在は両親や親類縁者とは連絡を取っていないらしい。最近は実家から離れた街にアパートを借りて住んでいる。
ミズキとアスがあらゆる手を使って調べた件の虎の話を聞いて、カイルが真っ先に発言した。
「その『両親が営む製薬会社』が気になるな。察するに、三、四年前に新薬を開発したあの会社だろう?」
「そう。いくつか画期的な薬を開発して注目されたんだけど、全部もとは別の大手製薬会社で発案された物ばかりなんだ」
アスは難しい顔で腕を組んだ。
「しかも、どれもデータ不十分とか検証の信憑性とかが理由で撥ねられてる」
「別に不思議じゃないだろ。他のやつらがちゃんとやらなかったことを、その会社はやったってことなんだし」
ユーヤが口を挟んだ。
「発案したのが別の会社ってことは、虎の両親の会社はその研究がある程度進んでから始められたんだろ? なら、成功しても不思議じゃないだろ」
「うーん………」
何と答えるべきか悩むアスに代わり、リラが答えた。また報告会に自分の部屋が使われていささか機嫌が良くない彼女は、話を早く終わらせたいと思っていた。
「データ不十分で撥ねられた薬なら、不十分じゃなくなるよう何度も何度もデータを取らないといけない。大手がやってまだ不十分だったのに、それ以上の回数を小さな会社がやれるわけがない。資金や人材が足りないはずだから」
「え? 成功してでっかくなったんだろ? その会社」
「順番が逆。『成功してでっかく』なる前に、検証を行って新薬を作って、認められたんだ」
「あ、そっか」
ようやく理解したユーヤに苦笑し、ミズキが補足を添えた。
「リラの考察の通り、小さな製薬会社が新薬を、しかもいくつも開発するのはちょっと無理がある。データの横流しや薬の材料の不正入手、エトセトラ。いろいろ考えられるんだ。言うなればグレーな会社ってとこかな」
「グレーか……」
「この製薬会社は調べる価値アリだと思う。今言った不正もそうだけど、何より製薬会社なら薬品のノウハウはちゃんと持っている。となると、暴走を誘発する薬の研究もできるんじゃないかって」
ミズキの言葉で仲間たちは先日の報告会を思い出す。
暴走を引き起こせる仮称『物質A』。現在公式には、人工で生成するのは不可能とされている。しかし入手自体は容易であり、研究が業界内ではタブーとされている傍らで違法に研究・実験していないとは限らない。
「では、まずはその製薬会社をあたってみよう」
カイルが口を開いた。
「場合によっては潜入もあり得るから、俺とリラで行く」
「了解。もしそうなったら許可は僕が貰っとくよ」
ミズキが応じたところで、それまでずっと黙って地図を見ていたイルが顔を上げた。
「ミズキ」
「ん?」
「例の虎がいる街って、ここなんだよね?」
イルが指し示した地名は、報告にあたりミズキが口にした街だ。
「うん、そうだよ。それがどうかした?」
自宅周辺を探るのは基本中の基本だ。そんな当たり前なことをイルが言うのは珍しい。
イルは首を傾け、
「この街の近くの、アヘン窟があるんだ」
「えっ?」
ミズキのみならず、全員がぎょっと目を見開いた。
『アヘン窟』というのは通称で、[S]では麻薬や覚せい剤などに依存した者が集まっている場所を指す。大抵が貧困層が多く住む街の裏通りだったりするのだが、まれに住宅街のすぐそばに存在するのだ。
因みに薬物の取り締まりは特別な例を除き[S]の仕事ではない。
「イル、良く知ってるね……」
「まあね。彼らはいい情報提供者だよ」
イルはくすくす笑ってから、表情を引き締めた。
「この街は一見するとただの住宅街だけど、実のところはアヘン窟で稼いでる連中が集まる場所だ。ここに住んでいるっていうことは売人……闇社会に繋がっている可能性もある」
「成程な。一理ある」
「だから俺はユーヤと一緒にこの街に行ってみるよ」
「……は!?」
イルは相変わらず考えんのが早いなーなどと感心していたユーヤは、急に名前を出されて勢いよくイルの方を振り返った。
「なんで俺!?」
「ボディーガード。地図に名前があるとはいっても、実際は犯罪者が蔓延るような無名の街とそう変わらないからね。そんな危険なところに一人で行くのも怖いし」
しゃあしゃあと言ってのけているが、仲間たちの記憶が正しければ『危険なところ』に平気で一人で行ったことがあるのはイルだけだったはずだ。
「だからって、」
「それに」
言い返そうとしたユーヤをイルは遮って続けた。
「アスやミズキはここに残って俺たちやリラたちからの情報を整理しなきゃいけない。それと並行して例の虎についても詳しく調べる必要がある。二人を連れて行くわけにはいかない」
「それは……まあ」
「加えてユーヤの頭じゃ一人で何をやればいいのか分からないだろうしね」
「っだーっ! 馬鹿扱いすんじゃねー!」
さらにやり取りを聞いていた仲間たちが『確かに』と納得したのを見て、ユーヤは怒りをイルにぶつけた。
「いいぜ。ついてってやる! けどな、俺は一切助言してやらないからな。お前が一人で何考えんのかちゃーんと見させてもらうぞ!」
「はいはい、それでいいよ」
イルは変わらず穏やかに微笑んだ。そもそもイルはユーヤの助言を一切必要としていないであろうことに、ユーヤは気付いていない。
それぞれに役割が割り振られたところで今回は解散となった。ここからは二人一組で行動し、情報収集と整理に当たる。
アスとミズキは引き続き虎の周辺を調べる。
ユーヤとイルは虎が住んでいた街のアヘン窟から情報を得る。
リラとカイルは虎の両親が経営する製薬会社の調査。
証拠を得たその後は殴り込むだけだ。
追い詰めた袋小路の奥で、猛獣の牙が突き立てられる。




