第4話 夕食前はいそがしい。
移動前線指揮所(小)は、せれなが魔王第4軍の隠密部隊を指揮する際に愛用していた施設である、見た目岩で入り口も偽装されており、警戒用の魔道具や緊急脱出用の魔道具も装備されている便利アイテムである。
中に入ると魔法の光で明るく照らされた役20畳ほどの広い敷地になっており、大きなテーブルと椅子が20脚ほどおかれてた会議室になっており、入り口のある壁面以外の3面にはそれぞれ士官用の宿舎と風呂場、厨房の入り口が並ぶ。
入り口側の壁面には大型魔道具が入り口の左右におかれて、まさに軍事指揮所である。
二郎は照らし出され、思った以上に清潔かつ、近代的な内装に驚き
「めちゃくちゃひろいっすね・・・なんなんすかこれは・・・」
こわごわと目を開けた綾花も驚き絶句する。
せれなは入り口横の魔道具をちょちょいといじり、早期警戒魔術と近距離用の幻影魔術を起動し
「中隊規模で潜入やらゲリラ戦する時に使う指揮所だからね、この程度は必要なのよ、まあ、まずは風呂でも入ってさっぱりしなさい、どうせ駄神のところの牢屋には風呂なかったでしょ?」
風呂場は男女別になっているので、施設管理の魔道具もいじって風呂を入れる、温水作って入れるだけの機能であるからガスより実は早いのだ。
「私はちょっと周りの確認をしてくるけど、まだ建物から出れない設定だから風呂から出たら食堂の冷蔵庫でも漁ってなんか飲んでて、すぐ戻るわ。」
せれなはそう告げると出口から出ていく。
二人で話し合う必要もあろうという配慮と、実際に広域探索魔法の使用等の用事もあるのだ。
せれなサイド
二人は今後どうするのかな。
元勇者が元魔王と一緒にいるのも変なような、同じ誘拐の被害者として多少なりとも面倒見るのが当然なのか、せれな自身迷っていたのである。
「ともかく今は人里探しますか、どのみちあんな子供をここでおっぱなすわけにもいかないしね。」
せれなは体内魔力を開放し、体外魔力を活性化するとじわじわとその領域を広げていく。
あまり一気に広げると優秀な魔術師やスキル持ちに感知されてしまう可能性があるからだ。
直径50kmほど広がったところで東側に人工物を感知したので領域の拡大を止める、木製の壁のようだ、高さ3mほど、幅は結構ある数百mといったところか。
その周辺には、人族と思われる反応も多数ある、宵の口だ、まだ外を歩いているものも多いのだろう。
これ以上魔力感知をすると逆探知されかねないので領域を解除する、代わりに無限収納から偵察用ゴーレム、カラス形10台、ネズミ型20台を取り出す、これはステルス魔術も載せた高性能な偵察機だ。
そして指揮官機として、簡単な知能などの機能を持つフクロウ型ゴーレムも取り出す。
偵察ゴーレムはこの指揮官機に、視覚と聴覚情報を短距離用の魔力共鳴で送るのだ、この共鳴は非常に微弱なうえに感知しにくいメリットがあるが、短距離しか使えないので、指揮官機はある程度情報をためたのちに場所を移動し指揮所内の通信設備に情報を圧縮転送するのである。
「さあお前たち、東の方向約50kmにある人里の情報を集めてきてちょうだい。」
せれながそう言うとネズミたちはカラスの足に1匹ずつしがみつき、空輸されていく、それを追うようにフクロウも飛び立っていった。
長距離感知おおかげでマップには直径50kmほど完成している、またその領域内に数か所魔物の溜まっているコロニーも見つけたので、移動の最中にあの二人に狩らせるかな、と外道な強化プランを考えてみたりするせれなであった。
元勇者サイド
せれなが外に行くのを見送ると二郎は、「男湯」と書かれた暖簾のかかった扉に向かい
「綾花、とりあえず風呂に入ろうか、ちょっと落ち着こうぜ。」
「そ、そうだね、牢屋では入れなかったし。」
そう答えた綾花も「女湯」と書かれた暖簾に向かう。
風呂は銭湯のような構造で、一度に10人ほどは入れる広さのものだ、蛇口もシャワーもある洗い場も5か所設置されており、湯船からは湯気が立ち上っている、二郎は
「まじかよ、どんな構造なんだこれ・・・」
そうつぶやきながら頭を洗い体も洗って湯船につかる。
「日本人にはたまらねえなこれ、やっぱりせれなさんも日本人なんだな。」
そう考え今日のことを思い出す。
初めて生き物を殺した、自らの意志で明確な殺意をもってだ。
それでも後悔はない、それ以上に今日気が付いたことがあったからだ。
「やっぱり、俺、綾花好きなんだな。」
そう、あのとき自分が死にたくないという思いよりも、綾花を死なせたくないという方が大きかったのだ。
もう認めるほかない。
ならば生きる、綾花も生かす。
この世界ではその為に力がいるだろう、ここは異世界で帰れる目途もないのだから。
女湯でも綾花が身を清め、湯船につかっていた。
「生きるって、こんなに辛い事だったのね・・・」
つい弱音が漏れる。
3日前まで平和な日本で、親に、先生に、社会に守ってもらっていたんだと痛感する。
もし、二郎と一緒でなかったらと考えるとぞっとする。
「一人だったら、あの時自害したかもしれないな・・・」
綾花はもともと内向的で、運動も好きではなかった。
しかし幼稚園で出会った二郎に一目ぼれし、二郎の家に遊びに行くためだけに二郎の家の道場に通いだしたのだ、まあ、やってみるとなかなかに楽しいもので、以外に続いているのが不思議だった。
「二郎君がいるからなんだろうけど。」
ちょっと依存傾向があるのかなあ、でも嬉しいからいいか。
二人は脱衣所に積んであったタオルを使い、寝間着替わりなのか積んである作務衣を借りスリッパを履いて会議室に戻る。
二郎は湯上りの綾花をみてやべえかわいいと赤面し、綾花も(補正的に)ちょっとたくましくなった二郎に赤面したりして席に着く。
二郎は意を決し口を開く
「綾花。これからどうする?俺は死にたくないし、お前も死なせたくないんだ。」
「二郎君・・・私も二郎君と一緒なら何処の世界でもいいよ。」
「ははは、じゃあ一丁頑張ってみますか!」
「まずは世界のことを知って、力を付けることからかなあ?」
「そうだな、あとは自分らの能力も知らないといけないな。」
「そうだね、明日からどうしよう、このまませれなさんに頼ってしまっていいのかな?」
不安そうに告げる綾花に、二郎は
「元魔王様か・・・今は頼れるのは同郷のせれなさんだけだろうし、突然牢屋にぶち込む連中よりも、信用できると思うけどな。」
「その牢屋に入れた人たちは、もういないらしいけど、結局異世界なのは変わらないのね。」
ため息をつく綾花に
「生きるのに覚悟と、力がいる世界なのは間違いないようだし、少なくともある程度戦えたのは朗報だな、爺さんにこんなことで感謝する時が来るとは思わなかったよ。」
二郎もため息をつきながら答える。
綾花は刀を返していない事に気が付き
「そういえば、刀返してなかったね、せれなさんにお礼も言ってないし。」
二郎は、アイテムボックスから刀を取り出し
「そうだな、それにしても恐ろしい切れ味だったなあ、巻き藁くらいしか切ったことなかったけど、なんなんだこれ、どうすりゃ骨ごと一刀両断できるんだ?」
「そういわれても、刀のことなんかわかんないよ・・・」
そのとき
ぴんぽ~ん♪
ちょっと間抜けな音が響き、入り口からせれなが入ってくる。
「その刀は私が作った練習作だよ、ちょ~っと変わった素材でできてるんだ。」
せれなはそう言うと、壁際の偵察機からの報告受信用魔道具のセットをする。
「ここから、50kmくらいのところに、人里を見つけたから明日からはそこに向かおうと思うん、とりあえず情報集めをしないとね。」
それを聞いた二郎は、
「わかりました、あと、遅れましたが助けてくれてありがとうございます。」
「あ、ありがとうございます!」
綾花も遅れて礼を口にする、せれなは
「急に改まった口調でどうしたのよ、魔神様から頼まれてもいるし、特に目的もないし、同郷の子供を見捨てる趣味もないから、気にしないでいいのよ。」
「それでも助かりました、本当にありがとうございます。」
二郎がそういうと
ぐ~~~。
腹の虫が鳴いた。
それを聞いたせれなは
「あ~ごめん、ご飯にしようか。」
「すいません、まじめな話の途中に・・・」
「私もおなかすいたしね。」
せれなは、時間もかけられないので、料理はあきらめて出来立てのまま無限収納に入れている食料の内から、炊き立てご飯(お櫃入り)、熱々豚汁(寸胴鍋入り)、山盛り唐揚げ(大皿盛り)、切れてる漬物(小皿盛り)、よく煮た芋の煮物(大皿盛り)を取り出し、茶碗とお箸取り皿と一緒に並べる。
「無限収納は時間停止だから、これができるのが便利なんだよね、熟成が必要なものにはダメダメ機能なんだけどね。」
「日本食なんてどこから・・・」
「まだ4日だけど、懐かしいです・・・」
驚く二人に、せれなは
「明日からのことは、食後に話そう、今はいっぱい食べて英気を養おう。」
「いただきます!。」
育ち盛りな二人はその旨そうな匂いに、とりあえずそう言う以外の選択はなかった。