第2話 元勇者様、最初の試練
じっと大刀と短刀を見つめる元勇者の少年少女、しかし時間は限られている。
私の常時展開早期警戒魔法のエリアは約1km、そろそろ戦闘領域である300m圏内に入ってくるところだ、反応は12体、速度は森の中であることからそれほど早くはないが、こちらから見て風下側だ、美味しいご飯と雌の匂に誘われこちらに接近している。
「あと数分でここに魔物が現れますよ、どちらを選びますか?」
戦って敵を殺し生き残るか。
生きたまま貪られるのを避けるために自害するか。
厳しい選択なのは分かっている。
しかし敵の反応が戦闘領域に入る、この距離ならばギフト「統合メニュー」の「マップ」機能上からの選択で「ステータス看破」が使える、接近中の敵はホブゴブリン2体ゴブリン10体で能力的には雑魚も雑魚である、目の前の元勇者二人で十分倒せるものだ、戦う意思あるならばだが。
「さあ、選びなさい自らの意志で!」
二人にそう告げ、彼らの後ろを指さす、そこには妖精の輪に入ってくる醜い小鬼、ゴブリンとホブゴブリンの姿があった。
「ちっくしょう!俺は死にたくない!!」
二郎はそう叫ぶと足元から大刀を拾い上げる、抜刀!
試し切りでしか使ったことのない真剣であったが、今は気にしてられない、隣には綾花もいるのだ、死ねないし死なせられないのだ。
「うおおおお!!!!」
刀を右肩に担ぐように持ち、先行してくるゴブリンに袈裟懸けに切り込む、ゴブリンは手にした粗末な小剣でそれを受け止めようとする。
キィイン!
甲高い音とともに刀は地面にあたって止まる。
恐ろしい切れ味であった。
刀はゴブリンの小剣を切り飛ばし、そのまま体を袈裟懸けに真っ二つに切り裂き地面に達したのだ。
切り裂かれた体がずるりとずれ、その断面から血がほとばしる。
「ひぃ・・」
後ろにいる綾花の小さな悲鳴が上がる、俺だって悲鳴を上げたい。
初めて、生き物を殺したんだ、しかし今は生き残る事に命を懸けなければいけない、敵は剣や棍棒を振り上げて殺しに来ている。
ならば身を守らねばいけない!
「練習の通りだ、綾花!お前も剣をとれ!!死にたいのか!!!」
二郎は幼馴染の綾花に叫ぶ。
二郎の家は古くから続く武家の家柄で、家では古流武術を教えている、次男である二郎は家を継ぐ立場にはなかったが、幼いころから刀と槍を習っていた、綾花も俺と一緒に刀や弓を習っているのだ。
二郎は刀を引き抜くと右側にいるゴブリンの首を刎ねる、この刀は巻き藁より簡単に肉を骨を切り裂ける業物のようだ、簡単に首が飛び血が舞い上がる。
しかしまだ10体の敵が敵がいる、一人では簡単に包囲されてしまう、二人で背を合わせれば180度受け持てばいいのだ。
「せれなさん・・・」
戦う二郎を見て、死にゆくゴブリンを見た綾花は後ろにいるせれなに視線を向ける。
せれなは両手を組み参戦する意志がない事を示している、彼女は元魔王ということだ、恐ろしく強いのだろう、ゴブリンなど歯牙ににもかけないに違いない、私たちが死んでからでも簡単にゴブリン達を殲滅できるのだろう。
彼女は見ているのだ、生きる意志があるのか無いのか、自らが助ける意味があるのか無いのかを。
二郎は包囲されつつもさらに2匹のゴブリンを屠る。
やばいな、このままだと包囲されちまう。
「イヤー!!!」
そう考えていると、後ろに回ろうとしていたゴブリンの首から刃が生える。
綾花の大刀がゴブリンの喉を貫いたのだ。
「二郎君、私も死にたくないよ!」
刀を正眼に構えた綾花は二郎の後ろを守るように立つ、二郎の前にホブゴブリンという体格のでかいゴブリンが2匹と普通のが1匹、綾花の前にゴブリンが4匹、完全に囲まれているが、二人でいれば死角はない!
せれなはそんな二人の戦闘を魔法で存在感を消し見守っていた、生きる意志を示し、敵を殺してでも生を勝ち取ろうとする戦士である二人だ、ここで負けるようでは話にならない。
勇者とは魔王を倒す事を求められた存在だ、そう、二人の仮想敵は本来私である、ゴブリンごとき100でも200でも問題ないはずである。
「最初の試練ですよ、勇者様、敵を殲滅し生きなさい!」
ホブゴブリンは、なかなかの強敵である、LV10程度の冒険者では危険な相手ではある、しかし、二郎と綾花のステータスはそれをしのいでおり、スキルもすでに習得しているのだ、戦力的には負ける要素はない、問題は殺す覚悟と実戦経験の差だけである。
二郎に打ちかかってくる右のホブゴブリンの長剣を打ち払い、返す刀で左のゴブリンを袈裟懸けに切り裂く、真っ二つになり転がるゴブリンを見た2匹のホブゴブリンはなかなかの強敵と慎重に距離をとる。
綾花にも四匹のゴブリンが襲い掛かっている、ゴブリンは雌がいない、人族の女を苗床に増えるのだ、そのため女は生け捕りにしようとする、生け捕られた女の末路は悲惨なのだ。
綾花にそんな知識はないが、ゴブリン達の目が血走り「ぐえげげ」と笑うのを聞き身がすくむ、しかし、負けるわけにはいかない、大好きな二郎君の前で負けるわけにはいかない。
綾花は多対1の戦闘では一斉に相手をしてはいけないと知っている、ならばまずは。
最初にとびかかってきた1匹の棍棒を刀の峰で右に弾く、バランスを崩したところに足払いを軽くかけ転ばせその体で2匹のゴブリンの足を止める、残り1匹のゴブリンが剣の腹で殴り掛かってくるのを躱しながら刀で首を撫でる様に切り裂く。
抵抗も感じないほどの切れ味で刀はゴブリンの首を半ばまで切り裂き血が噴き出る。
返り血を浴びながらもそのまま体を回転させ元の方向に向き直り、仲間の死にざまを見て驚くゴブリン達のうち立っている1匹の首に突きを決め、更に返り血を浴びる、残り2匹。
ホブゴブリンは力自慢だ、こんな子供に負けるわけがないのだホブ!
ゴブリンとは違うのだよ!ゴブリンとは!!
二匹のホブゴブリンはゴブリン語で叫びながら二郎に切りかかる、冒険者から奪い取った鉄の長剣は重いが威力はあるのだ。
同時に切りかかってきた二匹の右に滑り込むように移動するとともに、刀を切り上げる、長剣を持った腕が切られ剣ごと宙に舞う。
「ギガアアアア!!」
ホブゴブリンの悲鳴がとどろく、切り上げた刀は即切り下される、背中側から袈裟懸けに真っ二つにする。
残りのホブゴブリンは次々殺されていく仲間に唖然としながらも仇とばかりに体ごと突き込んでくる、こういう突きは躱しにくいものだが、突きの弱点は一点に対する攻撃ということである、刀を立て剣に当たると同時に交差する点を中心に体を回転していなしてしまえば、必殺の一撃というのはそのまま隙になるものだ。
斬!
立てた刀を切り返し後ろから首に振るう。
ホブゴブリンは突然消えたように見えた敵に驚いた表情のままその首を地に落とした。
綾花も2匹程度のゴブリンならばと一気に勝負をかける、右のゴブリンの右側に入り込みながら刀を振るう、右手に剣を持つ人型である以上、左側には攻撃しにくいうえ、もう1匹も間に味方がいるから攻撃できないのだ、このゴブリンは木製の粗末な小楯をもっておりそれで身を守ろうとするが、鉄の小剣を切り避ける刀に対してそれは悪手と言えた。
真横に振りぬかれた刀は楯もそれを持つ手も切り裂きそのまま首を切り裂く。
それを見た生き残りの1匹は勝ち目はないと思ったのか逃げ出す。
そこに光の矢のようなものが飛び、頭を消し飛ばす。
せれなが逃げて仲間を呼ばせないために仕留めたのだ。
こうして元勇者様の最初の試練は終わったのだ。