『満月に花と踊る』 ~担当絵:ももちゃん様の作品『満月に花と踊る』~
◇◇◇◇◇後半戦担当作品◇◇◇◇◇
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こちらがももちゃん様のお題作品『満月に花と踊る』
お題絵に関する絵師様からの指定
指定:特に無し
キツネは夢を見た。
月光の降り注ぐ原野で白い花を蹴散らし、息を切らして駆けまわる『夢』。
◇◇◇◇◇深夜の獣舎
真っ暗で
なんにも見えないけど。。。
でも、ふわふわしてて なんだか
気持ちいいような気がする。。。
暗く冷たい獣舎のコンクリートの上に、1匹のキツネがごろりと寝転んで壮絶に襲い来る睡魔と闘っていた。
◇◇◇◇◇キツネハ思ウ
揃えた前脚の上に置いた頭を持ち上げようなんて、これっぽっちも思わない。
あんなに嫌いだったコンクリートの床の冷たさも今は感じなくなってた。
キーパー通路を歩く見回りの人の靴の音も聞こえない。
あの人たちが腰にぶら下げてるチャラチャラいうウルさい鍵束の音も、目の前にある鉄の檻も、もう、何も気にならない。
どうでもいい。
眠い。
ゆるゆると意識が無くなって深い眠りに落ちて行く。
このまま眠っちゃえば、すっごく気持ちいいと思う。
・・・の、筈だったのだけど。
「おい。」
とろとろ微睡んでいたのに、闇の中に男の人の声がした。
薄っすらと目を開けて周りを見る。
キツネは夜目が利くから明りの無い室内でも物の形を確認する事に問題は無いのだけど、声の主はこちらが夜目が利くとか明かりが無いとかの問題無しに姿が確認できた。
薄く開けた目蓋の隙間の景色に、そこに立つ男の人の足元がはっきりと浮かび上がってた。
目の前のコンクリートの床に、人間の素足が仁王立ちに立ってる。
見えている男の人の足元は、薄青白く発光していた。
体を起こしてはっきり相手の姿を確認したかったのだけど、体が動かない。
なので、寝ころんだまましっかり目を開けてきょろりと目を向けて男の人を見た。
青い民族衣装のような上下を身につけた男の人がすぐ傍に立ってこちらを見下ろしてる。
この部屋は三面をコンクリートの壁に囲まれていて、残りの一面は鍵のかかった鉄の檻になってるのに、どうやって中へ入って来たんだろう。
いつも扉が開く時は軋む嫌な音がするのに、全然気が付かなかった。
いつの間にか、密室の中に青い男の人と自分の二人きり。
不思議には思ったけれど、特にどうとも思わないくらい、眠い。
ちらりと見上げると、ばらりとした黒髪の間にある男の人の黒々とした目がこっちを見下ろしてる。
彫りの深い顔立ちの男前がじっと見つめて来る。
男前だけど、
〝女の子〟の部屋にずかずか入ってくるなんて、失礼ね・・・
苦情を言いたくなった。
けど、喉がカラカラで声が出ない。
と、今まで気が付かなかった。
喉がカラカラで、ちょっと息苦しい。
さっきまでふわふわしてて気持がち良かったような気がするのに・・・。
変だなって、ぼうっと考えてると、
「おい、おまえだ哺乳類。こっちに集中しろ。」
青い男の人が苛々したような声でまた何か言う。
喉が渇いてて、痛くて声を出したくなかったけど、
「だあれ?」
寝ころんだまま、ガラガラ声で訊いてみた。
男の人は舌打ちして(なんで舌打ちされなきゃいけないの?)、私の傍にしゃがんで顔を覗き込む。
私の顔をじっと見た後、私をひょいと抱えて左腕の中へ抱いて、右手で私の顎を掴んで鼻先から口元までをかぷりと咥えて息を吹き込んで来た。
キスにしちゃ、乱暴じゃない?
そう思ったけど、この男の人に息を吹き込まれた途端なんだか体が軽くなったように感じた。
吹き込まれた息がどんどん体の中に吸い込まれてく。
体が重くて、眠たくて仕方が無かったのに、頭がスッキリして来る。
頭がスッキリしたと同時に、軽くなった体を動かして両前肢で男の人の顔を押し退けた。
私の前肢を両頬にめり込ませた男の人は露骨に不機嫌そうな顔になったのだけど、
「話にならんので〝今の〟はサービスだ。俺は〝マナ〟って名前だが、おまえに名乗った所で名が何であろうとおまえにはそう大した意味は無い。」
そう言って、さっきまで私の顎を掴んでいた右手で自分の唇についてる私の毛を迷惑そうに拭ってる。
勝手にキスしてその仕草ってなんなの?
失礼過ぎてなんだかこちらが苛々してしまって、
「あなた、理屈っぽいよね。」
つい、苛々を投げつけちゃった。
マナは顔を顰めて、
「・・・おまえもケダモノ並なのか頭がいいのか悪いのか判らんな。」
鼻で笑われた。
なんかムカつく。
「じゃぁ、あなた、何?」
「〝神様〟ってカテゴリになるらしい。」
言っちゃったよ、この人。
私の前肢をほっぺにめり込ませた神様ですか。
はぁー、そーですか、神様ですか、へぇー
思った事と寸分違わず、
「ふーん。」
私の口から小馬鹿にしたような相槌が出てた。
マナは、
「苛々する。」
言って、また舌打ちした。
私だって苛々する。
「どうしてここに居るの?もうおねむの時間なの、出てってくれる?」
「俺が決めた訳じゃないが、俺はおまえらの〝神様〟なワケだ。大昔おまえ自身には関係無いヤツがおまえに関して願い事をしたからそれを叶えに来た。」
やっぱり理屈っぽい。
よく判んない。
だから、
「何?」
マナへ訊くんだけど、
「出掛けるぞ。」
答えてくれない。
苛々するわ。
「どこ行くの?明日じゃだめ?もう眠いんだけど?」
「だから出掛ける。」
聞いちゃいない。
◇◇◇◇◇緑ノ野
今にも降り出しそうな重い雲が空を覆い、夜空に星は無い。
しんと静まり返った闇の中で、そこら中に白い花が揺れている。
山間いの開けた草原いっぱいに、小さな白い花があった。
活けられて誰かに見せる為に咲く花では無く、命を輝かせる為に咲く野の花。
命の循環の中で、その花は次への命を繋ぐために命懸けで咲く。
キツネは健気に命を燃やす花々の中で、静かに佇んだ。
知らない場所なのに、懐かしい・・・
心に浮かぶ郷愁に戸惑う。
生まれた時から人間の管理下にあったキツネには、原野に立った記憶などあるわけが無い。
なのに、この場所が懐かしい。
目を閉じて、ゆるゆると流れる夜風に混じった花の香に身を浸す。
鼻をくすぐる香りはふわりと心を満たす。
正体の判らない安堵に、キツネはほうっと息を吐いて目を開く。
そして、隣りに居る青い衣の男を見上げた。
男は険しい表情で同じ景色を睨んでいた。
その表情の意味が判らずキツネが首を傾げると、
「俺は三つの願いを叶える代わりに一つ代償を貰う。昔俺が願いを聞いたヤツの三つの願いの中におまえの事が含まれていた。」
男は景色を睨んだまま言葉を溢す。
キツネは、
「私の知らない人がどうして私の事をお願いするの?」
訊く。
男の口元がニヤッと笑い、
「とりあえず、そいつは〝人〟じゃないな。」
訂正した。
キツネは相変わらず首を傾げたまま、
「どんな願いだったの?」
聞いてはいけないような気がしたが、訊かなければいけない事を訊いた。
応えて、
「〝我々の種が絶える時は、在るべき場所で絶える事〟。」
男は言い切ると、黒々とした目をキツネへ向けた。
瞬間的にキツネは意味を理解したが、心へ沈んで行く冷たい澱が胸を切なく詰まらせる。
ここは、私が還る場所・・・
男を見上げていたキツネの目が物言いたげに男への問いを探すが、何を問うていいのか判らなくなっていた。
キツネの戸惑いに男は頷き、
「ケダモノは帰巣本能が強い。〝おまえ〟を願ったヤツは息絶える瞬間にそれを願ったんだ。本当は自分がここへ還りたかったくせに。」
口元へ微かな苦笑いを溢す。
キツネは絶叫するように、
「種が絶えるってなんなの!?私・・・、そんな筈 」
「おまえという種はおまえ以外すべてが滅びた。おまえが最後の1頭だ。」
男は静かに首を振ってキツネの思いを押し返した。
キツネは理解はしても、実感が湧かない。
私、独りぼっち・・・なの?
困惑するしかない。
男は淡々と、戸惑う風のキツネに言わなければならない言葉を続ける。
「覚えているか?亜種と掛け合わせされたり冷凍保存されていた精子で人工授精した卵子を子宮に戻されたり、そんなこんなでおまえは長い間、色んな目にあったんだが?」
「・・・わかんない。」
最終的に、キツネは首を振った。
キツネが不憫で、
「だろうな。」
男も話の続きを諦めた。
無言になった二人はぼうっと闇へ視線を向け、目の前に広がる白い花の揺れる原野を眺める。
人が壊した自然が人の手で必死に立て直された〝自然〟の景色。
立て直されたかに見えるが、一度壊されてしまったそれはもう既に形だけのもので、人間の為の贖罪でしか無かった。
壊される前、この原生林には実をつける木々があった。
それらを薙ぎ払い、人はここへ建材や紙の原料となる木を植え、この場所の環境は一変したのだ。
人はただ、実をつける木を伐っただけだったが、その木の実を食べていた虫や小鳥や小動物が激減した。
虫や小鳥や小動物が激減し、それらを食べていたキツネたち捕食者が飢えた。
木が変われば下草も育たなくなり、生き物が身を潜める場所も無くなる。
その場にあった命の全てが食べ物も住む場所も失くしたのだ。
人は壊す事を止められず、人工林から木々を運び出す為の道路を整備して、森を分断したその道路を行き交う鉄の塊りにかろうじて生き残っていた生き物が轢かれる事も止められなかった。
止めようにも、人はそこに生き物が居た事を知らなかったのだ。
人が気が付いた時にはもう手の施し様が無く、キツネはとうとう1頭だけになってしまった。
このキツネが絶えれば、ここで営まれていた命の繋がりは二度と元の命の循環には戻らない。
壊れた生態系が元通りになる事は二度と無い。
その瞬間が今、訪れている。
男はキツネへ、
「なぁ、おまえさぁ。」
ぽつりと切り出した。
「何?」
「三つ、願いを叶えてやろうか?」
ちらりとキツネへ視線を落とした〝神様〟な男が言う。
突然言われても、キツネはきょとんと男を見上げ、
「私はあなたにあげられる物って何も持って無いよ。」
「おまえがここで過ごす時間を観察させてもらうってのはどうだ?三つの願いでおまえのそのボロっボロの細胞やらをまともにつなぎ直してやろうか?」
「どうなるの?」
「〝原野を思う存分走り回れる〟。」
そう言って、男がニヤッと笑って見せた。
キツネの目は自然と白い花の原野の方へ向き、
「・・・素敵ね。」
呟いて、うっとりと目を閉じて夜の闇にとける湿った土と草木と花の香を吸い込んだ。
優しい匂い。
優しい声がキツネへ降る。
「間に合わなかったが、人間が必死におまえたちの生息域を元通りになるように植林したり環境を整備したり、おまえたちの種がそれなりに命を繋げる環境だけは整え終えている。しばらく生息域で生きてみるか?」
キツネは静かに目を開き、
「ひとりぼっちで?」
訊いた。
男はまた気遣う声音で、
「ふたつ目の願いで〝命が尽きるまで傍に居ろ〟と俺に願え。」
「うーん。」
「何故迷う?」
「わたし、仲間が居ないんでしょ?仲間が欲しい。」
「おまえはもう〝独り〟だ。それは変えられない、俺は魔法使いじゃない。」
「じゃあ、いい。」
キツネが即答してしまうと、男の顔が露骨に引き攣った。
「俺を馬鹿にしてるだろ?」
「してないよ?」
「お試しサービスとしておまえの肉体を活性化して若々しくしてやろう。その辺を走り回って来い、そしたら気が変わる。」
〝神様〟な男は足元に居たキツネを再び左腕の中へ抱き上げ、〝息〟を吹き込む為に右手でキツネの顎を掴まえる。
キツネは自分がされるがままで、抵抗したくても体が思うように動かない事に今更ながら気が付いた。
力の入らない右前肢をゆっくり持ち上げて男の頬へめり込ませようと宛がうが、パタリとその前肢が落ちる。
「え?あれ?なにコレ?」
キツネの様子に男は溜め息を吐き、
「気が付いてないだろ?おまえ、あと10分ぐらいで心停止する老齢個体だ。」
「・・・・わたし、なに、どういう事?」
「時間が無いんだ、はっきり願ってくれ。」
男の表情が、若干焦っていた。
本当に時間が無いらしい。
自分の為に、〝神様〟が焦っている。
キツネはなんだか可笑しくて、クスリと笑う。
そして、
「じゃあ、10分でいい。」
「何?」
「10分だけ、この花畑を走り回りたい。それ以上ここで過ごすと独りぼっちだって気が付いちゃう。」
願った。
するすると、〝神様〟の顔が悲しそうに曇ったので、
「ね、早く早く、お花畑で遊びたい。」
キツネはふふっと笑って見せた。
男も、寂しそうに静かに笑って頷くと、
「分かった。あと二つはどうする?」
「星空が見たいかな。」
キツネの答えに男は〝え~〟と顔を顰め、
「雲を掃うぐらいお安い御用だが、悪いが今夜は満月で星は薄い。出来ない事も無いが、さすがに月齢を変えるとなると自然の摂理に反する。」
「満月がいい!」
キツネは即答する。
「分かった。」
〝神様〟な男は頷くと、顎を上げて空を見上げ、『ふっ』っと息を空へ向かって細く吐いた。
夜空に重く立ち込めていた雨雲が裂け、するすると白んだ紺の夜空が広がって行く。
消え去る雲の隙間から姿を現した満月は、白い花の揺れる原野に煌々とした明かりを落としていく。
あっという間に、今にも降り出しそうなほど空を埋め尽くしていた雨雲が跡形も無く消え去ってしまった。
月光の中に佇む青い男は、
「残りひとつは?」
優しい視線を向けてキツネに訊く。
キツネは穏やかな顔で男を見つめ、
「泣かないで、ね。」
みっつ目を口にした。
男の顔が困惑した顔になり、少し考える間が空いた。
考え、重く溜め息を吐いた後、
「どうしてそう哺乳類は相手が何だろうがお構いなしに相手に寄り添おうとするのか疑問で仕方ないんだが、〝代償〟としておまえがそう思った理由を聞かせてくれ。」
キツネはふふっと笑い、
「あなたがわたしに寄り添ってくれたから、だよ。」
優しくキツネが答えると、それを聞いて男は何故か舌打ちを溢した。
また溜め息を吐いて、
「・・・くそ。」
ぼそりと溢す。
男が何を思うのか、キツネは何となく察して茶化すような口ぶりで、
「あれ?泣いてる?」
くすくす笑う。
男も、はんっと鼻で笑って返し、
「泣いては居ないが、なかなかいい線を突いて来るよな。」
腕の中のキツネの顎を優しく撫でる。
そして、男の顔から表情が消え、
「〝代償〟は受け取った。」
言って、〝息〟を吹き込む為にキツネの顎をしっかりと掴まえる。
「おまえとの契約を履行する、〝満月の空の下、生息域を気が済むだけ走る。そして種が終わる〟。」
男が言い終えるとキツネは間髪入れずに、
「三つ目は〝泣かないで〟、だよ?」
またくすくす笑う。
男も、
「泣くか、ばーか。」
言って、ニヤッと笑った。
◇◇◇◇◇キツネノ夢
月光の降り注ぐ原野で白い花を蹴散らし、息を切らして駆けまわる『夢』を見た。
目蓋が閉じられようとした時、最後に見たのは満月に舞い散る白い花弁。
踊るように夜風に花弁が舞う様子が楽しくて、キツネはふふっと笑ってそのまま眠りについた。