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胎動

という訳で作ってみた。

始まりの存在ですね……


読みにくいと思われないように少しでも楽しんで頂くような作品にしていきたく思います。

和銅三年(710年)時の帝(天皇)元明帝により、藤原の都から移して五十年、平治の乱

時の権力を有していた藤原仲麻呂が淳仁帝を後ろ盾に、太上上皇(孝謙天皇)を後ろ盾に権力を有そうとしていた道祖道鏡に乱を起こした。


天平宝時二年(764年)仲麻呂の乱は密告者もあり、わずか七日という速さで鎮圧された。

そして皇族十四人が流刑又は幽閉を受け、仲麻呂の親類縁者は斬首となった。

また後ろ盾としていた帝(淳仁天皇)は太上上皇に責められ、流罪とされる。

天智帝から腹心として活躍し、帝から賜った藤原の権威は仲麻呂の乱によって弱体化してしまう。


淳仁帝を排斥した太上上皇は名を称徳と改め、もう一度帝に返り咲いた。

そして「次代の帝はこれと思われる者が出るまで譲渡しない」と言い渡し

権威でしかなかった帝が絶大な権力を持つ事になった。


お抱えだった道鏡は僧上主から法王へとなる。


淳仁帝と懇意にしていた天智の姓だった白壁王(後の光仁天皇)は酒を浴びる様に飲み酩酊発言と錯乱的な行動を起こして、皇族粛清の難を逃れながら、称徳帝の異母姉に当たる白壁王の第二夫人(白壁王は元々天皇に着ける存在ではなかったので、権力争いの槍玉に上げられないとして、時の称徳天皇が、自身の位を脅かす存在にならない白壁王に嫁がせた、その為、先に嫁となっていた高井新笠を側妻として、38歳にもなっていた井上内親王を45歳の白壁王の正室とした)井上内の君を大事にし、あえて仲麻呂の鎮静に働き、五品官位大夫を預かり、下手に表へ出ようとしなかった。





天平神護二年(766年)白壁王は息子第一子となる山部の君を使い。

自分の地位を使い、式部省(人事部)史生(事務官)として働かせながら、称徳帝と道祖僧主の関係を探っていた。

また仲麻呂の乱により位を下げられていた藤原姓の百川とも連絡をとりながら、都東近江の守護を預かる守目天とも連絡をとっていた。


守目天は鬼の名を守天童子、朱天童子とも言われ、都にて藤原の姓を持った良継と名乗っていた。

初代帝、神武が神日本磐余彦尊かむやまといわれひこのみことの時代の豪族が神残しとする黄泉川原の魔を払う役目を担う存在となり受け継いできた役目である。

しかし度重なる黄泉からくる瘴気により、醜い鬼の姿と神通力を預かる化物と成り果てたのが、守目天の先祖達鬼一族である。


鬼一族は神武からの次代帝に仕える存在である故に、歴代での帝には復配の姿勢を貫いてきた。

しかし守目天の祖父に当たる五穀天が、当時の大友の君に仕えず、京都で乱を起こした大海人の君に加担して、天智に味方していた仏子と対立、大海人の君により天皇制が確立された後に、姓を与えられ、藤原の名前を頂いた。


白壁王は聖武帝から都の正常を危惧していた近江鬼族と懇意にして、都の乱れを本当の裏から探っていた。


しかし仲麻呂の乱からの流れで表立って自身が動く訳にもいかず、また称徳帝が鬼一族の存在に不審がちになった為、仲麻呂の鎮静を預かっていた白壁王は、式部省に勤めていた山部の君を使っていた。


権威権勢だった帝の位は、実行者を押さえ込む権力者となり、怪僧とまで言われた道鏡の出現により、暗雲立ち込める魔を含んだ都に変わる時代、後に日ノ本全てに起こる魔性の者達との戦いとなる大きな流れが動きだそうとしていた。







神護景雲元年(767年)七月朝、管寮区、大夫白壁王執政室


いつも通り執務を行っていた白壁王に子山部王こと山部の君が呼ばれた。


「なんだ親父殿……一応式部省史生の一人だが、太政大臣殿と懇意にしていたと噂が立つとよくないんだがな?」


「なにが史生の一人だ。

そうした事はきちんと政務を行ってから言え。

お前が着いてから、朝は帝より遅く。

尚且色事の噂も耐えないときて、せっかく誤魔化してまで今の地位にいる私への当て付けもきつくなっているのだぞ?」


「別に、俺の役目は式部省の子役人をする事じゃないからな。

なんなら更に低い直丁(基本は雑務を行う位)でもかまわないくらいだ、」


はぁと白壁王は大きくため息を吐く。

聖武帝の時には辣腕とまで言われ、仏教を色濃くした鎮静健護に懸念した鬼達との繋ぎをしていた王も、一人の息子の底が見えない放蕩振りには、頭を悩ませていた。

しかし山部がただの無能ではない事も理解していた。

事実山部の行動には式部省の上官位は頂けない。

落としどころはないかと兼ねてより藤原百川と相談し、なんとか史生で落ち着いたのだ。

更に、聖武期からの仏教流れ、そして称徳帝の後見を預かる道鏡の影響にて強くなってる仏教といたずらに事を構えないために、11になる早良の君を東大寺東院へと送ったのだ。


「流石に下級貴族の生まれと言われても、皇族諸氏が七品官以下に着かせるという訳にもいくまい……」


そう山部の君、早良の君の同母は高井新笠。

続日本記によれば、百済から送られた武寧王の十代孫であり、既に六代孫には帰化した和人なのだが、渡来系の貴族は身分低く、天智姓の敬遠により、嫁いできた夫人

先に嫁いできて正室だったのだが、乱後に白壁王は称徳天皇異母姉の井上内親王を正室としたのだ。





山部は実父とはいえこの言葉を嫌っていた。

何も甘えた排外主義を毛嫌いしている訳ではない。

とどのつまり都の情勢の不安定さは宮中の権力争いが血統や位の身分が良い影響を必ず与えている訳でもない。いやむしろ悪く与えているからだった。


自身や父は天武帝に追われた天智姓の血統、大友皇子の弟志貴皇子の子孫。

本来継体帝以降からでも見れるように天皇体制に血統はさほど関係ない。

血統では守れない権威体制にした天武帝がそれを危惧したからではないかと思う。

しかしだからといって、自身が追い落とした天智姓が受け継げるとしたかった訳でもなかったのだろうが、結局天武は称徳の時代でこれが仇となってしまっていたのだ。


また貴族なども本来は政務政策を帝より受けた政治家でしかない。

それが身分に囚われ、権力に悦に至り、無能を演じるならば無官でも優秀な存在が政策をすれば良いのではないかとさえ感じる。


ようはその物の気質こそがこの腐敗を無くす唯一だと山部は常々考えていた。


「バカバカしい。

母は百済皇宮からの人質の子孫だったとしても、そんな物十も遡る昔の話だろう。

母は既に日ノ本人であり、百済の人間ではない。

六代前の時に国家承認で帰化したのだ……

血筋としても日ノ本の人間なのだから問題として下に見る風習など馬鹿としか言えぬ」


「お前の言わんとすることは理解できるが、さりとて藤原の乱にて起こった宮中を渦巻く混沌状態で、わしがそのままを受け入れて、どうそれを切り抜けられる?

そうした理想の考えを否定はしないが、宮中政務とはそうした理想のみでは測れる問題もあるのだといい加減理解して欲しい。」





白壁王に諭され、山部もここで押し黙る他なかった。


「話が逸れたな、今回お前を呼んだのは、以前から話し合っていた守目天との繋ぎをもう少し詰める必要が出てきた。」


「ふ~ん……確かに今の道鏡の周りを嗅ぎ回るのはいささか難しいと感じていたから、かまわないが……もも(藤原百川を山部が呼んでいたアダ名。ももかわだったのと、歳が近いという事もあり、好んで使っていた)はなんて?」


「うん……此度の動きには殊更にきな臭さが出てきたという話だ。

各地が鬼狩りとして、悪鬼討伐を行っていた真備(吉備真備、所謂桃太郎の存在である。しかし実態は将軍という存在であり、称徳天皇に兵法師事した存在、地方豪族でしかなかった彼は、権力者を渡り歩きながら、権勢を優位に進め、また自身の武辺的な力を持って伸し上がった傑物とも言える。齢70を超えても現役だった彼は、当時の称徳天皇を後ろ盾に藤原仲麻呂の乱をおさえつけ、また道鏡とも懇意にしながら、絶大な権力者となっていった。それも後ろ盾だった称徳、道鏡の排斥にあっさり終わり、83まで隠遁生活となり、この世を去る。)が、近江の守目天討伐について道鏡と話あったと報告を受けてな……」


「…………」


「お前も知ってるように、近江守護の鬼は神武帝から日ノ本を守護した黄泉川原の要の蓋でな。

これを今の称徳帝と折り合いが悪いからと排斥というのは問題だと宮中でも退けられた話だが……昨今の奴の動き、そして道鏡との繋がらが殊更に懸念事項なのだ……

ついでに……道鏡の師であった義淵(天智天皇が直に養育を受けた仏僧、聖武天皇期には鎮護建立の政務にも携わった人物。)を道鏡私宅で見たという噂もあってな。」


「おいおい……義淵僧は俺が生まれる以前には亡くなってしたんだぞ?

都が怪しいからといって、それはちょっと突飛すぎないか?」


「出処が怪しいが、朝堂院……大内裏に通じる門に仏師が義淵と名乗ったそうだ。

門人も流石に突き返そうとしたそうだが、道鏡の門弟がこれを受けて招かれた…と」





「名前が似ていたか、間違いかだとは思うが……」


「正直結論はきちんとだせん。

弓削の名を持つという道鏡の出自も曖昧だ。

弓削氏は我らの高祖、天照大神の実弟須佐之男の宝剣十握剣預かってる一族。

また大帝天武の弓を作っていた一族……都に暗躍する影に関係する存在ではないのだが……だとすると因縁ある一族だとも言える」


「確かにな……俺もいくつか探っていたが、道鏡自身にはなんの足取りもつかめなかったからな……」


「正直、道鏡についてはこれ以上探るのは危険が伴うとしか思えない。

あの真備が出会って早々に道鏡と懇意にしだした。

確かに権力に移りやすい性格だったが……」


「真備の爺がどうだとか、この際かまわないが……とにかくそういう事情なのはわかった。

おれも明日には式部省に休みを伝えて、近江にたとう。

他には?」


「おそらく向こうで百川とも出会うだろうが、お前はそのまま三人と合同でしばらく行動してくれ、地方豪族と馴れ合っている所を真備につかれて仲麻呂の二の舞は恐ろしい。

都に帰ってくるより、しばらく各地の鎮静守護の鬼族と連絡を取り合ってくれ……

宮中には私がなんとか言っておこう。

それと……」


「ん?なんだ?」


「そろそろ話そうと思っていたんだが、守目天の子、藤原乙女(乙無漏)は知っているな?」


「あぁあのちんくしゃだろう?」


「守目天からと百川との話し合いでな?

”お前の嫁”とする段取りが行われてる。」


「はぁ?」





白壁王からの言葉に流石の山部も動揺して答える


「おいおい……乙女は確か15になる小娘だぞ……」


実際は天平宝時四年(760年)生まれで御年七歳である。

年の差20以上の結婚であった。


「小娘などと、慣例として考えればおかしくもなんともない歳だ……世の政略ならば十を迎える前に、婚姻などざらだ……それに守目天の子となれば、百川同様、権威が落ちた藤原氏再考にも繋がる。

現状発言が称徳派により強まってる宮中で藤原一派は頼もしい。」


「いやだからと言ってだな……」


「放蕩三昧というのも大変好ましくない以上諦めよ、これは新笠とも話し合い、向こうの内里とも合意の上でな……とはいえ、称徳派と折り合いが悪い近江、伊吹山の守護鬼との関係を強めるのを対外的に知られるというのはよろしくはない。

結局内々に事を進めているという現状だが……」


「…………」


「もう一つ、この話には守目天自身がどうしても進めなくてはならない”理由”があるそうだ。」


「理由?」


「さぁそこは私にはわからないが……そうそう新笠が此度の件で話があるとの事だ。

出立後はなかなか会えなくなる。

今のうちの話し合っておけ……」


「げっ……母がか……」


「どうして男というのは母に苦手意識を持つのだろうな……お前の場合は放蕩ぶりにも問題があるのだが……」


やれやれとため息を吐くと、山部の君は席を立とうとした。





「あぁ待て、実は内裏での行監が変わってな。

今までのような形で私と連絡をつけると、こちらの腹を探られてしまう。」


「またか……」


乱以降の平城宮は何回も行政機関を変えていた。

称徳天皇自身も病気という状況で大内裏の清涼殿にすらいなかったぐらいである。

武官を真備が、政務及び太歳を道鏡がうごかしていたのだ。


「それで此度、新しく内裏お抱えとして派遣された和気広虫(清麿公の姉であり、孝謙上皇に仕える存在だが、かなりの難物としても有名)の弟でな清麿という者がこれに当たる。

百川同様ほとんど無官の者でな、さしあたって問題にはならんだろう」


「広虫といえば、称徳帝お抱えの女官じゃなかったか?」


「安心しろ……広虫はどちらこと言えばこの問題には関わっていない。いやむしろ無害ともいえる存在で、ついでにかなりの難物とも言える。

それを反面にしたのか、清麿は頭が柔らかいぐらいの策士ともいえる存在でな。

こちらの意図を百川がそれとなく語ったら、にこりと笑いながら、悠々と此度の問題に自身の役割を含めて協力すると語りおった。

百川も清麿とは歳も近くてな、この件でかなり興味を持ったと私に語っていたよ。」


「へぇあのももがね……」


百川は優秀だった、いや粛清され続ける藤原を一人で支えてきたのだから、ただの優秀よりも優秀と言えるだろう。

半ば疑心暗鬼並に人を恐れ、人を疑い、同じ轍を踏まない為にかじりつく思いで歩んできた百川には友ともいえる存在はいなかったのだ。

その百川が心を許しているというだけでも山部の君には驚いている事実であった。


「いつかは合わせられるかもしれないが、当分は全国見聞に力を注いでくれ……」





「長らくいなくなる理由は?」


「何……私の子だからという理由で、かなり内裏では問題視されていないのだ。

役所を降りたとしても、無能と嘲笑われるだけと思う。」


「俺の放蕩振りも案外役に立ってると……」


「それは別問題だ。」


一刀の元に処断された山部の君はくそうとした顔を浮かべながら、白壁王の政務室から退席した。


平城宮朱雀大門付近


「これはこれは……確か山部の君でしたか?」


現れたのは道祖道鏡、齢70越えとも思えない僧は不敵な笑みを浮かべながら、山部の君に近づいてきた。

不思議な事に友の者が一人としていなかった。

例え僧籍に置く存在だったとしても、道鏡の地位ならば成り代わりたいと思う者にいつ命を狙わるかわからないのにだ。


「お初にお目にかかり……」


「皇族諸氏の方が、一介の僧籍ですかない身分の私に頭を下げる必要も、言葉を使う必要も御座いませぬ。」


「…………」


「別段あなたをどうこう致したりしませぬよ……それに私には”人間同士”のいざこざに興味はさほどありませぬ。」


「なに?」


「いえいえ……戯言です。

私は俗世とは無縁という意味ですよ……」


「…………」


「そう怖い顔なさられても困ります。

私には本当に”あなた方に”どうこうしようという意思はないのです。

まぁあの”哀れな女性”は半ば疑心暗鬼で不安がってる存在ですがね……真備殿も戦う楽しみという物をりかいしていない……」






道鏡の一つ一つに山部の君は冷や汗を流していた。

それはまるで捕獲される蛙が、死を覚悟して黙る様にしているかのようだった。


山部の君も大概の事は動じる事は絶対になかった。幼い頃より、父と一緒に宮中の腐敗を見てき、また対峙してきた。

乱以降など、まるで自分達の存在をひた隠しにしながら都の正常にうごいていたのだから計り知れない労力を使って生きてきた。


その山部がまったく目の前の存在に不用意な一言を発生ないでいたのだ。


「……どうして今俺の前に?」


山部の君は言葉を選ぶのを止めた。

おそらく表面での繕いが意味をなさない程相手のとの力量が圧倒的だったからだ。


「別段これと言った訳はありませぬ。

ただ私はあなた様を大変に気に入っている。

天地開闢と共にこの地を統べる高祖神の子孫。

それは天武帝が感じた日の力のみならず、この地をあまねくかざす大いなる力の源……それを貴女方は受け入れるにたる資質持たなくてはならない。

ある意味では哀れともいえますが、これが伴えばとてつもない大帝ともいえる存在になるのだから計り知れないという者です。

今の哀れな老婆は地位にしがみつき、自身の病を早めている。

これは亡き天武帝も嘆かれる事でしょうなぁ……」


道鏡は皺をゆがませながら、低い声で称徳帝をあざ笑うように語る。

自身がその後ろ盾で権勢をのし上がってきたのに。


「淳仁帝が出てきた時、私は一つ期待をしたのです。

権力同士でぶつかると何が起こるのか……と。

しかし結果はなんとも早、拍子抜け、中枢の仲麻呂君が斬首となると、自分は関係ないと、上皇に降る始末……」


そこで道鏡はゆっくりと山部を見据えた。


「権力ではどうしようもない所から出なければ、人間は大きな意味で大成を成せないのではないか……そう。

山部の君……あなた様のような方にね……」


「なにを言ってるのかわからないが、俺は所詮皇位資格すらない親父のしかも更に身分の低い息子だ。

今のあんたとの話に関係ない存在だよ……」






「だからですよ……何も持てない皇族と、地位を剥奪された氏族、そして今や怨敵の様に扱われる末路わぬ守護を預かる豪族達……これほどの苦境で大成をなした人間はどういった結果を出すのかすらわからない。

それに……身分などあなた様の真意ではありますまい?

血筋、家柄、果たして天皇制を成し遂げた天武帝はこれが役にたちましたかな?

答えはお分かりの状態で、無理の繕うなど具の骨頂という物です。」


「例えそうだとしても……」


「私がここで話た事を上申する事を気になさっておいでなら無用な事です。

私にはあの女性にどうこうして動いて欲しくない程です……」


「…………」


「ふふふふ……まぁと言ってここで熱血的に答えられても興ざめするという物、答えはいずれ貰うと致します。

私の言葉では信用おけないでしょうが、あなた様が”都を離れている間”は決して宮中であなた方を粛清に働かぬように言いつけておきますからご安心下さい。」


「!!!!!」


掌上の中とはよく言うが、山部の君にしてみれば、全てわかっているのではないかと不安さえ煽る道鏡の一言。


「そうそう……無駄に長くなってしまい、私程度に長々付き合わせては申し訳ないと言う物……」


「いや……」


「東大寺に預けられてから、久しくお会いになっていない崇道……いえ早良の君をしばしこちらに来られるようにしておきました。

今は朱雀大路にてあなたをお待ちであると思います。

お会いになれてはいかがですかな?」


「なに!!早良が?」


11の時より東大寺に預けられていた早良の君は山部の君とは13も離れていた。

一番姉の能登の君は早々に市原王に嫁いだ為に、早良の君の兄弟としての親しみは兄である山部一筋であった。

実に山部の君にとっては七年ぶりの再開であった。


「では……”よい旅路を”……」


そう言い残すと道鏡は静かに内裏に向かっていった。





平城の都は天皇と政務一切が行われる平城宮の朱雀門からまっすぐ羅城門までを朱雀大路が通り、その横を一条から九条までの道が横に遠ており。

天皇の内裏をそれぞれ東に東大寺、興福寺、元興寺、記寺、西に西大寺、西隆寺、秋篠川を分けて南に薬師寺、唐招提寺、観音寺、大安寺、そして八条大路通りは商家が多く、朱雀大路を分けて、西市と東市となっている都である。

そして内裏に程近い所に法隆寺があり、11代帝の垂仁帝の御陵、宝来山古墳が鎮座していた。

人口はおよそ10万から20万の間ぐらいであり、太歳の日には全国からの豪族などが集まり賑やかになる都であるが、今は仏僧が多くを練り歩き、貴族の牛馬が闊歩するぐらいの寂しい都になっていた。


新緑の若葉が左右に魅せている朱雀大路、朱雀門から出た風景は人の少なさから若葉の美しさが目に映えていた


「あっ兄さん!!」


朱雀門ほどよい場所で頭を丸めた若い僧

都を練り歩く僧の様に権力に着いた存在ではなく、あどけない若々しい男の子ともいえる存在が、少し青く顔をしていた山部の君に声をかけてきた。


「早良……今は崇道が正しいのか?」


「いいよ……別に、兄さんには今まで通り早良と呼んで貰う方が嬉しいよ……」


「そうか……しかし僧の修行は下手な武辺修行と同じと聞くが、さして体力は付いてないな?」


「兄さん……僕の修行はどちらかというと華厳宗の法弁を習ってるといった感じだから……荒修行みたいな事はしてないよ。

師事を受けてるのが、良弁僧師でね。」


山部は少しその名前に暗い顔を浮かべた。


良弁とは華厳宗の僧籍に置く人間で、彫刻にも優れ、東大寺大仏殿建立には彼の力多いに関わっていた。

ただ山部の君が懸念したのは、先に父親から聞いた義淵の弟子であること、そして同じ門弟には弟弟子に道鏡がいたからである。





(別段、義淵からの流れが、全て危ない存在だと言える訳ではないのだが……)


先ほどの道鏡の怖さを手に感じていた山部の君にはどうしても不安が拭えないでいた。


(俺も疑心暗鬼に掛かってるのか……いかんな。)


「どうしたの?兄さん……」


不安な顔を浮かべる山部の君に、早良の君は同じように不安の顔を浮かべ、尋ねる。


「なんでもない……すまんな。」


「いいけど……」


「そうだ。伝える事があった。明日からしばらく親父の手伝いで遠出する事になってな。

それで、式部省を休む形を取る。

毎日お前の手紙を読みたいのだが、如何せんいないのに、手紙を書くお前に悪いからな。

もしどうしてもという以外は、しばらく待っていてくれ……

なんだったら邸宅に送ってくれ……叔母上が住んでる邸宅に手紙は送りたくはないだろうが……」


「うん……」


早良の君は乱の騒動の為に預けられたいわば人質的な役割であった。

それのせいか、実の母新笠が隅追いやった井上の君を快く思ってなかった。

幼い他戸の君がいるのも彼には快くはない家なのだ。

だからそこに現状仏僧としての役目を忘れ、帰郷の心を持った手紙というのを井上の君は嫌ってしまうのだ。


「なら…親父の執政室にで送っておけよ。あそこはお袋も度々顔出すと言われてるしな。」


「そうだね……そうするよ。」


「まぁなんだ。僧の身に殺生食を進められないから、食事とはいかないが、市で何か土産でも見ていくか?久々だし、お袋宛なら、今邸宅に帰る前だから渡しておけるぞ?」


「本当?なら……前に見に行った時に気に入った飾りを渡して欲しいな。」


「あぁわかった……」


その後早良の君の付き合いで西市と東市と渡り歩いた山部の君は、夜深くなる時に、白壁王の邸宅へと帰り着いた。



                 






「お帰りなさい山部の君」


遅くに帰り着いた山部の君を出迎えたのはこの邸宅の実質的な主、現帝の異母姉に当たる井上の君であった。

高井新笠が無官の帰化人であるので、皇族諸氏、帝の血筋という事もあり、白壁王よりもこの邸宅を支配していた。


「これは叔母上、ただいま帰りました。」


「早良の君と久々の再開だったのですから、もう少し遅く帰ってきても問題はありませんでしたよ?」


(相も変わらず耳聰い叔母様だな……)


「いえ……後で父上から伺うかと思いますが、しばらく式部省を休みまして、遠出を致します。」


「あら……”また無頼と遊びに行かれるのですか?”」


本当は違うのだが……現帝と繋がりがある井上の君に必要以上に語る気にはなれない山部は是も非も答えず、黙って自室へと帰った。


「失礼しますよ……」


自室へと帰って旅自宅を少し整えていた山部の君に戸越しから声をかけてきた者が居た。


「お……お袋。」


「ふう……邸宅とはいえ、皇族に連なる者が、言葉を選ばなければいらぬ陰口を叩かれますよ?」


「どうせ、叔母上からして俺を無能の無頼漢程度にしか見ていないのだ。

気にする事はない。」


「相変わらずといった所ですが、あなたの顔はそのまま父上の顔にも繋がります。

父上の仕事にあまりに支障にならぬ様にするのも、おまえの仕事なのですよ?」


「本当に相変わらずだな……あっそうだ。

昼に早良に出会ってな。

これ……を。」


そういって昼に買っておいた飾り付けを取り出した


「早良から簪、俺は紅を……」





いくつか土産話と土産物を渡した山部の君は、襟を正すと、新笠にきちんと向き合い。

今日あった事を話しだした。

一つは道鏡の事、二つ目は早良の君の師事者の懸念……そしてしばらく自分が邸宅含めて帰らない事など


静かに聞いていた新笠は少し考えると、ゆっくり顔を上げて山部の君を見ながら訥々と語りだした。


「今、オオキミが置かれてる状況はあなたにも分かる様に非常に難しい立場です、現状でこちらの存在を隠しつつ、今の政情をなんとかしようとなさってる。

おそらく宮中の政情は明らかに称徳派で占められて、他の政務官が口を出せる状況ではないでしょう。

この状態で、正直ここでの動きは非常に危険だと私は感じますが、オオキミも切所だと判断なされたのでしょう。」


山部の君はこうした話をする人間を特定している。

当たり前だが、白壁王とそしてこの実母高井新笠のみである。


実弟である早良の君も東大寺羂索院、または東院に住んでおり、道鏡の一派によって監視されている。

百川も懇意にしている存在だが、そこまで親しいという訳でもない。

先にも書いたが、百川は藤原再考を望む人物だ、あまりずけずけと深入りすると、こちらを食い潰すぐらいの人物といってもいい。

悪く言えば奸計を家の為なら使う、おそらく自身もそして身内とてその再考の礎のためなら、平気で殺す事さえ厭わない人物であろう。

だから今の状態で親しく語り合うとなると、山部の君には両親の二人しかいなかったのだ。


「しかし……実の母としてはあなたは私の息子であっても、大役を担うオオキミの息子……時にはオオキミの為に命を捨てる覚悟を持って事に当たりなさい。

男子おのことして性を受け、大事を成せずになくなるよりは、大事を成して無為に亡くなる方が立派です。

頑張りなさい。

家の事は……できる限り私も協力して……」


「無理をするなお袋、俺も親父も無為にお袋がこれ以上無理をするのを許してる訳じゃない。」





「ふふふ……久しぶりにあなたの心配した顔を見れました。

大丈夫ですよ。井上の君と御婚約なさる時に、私は今のオオキミの立場を理解しましたから……私の様な者は自身を上手く使って下さる方が好むのです。

オオキミを愛してるのもそうした事でしょうね。」


「……ふぅ…こんな形に置かれながら、惚気話とは……」


山部の君は頭をかきつつ、新笠の気丈な姿に感心した。


「それはともかく……山部……」


「ん?」


「この度の近江守護職の藤原良継(守目天の別名)様の子、乙女様との婚約話ですが……」


「いっ!!!」


「放蕩三昧の私事に大変苦慮していただけに、向こう様との話は嬉しい限り……」


(は……始まった……)


「既に二十を終えるという時に嫁の一つもない、ふらふらと……」


(か……勘弁してくれ……)


山部の君の婚約は本当に遅かった。

皇后である乙無漏との婚礼すら三十超えてからであり、第一子なども昔では高齢の範疇とされる37で設け、淳和天皇を50で作ったというのだから、驚きと共に若かりし頃の山部の君の置かれていた政情が不安定であったかを物語っていたのではないかと思う。

また、藤原百川などの後ろ暗躍が大きく、良継が第一夫人、百川の子が第二夫人となっていて、藤原家の存在が大きく関係していたのであろう。

良継も一度は父の叛乱により、流罪の身分となり、仲麻呂の乱と相次いだ藤原の乱での権威失墜に巻き込まれた人物だった。

それ故に式氏としての百川との繋がりを大事にして自身を重く用いない天武姓よりも、白壁王そして山部の君に期待していたのだろう。


結局その後新笠の説教は3時間以上にもなり、出立は明けた昼頃となってしまった。



                   ◆◆◆◆◆◆◆◆◆


明けた昼


なんとか睡眠を取った山部の君は、明けた時に簡易的な携帯食と共に邸宅を後にした……


朱雀大路を通り、平城京の玄関門、羅城門を出て大和路の街道を北に進み、目指すは近江三代の山、伊吹山である。


そんな山部の君を羅城門にて見据える影が三つ


「あれが……白壁王のご子息」


「山部の君と言ったか……」


「爺が気にかける存在なのか?」


「ええ……頭首様があれは”新たな寄り代”になると。」


「現世からの因縁にその因縁相手の体を求めるとは業が深い御仁だ……」


「所詮本体が戻るまでの間の話だろう?」


「本体が各地に堕ちたのが”八つ”、一つは向かわれる伊吹山に眠ってるとも言われてますが……」


「とても今の玉体では一つ覚ますだけで負担が大きいとの事です。」


「目にかけた帝も駄目だった……此度はさて……」


「どちらでもいい……先の武尊タケルノミコト並の存在でないと張り合いがない。」


「頭首曰くはその武尊ですら、一つ程度で手こずった存在。神の子孫としても”必ず驚異”となると限らないのではないか?」


「それにあの子孫は今は出雲だろう?現帝の子孫達は……」


「神代七神の子孫であることを忘れてはいけませんよ……」


「ふんっ!!」


「ともあれ。都にはしばらく騒乱は起こらないみたいだ。

我々はこのまま山部の君を追うのか?」


「いえ……我々は他の地へ赴く事になる……」


「しばらくは鬼共と小競り合いか……」


影はそのまま羅城門から消えた……



あまりこれはそのまま”胎動”なので、はじまりといった感じですね。

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