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正義の信徒(前編)

 世の中ではさまざまな神が祀られているが、中でも“法と正義の神”と呼ばれる神の信徒は結構多い。

 しかし、彼女のような信者に出会ったことは、いまだかつてなかった。


***


 僕とイオラはその日の早朝、小規模な商隊の護衛の仕事をするため、集合場所である街門前の広場へと向かった。


 街門前広場には、商隊のメンバーがせわしなく荷物を馬車に積み込む姿に交じって、僕らのほかにもう1人、商隊の護衛を引き受けた人物がいた。


「クリスティーナ。クリスでいいわ。よろしく」


 社交的に握手を求めてきたその人物は、僕やイオラと同い年ぐらいの少女だった。

 金髪碧眼の典型的な白人系美少女で、腰には鉾鎚メイスを、背中には凧型盾カイトシールドを携えている。

 そして首からは、“法と正義の神”の聖印ホーリーシンボルを下げていた。


 だが、健全な男子である僕が何より気になってしまったのは、彼女──クリスの立派な胸だ。

 クリスが着込んだ鎖帷子チェインメイルは、その胸の部分が押し上げられて、大きく盛り上がっている。


「どこ見てるのかな、キミは」


 イオラが横合いから、ジト目で睨んでくる。

 ちなみに、いま僕を睨んでいる褐色肌の少女のそれは、標準並みかちょっと、小さ目といったところ。


「最初は人畜無害かと思ったけど、結構エッチだよね、キミ」


「……そういう手合いなの?」


 イオラの言葉を聞いて、クリスが警戒するように僕から離れてゆく。


 誤解だ。

 僕は健全な男子として、健全に……ついそこに目が行ってしまっただけだ。

 人として、とりわけ破廉恥であるかのように言われるのは心外なものである。


 さて、とは言っても、クリスの特殊性はその胸の大きさにあるわけではない。

 僕はこの護衛の最中に、彼女の性質の一端を垣間見ることとなる。


***


 出立の準備を終えた商隊は、街門を通って一路、目的地となる隣街へと向かい移動を始める。


 街を出てしばらくは、農村地帯が続く。

 このあたりは比較的気候も良く、“農業と慈愛の神”の司祭によってもたらされる豊穣の魔法の効果により、農業生産性は高めであると言える。


 だがそれでも、余剰生産物により都市人口を賄うためにはそれなりの規模の農耕地が必要となるわけで、商隊は午前中の移動のほとんどを、農村部を横断するために費やすこととなった。


 農村地帯を抜けると、一気に人気ひとけがなくなり、森林地帯へと突入する。

 護衛の仕事の本命はここからだ。

 この森林地帯では、野盗による商隊や旅人への襲撃が、少なくない頻度で起こっているという情報があった。


 もちろん、そこを通れば必ず襲撃があるというわけでもなく、そんなものは起こらないに越したことはないのだが(そうなれば護衛丸儲けだ)、残念ながら、そんな幸運なことにはならなかった。


 森林地帯を切り拓いて作られた狭い林道を、商隊が1時間ほど移動した頃、


「人の気配がする」


 イオラが小声で、警告を発した。

 彼女は目を細め、野生の獣のように油断なく周囲を見渡している。


「数と方角は」


 知覚の鋭敏なイオラと違って、僕にはまだその気配が感じとれなかった。


「正確な数までは。5人ぐらいだと思う。方角は前方、30m付近周辺に固まってる。このまま進んだら囲まれるよ」


 5人ぐらいか……。

 やれない数ではないけど、こちら側に一切の犠牲者を出さずに済ますのは、少し難しいかもしれない。


 こっちは商隊のメンバーも合わせて10人近い人数だ。

 野盗が賢ければ襲って来ない可能性の方が高いと思うが、よっぽど食い詰めていれば話は別だ。


 そしていざ戦闘になってしまえば、商隊のメンバーはほぼあてにできないし、するべきでもない。

 一応、護身程度の武具は装備しているようだが、戦闘は彼らの専門外なのだ。


 対して野盗というのは、傭兵崩れなど、一応の戦闘経験を積んでいる者が多い。

 野盗なんて真似をしている連中に手練れはそうそう混じっていないと思うが、しかし、その保証だってどこにもない。


 ……が、僕はそもそもこの状況、戦闘に「ならない」余地はないと踏んでいた。

 何故なら、今この場には、“法と正義の神”の信徒がいるからだ。


 この神の信徒たちは自らを“法と正義の神”の信徒と称するが、その実のところ、それは“法と秩序の神”の信徒とでも言った方が適切な人種である。

 法を順守し、秩序を維持することこそが正義の行ないだと、彼らは主張するわけだ。


 もちろん、その考え方はある意味では間違っていないのだろう。

 法と秩序の味方は、多くの場合において、正義の味方となりえる。


 だが、そもそも正義というのは相対的なもので、立場を変えれば人の中の正義などコロッと変わってしまうのも事実だ。

 「人の数だけ正義がある」なんて言葉は、使い古されているが、今日では“法と正義の神”そのもの、あるいはその信徒を批判する意味で使われることも多い。

 絶対的な正義などありはしない、というのは、僕らが子どもをやめる頃ぐらいに認識する、およそ真実らしき物事の1つと言えるだろう。


 まあ、そんな十代前半ぐらいの頃に識者かぶれの若者が夢中になる正義談義はともかくとして。

 いずれにせよ、そんな“法と正義の神”の信徒が、野盗などという無法者たちを放っておくわけがないのだ。


 彼女──クリスは前に進み出ると、その豊満な胸を張って、声を張り上げた。


「隠れている者たちに告ぐ! 私は“正義の神”に仕える神官戦士ホーリーオーダー、クリスティーナ・レイファースである! 私たちはお前たちを野盗と見做みなしている! 弁明のある者は武器を捨て、尋常に姿を現せ! さもなくば、私はお前たちを、野盗を働く悪人として断罪する!」


 クリスの演説を聞き、隣でイオラがため息を吐いた。

 まあ、そうだよなぁ。

 戦うにしても、不意を打つなり何なり、もうちょっと有利な展開が期待できるやり方があったはずだ。


 案の定、商隊のリーダーがクリスに文句をつけている。

 だけど僕に言わせれば、この事態は護衛に“法と正義の神”の信者を交えた時点で、必然だ。

 人選ミスの責任は商隊のリーダーにあるわけだから、彼に同情する気にはなれなかった。


 ……けど、今のクリスの演説、何か違和感があったな。

 なんだろう?


(中編に続く)

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