春の恋
陽光の降り注ぐ春の野で、春馨は高鳴る胸を押さえながら目を閉じていた。
「ねえ、まだ?」
「ちょっと待て。もうちょっとだけ!」
先程から何度も繰り返された会話を、もう一度再現する。春馨は目を閉じたまま、手持無沙汰に両手の指を組み合わせた。
穏やかな一日である。今春馨に目を閉じさせている張本人、籍英は、春馨の幼馴染だ。春馨より二つ年上の青年で、今年十八になる。春馨は、十六歳である。
二人は楽しげに笑っているが、こんなところを春馨の家の者にでも見られたらただではすまない筈であった。春馨は近頃やや振るわないとはいえ古くからこの国の要職を占めてきた名家、弥氏の息女なのである。普通ならば、その息女が勝手に出歩くなどあり得ない。ましてや伴もつけずに、である。
片や籍英のほうは、弱小とは言わないまでも有力とは到底言い難い中流の家の、それも庶子である。身分違いも甚だしい、と糾弾されるほど落差があるわけではなくとも、家の者にいい顔をされない組み合わせであることは間違いない。
それでも、二人は会うことをやめなかった。
「よし、できた」
籍英が明るい声を上げる。同時に、春馨は頭の上に僅かな重みを感じた。
「目を開けていいよ」
籍英の言葉に従って、目を開ける。そっと頭に手をやると、やわらかな花弁が手に触れた。なんだろう、と恐る恐る手探りしている春馨の様子を見て、籍英は声を上げて笑う。それから、彼女の頭の上にあるものをひょいと手に取って手渡してくれた。
それは、野の花の茎を編んで作られた花冠であった。薄紅や白、黄色といった色とりどりの草花が一体となって、冠を形づくっている。
「わあ……!」
春馨は素直に声を上げた。こんなにも艶やかで華やかな、それでいて優しい冠を、彼女は見たことがなかった。
「あのさ、春馨」
不意に、籍英が真剣な声で彼女の名を呼ぶ。目を瞬かせる彼女の前に、影ができた。
「俺は、お前が好きだよ」
真っ直ぐに、言葉を向けられる。
春馨は一瞬息を呑んでから、ゆっくりと目を細めた。
「私も、好きよ」
家の者は、きっと許してくれない。
そのしがらみを振り切って結ばれることができるかどうか、二人にはまだわからない。
それでも、二人が互いに焦がれている、この気持ちだけは真実で。
その想いが本物だと誓い合うかのように、二人はそっと唇を重ねた。