ヒーロー参上。
ちょっと急いでいたので近道を通って行こうと路地裏に入ったら肩が何かにぶつかって、あれやっちゃったかなと思ったときにはもう殴られていた。あとはまぁ、こういうのって漫画でも最近見ないよなとか思っちゃうくらいにはそのまんま、路地裏でテンプレートに管を巻いてた不良の方々にボコられて、殴られ蹴られされながら顔も何も腫れあがって明日から大変だと亀よろしく丸まったまま現実逃避に考え事をしていたら、胸倉掴まれてグイッと一気に立たされて「金出せ」ってあぁもうどこまで基本に忠実なんだ、初心者も安心設計とはこのことですか。いやけど金なんて言われても、ぼくが急いでたのって今日中に金を卸さないといけないのにこの時間まで動けなかったから銀行の営業時間中に手続きしに行こうとしていたからで、要するにぼくは今ろくに金を持っていない。嘘をついてもしょうがないので動かしにくい口を開いてそれを説明して、拳振りかぶってる、第2ラウンド開始ですかひええ、ってときにあいつは来た。
「シュッ」
ぼくの胸倉を掴んでいる奴の顔がぐにいぃっと変形したように見えた、と思ったらぼくの服を掴んだままそいつはぼくから見て右方向にドーン、当然ぼくも一緒にドーン。路地裏の地面でザリザリと擦れて殴られたりするのとは別種の痛みがあってなにこれ超痛い。右腕中心にヒリつく痛みは残ってるけど、胸倉くんはノックアウト状態になってた。とりあえず顔を上げてみると、なんだか漫画みたいな状況が目に入ってなにこれ。
「フッ」
声というより呼気って感じの音が口から出るたびにパンチ・キックで不良を沈めていく乱入者。素人目から見ても一発で的確に急所を突いてるのがわかる。格闘技経験者とかかなあ。
「シッ」
最後の一人が倒れた。立ってるのは乱入者だけだ。さっきから姿勢も変えずにぼけっと見てたので、ぼくも倒れてるようなものだった。
「あんた、大丈夫か?」
乱入者がぼくのところにきて手を伸ばしてきた。握手…?と一瞬でも考えてしまったことを後悔しながら手を取って助け起こしてもらった。
「ありがとう」とぼく。助けてもらったみたいだし、お礼は言わないと。
「いいよいいよ、気にすんな。しかしあんたもツイてないな。こんなのに絡まれて」
おお、本当に助けてくれたみたいだ、ありがとう。
「いや、でも助けてもらえたし、運がよかったよ」
そう言うと乱入者さんはげらげら笑い始めて、ひとしきり笑って落ち着いたあと「ならよかった」と涙が滲んだ目とまだ笑いが消えきってない顔で言った。そんなにおかしいことを言った覚えはないんだけど。
とにかく「あの、あなたの名前は」
「あ?あぁ、俺は…ヒーローだ」
…ぼく、ちゃんと名前訊いたよな。
「あの…」
「言っちまえば、この辺の平和を守ってるのは俺だ」
満面の笑みでそんなこと言われても困る。
「…じゃあ今ちょっと急ぎの用があるもので、今度お礼したいんでアドレス交換させてもらっていいですか」
「おう」
と、まぁ、こんな風に、ぼくと自称ヒーローは出会って、なぜか今でも仲良くやってる。
一緒に居酒屋行ったり、結構楽しく。