第4話:手に入れたもの
「まさかこのような事態になろうとは……」
「それもこんな急に……」
3日後の定例会議、その舞台である謁見の間は、例の暗殺事件の話題で持ち切りだった。話を聞いたその日の内に起こったということで、ほとんどの者が戸惑いを隠せずにいる。この場にいる唯一の当事者フリックは、多くの貴族に取り囲まれていた。何度も同じ話をさせられているせいか、彼の顔に疲労の色が窺える。
「先程も申し上げました通り、事は私が部屋を出て戸を閉めるまで、メイドと話していた僅かな時間に起こったのですよ」
「そんな短時間で? あり得ない。最初から侵入していて、何処かに隠れていたのではないか?」
「それこそあり得ません。あの方は旅行の支度をするため、クローゼットなどを開け放っておられましたから」
「どうやって殺されたんだ?」
「喉と心臓を刺突されておりました」
「ところでリジェンダル卿は何処へ行こうとしていたんだ?」
「夫人とご子息は――」
「メイドは――」
矢継ぎ早に質問を投げかける貴族達。表向きフリックは笑みの仮面を外さずに応対していたが、内心はもううんざりしていた。
(全く、誰も彼も次から次へと……いっそ私がやったと言った方が早いですかね)
そんなことを思いつつ口を開きかけたその時、謁見の間の扉が開いた。
「国王陛下、ご入来です!!」
騎士団員の声が広間中に響いた。それを聞いた貴族達がそそくさと定位置に戻っていく。黒い点の周りに形成されていた派手なドーナツは、いとも簡単に崩れ去った。その事に安堵しつつ、フリックもまた定位置につき頭を垂れた。
「面を上げよ」
さほど大きくない、しかし威厳のある声が貴族達の耳に届く。赤絨毯を挟むように、2列に並んでいた彼らは下げていた頭を上げ、一斉に同じ方向を向いた。視線の先にあるのは段差の上の玉座。金の装飾が施されたその席に着いているのは、赤と金の2色が目立つ服装の男性。マルディオス王国国王、フレデリック・バーソロミュー・マルディオスその人である。
「では本日の定例会議を始める……がその前に。今回のリジェンダル辺境伯の件については遺憾の意を表する」
「我らが同胞へのお気遣い、恐悦至極に存じます」
最高位の貴族、トビー・フラン・ベルマン大公が代表して礼を言う。彼に合わせ、貴族全員が国王に向けて一礼した。
「構わん。早速だが、本日最初の議題はまさにそのことに関わるものでな。リジェンダル辺境伯が居なくなった今、新たに次の領主を選ぶ必要がある。その件について意見は無いか」
領主が死亡したということは、その領地を治める者がいなくなったということ。早急に次の領主を決めようというのは何らおかしな話では無い。
このような場合、アランから家督を受け継いだ者がそのまま領地を引き継ぐ、というのが通例なのだが、今回はそれに干渉する者が現れた。
「失礼ながら、私から1つ提案がございます」
1人の貴族が声を上げる。その声が列の末端、部屋の入口に近いところから聞こえてきたために、室内は不気味なほどに静まり返った。その微妙な空気、向けられる視線を右から左へ受け流し、彼は赤絨毯の上を歩いていく。彼は玉座が乗る段差の下まで来ると、シルクハットを胸に当てて低頭した。相も変わらず黒いタキシードの彼は、やはりフリック男爵その人であった。
「フリック男爵から意見とは珍しい。して、その内容は?」
興味深そうな声色をもってフレデリックが問う。低頭しつつ、怖気も何もない普段通りの口調でフリックは提案した。
「畏れながら申し上げます国王陛下。かの領地の統治ですが……私に一任して頂けないでしょうか」
「は? ……ハ、ハハ、それはいくら何でも冗談が過ぎますぞミルドワール卿」
誰かの言葉をきっかけに、多くの者が失笑する。だがそれでも、フリックの態度が変わることは無かった。
「冗談ではございませんよ。至って真面目に提案させて頂いておりますが」
頭を上げ、貴族の方に体を向ける。会議前と同じように、四方八方から言葉が飛んできた。
「ぬけぬけと領地拡大を狙っておるのか!!」
「そのようなことは考えておりません。そもそも私はあの領地を頂く代わりに、今まで治めていた土地をリジェンダル家にお譲りする所存です」
「それで向こうが納得するのか!!」
「今回の会議までに、リジェンダル家の方々とは交渉を済ませております。自慢ではありませんが私の領地は、かの地より若干狭いものの治安が良く納税率も高い。彼らはこの提案に賛同すると申しております」
「何故そのようなことをする?」
「彼らの身の安全を考慮しての事です」
「あの土地には例の暗殺の犯人、【辻斬り男爵】がいるんだぞ!! 貴公にその処理が出来るのか!!」
その怒鳴り声は、他の貴族を黙らせるのに十分な力を持っていた。トビー大公の言葉である。しかしそのような声をしてなおフリックの態度を変化させることは出来なかった。
「処理までは不可能かもしれませんが、少なくとも奴の行動を抑えることは可能かと。そのための策を用意してあります」
彼らの疑問全てに対し、即答で応じたフリック。ついに貴族達は言葉を失った。そのタイミングを見計らったように、フリックの頭上から声が降りかかる。
「成程。どうやら思い付きの奇行というわけでも無さそうだ。領地の交換という話だったが、互いの了承を証明するものはあるか?」
「ええ、こちらに。どうぞ内容をお改め下さい」
頭を下げ、ポケットから取り出した羊皮紙を両手で掲げるフリック。秘書官の者がそれを取り上げ、フレデリックに手渡した。紙の端から端まで精読するフレデリック。その紙は、リジェンダル家とミルドワール家による領地交換の契約書だった。双方のサインと花押も記されている。
「ふむ……不備は無いな。ただ今をもって、この契約の成立を承認する。よってここに、新たな辺境伯の誕生を宣言する」
国王のその言葉で、全てが決まった。
「……フフ。終わってみれば、実にあっけないものですねぇ」
リジェンダル辺境伯領が、ミルドワール辺境伯領に名を変えてから3ヶ月後。屋敷の最上階にある自室にて、フリックは独りそう振り返った。ティーカップを片手に窓の外を見てみると、活気あふれる街の様子が伝わってくる。
「領内の様子はそれなりに変わりましたね。まぁ、かつての領地でやっていた政策をそのまま実行しただけですが。他に変わったといえば辺境伯という呼び名くらいですか」
この国において『辺境伯』というのはあくまで他国と接している領地を治める者を指す『呼称』であり、侯爵、伯爵などの『爵位』とは全く関係ない。故にフリックは、『辺境伯』と呼ばれはするものの爵位としては『男爵』のままなのである。因みにかつての辺境伯リジェンダル家は、国境を接しない領地を治めることとなったために『辺境伯』ではなくなり、爵位である『子爵』と呼ばれるようになっている。
「人の噂も七十五日……街中で【辻斬り男爵】の話を聞くことも無くなりました。もっともこれは、『私』の振る舞い故ですが」
領地を変わった後から今まで、フリックは一度も剣を抜いていなかった。領主が変わり、様々な制度が変わり、領民の暮らしが変わっていった。その中で領民達は、【辻斬り男爵】の話を聞かなくなったことについて、新しい領主が言う対策が効果を示しているものと見做した。
そしてもう1つ、武芸に疎く覇気の無い『フリック男爵』としての彼の姿。初め領民達はその黒尽くめの姿から例の殺人鬼を連想し、フリックを敬遠していた。しかし誰に対しても丁寧に接し、威張り散らすことの無いフリックの姿を見て好感を持ち、最終的に彼を受け入れた。この2つによって、『黒尽くめの人』に対する人々の認識はすり替わったのだ。
「……さて、そろそろ頃合いでしょう」
飲み干したティーカップを、窓の傍にあるテーブルに置く。代わりに、そのテーブルの縁に掛けてあった黒い杖を手に取った。彼の得物である仕込み杖。軽く捻って腕を動かすと、エストックの刃が露わになる。
「より殺しが目立たない……そのためにこの地を欲したのですから」
誰もいない部屋の中で、剣を杖に戻すフリック。その時浮かべていた笑みは、狂気に満ちていた。
以上、辻斬り男爵の領地鞍替えでございました。
それと長編になっていく予定だったのですが、学期末で予想以上に慌ただしくなってきたのと、自分が書く作品に対して思うところがあるのでここで終了とさせて頂きます。ご了承ください。




