第3話:訪問者
定例会議のあった王城から、自分の屋敷へと戻ってきたアラン。自室へと歩を進めると、彼の後ろに2人のメイドが付き従う。留守中にあった用件の伝達やアランからの指示を受けるための彼女達だが、この日はどちらの仕事も無かった。
しばらく歩いた後アランが立ち止まった。その正面にあるのは彼の自室。メイドは扉の両端に移動し、片方の者が扉を開けた。2人揃って軽く頭を下げている。
アランは部屋の中へと入っていった。そして彼は、思い出したようにメイド達に声をかけた。
「ああそうだお前達。今日はしばらく1人にさせてくれ。やることがあるんでな。夕食も……呼びに来なくて良い。事が終われば誰かに声をかけよう」
「かしこまりました。他にご用件は」
「無い」
「かしこまりました。では、失礼致します」
恭しく一礼すると、メイドは扉を閉めて立ち去った。彼女達の足音が聞こえなくなったところで、アランは行動を開始した。
クローゼットや机の引き出しなどを片っ端から開けていき、ベッドの下に潜り込み、机を踏み台にシャンデリアを上から覗き込む。その度に出てくる小さな麻袋。ベッドの上に次々投げられていくそれから聞こえてくるのは、コイン同士がぶつかり合う音。いわゆるへそくりと呼ばれるものを、アランは部屋中からかき集めていたのだ。
「こんなとこに居たら、何時あやつに殺されるか分からん……早く何処かへ逃げないと。奴が来ないような、何処か遠くへ……」
そう呟きながら、アランは更に物色を続けた。
それから約3時間後、日も落ちて辺りがすっかり暗くなった頃。全ての隠し財産を見つけ出したアランは、大きな箱を前に作業をしていた。逃亡の際に持っていく物を、箱に詰めていく作業である。
「ええと、これとこれは必要で。これとこれは……どっちにするか。こっちの方が価値はあるが、入る余地が無さそうだ。いやでもなぁ……」
金の小袋を敷き詰め、その上に高価な宝石や美術品を置いていくアラン。両手に品を持ち、大きさを取るか価値を取るかで迷っているようだった。
とその時。ゆっくりと2回、扉をノックする音が聞こえてきた。驚きに身を震わせるアラン。そこでようやく自身が命じたことを思い出し、怒気を含ませて声を上げた。
「誰だ!!」
「王国貴族男爵位、ミルドワール家が当主フリック・ゲントリース・ミルドワールにございます。よろしいですか?」
「は、はい?」
聞こえてきたのは意外な人物の名乗りであった。アランの気は一気に削がれ、間抜けな返事をしてしまった。それを了承と捉えたらしく、扉を開けて1人の男が入ってきた。黒いタキシードにシルクハット。左手に持つ杖すら黒光りしている。紛れも無くフリック男爵その人であった。
「おや、これは……すみません、お邪魔でしたか」
後ろ手に戸を閉めながら、部屋の様子を見たフリックが言う。見られてしまった以上誤魔化すことは出来ない。そう悟ったアランは溜息をついた。
「ハハ、まぁその何だ。旅に出ようかと思い立ちましてな」
「ほう、ご旅行ですか。羨ましいですねぇ。成程、その準備でございましたか」
「そ、そうなんだよ、ハハハ」
年下の貴族の手前、まさか殺人鬼が怖いので逃げる準備をしていましたなどと馬鹿正直に言えるはずもない。マクミラン伯爵との会話が脳裏に走り、咄嗟にそのような嘘をついた。
「随分と大荷物ですね。どちらに行かれるのですか?」
「……いやお恥ずかしながら今の時分、何処へ行くのが良いか決めかねておるのだよ。何せ急に決まったことで」
「さようでございますか。そうですね、名所と呼ばれる場所は幾つか存じておりますので、よろしければお教えいたしましょう。どのような場所をお考えですか?」
「む……そうだな、出来るだけ遠く、簡単に行ける所が良い。何にも邪魔されることなく静かに過ごせる……て、そんな都合の良い場所は無いか」
虫が良すぎると気付き、諦めて自己完結しようとするアラン。そんな彼に、フリックはあっさりと言葉を返した。
「いいえ、ちゃんとございますよ? その全ての条件を兼ね備えた場所が、1ヶ所だけ」
「なっ、ほ、本当か!!」
アランは驚きと、喜びを隠せなかった。謎の殺人鬼から逃れられる希望を見出したからだ。
「ええ本当ですよ。そうですね。折角なので私がご案内して差し上げましょう」
「お、教えてくれ。それは一体何処な――」
アランの言葉は、微かな風切り音に遮られた。彼は首全体を包む立襟もろとも、刃に喉笛を貫かれていた。それは直ぐに引き抜かれ、素早く胸部中央に突き立てられる。更に引き抜かれると、刃は横一文字に一閃した。あっという間の出来事だった。白を基調とした礼装は見る見るうちに赤く染まり、アランは床に崩れ落ちる。
「1名様、黄泉の国へご案内です。フフフ……」
先になるほど尖っていく形状。斬撃よりも刺突向けに作られた剣、エストック。その刃を片手に嗤っているのは、他の誰でもない、フリックであった。
今一度、エストックの刃が空を切る。血糊を振り払う行為だが、アランが着ていた礼装の生地が血をほとんど吸い取っていたため、血飛沫が飛ぶことは無かった。同じ理由で、フリックは返り血も浴びていない。
「これは僥倖。如何ですかリジェンダル卿、お望み通りでございましょう?」
呟きながらフリックは、剣を左手に持つ鞘に納めた。そしてエストックは、ただの黒い杖へと姿を変えた。
フリックが扉を閉めようとしたまさにその時、1人のメイドが姿を現した。
「フリック様、ご用件はお済みでしょうか?」
「ええ、そろそろ失礼させて頂こうと思っていたところです」
いつもの如く平然と言葉を交わすフリック。不審に思うことも無く、メイドは彼に尋ねる。
「あの、それでアラン様は……」
「まだやることがあるので、もうしばらく1人にしておいてくれとのことで――」
そう言いながらフリックはドアノブを持つ手に力を込め、拳1つ分くらい残っていた扉を閉め切った。
その刹那、室内から大きな物音が響いてきた。しばしの沈黙、そして2人はゆっくりと互いの顔を見合わせる。
「まさか」
「アラン様!!」
フリックは勢い良く扉を開けた。見えてくるのは当然、床に倒れたアランの骸。
「アラン様!! アラン様!!」
急ぎアランの元に駆けつけるメイド。彼女は倒れている主人のことしか見えておらず、他に気を配る余裕も無い。
それを横目にフリックは、室内側のドアノブに結び付けていた布を解いた。この布は、アランのベッドについていた天蓋の布を引き裂いたものであり、反対の端は倒れた本棚の下敷きになっている。
本棚の最上段にある本の下に挟み込んでおき、反対側をドアノブに結び付ける。扉を閉めれば布が引っ張られ、それにつられて本棚が倒れるという仕組みであった。
布の仕掛けを手早く始末した後、フリックは死体に駆け寄った。脈を測り、首を横に振る。
「駄目ですね、既に亡くなっておられます。申し訳ございません。私が居ながら、このような事態になってしまうとは」
「い、いえ、そのようなことは、決して……」
『窓という名の壁に空いた穴から何者かが侵入し殺害。金に目が眩んだのか部屋を荒らしたが、何かの拍子に本棚を倒してしまったため急ぎ窓から逃亡した。』
アラン・ガート・リジェンダル辺境伯暗殺事件は、このような筋書きで起こったものと判断された。犯人については、ここ最近噂となっている例の人物であろうとの推測がなされた。
その人物の名は【辻斬り男爵】。またの名を、マルディオス王国貴族男爵位フリック・ゲントリース・ミルドワール。彼自身の他にその正体を知る者は、この世にはいない。
この事件についてはものの見事に起承転結の4話で終わりそうです。




