第2話:貴族の談話
マルディオス王国の中心には、国王が直々に統治する国王領がある。更にその中央にそびえ立つのは、まさに王国の大黒柱であるバーソロミュー王城。王族の居城というだけでなく、国王と貴族による会議が開かれる場所でもある。
各地方は各貴族に任せるといえど、やはり国全体で統一すべき政策なり方針なりといったものは存在する。諸外国との関わり方も、辺境伯が独断でやって良いはずは無い。そういったことを話し合い、意見をまとめ決定するための会議である。決定された事項は、国王からの勅令という形で国全体へと発布される。
定例の会議は3日に1度とされている。急を要する案件や重要なものがある場合は、定例会議の無い日であっても国王の要請に基づいて臨時会議が開かれる。
この日は定例会議の日。貴族達は転移の魔法を使い、各地から王城へと集結していた。
「これはこれはリジェンダル卿。いかがお過ごしですかな?」
「おお、マクミラン卿ではないですか。お久しぶりです」
王城内にある貴族達のための休憩室又は談話室、サロン。その一角で始まった会話である。マクミラン伯爵を始めとして、何人もの貴族達が集まりだす。その中心にいるのはリジェンダル辺境伯領領主アラン・ガート・リジェンダルだった。
「確か前回の定例会議にはいらっしゃらなかったと記憶しておりますが」
「ええまあ、家族と旅に行っていたのですがね。帰路の途中で大雨に遭ってしまい、会議の日までに帰ることが出来なかったのですよ」
「成程、御苦労なさりましたな」
旅の苦労を語るマクミランに、アランが同情の意を示す。そこへ別の貴族が話に入ってきた。
「そう言えば噂に聞きましたが。リジェンダル卿も何やら苦労なさっているご様子で」
「ディルゴ卿、その話は一体何処で」
「ああいや失礼。何せ私の領地はリジェンダル卿の領地の隣ですので。話は直ぐに伝わってきてしまうのですよ。お気に障ったのでしたら申し訳ない」
急に血相を変えたアランを見て、慌てて言葉を続けたディルゴ子爵。それを聞いたアランは1つ溜息をついた。
「いや、こちらこそ申し訳ない。少し考えれば分かることだったのだから……実は領内で、連続殺人事件が起こっているのだよ」
「ほう、殺人。しかし土地柄を考えると、さほど珍しくも無いのではないかね」
聴衆の1人、アルバートン侯爵が口を開いた。余所よりも無法者が集まりやすいという点を考えれば、確かにそれ自体は珍しい事ではない。だがアランは首を横に振った。
「普通ではないから対応に困っておるのですよ。1週間前の最初の犯行で、奴は冒険者も領民も騎士団員も切り殺した。その後も領内のあちこちで無差別に……割合で言えば、騎士団員が多く殺されている」
周囲の人間がにわかに騒ぎ始めた。アランは口調を気にする余裕も無く言葉を続ける。
「犯行現場は徐々に我が屋敷へと近づいている……奴の狙いが私や家族にあると思うようになるのはおかしなことではない」
「その犯人の人相などは?」
ディルゴが問いかけると、アランは顎を触りながら答えた。
「奇妙なことに、どの犯行においても必ず1人は生存者がいてね。皆同じことを言っているのだ。『剣技に長け、非常に丁寧な口調で話す黒尽くめの男』と。その言葉から、民の間では【辻斬り男爵】等と呼ばれ恐れられているようだ」
その時、誰かが不意に言葉を発した。
「黒尽くめの男爵、とは私のことでございますか?」
静まり返ったサロンの中、1人の男がアラン達の下へと歩いていく。その姿を見た途端、誰もが笑い声を響かせた。
「ハッ、ハハハ、これはこれはミルドワール卿。相変わらずご冗談が上手いですな」
アランは笑いながら話しかけた。その男の名はフリック・ゲントリース・ミルドワール。弱冠27歳で男爵の地位を持つ貴族である。それと同時に、国内随一の変わり者とも称される。それは彼の恰好からも計り知ることが出来る。
革靴にタキシード、ネクタイにシルクハットは黒のもの。白いのは肌と手袋、シャツのみで、髪も瞳も黒である。この日に限らず、彼は常にこの格好で会議に参加していた。
タキシードも礼服であるため特に問題は無いのだが、通常貴族は、大金をかけて誂えた独自の華美な礼装を好んで着用する。それが当たり前とされている風潮の中で、彼の存在は非常に異質なのである。
彼が変わり者と呼ばれる理由は他にもあった。
「確かに見た目と地位は一致しますな。しかし肝心なところを忘れておりますぞ。【辻斬り男爵】は剣技に長ける」
「武芸や争いを好まず、紅茶やワインを嗜むばかりの貴公に殺しなど出来るものですかな」
武芸や闘技、狩猟というのも、貴族の嗜みだというのが暗黙の了解である。にもかかわらずフリックは、そういったものに関心を見せなかった。付き合いの上で参加するにしても、ただ見ているだけというのが多かった。
馬鹿にしたように笑う彼らに対し、フリックはただ静かに笑みを浮かべていただけだった。間もなく、サロンの扉が勢いよく開いた。談笑の声も一気に消える。
「定例会議の時間にございます。皆様方、どうぞ謁見の間へお越し下さいませ」
国王所有の騎士団員が、声を張り上げた。それを聞いた貴族達は、静かに移動を開始した。
定例会議は、特にこれといった重要な案件も無く速やかに終了した。印象的なことと言えば、リジェンダル辺境伯がいの一番に領地へと帰っていったことくらいである。




