第1話:闇夜事始め
「速く!! でないと捕まっちゃう!!」
「わ、分かってるけど、これが、最大速よ……!!」
夜の路地裏を、2人の少女が息を切らしながら駆け抜けていく。障害物を避け、時たま後ろを確認する。何度もその視界に入ってくるのは、下卑た笑みを浮かべながら追ってくる3人の男。冒険者とは名ばかりの、実質は盗賊家業をしているような連中だった。
「へへ、逃がしゃしねぇぞ!!」
男の声に耳を貸すことなく、なおも走り続ける少女達。やがて2人は正面にいる複数の人影に気付いた。夜半において、全身を覆う銀色の鎧がかなり目立っている。リジェンダル辺境伯が所有する騎士団の団員だった。それが分かると、2人の表情が明るくなった。
「やった、これで助けてもらえる」
「お願い助けて!!」
大声を上げて彼らに助けを求める。彼女らの意識はそこで途絶えた。
気付いた時には、既に2人とも手枷足枷を着けられていた。その驚きが収まる前に、どこかから話し声が聞こえてきた。
「――それで、分け前なんだが」
「分かってますよ隊長殿。奴隷市場の相場で言えば2人合わせて金貨120枚程は確実でさぁ。1人当たり20枚、そう悪くない額ですぜ」
「ふむ、まぁ良かろう」
声のする方を見てみると、2人は更に驚愕した。そこにいたのは先程彼女達を追いかけていた男達3人と、彼女達が進む先にいた3人の騎士団員。どうやら両者はグルだったらしい。
「では、そういうことで……ところで、どうします?」
冒険者崩れの男が言った。その声色は、明らかに卑猥な響きを持っている。含意を汲み取った騎士団員もまた、同じ響きを含ませて言葉を発した。
「値は下がるかもしれんが、それでも結構なもんだしなぁ。実のところあの身体を味わってみたくて仕方なかったのさバースよ」
次々と同意の声を上げる男共。それを聞いた少女2人は、自分達がこれから何をされるのかを悟り、血の気が引いた。
犯される。奴隷として売り飛ばされる。
その瞬間から彼女達は、何とか逃げ出そうと必死に足掻いた。しかし幾ら動いても枷は外せない。何とか声を上げようとするも、猿轡によって口が封じられている。2人がもがく様子に男達が気付いた。
「ハッハァ、もう逃げられやしねぇぜ。観念しな」
「そう怖がるな、たっぷり可愛がってやるからよぉへへへ」
下卑た笑い声と共に、衣服を掴んでくる男達。泣き喚きながら必死に抵抗を試みるも、男6人の力の前では無意味だった。服を破られ、胸を掴まれる。ベルトを外す音も聞こえてくる。もはや何の希望も無いと思われた、その時だった。
「お取込み中のところ失礼」
誰もが予想だにしなかった声が、静かに響いた。
その場が完全に凍りついた。余りに唐突なことだったために反応が遅れたのだ。気を取り直したのは、男の方が早かった。特に冒険者崩れの男達は、各自の武器を取り出しながら声の主に体を向ける。
その視線を一身に浴びるのは、いつの間にか姿を現した黒い人影。闇の中にあって、闇とは一線を画したように浮いて見えるその姿。その場の誰もが、禍々しさと恐怖を感じずにはいられなかった。
「な、何だお前は!?」
隊長殿と呼ばれていた騎士団員が、震える声で詰問する。
「いえ、ただの通りすがりですよ」
対して人影は、至極落ち着いた様子で平然と言ってのけた。その声色から、人影は男であるらしいと判断出来る。しかし、分かったのはそれだけだった。
「こ、こんなとこで何を」
「いえ、少々……貴方方のお命を頂こうかと」
「野郎、ふざけんな!!」
バースと呼ばれた男が痺れを切らし、人影に飛び掛かった。逆手に持ったナイフを、静止したままの人影に振り下ろす。
「ハハ、地獄に堕ち――」
「全く、寝言は寝てから言って頂きたいですね」
バースの台詞を、人影の声が遮った。全く動く気配の無かった彼だが、今はバースの背後まで出てきている。一体いつの間に移動したのか。バースは驚きに目を見開きながら、振り向こうと身を捻った。
その瞬間、バースの身体に幾筋もの赤い線が走った。そこから一気に何かが噴出し、バースは地に倒れ伏した。辺りに鉄錆のような臭いが広がる。それは紛れも無く、バースの鮮血の臭いであった。何時の間に抜いたのか、謎の男の手には刃があった。月光を反射し、紅く鈍く光っている。
「一寸先は闇、と申しますが。私の剣は貴方方に、確実に闇を齎します……そう、永遠の闇をね」
不敵な笑みを容易に想像出来る男の台詞。それは男達の中の何かを刺激したようだった。
「何が闇だ、英雄気取りか!!」
「死ね!!」
5人が一斉に武器を構え、謎の男に攻撃を仕掛ける。だが。
「ぎゃあぁー!!」
「うぐぁ、あぁ!!」
5人はバースと同じように地に沈んだ。うち2人は、苦痛の悲鳴を上げながらのたうち回っている。
「腕や足の1本くらいで、笑止。話になりませんね」
少女達のすぐ横から声がした。目を向ければやはり、黒い人影がそこにいる。捕らえられた2人はもう、驚きすぎて瞬きも出来ずにいた。がしかし、その謎の人物の手によって自分達は救われたのだという認識を持つことは出来た。気付かぬうちに、猿轡も枷も外れている。
「あ、あの、助けて頂いて有難うございます!!」
少女の1人が男に礼を言う。しかし男はそれに、嘲笑で応えた。
「助ける? 私が? ……フフ、勘違いされては困りますね」
「……え?」
「私は『貴方方の命を頂く』と言ったのです。無論貴女も、例外ではありませんよ?」
微かな風と微かな音。少女達が感じたのはそれだけだった。だが1人にとっては、それが最後の感覚となった。
ずっと何も言わなかった少女が息を飲んだ。礼を言った方の少女が、目の前で血を噴き出しながら倒れたためである。
残った彼女の心にはもはや男に対する恐怖しかなかった。一刻も早くこの男から逃げなければと思った。だが恐怖に支配された体は、震えるばかりで言うことを聞かない。
「おや、逃げないのですか? それとも彼女の後を追いますか?」
少女は今一度微かな風を感じた。次に感じたのは熱だった。目よりも下の辺りに感じる横一文字の熱。そこから何かが流れていくのも感じ取れた。
「……!!」
弾かれたように立ち上がり、少女はその場から逃げた。嗚咽を上げながら、涙と僅かな血を流しながら、路地の奥へと走り去っていった。
「さようなら、お嬢さん」
男は少女を見送ると、辺りを見回した。泣き叫びながら転げ回っていた2人の姿は何処にもない。何時の間にやら逃げ去っていたようだ。
「まずは上出来。フフフ……」
男は闇の中へと消えていった。悪魔の如きその笑い声を聞いた者は、誰もいなかった。
こういうの、書いててすごく楽しいです。
1つ宜しくお願いいたします。




