日常+異常=終わりの始まり
(あと少し、5.4.3.2.1、今だ)
「キーンコーンカーンコーン」
終わりのチャイムが鳴る。
「今日はこれまで。気を付けて帰るように。ではまた来週。」
この掛け声と同時に教室を出ていく生徒たち。すぐに出ていかない生徒も友達と休日をどう過ごすか話し合っている。しかしすぐに帰る用事もなく、友人もろくにいない俺は窓越しに夕陽を見ながら
「ああ、素晴らしい。なんていい音なんだ。」
と涙ぐんでいた。
(相変わらず金曜日の終業チャイムはいい音してるなぁ。先生が言う『また来週』っていう言葉と合わさり何とも言えないハーモニーを醸し出している。これに優さる音楽はこの世に存在するまい。)
とひとり感慨にふけっている。邪魔をする奴もいない。(岸川は部活)それから数十分後ようやく自分の世界から目覚め、俺は帰りについた。
校門を出てまっすぐ歩くこと十分、そこに俺の家がある。「ただいまー」言うと同じに今朝読みかけていた新聞を手に取る。
(また起きたのか?今月に入ってから6度目だぞ)
新聞の見出しには『またも発生!巨大地震』と書かれている。
(最近地震とか火山の噴火とか川の氾濫とか、天災が多いな。地球温暖化も進んでるし、その影響かな?)
現に今点けたテレビでも『異常な花粉量』が取り上げられている。だがそこは一介の高校生、深く考えず先へ進む。
「掃除でもするか」
俺の家は両親が家を空けており、絶賛一人暮らし中だ。一人暮らしというと気ままな生活を想像する輩が多いようだが、実際にはそんなに甘いものではない。普通なら親がやってくれることを一人でしなければならないのだ。掃除・洗濯・調理など家事の基本は初心者にとってはまさに地獄だった。しかも俺は調理初日に
(『やればできる。いままではやってこなかっただけさ』とフランス料理の本を買って料理を作ろうとし、見事に撃沈した)大失敗をしてしまった。
「『失って、初めてわかる、ありがたさ』だな」
などとついつい一人で愚痴を言ってしまい、自分のテンションを下げてしまうこともあった。しかし人間の順応能力とは怖いもので、仕事に慣れ始めると
「『やってみて、初めてわかる、おもしろさ』か」
などと正反対のことを言っていることもある。
(今日はどうなるかな?)
と思い、
「さて、始めるか」
「なかなかどうして、人間共も結構やるじゃないか」
その言葉に反応して
「お前のせいだろうがよ!大体お前の力は威力が弱いんだよ‼」
幹や枝に所狭しと花を咲かせる大樹が返した。
「しょうがないでしょ、私は花粉を飛ばすことぐらいしか出来ないんだから。大体あんたも他人のこと言えないでしょ!力がワンパターンなんだから」
土の巨人が返す。
「うるせえ、仕方ねえだろ。俺の『地殻変化』は地震と地割れしか起こせねえんだからよ」
これと同じような言い争いがいたるところで起こっている。
「黙れ」
低く透き通るような、それでいて力に溢れるような声が終わりのない言い争い(責任の擦り付け合い)をしている中に大きく響いた。
「おっ、遠呂智様」
「誰?あの人」
「馬鹿、遠呂智様を知らねえのか?殺されるぞ」
その圧倒的な存在感をもつ若い男は、それらが静まるのを待って静かに口を開いた。
「お前らは何もわかってない」
彼は髪をかき上げ続ける。
「お前らは姿を見せずに力を見せる。だから人間どもに嘗められる。忘れられる。そして消される」
「なっ、いくら遠呂智様と雖も今の言葉は聞き捨てなりませんな」
初老の男性と見えるそれの言葉を皮切りにそうだそうだ。と賛同の声が上がる。
「黙れ」
また静まる。
「よく聞け。昔の人間は今と違い荒れ狂う風やすべてを飲み込む大河の氾濫、さらには止めどない大地の震えなど、その起こった事象という姿を見て事象を産み出す我等を崇めた。いくら時代が変わっても人間は人間。我等の圧倒的な姿と力を見せれば考え方も変わるであろう」
ここまで話すと今までじっと話を聞いていた者たちが一斉に話し出した。
「そうだ。俺たちも姿を見せよう」
「顕現したほうが力も使いやすいしね」
「なら私が参りましょう」
「馬鹿を言え。花に埋め尽くされた木のどこに人間を怖がらせる要素があるってんだ。え?」
「なっ、なんですって‼」
(また始まった)
これだからこいつらはただ喚くだけで前進できんのだ。今は俺が一応リーダーという立場だから俺の意見を中心にして動いているが、以前は階級なんてなかったからこれよりも数倍酷かった。それにしても
(まだやっているのか)
もう時間がないのだ。それはみんなわかっている。度重なる人間の開発という名の自然破壊。もう限界だ。つい先日も祀られるべき対象のなくなった神が消滅しているのだ。こうしている間にもまたどこかで我等の同朋が消滅している。かもしれない、ではない。している。止めるには人間の創り出したものをこの世から抹消し、現世をもとの姿に戻す必要がある。しかしそれをすれば――
(いかんいかん、今は話を前に進めなければ)
仕方あるまい。
「俺が行く」
案の定、即座に止めが入る。
「お止め下さい。我等の盟主直々に行くほどのことではありません。それにもしものことがあっては……」
「黙れ。もう決めたことだ」
まだ何か言おうとするものを手で制す。
「ふふふ、待っていろ人間ども。神の力を見せつけてくれよう」
「よーし。あとはカレー粉を入れて煮るだけだ」
パタン、と本を閉じる。
(俺も随分と手際が良くなったな)
時計を見、料理にかける時間が短くなったことを確認すると、思わず笑みがこぼれる。
「さて、カレーもできたことだし、テレビでも見るか」
その頃町の中心に一人の男が現れた。この世のものとは思えない服を雄大にたなびかせ佇む姿は、あまりに幻想的だった。
(ふん。人間どもめ薄汚い目でじろじろと見おって。まあ時間もない、始めるか)
彼がか話し出す。
「畏れ見よ――これぞ雄々しく魅せる神が業なり――」
どこまでも響いていくであろう透き通る声は、一拍の間を置く。そして
「――顕現」
それは8つの頭と8本の尾を持ち、目は血のように赤黒く、背中には苔や木が生え、腹は血でただれ、8つの谷、8つの峰にまたがるほど巨大な怪物。八俣遠呂智(やまたのおろち)、その顕現だった。