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8:暗がりのリーベスリート

 「シュリュッセル様」


 リードが私をそう呼ぶ。それを他人行儀だと感じてしまうのは、今更だろうか?

 昔から彼女は私とリュールに仕えてくれて。幼なじみというかお姉さんみたいな物だったのに。それが今はこんなに距離を感じている。属しているのが違う組織である以上、仕方のないことなのかもしれない。それでも兄さんが居ない時のリードはいつにも増して声に棘がある気がするのだ。


 「シュリー?」

 「あ、ウェルさんごめんなさい」


 ついついウェルさんにしがみついてしまっていた。リードは苦手。フォルテが居ない場所で、おまけに今私は女の子の格好だ。精神的に萎縮してしまう。


(駄目だなぁ……私は)


 衣装に振り回されるのも程ほどにしなければ。楽器ケースを握る手に、ぐっと力を入れて深呼吸。少しは落ち着いたような気がする。


 「そろそろ着くんですよね?」

 「はい。しかしどうなさるおつもりで?」

 「……あの様子では正面突破は難しい。歌姫ローザと出会すのも大事です。となれば……リード。人目の着かない場所に車を隠してください。そこからテレビ局に侵入します。ウェルさん、都合の良さそうな侵入経路はありますか?」

 「そうだな……場所を選ばないんだったら、廃線になった地下鉄が傍に延びている。そこを使えば何とかなるとは思う。唯…同じことを考える奴がいる可能性はある。もう一つ、使えるとしたら下水道かな」

 「馬鹿か。シュリュッセル様は歌姫。歌姫が下水道から現れてみろ。経歴に傷が付く」

 「確かに、極々一部のファンしか喜ばないか」


 車の中で啀み合うウェルさんとリード。こんな調子で上手く行くのか心配だけど、そうさせるのが私の仕事だ。


 「……二手に分かれましょう。確かに私は歌姫。下水道を通っての侵入となればファンからのイメージダウンに繋がります。リード、貴女は下水道を爆破して注意を引き付けて貰えますか?その隙に私達は地下鉄を使って侵入します。後は各自中で合流、或いは状況に応じて後方支援をお願いします」

 「……了解しました。しかしシュリュッセル様。其方の男に護衛が務まるので?」

 「クーデター組なら問題在りません。彼女たちは私達に危害を加えはしません」


 問題があるとすれば……×××とフォルクローレ。その辺りの刺客と鉢合わせた時。鉢会わないためにも今は先を急ぐのが最善か。

 ウェルさんは侵入経路をリードに伝え、私達は車から降りる。場所はテレビ局から3㎞程度離れた裏路地。人通りは少ない所か皆無。


 「ウェルさん……ここは?」

 「君はまだ知らなくて良いような街」

 「何となく、解りました」

 「そっか。じゃ、急ごう」


 この界隈は昼間なら、まず人に出会さないと彼は言う。夜の街なのだろう。けれど夜の街ってなると……東洋マフィアの支配地か。長居は無用。先を急ぐというのは私も賛成。


 「あった、こっちだシュリー」


 汚れた街を進んで数分、フェンスの向こう……出会したのは寂れた廃線。この線路に向かって進んでいけば間もなく地下へと辿り着く。

 ウェルさんに抱えられフェンスを越えて、進む地下道。進むほどに薄暗くなっていく。ウェルさんは携帯電話を取りだして、灯り代わりにそれを用いた。暗く設定されたバックライトのみの照明。彼を見失わないように、私は彼の腕にしがみつく。


 「あ……ごめんなさい」

 「さっきも聞いた」

 「……あっ、そうですね」


 なんとなく気まずくなって、手を離そうとした所、彼に肩を掴まれる。


 「はぐれたら面倒だから」

 「確かにそうですね」


 そうは言っても、考えてみれば考えてみるほど不思議な状況。他にどうしようもなかったとは言え、ほんの二日前に出会った人にこんなにもたれ掛かっているなんて、私は何だか情けない。

 ほっとしたんだろうか?誰が敵か味方か解らない場所で、心細かった。不思議な話なのだけれど、なんだかウェルさんは安心できる人。


(だって、普通あんなことしないよ)


 ウェルさんは、初対面のフォルテを助けてくれた。損得勘定ではなく、他の何かで。吊り橋効果というのだろうか?私もフォルテも彼に懐いているのは。私もビルから落ちた時は死ぬかと思った。それをあっさり助けてくれたり、一昨日のライブでも色々助けて貰っている。それでも私達のファンというわけでもない。それなのにとても親切だ。


 「話はそれだけ?」

 「え?」

 「それだけじゃないだろ?僕だけ連れ出したって事は、僕に話したかったことがある。違う?」

 「……違いません」


 話したかったことは確かにある。そのためにリードと離れた。


 「リードのことを、あんまり嫌わないであげてくれませんか?」

 「……どうして?」


 そのどうしてには色々な響きが含まれていた。どうして他の派閥の人間を庇うのか。どうして私がそれを言うのか。どうしてそれをウェルさんに聞かせるのかとか。その疑問一つ一つに答えるべく、私は口を開いた。


 「リードが冷たいのは、多分ふて腐れてるんです。彼女……リュールの傍仕えで護衛でしたから。貴方にそれが取られたみたいに思ってるみたいで……」

 「……僕にはそうかもしれない。でもシュリー。それじゃ説明になっていない」

 「え?」

 「彼女はどうして君にあんなに冷たい目を向けるんだ?」

 「派閥が違うってだけでは納得していただけませんか?」

 「少なくとも君にライヤーが仕えている以上、リードは君やフォルテとは昔から顔見知りだったはずだろう?」

 「……そうですよね。やっぱり、解っちゃいますよね」


 誤魔化すには無理があったか。仕方ない。最初からそのつもりで彼と彼女を引き離したんだ。告げる勇気を持ちだそう。


 「リードも双子だったんです。当時リードはフォルテに仕えていて、その片割れが私に仕えてくれていました。とは言っても四人一緒に育ったような物で……どちらがどちらの主人だとか、そんな明確な物はなくて。便宜上そう決められていたくらいです」


 幼なじみというには少し年が離れすぎている。だからそれは……年上の兄弟がいるような、そんな感覚だった。


 「その子は……?」

 「亡くなりました。私と一緒にいる時に。そのことで私の護衛はライヤーに。……リードはそのことを怨んでいるんだと思います」

 「……その子って言うのは、車の中で話した話と何か関係があったりする?」

 「……はい」


 ウェルさんには、何だか全てを見透かされてしまう。私はそんなに分かり易いとは思わない人間なのに。


(懐かしい、か)


 私の抱える懐かしさと、彼の抱える懐かしさは違うのだろうけれど。そんな言葉が違う意味合いを含んでいるようで、少し気が落ち着かなくなる。


 「仕事で×××の本拠地であるあの国に行ったときのことです。そこで彼女は……」


 彼女とウェルさんは似ていない。それでもどくんと不安が鼓動を震わせる。

 私なんかの傍にいて、彼は大丈夫?本当に?あの日と同じくり返し。そうはならない。本当に?自分を疑う自分の声。信じられる人を護衛に得ることが出来ても、私はこうして新たな不安に襲われるのか。


 「なんだか……ごめんなさい。貴方をこんなことに巻き込んでしまって」

 「シュリー……?」


 大丈夫。過ちは繰り返さない。あの日より私は強くなった。ちゃんと戦える。もう私の大切な人を誰にも傷付けさせない。フォルテもライヤーも、出来ることならリード……それから。


 「で、でも安心してください!私達の護衛になって下さったんですから、貴方のことはちゃんと私が守ります」


 言ってて変だとは気付かなかった。それでもすぐ傍で小さな笑いが漏れるのを聞き、自分の言葉を省みて。確かに文法として変なことには気が付いた。主である私が護衛である彼に守るだなんて、聞こえはおかしい。それでも彼は一般人。戦闘能力は一応の訓練を受けている私達より低いはず。


 「あ、いえ……あの……その。どういう経緯であれ、貴方はBarockの一員なんです。そうなった以上、貴方に損はさせません。音楽戦争でこの国が世界がどんなに荒れようと、貴方に後悔はさせません。貴方を私は死なせませんから」


 私の言葉はフォルテに届かなかった。そんなフォルテを死の衝動から引き留めてくれたのはこの人。とても感謝している。しているんだ。だから、私はこの人を守らなくては。


 「こんな危険な場所に連れ出しておいて、変に聞こえるかも知れません。だけど私……私達の傍にいて下されば、貴方の身の安全は保障できます」


 歌姫の顔や身体はある種の国宝。そして開戦のきっかけにすら成りうるとんでもない戦争兵器。おいそれと危害を加える相手はいない。いたとしても、私は戦える。大丈夫。ちゃんと、上手くやれるわ。


 「無理な約束はするもんじゃない。危険な約束は身を滅ぼすよ」

 「無理じゃないです!したいんです、貴方と!」

 「……え?」

 「貴方は私と約束してくれました。だから同じくらいの何かを、貴方に返したいんです!」


 薄ぼんやりとしたライトの向こうで、ウェルさんが目を見開くのが見えた。彼はとても驚いている。私がそんなことを言うとは思わなかったのだろう。


 「神に誓って、私の魂に誓って。私は貴方を死なせませんから、絶対に。絶対に守ります!」

 「…………」

 「ウェルさん……?」


 途端に目の前の彼が黙り込む。私は何か変な言い方をしてしまっただろうか?今度は彼に笑われすらしない。唯、彼が呼吸すら忘れるほど……固まっている。見開かれた目が、凝視するよう私を見ている。


(まさか!)


 背後に敵の気配でも?私は殺気を感じ取ろうと耳を澄ませた。そこで聞こえたのは反響するような激しい息遣い。


(誰!?)


 キョロキョロと辺りを見回し背後を向いた。そしてそれが、更に背後……先程まで私が向いていた方向だったことを知る。いや、知ったのは肩を掴まれ振り替えさせられた後だったのかも。


(ウェル……さん?)


 今度驚いたのは私。何が起こったのか、何が起きているのか解らなかった。辺りが余りに暗すぎて。唯、息が出来ないほど、苦しかった。その意味を肌で考える。感じ取る。その刹那、顔が頭が沸騰しそうになるほど熱を持つ。


(これって、キスだ……)


 歌姫として生きて来た私にとって、それは正に未知との遭遇。こんな所誰かに見られたら、とんでもないスキャンダル。頭ではそれが解ってる。それでも何故とかどうしてだとか、混乱してばかりの脳味噌は、彼を押し返すという選択肢を思い出せない。思いだしたところで、両手を彼の胸へと押し返しても、小柄な私ではとても抗える物じゃなかった。


(違う……これって、言い訳だ)


 よくわからない。恋なんて知らない。

 それでもドキドキする。心臓が、痛くて爆発しそうなくらい。


(リュール……)


 こんなの駄目だ。リュールはウェルさんに惹かれてる。フォルテのことは私が誰より解ってる。あんな風に他人に駄々を捏ねたり甘えるフォルテを見たことがない。だからその理由がすぐにわかった。

 私なんかとウェルさんが、こんなことしちゃ駄目なのに。生まれて初めての唇へのキス。私の頭が……私が彼に懐いた理由さえ勝手に塗り替えようとするくらい、それは深い物だった。


 *


 約束というのは嫌いだ。僕は一度交わした約束は、絶対に破ることが出来ない体質だから。

 同時に僕は、約束を破られることが嫌いだ。とても裏切られた気分になる。僕は約束を破れないのに、破る相手が許せない。破った相手はどんな風に報復してやろうか。そんなことばかりを考えてしまう。

 それでもだ。その場合、それを実行に移したところで僕は報われない。顔色伺い先の相手が色々好き勝手やって居る癖に、善良な市民には厳しく理不尽なのが今の法治国家というものだ。よって面倒臭いことになるのが目に見えている。そのため約束を破られたところで僕は怒りとやるせなさを抱え込むだけ。それなら最初から約束なんかされない方が良い。言葉なんて交わさない方が良い。そうすればするほど、不利になるのは僕だから。


(だから約束は嫌いだ。するのも、されるのも)


 それでもシュリー……君は何て綺麗な目をしているんだ。そんな目で約束を口にする人間を、果たして僕はこれまで見たことがあっただろうか?

 話術に長けたシュリーの、それでも打算とか計算じゃない約束。僕にとって本来不利とか重荷になるのが約束。そんな約束のために、僕に何か見返りを与えられないだろうかと彼女は考えた。その結果、彼女は僕に誓った。僕が死にたがっていたことも知らずに、僕なんかを死なせないと約束をする。それはとても無意味だ。自分勝手だ。だけど何故だか愛おしい。

 彼女は僕に何をくれるだろうか。いや、そもそも僕は何が欲しいのだろうか。自分の心も解らない。解らないのに、必死な彼女から目が離せない。

 唯、彼女はそれを違えない。この約束を守ろうと必死になるだろう。そんな無意味な歌姫に、どくんどくんと鳴る心臓。いや、心臓じゃない。心臓だけじゃない。それよりもっと下。腹が鳴るみたいに、覚える空腹感。乾き出す咽。歌姫シュリー。彼女の魂はどんな色だろう?それに触れてみたくなる。別に食べたい訳じゃない。その輝きを、知りたいんだ。彼女のことを、もっと……もっと。


(魂……?食べる……?僕は一体何を……?)


 自分が変なことを考えている。それに気付いた後に、妙に息苦しいことに気が付いた。いや、それだけじゃない。柔らかく温かい。湿っていて、啜れば甘い。


 「っ……あ、……はぁっ……」

 「…………」


 耳に聞こえるのは、少女の物らしい可愛らしい声。それでもそこには僅かな色を帯びている。両手は小さな身体を抱き上げ、地に足の着かなくなった身体を抱き締めている。そうして逃げ場を奪いながら、僕は彼女に触れている。


 「…………」


 これはとても不味いんじゃないだろうか。三強の歌姫に、あろうことかキスをしている。しかも思いっきりディープ。

 何でこんな事になったのかよくわからない。シュリーが可愛いとは思っていたが、こんな風に自分が暴走するなんて思わなかった。僕自身、驚きが隠せない。他人にこんなことをしようと思った事なんてなかった。興味がなかった。それなのに何故?

 我に返って彼女から身を引き剥がし、地面に落としてしまっていた携帯電話を拾う。暗がりの中でも解るくらい、シュリーは動揺していた。その動揺が抱きしめた小さな身体の、鼓動として伝わってくる。ここに、彼女の魂がある。僕に約束を誓った魂がある。そんなことを考えると、再び彼女に口付けそうになる自分が居て、何をやって居るんだと頭を振るい、冷静になれと言い聞かせた。


 「あ、……ええと」


 何て言い訳すれば良いんだろう。なんてことをしでかしてしまったのだろう。ここにリードがいたら、射殺して貰えたかも知れない。どうして彼女と別行動を取ってしまったのだろうか。相手は嫌いな女だが、少し悔やんだ。


 「ごめん。嫌だったよね。でも、こうすれば……約束、覚えてて貰えると思って」

 「ウェル…さん……?」

 「僕、自分でも解ってるんだけど、おかしいんだ。約束したり、されたりすると……調子おかしくなるって言うか」


 なるべく素直な言葉で弁解しよう。今はそれしかない。そうして今回の件を片付ける。その後シュリーが嫌だというなら解雇して貰ってあの場所を去ろう。


 「……嬉しかったんだ。今みたいに、真剣に誰かから約束を貰ったこと……僕にはなかったから」


 約束をされる度、裏切られて来た。それでも何故だろう。直感的に、感覚的に……この子は絶対に裏切らないと信じ込んでしまった。それが嬉しくて、僕はあんな風に暴走してしまったのだろう。だから約束を違えられないように、嫌でも約束を覚えていて貰おうとしたんだきっと。


 「そうですか……」


 少し僕を哀れむような、落胆したようなシュリーの声。


 「いや、良いんです。気にしないでください。変な勘違いはしませんから。ウェルさんの育った辺りの風習とか、習慣とか……なんですよね?」


 無理をするように、ライトの向こうで笑うシュリー。異文化交流なら、郷に入っては郷に従えですと彼女は笑うけど。そんな言葉で流されたくはなかった。


 「違うんだ。僕が、したかったんだ……と思う」

 「え……」


 バックライトに照らされただけの覚束ない灯りの下……僕もシュリーも声が出せない。嫌に緊張している。なんでこんな空気になったんだろう。そんな状況下、シュリーの頬が確かに赤く染まっていく。それを目にして釣られるように、僕まで妙に気恥ずかしい。


 「僕も……“俺”も約束する。必ずシュリーを守るから」


 シュリーに頼まれた約束は、フォルテを守ってということ。最初に僕達と言いかけたけれど、言い直してシュリーはフォルテに限定させた。それでも僕は約束を塗り替えた。

 何があってもシュリーを守ろう。どんな危険からも、この子を守ってやろうと……僕は大嫌いな約束を、自ら口にしたのだ。


 *


 本の中で起きたとんでもない出来事に、物語の悪魔イストリアともあろう私が、大口のまま暫くぽかんと絶句していた。私にこんな情けない顔をさせるなんて。純粋な力だけなら魔王の中でも最強と謳われた第二領主様々だわ。


 「嘘でしょ!?あの第二公が人間と契約するなんて……!?こんなの何世紀ぶり!?天変地異が起こるわよ!?」


 何ということなのこれは。私がこれからいたぶってやろうと思っていた歌姫と、第二領主が契約してしまった。ここでちょっかいを出すというのはかなり私にとって危険な橋だ。それが第二領主に知られれば……私に施された封印が、更に強い物にされかねない。あの面倒臭がりのぼんくら男が契約するってことは、よっぽどのこと。それだけあの男はこの歌姫に入れ込んだのだ。


(それどころか)


 歌姫シュリーを死なせた時点でこの世界、最悪滅ぶわよ。どうすんのこれ。第二領主がここまで空気読まない男だとは思わなかった。

 普通、一番最初に出会ったヒロインがメインヒロインって話じゃないの。自分を非日常に誘う相手がメインヒロインでしょう?いや、そんな王道私は嫌いだけども。だからこそ、性別不明の歌姫達をヒロインとして記して来たわけだ。


 「幾らカタストロの奴、第四領主七割、第五領主三割で愛でてるからって……ここでクラヴィーアちゃんに落ちるもんかしら?」

 「ということは、領主様方同様、第四領主様に似ている歌姫シュリーの精神は女、第五領主様に似た歌姫フォルテは精神男ということで?」


 そのまま精神通りの肉体か、或いはその逆なのかと私に尋ねるぼんくら使い魔。心優しい私は、低脳男にちょっとした助言を与えてやった。


 「……そうとは限らないわよ。人間と悪魔は違う生き物だもの。表面と心の中ってのは別物みたいなもんよ。あいつら私らほど、自己分析ってものを知らないから」


 あの野郎、元々あの双子悪魔を嫌らしい目で見てたんじゃないでしょうね。っていうかそうに決まってる。しかし歌姫達の性別判明する前に手を出すとは、あの無気力男、意外と手が早い。こればかりは驚いた。折角使い魔と何章で誰に手を出すかを賭けてたのに、二人とも見事に外れだわ。これは賭けをやりなおさないと。


 「っち、それにしても……私がどうこうする前からあの野郎、ロリショタペド属性あったんじゃないのよ」


 腐っても魔王。やはり変態だったか。あの和風歌姫の女の子には辛辣に罵ったりしていた癖に。相手が美少女でも駄目なのか。年齢か。年齢重視なのか?年下のロリショタじゃないと駄目なのかあの変態は。それも外見年齢ではなく実年齢も重視する系の。「お兄ちゃん、このゲームの登場人物はみんな18才以上なんだよ」って言うのも許さないタイプの変態ねあれ。真性のペド野郎だわあれは。微妙に解らんでもないけど。確かにあの一文だけでだいぶ萎えるわよね。奇遇だわ。今度その辺の事を交えて、一回第二領主と茶でも飲み交わしたいものだけど、あの男基本何万年でも何億年でも領地から出て来ないから無理そうね。


 「そうは仰いますがお嬢様、随分と楽しそうなお顔ですね」

 「あ、バレた?」


 喜色満面と言った私の笑みは、使い魔にすら知られていた。


 「良いじゃないのよ。私の定めた恋愛小説の枠っぽくなって来たじゃない。自重してクレーム来ないようにジャンル設定渋々ファンタジーにするんじゃなかったわ」

 「そんなメタネタを作中で暴露はお控え下さい。いつも好き勝手やる割りに変なところで小心者ですねお嬢様は」

 「うっさい使い魔。今度言ったら上から下の毛まで全部剃髪してやるから覚悟なさい」

 「しかし恋愛小説ねぇ……よりにもよって第二領主様が」


 そうは言うけど、人間の考える恋愛小説に属するのは悪魔的な美学に反するわ。基本読み手の精神抉って攻撃するような無差別テロった文章じゃないと、うん。それに悲恋にならないと、悪魔的には恋愛小説とは呼べないわ。ハッピーエンドの物語なんて蛆以下の糞尿以下の基本駄作よ駄作。喜劇にだってなりゃしない。

 三流少女漫画よろしく「恋愛小説は学園物かつ不良と幼なじみと金持ちと教師とNTR間男出せ!それでユルフワカワモテ愛されガールの主人公はみんなに愛されてるの!きゃっ!」とか「最低毎回キスはさせろ!」とか「恋愛小説の性描写は発禁に非ず!あれは文学です!ってことでエロ文章求む!」とか「文章は全体的に頭軽そうな文章で、照れた時には////とか入れろ、効果音もバリーンとかずきゅーんとか書け」とか「軽い男と付き合って捨てられて堕胎して薬漬けなって手首切るのが王道ですよね」とかコピペみたいなこと言われても困るし。ていうかそんなん私が発狂するわ。こんなクソつまらない領地に囚われの身の上で、更にそんな拷問とてもじゃないけど耐えられない。仮に私にそんなこと言う人間がいたら、そいつら全員轢死でもさせてやりたい。歴史と物語の悪魔だけに。

 そんなん悪魔的に全然バッドエンドじゃないわよ。とりあえず病めば良いってもんでもないし、死ねばいいってもんでもないのよ。人間は悪魔文学の美学を何だと思って居るんだか。結果じゃなくて大事なのは過程なの。ゴミ虫みたいな人間が幾ら死んだところで私はどうでも良いわ。中身のある人間が悩み傷付き散るからこそ、悪魔は胸を躍らせるのだわ。

 悪魔的な恋愛小説ってのはあれよね。やっぱ色々禁断放り込んで、殺伐としてて、血みどろグロテスクじゃないと駄目よね。そのためには人間共の人間関係ってのが重要なんだわ。好意が一点に集中する話ほど虫唾が走る話はないのよ、リアリティーがなさ過ぎると悪魔的には萎えるわね。人間の欲望に当てられた仕事をしている身としては、そんな欲望世界読みたくないじゃない。そんな愚かな人間達弄んでなんぼ。仮に惚れられるとしても、なんか理由が欲しい訳よ。こっちが納得できる理由。それを掘り下げて観察してやるのが私の仕事。これまで以上にじっくり観察しなければ。これから忙しくなりそうね。


 「ふふふふふ、でも燃えてきたわ!第二公と歌姫の恋物語、どんな悲劇で彩ってやろうかしら!」

 「封印かけ直されても知りませんよ俺は」

 「うっさい使い魔!悪魔が怖くて物語の悪魔がやってられるかって話よ!」


 仲の良かった双子の歌姫の関係が、これから泥沼化するかと思うと笑みも絶えない。瞬時に私の頭には、幾通りもの最悪の結末が思い浮かんだ。彼はどんな道を辿るのかしら。私の方が恋しているみたいに、胸が弾んで来てしまう。


 「そうですね、お嬢様の胸は無駄に質量がありますからね」

 「そうなのよだから肩が凝って……って違うでしょ!モノローグ読むんじゃないわよこの変態!」

 「いやだって、本見てればそこまで書いてありますし」

 「うっさい!」

 「それはさておきお嬢様。あれは契約のキスであって第二公に下心はないのでは?」

 「馬鹿仰いな。そんなこと言ったら世の中の変質者達みんな悪魔になりたがるわよ。万年億年ニートが嬉しかったからってあんなことしたら犯罪よ?嫌ねぇ、これだから顔だけはいい男って」


 だって悪魔だって仕事は選ぶのよ。魂を必要としない私には関係のない話だけれど、他の悪魔達は魂を必要としている。

 多くの悪魔は三大欲求によって魔力を得る。魔力が尽きれば悪魔は死ぬから、手っ取り早く魂を食らうか、上質な魂の持ち主と交わり魔力を奪うか、それか眠り続けるか。第二公は魂狩りを滅多にしない悪魔だから、普段は眠っている。だから彼自身もよく覚えていないかも知れないが、本契約にはディープキスが必要になる。


 「あのね使い魔。凄い上物の魂と目も当てられないような醜女、低俗な魂と絶世の美女。契約するならあんたはどっち?」

 「高潔な魂の美少年が好みです」

 「上二つから選びなさいよ」

 「そうは言われましても、そんな究極な二択……」


 使い魔は考え込む仕草。上の問いは地獄じゃよくある問いかけだ。前者を選び続けて頑張ろうという奴もいるけれど、そう言う奴は大抵無理が祟って早死にする。仕事って言うのは趣味と両立出来なきゃ長く続かないものだもの。


 「そうよね。悪魔としては上質の魂は欲しいけど、美意識もある。趣味じゃない人間にキスなんか出来ないのよ。幾ら仕事だからって割り切れる?それで何万年かトラウマなって寝込んでみなさいよ。それなら低俗な魂の美女その数万年間かき集めた方が、よっぽど効率の良い仕事になるわ」

 「つまりお嬢様はこう仰りたいので?“第二公はあの歌姫がストライクゾーンに入っていたから本契約に踏み切れた”と」

 「まぁ、そういうことね。いやはや、無気力に見えてやる時やる男だったのねあいつ。うかうかしてたら第四領主、下克上どころか返り討ちで第五領主辺りも食われるんじゃない?50億年以内には」

 「それまで生きてますかねぇ……あの子らは」

急展開みたいなのを入れるため、展開早めてみた。


魂が悪魔であるため、約束に縛られている主人公。

約束を守ることを強いられるのに、約束を破られ続けてきた。悪魔を上手く使うって事は、悪魔は人間に裏切られ騙されるって事なんだよね。そう思うと悪魔も可哀想な職業ですね。


そんな主人公に、打算のない誓いを立てたシュリー。それがとてつもなく嬉しかった。それが契約という形で自分の全てを賭けて守ると応えようとした。

無気力だった彼にとっては大進歩。

でも悪魔である記憶がないので、なんでキスしたかよくわからんと戸惑う。


一応物語のメインヒロインはフォルテと考えて書いてるため(シュリーは裏ヒロイン)、書き手側の背徳感が何とも言えん。契約のためのキスとはいえ、本人ら吃驚。尚かつまんざらでもなさそうなのが。

こっからフォルテとそれぞれの関係が、少しずつギスギスし出すんだろうな。


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