7:思い出のピアニッシモ
「その子を放せっ!」
箱の中の風景が、記憶の箱と重なるデジャブ。
泣いている女の子。殺してくれと叫ぶあの子。
あの頃の僕は何が正しくて、何が間違っているのか解らなくて。どうすることが正しい行いなのか解らなくて、何も出来ずに人形みたいに固まることしかできなくて……
「殺して……殺して……リュ……ル、様……」
殺すって何?殺すって誰を?君を?あの男を?それとも……あの子を?
手にした銃が重い。引き金に触れた指がカタカタと震え出す。
僕は……許せない。どうしても許せないことがある。
だから予め一つは決めていたんだ。決して越えてはならない一線。それを奴らが越えるつもりなら。僕はあの子達の側に立つ。それが国とフォルテにとって望むことではなかったとしても。僕は教会はそれを見過ごせない。
僕の歌は、教会音楽。教会は……悪魔を決して許さない。
*
「くそぉ!あの茶髪!969メイカーに先越されるなんて!」
テレビに映った茶髪と金髪。お騒がせロックバンドこと、世界各地で音楽解放軍の味方になった969メイカーの二人だ。僕にサインを押しつけた茶髪は、ギターを奏で、ギターで殴り、突入を図っていた警察部隊と乱闘している。
(ふぅん……)
その青年は、実に良い表情をしている。こんな殺伐とした状況下。それでも男は笑っている。クロウという男は日本出身らしいが、これまで得に祖国愛を歌ったような経歴はない。それでも彼は今、この国のために歌っている。
《ロックじゃねぇか!》
《呼んだんじゃね?》
《お前じゃねぇよ!紛らわしいっ!》
クロウは相方の男をついでに肘でど突いている。
《俺は今までこの国がとことん腐ってると思ってた。もうこんな国お終いだと思ってた!世界に目を向けてみろ!何もかもが馬鹿げてる!》
その男は、僕と同じことを言う。これまでずっと僕もそう思っていた。こんな国もうお終いだ。どうせその内滅ぶ。終わる。みんな死ぬ。でも守るべき価値なんか無い。命懸けで守りたい物もない。もう全て奪われたんだ。何もないんだ。そう思ってきた。だけど……
脳味噌お花畑と馬鹿にしたあの少女は、命懸けで歌っている。平和呆けした連中の何割に届くだろうか?それも解らない歌を。
《だが!久しぶりに戻ってきた故郷はやっぱ良い!まだこんな音楽が残ってたんじゃねぇか!》
《貴方は……昨日の》
テレビの中のテレビの中で、撫子が目を見開いて、流血沙汰の男を見ている。
この男だってそうだ。何の得にもならないことをしている。国のためなんて馬鹿げている。それは彼だって解ってるはずさ。それでも彼は戦うことを選んだ。それは誰のため?テレビの中の二人の女の子のため。僕はロックなんて殆ど聞かないから、曲の善し悪しなんて分からない。
(それでも……それでも……)
そいつの伴奏、歌い語る少女……ギターの音色に集まった、969メイカーと大和と撫子のファン達が、国を守らない国家権力と戦っている。その歌声は、否応なしに……僕の心を揺さぶった。
その音は……フォルテと出会った時同等の衝撃だ。フォルテを死なせたくないと思ったのと同じように、僕は今……彼らが守ろうとしている何かを、好きでもない生まれ故郷を守りたいと感化され始めている。
《歌ってみろ大和撫子っ!てめぇら最高にロックだぜ!お前らのロックンロール、全力で俺が奏でてやる!さぁ、歌ってみやがれ!》
《ク・ロ・ウ・様ぁっ!》
クロウが格好良く決めたところに、場違いな喜色漂う少女の声が全国のお茶の間に流れてしまった。
続いて画面に映るのは、雪の妖精を思わせる白い肌の金髪美少女。しかもスタイルが良い。そこらへんの適当なアイドルなんかよりずっと愛らしい、正統派の美少女だ。そんな少女に背中から抱き付かれたクロウは何故か悲鳴を上げている。ちらりと視線をパソコンに戻せば、ネットの実況掲示板には瞬く間に969メイカーボーカルホモ説が流れ始めた。まぁ、どうでもいいけど。
《ぎゃああああああああああああああああっ!じ、嬢ちゃん!何でここに!?》
《クロウ様には弟共々助けていただきましたから。ですから今日の貴方の敵は私の敵と言うことですわ。僭越ながらお手伝いさせていただきます》
《いや……ええと、その、な》
《はい》
確かにそれまで殴る蹴るの大乱闘だったテレビ局前。しかし少女が現れてからその場は凍り付いている。少女の手には不釣り合いな重火器。歌姫ローザはにこやかに上空へ手を振りながら、更なる武器を投入。近付く者がいればにこりと笑い銃口を突きつける。
《三強の歌姫さんが、こんなことしていいわけ?》
《いんじゃね?》
《ロック!てめぇは黙ってろ!……その、俺らみたいな破落戸は兎も角、嬢ちゃんは国とか立場とか、あるんだろ?》
《……まぁ!こんなボロボロになりながら私の心配を!?なんて優しい方ですの!?》
ぽっと頬を赤らめた歌姫は、銃を構えながら胸を張る。
《その辺はお気になさらず。この程度の内政干渉、×××も昨日してらしたもの。証拠もありましてよ?ですから私も郷に入っては郷に従えと、この程度ならありなのですねと理解しました》
《一応この国銃刀法ってのがあるんだけどなー》
《ご安心を。アリ一匹近づけませんわ》
「なるほど……上手い」
「969に続いてトロイカまで!?ちょ、ちょっとどういうことよ!?」
唸るシュリー。その片割れフォルテはと言えば、テレビを見ながらバンバンと僕の背中を叩いてくる。痛い。これがちょっと前自殺を考えていた少女?のすることだろうか?
(フォルテは大和と撫子の応援をしたかったんだろうな)
しかしここで宿敵トロイカが彼方の味方に付いた以上、身動きが取れなくなった。それどころか上から指示があれば……×××、このクーデター鎮圧側に味方しなければならない状況。彼女たちの本意ではないその行動は、幾ら愛国心皆無の僕とはいえ、彼女たちを苦しめることになる。所詮お人形さんでしかないフォルテとシュリーに、その決定は覆せないだろう。
「シュリー、上手いって何よ?」
「相手は三強トロイカの歌姫ローザ。彼女に傷の一つでも付ければトロイカのバックを敵に回す。ていうか戦争の開戦の切っ掛けに成りかねない。僕ら歌姫はその位危険な存在だって、姉さんも解るよね?」
「あ、そうか!」
シュリーの言葉にフォルテは理解を示し頷いた。ここまで言われれば僕にも大体見えてくる。
あの武器は脅し。彼女は最大の盾だ。彼女に傷を付けた奴が居たら、初めて彼女はあの武器を人に使う。これまでは全て外して牽制に努めている。
確かに上手い。彼女があそこにいることで、弱腰外交で他国の顔色を窺っている首相に牽制となる。×××に媚びている首相と言えど、トロイカを敵に回すのは嫌だろう。トロイカの本国の軍事力なら、平和呆けしたこんな国5分と保たない。たぶんどうするか会議をしている内に制圧されることだろう。
そしてバロックより先に動くことで、これはいい印象工作になった。このクーデターは愛国のために起きたこと。撫子達は今のところ流血沙汰一つ起こしていない。クリーンなイメージを壊すとすれば大暴れをしていたクロウ達の責任。それを抑えるためにもこの牽制は必要だ。
(可愛い顔して、なかなかの策士だなあの子)
もしかしたらクロウに好意を示すあの態度も計算の内かもしれない。歌姫ローザの活躍?によって、トロイカは正義の味方らしいイメージを全国に発信している。それと同時に圧倒的軍事力の差を見せつけてもいる。去勢された犬みたいなこの国から、更に牙を抜くような鋭い一手。あの脳味噌お花畑少女が名前お花少女とどこまで渡り合えるか。
このままトロイカに支援されたままクーデターを成功させても、この国は音楽戦争でトロイカに落とされることになる。それは大和と撫子達が望む独立ではないだろう。そうなればこの場を凌いでも、今度はトロイカと戦うことになる。勝ち目のない戦いだ。そうなればやはり……バロックと結ぶのがまだマシに思える。シュリーも僕と同じ考えに至ったようで、立ち上がる。釣られてそれに続いたフォルテにシュリーは座るように目で語る。
「僕らも現場へ急ぎましょう。いえ……連絡役と向こうの観察……二手に分かれるべきか。リュールはいざという時のためにボスとの連絡役を」
「えええ!現場には私が行くわ!あんたじゃ役不足よ!」
「僕が残っても協力要請出来るのは教会施設だけだよ。表向き危ない物は持ち出せない。解ってるでしょ?」
「……どういうこと?」
二人の会話が気になって、僕は口を挟んでみる。思い返してみればマフィアのボスとやらと連絡を取るのはいつもフォルテの役回りだった。
僕の問いに答えるべきか悩むシュリーに先んじて、僕を向いたのはフォルテ。
「いくら音楽に疎いあんただって、私らバロックが教会音楽連合だってのはわかるわよね?」
「それはまぁ」
「私らは文化保全、国土保障、国民安全のために結んでる同盟国家。比較的似た文化の教会圏ってことでヨーロッパの粗方がまとまったのがバロック。フォルクローレ程じゃないしある程度結束してるけど、烏合の衆ってのはまぁ事実。現代的十字軍みたいなもんだと思ってくれていいわ」
「……それは大分酷いってこと?」
「だから意見が割れることも多いの。味方の内に敵もかなりいる。私とシュリーは双子だけど、属してる派閥は違うのよね。色々あってさ……。でも私達が仲良くやってることでとりあえずバロックはまとまれている。そんな感じよ」
「なるほど……例の盗撮事件の犯人も、その辺から来てるわけか」
「身内が信用ならないってのは解って貰えた?」
「大体は」
裏社会と関わりが強いのがフォルテ。教皇との繋がりが大きいのがシュリー。その光と影をまとめた組織が教会音楽集団バロックなのだと教えられた。
教会の綺麗事だけでも駄目、裏社会の金と武器だけでも駄目。その片方だけではこの音楽戦争勝ち抜けないし、戦えない。
「教会と関係のあるシュリーがあんまり過激な武闘派みたいなことしちゃ駄目だし、そういうのは私の仕事。だからシュリーが留守番しなさいよ」
「だからだよ。リュールが……姉さんが行くとなるとこのクーデターがあらぬ邪推をされかれない。弱い僕が行く方が、まだ言い逃れが出来る。……違うかな?」
ここしばらく一緒にいて解ったが、対話術ではシュリーに部がある。戦闘能力では本人達が言うように、フォルテの方が上なのだろう。
「大丈夫だよリュール。何も僕は一人で行くとは言ってない」
「え?」
「ウェルさん、一緒に来て頂けませんか?」
「僕が?」
「はい。テレビ局に忍び込む以上、機械類に詳しい方が必要です」
「……リード、あんたも行きなさい。こいつらを命懸けで守ること。いいわね?」
「はい、フォルテ様」
僕が戦闘能力の欠如について告げる前に、フォルテの一声でリードの動向が決定。問題は改善されてしまった。
「ライアー、貴方は……」
「言われずとも解っております、坊ちゃま」
目と目で語り合うライアーとシュリー。ここしばらくの様子から察するに、ライアー爺さんはシュリー、リードはフォルテの使用人なのだろう。親子でありながら、此方も派閥で引き裂かれた関係なのか。シュリーの安全のためにリードを送り込むフォルテだが、それも派閥が情報で後れを取らないための策のように見えてしまう。そう思うとこの双子が哀れに思えてならない。
(確かにな……)
このままシュリーを敵陣に送り込むのは不安だ。リードも完全にはシュリーの味方ではない。シュリーを見送ることは、飛び下りるフォルテを見送ることに等しい。
「解った。すぐに準備をするよ」
僕がなるべくシュリーを安心させられるよう、微笑をすればシュリーがほっと安心したよう息を吐く。断られると思っていたのだろうか?
「まったく……シュリーは可愛いな」
「私の弟口説くなっ!つか心の声駄々漏れなんだけど!」
微笑む僕の後頭部に、フォルテの蹴りが飛んだ。
「スカート」
「きゃああああああっ!見るな変態!」
「そんなこと言っても君、下着の上に股引履いてるじゃないか」
「ドロワーズって言えっ!」
僕の冷静な指摘に、フォルテは激怒し裾を押さえる。そうしていると女の子らしくも見えて来た。
「……フォルテも可愛いよ」
「な、何よ急に……」
妥協した僕の言葉に、フォルテは一瞬顔を赤らめ……すぐに三白眼になる。
「って、フォルテ“も”って何よ!“も”って!!“は”とか“が”ならまだ許せたっ!」
「準備できたよシュリー。じゃあ行こうか」
「ごめんなさいウェルさん!ちょっと待って!今着替えを」
「手伝おうか?」
安全を確認した風呂場で着替えを始めたシュリーの様子を見に行こうとしたところで、再びフォルテの蹴りが飛ぶ。
「ナチュラルにシュリーの着替え覗こうとすんなメイド野郎!あんたはもう帰って来んなっ!」
「それは困る」
「馬鹿!真に受けないでよね!」
明日からとうとう野宿生活かと考え倦ねれば、スリッパでフォルテに尻を叩かれた。さっさと行って帰ってこいという意味らしい。だが、僕は馬じゃない。その辺を彼女はちゃんと理解してくれているのだろうか?
「……って、シュリーが女の子の格好?」
いや、順番的にはそうか。昨日のオフは逆だった。しかし理由はそれだけでもないとかで、シュリーがにっこり僕に微笑む。それはとても愛らしい微笑みだったが、彼女もまたこの音楽戦争に関わる人物なのだと感じさせる一言だった。
「緊急時ですから。それにスカートの方がいっぱい武器隠せるんです」
*
「ウェルさん。私は……」
車の中で、しばらくシュリーは黙っていた。何分経過した頃だろう。彼女は僕の方を見上げてぎこちなく苦笑い。
「うん」
「……私には、どうしても許せないことがあるんです」
彼女の小さな声を掻き消すようなラジオの音。それを不安そうにシュリーは見つめる。大きな声が上がる度に、細い肩を震わせて。
「私が教会に属するようになったのも、歌えるようになったのも……一つ理由があって。私、×××が大嫌いなんです」
「シュリーも……?」
“も”の意味が分からず、目を瞬かせたシュリー。やがてその意味を理解して、彼女は首を縦に振る。
「はい。両親が別れた後、私とフォルテは別の国へ。私のいた国は最初……×××に洗脳されて。×××の国に乗っ取られて。やっぱりメディアから汚染されていきました。この国と、同じ風に」
誤った情報が広まり、それを事実だと騙されて育つ子供達。仮面を付けた侵略者達の正体にも気付けず、気付いたときには大切な物を根刮ぎ奪われていた。
「私も最初は国だとか、文化とか……そういうの、よくわからなくて。守るために歌うことの意味がわからなかった。だから最初は家族のために…友達のために。近い人から輪を広げ、歌を歌っていたんです」
「うん」
「だけどそんな小さな歌は響かない。歌は心で歌うもの。私の歌よりもっと強い魂の歌を歌う歌姫は幾らでも居て。……でもそう言う子が×××の妨害で挫折していく様を何度も見てきた」
「その子達への怒りが君の原動力?」
「いいえ」
シュリーの言いたいことは何だろう?彼女の目は、時々死のうとしていたフォルテより……暗い色を覗かせる。
「私が許せないのって、嘘吐きです」
「嘘吐き?」
「洗脳は勿論する方が悪い。でもされる方にも原因がある。それは認めます。でもそんな洗脳でも本当に×××を好きな子がいたんです」
「……そうだね。そういう人もいるね」
不思議と、シュリーの話はすんなり僕の中へと入る。案外、似たもの同士なのかも知れない。フォルテの時のように対立することが殆ど無い。
「音楽って不思議な力がある。良くも悪くも。歌か歌い手を好きになると、その人の全てが正しく見えて、素晴らしく思える。そういう魔力が働いている。こんな仕事をしている私に言えたことじゃありませんが……音楽は、そういう毒があるんです。誰かを好きになるっていう気持ちを麻痺させる、甘い毒」
勿論踊らせる者が悪い。それでも踊らされる奴も愚かだと、シュリーは前置きをしていた。
「×××の毒に惑わされた人が、×××の本国にまで好意的な感情を持つようになる。×××はそういう人の心理まで利用する。……これは他の派閥だって同じ。だけど僕が許せないのは、そこに生じる犯罪です」
「犯罪……?」
「嘘を握りつぶす金と権力。人を人とも思わない凶悪犯罪。ウェルさんなら、きっと幾つもご存知ですよね?」
「…………君の口から、そんな話を聞くとは思わなかった」
「意外ですか?」
シュリーは気付いていないのか。今一度、君は“僕”と口にした。男の姿の時のシュリーの方が、行動的でやや攻撃的。精神的に強くなる。その側面が、女の格好の時でも表に出たのは……それだけこの話が、シュリーにとって大きな意味を持つと言うこと。
「いや……言われてみれば、らしいと思うよ」
シュリーは清廉潔白な精神を持っている。大義のためには多少の毒も含むが、それでも彼女を支える柱は正義の色で出来ている。教会が掲げるにはもってこいの人材だろう。
シュリーが許せないと言っているのは、おそらくは性犯罪。メディアを×××に牛耳られてからは、報道も歪み始めた。
「このクーデター……中心となっている子は可愛い女の子です。……となれば良くないことを考える輩も居ます」
「……そうだね。その覚悟くらいは決めてあそこに居るんだろうけどさ」
もしこのクーデターが失敗に終われば。彼女はどうなるだろう?×××の関係者の手に渡れば、死よりも辛い目に遭って死ぬだろう。
「私、そういうの見たくないんです。戦争で、犯罪で生まれる魂を見たくない。教会は堕胎を許さないですから、……でもそういうのって、誰にとっても辛いことだと思うから。だから私は……悪い男の人から女の人を守るために歌いたいんです。そのために……沢山の歌姫を押しのけて、ここまで上って来たんです」
「シュリー……」
彼女の言葉は切実なる願いが秘められている。それは彼女が“女の子”だから?それともそういう風に、好きだった女の子を傷付けられた“男の子”だから?
いずれにせよ、シュリーが強い願いを持って歌姫になったことは僕にも解る。それでもそれは、自分ではない他人のためだ。どうしてそんな風に動ける?そんな風に生きられる?僕はシュリーという子に強い興味を抱いた。だって僕と同じ人間だとは思えない。余所の国の女の子の心配までするなんて。
「この国の歌姫。あの子達には盾としての力はない。だけど私に手を出せば、バロックはこの国と開戦をする切っ掛けを得ます。私ならあの子達を守れる」
「シュリー……君はどうして」
「それならウェルさん。貴方はどうして……付いて来てくれたんですか?」
答えられない僕に、シュリーは優しく微笑んだ。
「同じですよ。私は彼女たちを死なせたくないと思った。だから守りたい。……それって人として普通のことだと思いませんか?」
「人として、当然……か」
僕は自分を薄情な人間だと思っていた。それなのにこの子は僕を、まるで普通の人間であるかのように物を言う。それは少し失礼なことだと思うと同時に、僕が認められていくようで、何だかとてもほっとする。
「そっか。僕、普通の人間だったんだ」
「普通の人間が両足骨折から一日で回復するとは思えんな」
それまで無言で運転をしていたリードから野次が飛ぶ。嫌な女だ。シュリーの守りたい女の子の中からこの人だけは除外するように後から言って聞かせるべきかも知れない。
「そうですね」
「そこは肯定しないで欲しかった」
少し残念そうに僕が言えば、シュリーはクスクス笑う。
「リュールと私を助けてくれたウェルさんは、普通よりもずっと格好良かったですよ」
こんな小さい子に一本取られた。やっぱりシュリーは口が上手い。交渉には向いているかも知れない。上手く言葉を返せなくなった僕は、目を逸らしながら小声で「ありがとう」と言うしかなくなった。
*
「くっ、あははははは!」
本を覗き込んでいたお嬢様が過呼吸になるほど大笑い。
「お嬢様?」
「見た見たこの子!悪魔を許さないんだってー!ひゃひゃひゃひゃひゃ!可愛い顔して随分と啖呵切るじゃないの!」
お嬢様が人の悪……いえ、悪魔の悪い顔を浮かべていらっしゃる。これは悪い兆候だ。もとい、こんなんでも彼女は魔王イストリア。よってこの程度の悪人面、いつものことであるとも言う。
「このクラヴィーアちゃんが女装男か男装女かはさておき、とっておきの舞台を演出、執筆してやろうじゃない!」
聖人は汚してなんぼ。本人が忌み嫌う背徳をむざむざと叩き付けてやるとお嬢様は薄ら笑った。俺はちょっと不安になる。この本成人指定入らんだろうなと。
「あ、あのお嬢様、イストリア様。昨今人の世は規制の波が大荒れだそうで。あんなロリやらショタが危ない目に遭うのは天界ストップが掛かるのでは」
「神が怖くて悪魔なんかやってられっかてやんでぃ、よ使い魔!」
「……いや、でもあの子ら第二領主様のお気に入りらしいですし。あんまり苛めるのはどうかと」
「うっさいわね!悪魔怖くて悪魔やってられるか!あの野郎は私を封印した一因にして一員なんですからね!たっぷり本の中で嬲ってやろうじゃないのよ」
あー、駄目だこの人。こうなったらもう人の話聞かないや。手付けられないや。
俺もう知らないっと目を逸らしつつ、どうしたもんかとこっそり溜息。
(第二公……)
もうイストリア様を止められるのは貴方しかいないのかもしれません。なるようにしかならないか。諦めモードで俺は、本に視線を戻した。
シュリー回。
何かもう色々……察してください。