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5:休日のクーデター

「如何しましたお嬢様?」

「うーん……あの双子」

「双子、ですか?」


 主が眺める本の中。双子の歌姫が愛らしい寝顔を見せている。それはこの方にとってもなかなかの慰めなのか心なしか機嫌が良さそう。


「使い魔」

「何でしょう?」

「第二公ばっかり周りにロリショタ侍らせてて狡い!私なんか幽閉されてあんたみたいな胡散臭い好青年と二人っきりなのに!格差社会よ!」

「お嬢様、胡散臭いと好青年は並び立つ言葉ではないかと思われますが」


 かと思えばよくわからないことをよく分からない言葉で責任転嫁で責められる。


「ああ、私も魔王らしく幼い美少年攫ってきたぁあい!こんな所に閉じ込められて退屈だわ!あんたちょっと美少年に縮みなさいよ」

「それは流石に無理ですよ。俺は所詮唯の使い魔ですから」

「使えないわね。……で?あんたはあの子達。どっちがどっちだと思う?」

「教会の歌姫達ですか?そうですね……普通の小説でしたらボーイミーツガールの法則で金髪の歌姫フォルテが少女、銀髪の歌姫クラヴィーアが少年と見るのが王道でしょう」


 建前の言葉。そこまでで主はにたにたと笑み俺を見る。


「が、これをお嬢様が観察している以上王道ではありますまい。となればありきたりなその逆で、フォルテが少年。クラヴィーアが少女と見るのが正解では?」

「さぁ、それはおいおいということだけど使い魔。もしあんたの予想通りだったらちょっと面白いことになってない?第二公ったら隅に置けないわね!ああ羨ましい!」


 *


 歌。歌。歌。

 歌っているととても温かくて、ふわぁってなって。幸せな気持ちになる。聞いてくれた人もそういう風になってくれるなら、この世界に其程素晴らしいことはないだろう。

 言い争ってる父さん、母さん。だけど僕が歌えば二人は喧嘩を止めてくれた。だから僕は歌はきっと魔法か何かなんだと思い始めた。歌って、心を込めて歌えば、相手を幸せにすることができるんじゃないかなって。

 だけど何時からだろう。僕が歌えば歌うほど、二人は喧嘩を始める。まずます仲が悪くなる。

 歌って本当は何なんだろう。段々僕は解らなくなる。

 僕は母さんに手を引かれ、知らない場所に来ていた。そこで歌わせられたけど、全然楽しくなかった。毎日がつまらなかった。そこに、リュールが来るまでは。


(リュール……)


 こうしてくっついていると安心できる。こうやって二人一緒にいるのが僕にとっての幸せ。僕にとっての歌は、僕らがそろって初めて生まれる物なのだ。


(ねぇ、リュール……何処にも行かないで。僕を一人にしないで)


 僕はリュールに抱き付いた。話して貰えないことも、こうしてくっついていれば解るんじゃないかなんて降らない思いが叶うことはないけれど、ずっと傍にいればいつか話してくれるんじゃないかな。そうは思うから。

 何がそんなに君を悩ませて居るんだろう。一緒に死んでと言われて躊躇う僕を嫌ってしまった?僕を重荷に感じてる?

 だけど僕は……


(僕は、怖くて堪らない……)


 それが何なのか、よくはわからないけれど、肌を這いずり回るような悪寒が背後から躙り寄ってくるような感覚。息遣いが聞こえる。君を失えば、その得体の知れない何かが僕の肩まで手が届く。

 だけど君と一緒に死んだところで、僕らはきっと逃げられない。それがなんとなく解るんだ。だから僕らはまだ死ねない。生きて、戦わなければならない。僕は、そう……思うんだ。


 「……もう、朝か」


 夢見が悪かった所為であまり眠った気がしない。二度寝したいな。そう思って寝返りを打つ。そこで僕クラヴィーア=シュリュッセル改めシュリーは思わず叫んだ。叫んでしまった。


 「ぎゃあああああああああああ!ああああ、ああああ、ええええ、え……う、うううううウェルさん!?」


 僕の声に、眠たそうに目を擦るのは黒髪の青年。昨日僕らが雇った人だ。


 「お、おかしいな僕っ、姉さんの所に行ったはずだったのに」

 「ああ。それなら君がロフトから落ちて来た」

 「え?」

 「寝相悪いんだなフォルテって」


 そうだ。最終的に新しい場所を借りたんだった。ボスが持ってる建物借りて。それでどうせなら護衛の傍が安全だって、ロフト付きの部屋を寝室に決めたんだ。

 リードは強いしウェルさんは怪しげな物があればすぐに気付く。この二人が傍にいてくれるなら、防犯上の問題はまずないだろう。うん、でもどうしてこんなことになったのか。

 僕の寝台は普通に下にある。姉さんとジャンケンで負けて、それで僕が下になった。クローゼットの中にはリードが寝泊まりしてる。そして僕から少し離れた場所……ロフト傍にウェルさんの寝台がある。


 「リュール……あんな所から僕を蹴り落とすだなんて」


 ん、ああそうか。フォルテは昨日女物の寝間着で寝ていた。そう言う時のフォルテの寝相の悪さは三倍くらい凶暴になる。暫く同じ部屋で寝てなかったから忘れてた。

 二度寝を決め込もうとしているウェルさんの傍ら、僕が顔を覆うと……上の方から怒り狂ったようなフォルテの声が。


 「ち、ちょっと!何やってんのよ変態っ!シュリーを寝床に引き摺り込むなんてっ!うちの弟を傷物にするつもり!?」

 「むしろ今僕が傷物になった」


 目覚まし時計をロフトの上からぶつけられたウェルさんは、少し不機嫌そうだ。朝っぱらから大声を出されたのが嫌なのかも。僕も出した。ごめんなさい。




 「そんなにすぐに結果は出ないだろうけど、とりあえずこの国の侵略において、私達が一歩リードしたのは間違いないわね。少なくともトリの奴らよりは前に出てるわ」

 「でも姉さん、油断は禁物です。向こうはこの国の国内メディアを牛耳っている。あることないこと捏造するのは得意技」

 「……となると私達の部屋に監視カメラを仕込んだ奴も、そっち側の手の者って線が強いわね。ってあんた私達の話ちゃんと聞いてる!?」

 「聞こえてる」

 「聞いてはいないってことじゃないっ!」


 フォルテに怒鳴られても眠たそうにウェルさんは味噌汁を啜っている。今日の朝食を作ってくれたのは彼だ。フォルテが嫁いびりの姑の如くそうさせた。面倒臭そうな顔で嫌々彼は朝食を作ってくれた。普通に美味しい。それが気にくわなかったのだろう。フォルテは彼を罵る粗探しをしているようだった。


「まったく気の利かない男ね。洋食じゃなくて和食を出すなんて」

「フォルテ、美味しいから良いじゃない」

「この箸っての使い辛いのよ!リード!フォークとナイフとスプーン持ってきて!」

「味噌汁でスプーン使う人間なんかいたのか」

「うっさい!」


 リードはフォルテの傍に座って、フォルテの髪を梳いていたけれど、フォルテの命令通り三点セットを彼女へ差し出す。彼女は元々フォルテ側の使用人だから基本的にはフォルテの護衛と身の回りの世話がメイン。僕の世話はライアーが任されていたからこれも自然だ。


「シュリー、君も使う?」

「い、いえ僕はこのお箸というので大丈夫です」


 ウェルさんが気をかけてくれたみたいだけれど、僕は断る。郷に入っては郷に従え。それが僕らの仕事だ。それでもボロボロ溢してしまう僕に彼は苦笑して、タオルで口元を拭ってくれる。


「ど、どうもすみません」


 なんだか子供みたいな自分の駄目さに呆れてしまい僕は赤面、目を逸らす。そんな僕らに向けられるのは、不機嫌そうなフォルテの目。同じ双子で同じ雇い主なのにウェルさんの扱いに差があるという不満だろう。


「面倒臭い面倒臭い言ってる割りにあんたシュリーには甘いわよね、何なのよ」

「いや、なんだか懐かしいっていうかなんていうか」


 フォルテの突っ込みに、よくわからないや。そう呟いて彼は再び味噌汁を啜り始める。


「それで、今日の仕事は?」

「雑誌とテレビのインタビュー。それからラジオと音楽番組への出演。CM依頼も来ていたわね」

「それ全部ついて行かないと駄目だったりする?」


 心底怠い。そんな顔でもごもご喋るウェルさん。


「いえその件ですが」

「あ、お早うライアー」


 扉が開いて入ってくるは僕らに仕える老執事。


「全てが今朝早くキャンセルになりました」

「はぁ!何よそれっ!」


 突然のことに声を荒げるフォルテ。だけど大凡の見当は付く。


「昨日僕らは目立ちすぎた。この国のメディアを敵に回し、潰しに掛かられたと言うことですか?」

「おそらくは」

「メディアに圧力かけるっていうと……×××か。ほんと、姑息な手使って来るわね。いいわ、適当な場所に許可取って、ストリートライブでもしましょう!当日キャンセルは不当として文句言っていざとなったら弁護士つけて裁判!莫大な慰謝料請求して二度とこんな事がないように睨んどくわよ。それでも文句言うようならボスの力を借りましょう」


 こんなちっぽけな国のマフィアごっこ連中、世界に股を駆ける裏の大組織敵に回すのがどういうことか思い知らせてやりましょうと、フォルテは不敵に笑う。

 舐められたら確かに僕らの仕事はやっていけない。吊し上げて見せしめに痛めつけるのは必要だ。


「そうですね。彼らにはその槍玉になって貰いましょう。まもなく始まる音楽戦争のためにも、遅れは取れません」

「音楽戦争?」


 それはもう始まっているのではないか。ウェルさんが聞く。だけど僕は首を振る。そうじゃないのだと。


「音楽戦争とは、音楽勢力のシェア争いのことではありません。それは第一段階に過ぎない」

「シュリー、そんなことこいつに話していいの?」

「ウェルさんは僕らの護衛です。きちんとこういうことは話して置いた方が良い」


 僕はお椀を置き、隣に座る青年を見る。眠たそうだった瞳も少し興味を持ったのか、開いて僕を見る。


「この小さな国が最後の砦。この国がどの勢力を支持するかを決めれば音楽戦争は第二段階に進みます。それは、その名の通り戦争です」

「戦争……?」

「僕らは国の、政治の道具。群衆を従えるために作られた偶像です。音楽と歌姫という偶像崇拝の図を持って、世界は大戦を始めるつもりです。熱心なファンが衝突し、やがては殺し合いを始める。それが戦の契機となるでしょうね」


 音楽戦争は宗教戦争ではない。文字通り血で血を洗う戦争になるだろうと僕が告げれば青年は、とうとう箸を止めた。


「この国も戦場になるのか」

「この国だけではありませんよ。世界中がです」

「そっか」


 いっそ何もかもぶっ壊れてしまえばいいと言わんばかりの気軽さで、小さく微笑み青年は再び箸に手を付ける。


(不思議な人……)


 この人は本当に多くを諦めている。その胸の中に何か一つでも、大事な物はないのだろうか?誰だってそういうものが一つはあるからこそ人は、こうして立っていられるはずなのに。


「……何?」

「え、いや……話戻しますね」


 僕の視線に気が付いてじっと此方を彼は見る。その目は何かを探すように僕の中を覗き込んでくるようだ。彼の前にいると何でだろう。レントゲン台に乗せられたような気分になる。本当に不思議。此方からは何も見えない、教えて貰えないのに、彼は……何故だか此方を知ろうとする目をするんだ。

 僕の中に一体何がある?懐かしいと彼は言う。その言葉自体がなんだかとても不思議な人。


「いざそれが始まったなら、いつまでも僕らも無関係面は出来ない。歌で人々を戦場に駆り立てる死神になる。そうやって世界の覇権を今度は武力と兵力をもってというのが音楽戦争。問題は始めに騒動を起こすのがどの派閥か。それが問題なんです」

「そう言った意味ではメディアを牛耳ってる×××は有利よね。根も葉もないこと流されて勝てば官軍理論で好き勝手されちゃ堪らないわ」

「ええ。だけど僕らの側にはウェルさんがいます。メディアに対抗するにはネットの力。これで何とか対抗できるのでは?」

「……僕だって万能じゃない。拡散させるとかウイルスばらまくとかは出来るし、こっちの防御態勢を上げるって事も可能だけど。仮にもその団体が三強なら、僕より優れたハッカーを抱えていてもおかしくない。っていうか君たちは飼ってないの?」

「いるにはいるんですが、何処まで信用して良いかわかりません。あんなことがあれば尚更」

「……確かにそうだ」


 そう。子飼いのハッカーくらい幾らでもいる。それでもそれが買収されて敵の駒になっている可能性もある。その辺りはボスに引き締めて貰って裏切ったら悲惨な目に遭うというのを教え込ませておく必要があるけれどどこまで効果があるかは不明だ。


「そうだ。メイド野郎、あんたいつまでその庶民臭い恰好してんの?これに着替えなさい」

「めんどくさい」

「いいから着ろっ!」


 フォルテが投げつけたのは使用人用の執事服。黒髪の彼にはなかなか似合う。


「いい?一般人が私達と一緒にいたらそれだけでスキャンダルになるの。関係者らしい恰好をしていれば文句は言われない。PCケースも用意しておいたわ」

「はい、フリューゲル様」


 フォルテに指示され楽器ケースを手に取るリード。それを持っていれば楽団の一員に見えないこともない。

 PCケースを渡すと、リードは思い出したように懐から取りだした銃をウェルさんに向ける。


「護身用に持っておけ。銃の扱いは?」

「そんなの普通の学生は知らない」

「使えない男め」

「まぁ、威嚇には使えるか。貰っておくよ」


 ふんと鼻で笑ってウェルさんに喧嘩を売るリード。この二人相性が悪いんだろうか?


「し、仕方ないですよリード。ウェルさんは一般人だったんですから」

「ま、銃の扱いは私達のが得意だしなんとかなるでしょ。シュリーも武器の手入れは欠かさずに。肌身離さないようにしておきなさいよ?これから何があるか解らないんだから」

「そうだね、姉さん」

「それで坊ちゃま、お嬢様。困ったことがもう一つございまして」


 話の腰を折るのはもう仕分けそうな顔のライアー。


「何かありましたか?」

「めぼしい箇所の許可を求めましたが、全て他の団体が借りたと言って許可が出ません」

「ど、どんだけ姑息な手使ってんのよ!うちの派閥の教会敷地は?」

「姉さん、それじゃ新規獲得のチャンスにならない」

「くそっ!いきなり喧嘩吹っ掛けて来たわね、良い度胸よ」

「それだけ昨日のことがあちら側には大打撃だったのでしょうな」


 少なくとも全国中継で赤恥かかせてやったのは確かなのだと言うライアー。その言葉はもっともだ。しかし今日歌の仕事が出来ないとなると……他に出来ることはなんだろう。僕は考える。


「それじゃあこれからの仕事の下見も兼ねて、この街の探索をしてみるのはどうだろう?郷に入っては郷に従え。僕らはあくまで音楽を広めるのが仕事であって、文化を壊すのが仕事じゃない。それをアピールするためにも、この国の物事に触れるのは良いことだと思う」

「オフってこと?」

「ファンサービスってこと。たまには息抜きも大事だよ?だけどそういうオフの姿を見せて人と関わって、地道にファン獲得に繋げていくのも大事。知ってる姉さん?僕はこの国に来る前にこの国の本を読んでいたんだけど、昔この国が閉鎖的だった時代にやって来た外国人。彼はまず先に何をしただろう?」

「さぁ?」

「……現地の女を妻にして、人を愛することからはじめた。だっけ?」

「あ、ウェルさんはご存知でした?そうです!その通り。人を愛せばやがては国をも理解して、もっと愛せるようになる。解り合いたいと思えるようになる。だから僕らは歌以外の仕事では、この異文化圏の人々に興味を持って接していくことが大事なんじゃないかな」

「とは言ってもよ。そこのヘル公が言うにこの国の文化なんてもの、もう何も残ってないんでしょ?侵略されて全部起源を余所に奪われたって話じゃない。情報操作と教育侵略洗脳で、国の内外も正しい歴史を理解していないって話よ?」

「……それでも全部は無くならないよ。国破れて山河あり…でしたっけ?変わらないものは何も変わらないし、残るものはきっとある。唯この国の人達はそれを忘れているだけだよ。僕らはこの国の人達に好きになって貰わないといけない。そのためには僕らがその人達を好きになることから始めるべきだ。つまりはもっと知らなきゃだめだ」


 端から見れば同じ侵略なのかも知れない。それでもせめて、心ある侵略者で僕はありたい。音楽戦争だって、本当はもっと僕らに力があって、全ての国を魅了できる音楽を作れていたなら第二段階なんかなかった。音楽が世界を救うこともあっただろう。歌を与えるだけで人の諍いを止めることが出来ただろう。誰もが信仰する歌姫になれれば、それが出来たはず。これはそこまでの力がなかった無力な僕らの責任だ。


「それに折角リードが来てくれたんです。僕らが隙を見せることで怪しい動きをする人間が出るかも知れない」

「なるほど。その始末を任せるってわけね。確かに本腰入れて仕事をする前に面倒事は片付けておきたい。その案乗ったわ!」


 *


「……それで何で僕まで連れ出されるのかな。一応怪我人なのに」


 オフだっていうなら僕だってオフでいいじゃないかと駄々をこねればフォルテが睨む。


「何処が怪我人よ。あんた何処の化け物?サイボーグ?もう杖無しで歩けるなんて何処のゾンビよ」

「そんなこと言われても」


 自分でもよくわからない。怪我が治りやすい体質ではあったけれど、こんなに早く怪我が治ったのは初めてだ。もしかしたら折れたと思っただけで折れていなかったのかもしれない。


「リードはスパイの発見のために私達を狙う者がいないかを捜査。執Gは各種雑務。となれば案内役あんたしかいないでしょ。私らこの辺疎いんだから、エスコートくらいしなさいよ、使えないわね」

「怠い」


 欠伸をすれば楽器ケースを振り回し一回転。スカートふわりとフォルテが僕に殴りかかる。


「危ないな」

「こら!避けるな!」

「女の子がそんなにはしたない真似は駄目なんだろ?ファンが幻滅するんじゃないか?」


 スカートの中身なんか見られたら大変だろうと言ってやれば、ブツブツ良いながらフォルテは少し恥ずかしそうに佇まいを改める。


「うぁああああああ……」

「シュリーは可愛いな」

「あんたそればっかりね!確かに可愛いけど!」


 話し合いの席では大人びて見えるシュリー。彼も見知らぬ街には浮かれた様子。屋台のクレープ屋を宝石箱でも見るようにじっと見つめている。


「シュリー、我慢よ我慢。私らは体型維持も仕事なんだから」


 そうは言っても二人とも痩せている部類にはいるだろう。今日はオフになったがいいが、日々ハードワークをこなしているのだ。食べられるときに食べて置いた方が良いようにも思う。


「お姉さん、クレープ二つ。トッピングはどうするんだ?」


 お金を予め多めに払い、トッピングに身構える。


「え、あんたの奢り?」


 それを確かめるとぱぁあと明るい顔になるフォルテ。明らかに自分の方が金持ちだろうに何が嬉しいのかよく分からない。しかし奢りと見るや否や、体型維持はどうしたんだろう。ノリノリで注文を始める。


「私これ!カスタード生クリームラスベリーレアチーズケーキのチョコバナナストロベリーバニラアイストッピングクレープ!」

「えっと、それじゃあ僕はアズキ白玉抹茶アイス生クリームカスタード、紫芋クリーム芋ようかん生八つ橋トッピングで」


 双子の癖に全く違う注文をする二人。似てない二人が同じ輝いた目で屋台のお姉さんを見つめる図に、思わず苦笑してしまう。こんな子供が侵略者の一派だなんてこうしていると忘れてしまいそうになるくらいだ。


「うわ、何よシュリー。緑だったり紫だったり黄色かったり白かったりでわけわからないわよ」

「リュールだって黄色で白で紫赤で黒でごちゃごちゃじゃない!」

「でも美味しいからいいの!」

「僕のだって、この国に纏わるトッピングスペシャルだもん」


 これも異文化交流と笑うシュリー。こういう美味しい異文化交流なら大歓迎と言わんばかりの満面の笑み。


「え?マジで?そんな変な色してるのに美味しいの?ちょっと私に分けてよ」

「いいよ?はい」


 極々自然な流れでその辺のカップル顔負けの仲の良さ。通行人達も微笑ましい少年少女を振り返りちらちら見る。


「あれってバロックの双子じゃないの?」

「いや、まさか。こんな所有名人が昼間から歩いてるわけ無いよ」

「じゃああれファンのコスプレ?にしてはそっくり」


 余りに自然体で二人がそこにいるものだから、それが本物かどうかも解らず通行人達は通り過ぎる。仮に本物だとしても、あれだけ楽しそうなのだ。邪魔をするのも野暮だろうと思わせる、そんな空気があったのだ。


「ね、メイド男」

「何?」

「今度は寿司と天麩羅って奴が食べたい。あと芸者って奴」

「最後のは食べ物じゃない」

「え?そうなの?」


 きょとんとした顔のフォルテに吹き出すと、頬を染められ怒られる。中途半端な知識しかないと思われたのが恥ずかしかったのだろう。


「紛らわしいわね!だってよく言うじゃない!」

「まぁ、聞くより見た方が早いか」


 説明するのは面倒だ。死ぬんだったら死ぬ前に屋上から全財産ばらまこうと思って貯金は下ろしてきていた。学生の全財産なんて端金のようなものだけど、これからフォルテ達に寄生するんだからお金には困らないだろう。それに感じる申し訳なさを払拭するためにもここで彼らに貢いでおくか。屋上からばらまくのとそう大差ないし。

 エスコートしろと言われたが、そうして連れ歩く先が食べ物屋ばかりだというのは色気がない。

 面倒臭いので彼女たちが欲する料理が全部揃っていそうな駅のレストラン街に連れて行った。街中の敷居の高い店だと何件も梯子する羽目になる。それは面倒だ。


「このエビ天ってのが美味いわね」

「えー…僕はお芋の天麩羅の方が好きだな。交換する?」

「え!いいの!?するする!」


 天麩羅交換をしながら双子はずるずると蕎麦を啜る。フォルテはフォークが無いことに苦戦しながら、シュリーは朝の頑張りが実を結んでか少しは慣れた様子で箸を使う。

 しかも唯の蕎麦ではない。目敏いフォルテはセットメニューを頼んでいた。


「小さな丼がセットに付くんですって。お得じゃない?私こっちの牛丼ってやつにするから、シュリーはこっちのカツ丼ってのにしなさいよ。あ、一口ちょうだいね」

「この漬け物っての美味しいね。なるほど、米食文化が広まるわけだ」

「シュリー、寿司って奴が来たわよ!あ、海老発見!やばっ!この醤油って奴とんでもなくいけるわね!味がぐっと引き締まるっ!」

「に、苦い……」


 何だかんだで大絶賛。はしゃぐフォルテの傍らで、ワサビにあたってしまったらしいシュリーが見える。お茶をごくごく飲んで涙目の彼に、かんぴょう巻きと卵の寿司を分けてやる。


「あ、こっちは苦くない……」

「ちょっとシュリー!この辛い奴、蕎麦にも付いてたけど入れると新革命起こるわよ!」

「そんな革命嫌ぁ……僕のに入れないで!」


 どうやらフォルテはワサビが気に入ったらしい。会計の前に醤油一瓶とワサビ1チューブ購入していた。そんな食べ歩きツアーをする内に、日も暮れて来ていた。


「はぁ……異文化交流、悪くないわね」

「うん……」


 人に接すると言いつつ食べ物とばかり接していた様な気がするけれどとシュリーが苦笑。食べ過ぎで動きたくないという二人のために、ベンチに腰掛けて時間を潰す。

 不思議なものだと僕は思う。食事なんてそんなに楽しいと思ったことはない。いつも一人で食べるようなものだった。しかしこの子供達は一度の食事の中にも幾つもの発見をしはしゃいで笑う。そんな二人を見ているだけで、何かが心に降り積もる。それはおそらく、楽しいという気持ち。これまで感じたこともない奇妙な感覚に僕は戸惑う。


「ウェル」

「何?」

「なかなかのエスコートだったじゃない。褒めてあげるわ」


 常識的に考えるなら論外だと思うのだけれど、美味しい食べ物さえ出せばそれで満足してしまう辺り、フォルテも子供なのだろう。

 そう思って彼女を見れば、彼女の視線は僕を擦り抜ける。視線を追えば路上で笛を吹く老人が居る。老人は木彫りの笛を手にそこにいる。老人の座る茣蓙には木彫りの楽器や人形、お面のような民芸品まで置いてある。全てが拾った木材で作った手作りだろう。


「ね、何あれ。みんな見向きもしないけど」

「ああ。あれは音楽仙人」

「せ、仙人!?悪魔の類?こんな街中に現代でそんなものが平気で現れるなんて」

「外国って凄いね姉さん。もしかして僕らだけに見えてるの?」

「いや、そうじゃなくて」


 なんて説明すれば良いんだろう。この世間知らずのお子様達に。


「あれはホームレスの一派だよ」


 音楽戦争が生み出した弊害。言うなれば音楽乞食。幾つかの派閥が世界を争うということは、中小規模の音楽家達は職を失うと言うこと。

 大勢ではない。それでも誰かには愛されていたはずの音楽。けれど嗜好が統一されて、多様性が淘汰されていく。物悲しげな老人の笛の音は哀愁すら漂わせる。


「音楽だけで生きてきた。他の仕事を今更出来ない」


 かといって音楽だけでは食べてはいけない。だからああやって、音楽を商品ではなく、一を呼び止めるためだけの手段にまで貶める。そうして日銭稼ぎに作った何かを売ろうとするけれど、ヘッドフォンで耳を塞いで歩く人々に彼の音楽は届かない。悲しい音色が路上に響く。


「どうして何処かの派閥に入らないの?入れば仕事を斡旋されることもあるじゃない」

「フォルテ、君は押しつけられた歌だけで満足できる子なのか?」

「私は……」

「多分感性が合わなかったんだ。誰かを持ち上げるための歌じゃなくて、自分の音楽をやりたかったんじゃないのかな、彼は」


 僕がそう答えれば、スカートの裾を握りしめていたフォルテが、すっくと立ち上がる。


「……シュリー」

「リュール?」


 そうして弟の方を見て、その手を引いて人混みを抜ける。老人の両脇に立ち、フォルテは歌を歌い始める。それは主役としての歌じゃない。あくまで老人の音楽を引き立てるための背景音楽。一切の歌詞を口にはしない。主役は老人だと言わんばかりの徹底さ。フォルテが歌えばシュリーも何故自分が連れてこられたかを理解して、フォルテに続き歌い踊る。

 二人は老人の作った仮面をそっと手にとって、それで素顔を隠して彼の演奏を盛り上げる。

 歌は人々に聞こえなくとも、踊る仮面の子供達は映るだろう。奇妙に思い足を止め、ヘッドフォンを外す人々。そうしてその子供達に見覚えがあるような気がしてくる。


「なんだ、あの子達……何処かで見たような」

「顔は見えないけど可愛いな」

「いや、隠しているからこそ逆に……」


 老人の奏でる音楽と、二人の漂わせる謎と違和感。それが不思議とマッチして、路上は瞬く間にステージへと変わっていく。

 やがて演奏が終われば、辺りは物凄い大歓声。老人の空き缶に投げ込まれる硬貨の嵐。中には紙幣も飛んでくる。


「爺さん、この笛あんな綺麗な音が出るのか?一つ売ってくれよ」

「私も、後こっちのお面も。なんだか良く見ると素朴な感じで可愛いわ」


 フォルテとシュリーが纏うことでそれまで何にも見えなかったはずの面が不思議と魅力的に映る。この面を纏えば自分もあの子達のように可憐な雰囲気を纏えるような気がする。そんな錯覚を二人は与えた。


「おじさん、僕にもこのお面下さい。お面が三つで、それから笛と人形も一つずつ」


 シュリーが大きな桁の紙幣を差し出し、お釣りも受け取らずに商品を貰う。


「いや、お金はとれんよ。あんたらのお陰でこれだけ盛り上がったんじゃ。お礼に持っていってくれ」

「そうはいきません。これはおじさんの力ですよ。ね?リュール?」

「そうね。私達唯のバックコーラスだもの」


 フォルテも数枚の紙幣の間に名詞を挟んで缶へ。もしその気があるなら奏者として拾うつもりなのだろう。スパイに悩まされているといいながら、こんなことをして危なくないのだろうか?そうは思うが、この危なっかしさがこの双子の持ち味なのかもしれない。


「いいお土産が買えたね」

「ええ」


 人混みを掻き分けて戻ってくる双子は良い笑顔。今日一日の中で一番満ち足りた表情だ。


「ああ言う歌っていうのも悪くないものね」


 これまで上にのし上がることで、間接的にああいう者を生み出してしまったという良心の呵責からフォルテは歌ったのだろう。祭り上げられてきた彼女たちが知らない歌。誰かを主役にするための歌。それもそれで素晴らしいものだと彼女は知ったのだろう。


「異文化交流……悪くないわ」

「うん」

「さ、帰るわよウェル。案内してよ」


 命令口調のフォルテの態度も、多少和らいで見える。それは彼女が笑っていたから。


「…………」

「何?さっさと車拾いなさいよ」

「……やっぱり気のせいか」

「は?」

「何でもない」


 褒めようかと思ったけど止めておこう。僕は命令通りタクシーを拾い、遠回りをして部屋から一駅離れたところで降ろさせる。万が一何かに追われていた場合、住処が判明するのは事だ。


「ありがとうございますウェルさん。ライアーに連絡しましたから間もなく迎えが来ます。それまでちょっとの辛抱ですね」

「あー……もうあの店しまっちゃってるか」


 シュリーの隣で残念そうに息を吐くフォルテ。視線の先は、バス停前の公園……昼間に食べたクレープの店。


「フォルテ、ちょっとこれ持ってて。連絡来るかも知れないから」

「携帯?いいけど何?」

「ちょっと向かいのコンビニに。お手洗い借りに行きたくて」

「そっか。じゃあ私の携帯持ってって」

「うん、ありがとう」

「一人で大丈夫?」

「心配しすぎ!」


 軽く笑ってシュリーが横断歩道を渡る。弟の携帯を握りしめながら、フォルテはベンチで足をバタバタさせている。


「……疲れた?」

「少しは」

「そっか」

「でも……良い息抜きになったわ」

「そっか」

「うん……」

「ならいい」

「……うん」


「変な物よね」

「何が?」

「昨日は私本当に死ぬつもりだった」

「ああ」

「でも、こうして今日何か美味しい物を食べたりすると、それだけで未練が生まれる」


 フォルテがクレープを買うのを渋っていたのはそんな理由だったのか。なんとも子供らしい。


「嫌なことは嫌なまま。それでも生きていればまた、こうして美味しい物を食べられる」

「うん……」

「それで何が変わるわけでもないのに、私はそうやって追い詰められていくんだわ。私の心と裏腹に、身体が勝手に生きたがる」

「だから、我慢してたのか?」

「何も美味しいって思うことがなかったら、私はもっと自由になれる。そう思っただけ」

「……よくわからないけど、また食べたいって言うならまた来ればいい。それじゃ駄目なのか?」

「…………駄目だと思う」

「そっか」

「……うん」

「じゃあ仕方ないな」

「うん……でも」

「でも?」

「……それでもシュリーが笑うの」

「シュリーが?」

「ここしばらく、あんなにはしゃぐあの子を見なかった。だからあんなあの子を見られただけでも、私は昨日を生きて今日を迎えたことは……悪くなかったようにも思う」

「へぇ」

「馬鹿、あんた何も聞いてないわけ?」

「え?」


 聞きに徹していたため、突然怒り出したフォルテに驚かされる。彼女をしばし見つめれば、ふんと顔を背けられ舌打ちをされた。


「だから!ありがとうって言ってやってんの!」

「…………そっか」

「あんた、そればっか!……はぁ」


 シュリーの時はもっとしっかり喋る癖にと呆れられるが仕方ない。フォルテが話しにくいわけではなく、シュリーの方がなんとなく話しやすいだけなのだ。


「あ、そだ。シュリーがこれあんたにもだって」

「これ?」


 手渡されたのはあの老人の手作りお面。これはこの双子だからミステリアスな雰囲気を出せただけで、自分には似合うと思わない。多分不審者丸出しで、警察に通報される。


「今日のお礼らしいわよ。私達とお揃い。喜んで良いわよ」

「あ、ありがとう」

「何その顔。そんな顔してもこっちのは駄目よ。笛は爺、人形はリードにあげるんだから」


 一応受け取るには受け取るも、反応に困るプレゼントだ。それでも今日のお礼だというのだから受け取らないわけにはいかない。

 二人はこれがこの国の民芸品か何かと勘違いしている節がある。これは違う。あの爺さんの創作物だ。それを伝えるべきなのかべきではないのか咄嗟に判断は出来ない。


「それにしてもシュリー、遅いわね?」


 話題が途切れたところでフォルテがベンチから立ち上がる。彼女は信号の向こうのコンビニを見つめるが、その中にシュリーの姿は見当たらない。


「ちょっと見てくる」

「それじゃあ僕も」

「何で来るのよ?」

「はぐれたら二度手間だろ」


 そう告げればフォルテはそれ以上の文句は言わない。信号機が青になるのをじっと待つだけ。二人で何も語らず隣同士。僕らの傍をすっと流れる風の音。とても静かだ。静かな夜だ。そう思った。そんな時にそれは起こった。闇を引き裂くようなその音は、とても近い場所から聞こえるようだ。


「銃声!?」


 僕の口から飛び出た言葉。

 それに続いて何度か同じ音が繰り返される。その音にフォルテがさっと顔色を変える。


「リードじゃない!シュリーだわっ!」

「フォルテっ!」


 信号を無視し赤信号の中駆け抜けていく少女。その後ろ姿を追いかけるも、少女の足は驚くほど早い。治りかけているとは言え、足を故障している僕ではとてもじゃないが追いつけない。彼女を見失わないように……いや、僕は即座に携帯を取りだした。


(昨日、シュリーにメールはした)


 シュリーの携帯をフォルテは持っている。もう一度メールを送れば音で場所が解る。いや、それは不味い。もし敵との戦闘ならばそれは余計なことになる。二人は戦うことなら自信があると言っていたが、何処まで信用して良いか。闇夜に解けていきそうになる金色の髪を見失わないように痛む足に鞭を打つ。

 今できるのは、それだけだ。


 *


 僕がコンビニに向かった理由は二つ。一つはフォルテのために食後のデザートを買ってあげたかった。フォルテはまだまだクレープに未練があるようだったから。

 そしてもう一つは……


「クラヴィーア=シュリュッセルとお見受けするネ。三強の歌姫様がうろうろと出歩くなんて、注意力足りて無いネ」

「……どうでしょう?僕が貴女に気付いていてわざと一人になったとは思いませんか?」

「思わないネ」


 何者かの気配は感じた。一人になれば追ってくると思った。コンビニから少し離れた場所にも、公園がある。昼間にそれに気付いていた。そこまで案内すれば、追ってはのそりと姿を現す。黒髪に、夜に溶け込む黒い服の少女。その素顔は仮面で隠している。姿を現したところで、リードが射殺してくれると思ったのだけれども。


(ウェルさんが信用できなくて、リュールの方を見てたのかな。それとも……)


 或いは裏切り者は彼女か。それを見極めるためにも、ここを僕一人の力で乗り切らなければ。


「この国は銃刀法違反って法律があるネ、正当防衛でも撃ったらそこで負けネ」

「貴女の得物の刃渡りは大丈夫ですか?」

「問題ないネ。私は料理人の資格があるネ」

「そうですか。それなら奇遇ですね。僕も銃猟免許は持って居るんですよ」


 言い訳は完璧だ。策もある。とりあえずこの暗がり、得られる情報は少ない。それでも飛んできた刃物を見るに相手が飛び道具使いであることは知れる。片言の言葉……独特なイントネーション。声の質を記憶する。いや、記録もだ。


(こうして出てきたと言うことは……)


 かなり腕に自信がある。僕を仕留められると思って居るんだ。万が一それを逃したとしても……顔が割れない自信がある。

 だけどナイフじゃ決定打に欠ける。わざとやられた振りして近付いてくるのを待つのもいいけど。


(多分彼女も囮だ)


 リードが探しているのは今僕を狙撃しようとしている相手側の狙撃者だ。

 下手に相手を追い詰めれば援護射撃を食らってしまう。ここは相手を引かせるのが一番か。


(……相手の派閥は大体解った。それだけでも収穫だ)


 また滞在地を移すのは厄介だけれど、それも些細な問題。

 同時に二つの派閥も敵に回すと厄介だな。さては手を組まれたか?僕らも少し考えなければ。だけど他に手を組めそうな派閥などあるだろうか?


「……今日の所は引いて貰えませんか?ちょっとこれから騒ぎになる」

「どうしてそう思うネ?」

「まもなく大騒ぎになるからです」


 あまり時間が長引くとフォルテ達が来てしまう。この子が先程まで僕らを狙わなかったのは人の目に触れるのを嫌って。目撃者があれば困る。困ると言うことは人前に出るような仕事をしているって事。

 向こうで車が騒がしい。フォルテが飛び出しでもして車を衝突させそうになったか。そうなれば運転手も追いかけてくる。


「一般人に見られるのはお互い困りますよね?」

「…………」


 指示を仰ぐように通信に入った少女。彼女が答えを出す前に、これは僕にとっても予想外の事が起こった。辺り一面がぱぁといきなり明るくなった。街中のテレビがいきなり電波ジャックされたよう。それは僕や彼女が持っている通信機器まで乗っ取って。

 流れてくるのはアニメソングのような可愛らしい声の歌。その歌はビルの壁に映し出された巨大なスクリーンにも現れる。眠り始めていた街が、無理矢理揺すり起こされたような音と光の洪水。


「騒ぎって……くっ」


 これが狙いだったかと悔しそうに少女はその場を逃げ出した。計算外のことだけど、仕方ない。僕も人通りの方へと戻る。そこで戸惑う様子のフォルテとウェルさんを見つけた。


「シュリー!」

「フォルテ、これは何事?」

「私もよく分からないわよ!」


 街のあちこちから、奇声が聞こえる。


「鰐様ぁあああああああああああああああああああああああああああ!」

「鰐様ばんざぁあああああああああああああああああああああああいいっ!」


 その声達はモニターを見つめ、そこで歌い踊る少女に魅せられている。


「黒子田イル」

「クロコダイル?聞いたことはあるけど……」


 ウェルさんの言葉は僕らも聞き覚えがある。しかし……


「それは実在のアイドルではないでしょう?」

「ああ。謎の多い電子アイドル」


 中の人の情報が一切解らない謎のキャラクター。それでも一部の界隈で絶大な人気を誇る歌姫だ。鰐を思わせる髪飾り、髪は鰐色緑。何処の誰かも謎が謎。その正体を暴こうとした者達も、結局尻尾を掴めない。そんな謎さも相まって、その中の人を発見、証拠を掴んだ者には賞金を出すという人間まで居る始末。幻滅しない非実在空想アイドルが電波ジャックだなんて何処の派閥の仕業だろう?


「今の時代はデジタル放送で統一されている。それが電波ジャックなんて……」

「放送局自体を乗っ取ったって事?局内のクーデター?」


 何にしてもただ事ではない。僕らはごくりと息を呑み、画面を見つめるばかり。


「おい、でもこれって大和と撫子のカバー?」

「リメイクってこと?」


 映像のバックに流れる音楽に、一部の群衆達が騒ぎ出す。これは一体何事かと。


 《皆さん、こんばんわ。黒子田イルです!》

「イルるぅうううううううううううううううううううううううううううう!!!」

 《今日は皆さんにお願いがあってここに来ました》

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 画面の中のキャラクターが喋る度、静まりかえった家々からも悲鳴のような歓声が溢れ出す。


 《私が皆さんにお伝えしたいのは、今日この国を蝕む音楽戦争の波!この国を侵略している音楽は、音楽だけではありません。やがて間もなく音楽がこの国を、世界を壊すことになるっ!》


 突然映像が変わり、現れたのは二人の少女。和服姿の長い黒髪の少女の声は、先程までの電脳歌姫の声と同じ。


 《音楽が人の心を思想を奪う!人を魅了し言いなりにさせる!そうやって自分の本当の心を言葉に出来ない世の中になる!流されて、流されて、踊らされて国を滅ぼす!そんなことがあって良いでしょうか!?》

 《×××の皆さんご苦労様!他の二強の活動を邪魔するためにテレビ局を空けたのは失策だったな。テレビ局は俺達大和と撫子がジャックした!》

 《黒子田イル改め……藤原撫子の要求は、お父様……いえ、藤原首相との会談です!私は、生まれ育ったこの国が大好きです。だから父様!お金のために国を売り渡そうとする、貴方が私は許せません!》


 *


「何やら急展開ですねお嬢様」

「そんなことよりあいつら美味しそうに食べてんじゃないの。こっちまでお腹減ってきたわ」

「え!?」

「使い魔、至急クレープと蕎麦と天麩羅と寿司と牛丼とカツ丼を用意しなさい。今すぐによ」


 手抜きでどこぞの使い魔がカレーなんかで片付けるから食べた気がしないわと、主から文句の言葉が飛んでくる。この展開なのにそんな色々作りに行かせるかこの人は。正に外道、流石の悪魔。それでも一言恨み言を俺は言わせていただいた。


「お嬢様、太りますよ?」

「おーほっほっほ!幾らでも自由に姿を変えられる魔王クラスの悪魔の私に太るなんて概念はないのよ」


 渋々厨房へ向かおうとする俺に、お嬢様はくすくすと笑いながら一言くれる。


「まぁ安心なさい。一夜もしない内に制圧されるジャックなんて、流石にそんな間抜けな展開私が許さないわよ」

「ではこの解決までには時間が掛かると?」

「ま、そうなるわね。よりにもよって国のトップの娘がクーデターの首謀者なんだもの」


 いよいよ始まるわよ、音楽戦争。お嬢様は実に楽しそうに本を見つめてほくそ笑む。

他の敵勢力の顔出し回。

敵対勢力同士の結びつき。そしてそっからクーデター。

フォルテとシュリーは味方するか殲滅するか傍観するか。


とりあえずバトルシーン書くの回避できてほっとした。悪魔以外は現実的に描写したいが、現実でバトったことがないのであまりリアルに書けないのが困ったところ。

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