4:工作のバックステージ
「ねぇ、使い魔」
「はい、如何なさいましたお嬢様」
本を観察していたお嬢様は飽きれを通り越して、何とも言えない表情になっている。如何にお嬢様とてそういう微妙な顔をなされば、微妙な感じになるんですねと言うのは俺も自重した。
「私も色々な物語を見てきたけれど、ここまで動かない主人公見るの初めてよ。絵的に大丈夫なの?」
「そりゃあまぁ、お嬢様は話の軸になる人間か、それに絡む人間を主人公として綴って来ましたからね」
そういう人間達は何らかの願いが、目的がある。だから動く。
しかし今回の主人公の願いは変わっている。その魂が人間ではなく悪魔のものなのだから、同じというわけにはいかないのは仕方のないこと。彼の願いは彼が動いてどうなるものではない。
「腐っても第二領主ってわけね。ろくでもないわ。こいつ本当に主人公やる気があるのかしら?」
「ならば無理矢理動かせば如何ですか?」
俺の言葉に彼女は笑う。それじゃあこれが喜劇になってしまうわと。悪魔で今回はドロドロした恋愛小説に仕上げるつもりらしい。お嬢様の恋愛小説などどうせろくな展開にはならない。それどころかこの世界に第二領主がいるとなると、何人生き残れるか怪しいものだ。
「なにそれ。それじゃあつまらないじゃない。私は面白くなるための脚色はするけれど、ある程度は成り行きに任せる。自然なままの面白さが私の求める物なのよ」
そういった意味でなら悪魔なんか滅べばいいと彼女は言う。人間の世界が既に悪魔無しでも面白いなら、悪魔など必要ない。つまらないからこそ悪魔が必要なのだ。人は悪魔を求めるのだ。彼女の言葉は多くの同僚悪魔の意に反するところなのがよくわかる言葉だ。
こういう変わり者のお嬢様だから封印なんてされることになるのだ。この人は領地欲や名誉欲などなくとも、面白さのために同僚を血祭りに上げ兼ねないお人なのだ。
「つーかこいつ、なんで突拍子もなく超音波とかマスターしてるのよ」
「そりゃあ腐っても悪魔ですから」
「今は人間じゃない。彼、悪魔の力引き出してるってわけ?こういうのって普通ヒロインと出会った後に覚醒するもんじゃないの?何でもうマスターしてんのよ。まったく気の利かない同僚だわ」
「空気読んだんじゃありませんか?」
だって、お嬢様、そう言う展開だったらだったで「王道すぎんだろうが!」とかブチ切れるじゃないですか。
「まさか、あの男に空気なんて大層な物読めるわけないじゃない」
「まぁ、ですよね」
空気読めてたら普通テレビくらいつけるか会場で歌ってる護衛相手のことを見ててあげるもんですよ。それもしないで監視カメラごしって。いや、確かに合理的ですけど、人の心が全く解ってない辺り、やはり彼も悪魔なのだ。
「……まぁ、何かしらあったんですよ。悪魔の力を引き出すような事件が、彼にも」
「それでまだ世界が滅んでないっていうんだから……器用なことをしたものね。まぁいいわ。観察していけばその辺も見えてくるでしょうから。使い魔、そろそろデザートを持って来なさい。動きがなさ過ぎて私はお腹が空きました」
*
「くそっ!舐めやがって!」
「お、おお落ち着いてよ大和」
私は壁をぶん殴る相方の姿にハラハラ。あんなに強く殴ったら痛いんじゃない?
私は怪我を確かめるために彼女の手を取った。
「……大和の気持ちは解るよ」
そう微笑めば、彼女は少し落ち着いてくれたみたい。そう。確かに今日のイベントは何かおかしい。ふざけている。
渋滞に巻き込まれ、私達は車を降りた。大和は車から自転車を取り出して、私と荷物をセットしてそのまま漕いだのだ。大和の頑張り合って、何とか時間より早めに来たのに……私達の出演時間は半分以上ううん、8割方削られていた。歌さえ歌わせて貰えない。コント一つでタイムアップ。勝手に次の人達の入場の曲で舞台端に追いやられた。ファンを増やすどころの話じゃない。こんなことのために呼んだのかって言いたくなる。
こんな仕事で金が貰えるならいいだろと上は言うのかも知れないけれど、別に私達はお金が欲しくて歌っている訳じゃない。だから本当は本当に不服。
私達から吸い上げた時間はトリである私達が従えられている三強の一つ。そのグループが使うと言った。
「あいつら、俺達に……っ、何て言った!?なぁ!?撫子っ!」
彼女たちは言った。「別に遅れて来てくれて良かったのに」と。出演時間に狂いを生じさせた元凶が、反省もせず開き直って全く悪びれない。それもそのはず。それが計画なんだって顔をしている。
舌打ち一つで踵を返して控え室に戻った相方。彼女が一番最初に盗った行動が壁を殴るというもの。大和の声は震えて、嗚咽が混じりかけていた。私はそれに気付かないふりで、彼女を背中から抱き締めた。
「大和……あれ?」
目の端に何か見えた。ピコピコしてる。あれはメール着信のランプ?
「あ!私の携帯電話!大和、もうこんなに直してくれたの!?やっぱり大和はすごい!ありがとうっ!」
「……え?俺はまだ」
テーブルの上の携帯を開き、私はメールを開いてみる。誰からだろう。
「迷惑メールかな……知らないアドレス」
「お前基本無料占いとか登録しただろ。それかクリックで電子マネー貯めようって奴とか。ああ言うの駄目だぞ。沢山ポイントが貰える奴は出会い系とかにも同時登録されて変なメールが来てクリックして大変なことに」
「してないよー……大和思いっきり私の携帯にフィルタリングしてたじゃない」
少し大和も元気を取り戻してくれた?空気が和らいできている。ほっと息を吐いた私は画面を見……首を傾げた。
「テレビ、つけろ。……だって」
「なんだそりゃ」
大和も怪訝そうながらリモコンを手に、控え室のテレビを付ける。最初に映ったのは……会場を移す映像。
「ん……?これってバロックか?今日は教会音楽じゃなくて教会ロックやってるのか」
ステージの上で歌い踊る人形のような少年少女。会場からの歓声は私達とは比べものにならない。それでも何か引っかかる。
「あれ、このプログラムにあったのって……普通に聖歌のタイトルだったよね?」
「最近の聖歌はこんな激しいのか?」
「いや、ええと……違う曲、なんじゃないのかな」
会場の盛り上がりは最高潮。彼らは歌いきった。そして無音。その静寂の余韻に誰もが酔いしれる。
「テレビつけろ……か」
大和が考え込む。相手はこれを私達に見せたかったってこと。それってどういうことだろう?
「……ハッカーが同一人物ってことはねぇか?いや、まさかな」
「どうしてそう思うの?」
「いや、それならお前の正体に気付いて、俺達が今日これに出ること知って……携帯壊した詫び、とか」
「お詫び……!?」
私達の出演時間が減らされたことを、可哀想だと思ってくれた?
「でもそれとこれってどういう関係が……?」
「いや、俺の想像だから。気にすんな」
そんな前置きの後に大和は言う。
「レクイエムみたいなの歌われた後に明るい曲歌ってみろ。そうすりゃ会場は盛り上がる。けど……」
まるで天国と地獄だ。神への崇拝の聖歌を歌うような音楽団体が、悪魔に魂を売るような激しさをも併せ持つ。一度ピリオドを打たれたら、この後は何をやっても余韻のぶち壊し。既に完結、完成されてしまっている。
「一矢報いた、そういうこと……?」
「まぁ、単にこの俺とハッキング接戦繰り広げて俺に敬意を示しただけかもしんねーけどな。……唯、俺使ってたのお前の携帯だったから、もし相手が同一人物ならそう言うこともあるかもと思ったんだよ」
「あの人が……私達のために」
通学路で出会った。同じ制服。あの学校の何処かに居るんだろうか?会ったらお礼言わないと。
「あ、まずはこのメールにお礼のメールを返信して、あいたっ」
「馬鹿撫子。お前……携帯壊されたんだぞ?お礼なんか要らない要らない」
「大和がおでこ叩くから、間違って送信しちゃったよ」
「おい、打つの早いな!?……貸せっ!すぐにメルアド変えねぇと……って、おい。返ってきたぞ」
「え?もう?」
「このメルアドは存在しません、だってよ」
「や、大和!これってホラー!オカルトっ!?」
「阿呆か。向こうが先にメルアド変えたんだ」
よくわからないけど何だか私には想像できないくらい凄い世界だ。数字が並んでて頭が痛くならないものってお給料袋と貯金通帳くらいじゃないのかな。年もウエストも体重も、増えても見てても嬉しくないもの。
「そうだ!大和、あのお札は?」
「だな。何かの手掛かりかもしれない。気晴らしに見に行くか」
「うん!」
相方もすっかりいつもの調子に戻ってる。教会からの使者達の演奏が終わり、まばらになり始めた観客席。テレビの中で会場の空気に戸惑う人達に、胸のすく思いがしたんだと思う。私もそうだから。
やっぱり、ありがとうのメールは届いて欲しかったな。大和を立ち直らせてくれてありがとうって。
「あれ?お札……なくなってる?」
だけど肝心の場所に向かえば……何もなくなっていた。何か封印が解かれたりしたんじゃって震えて大和の背中に隠れる私。
「俺より何枚か上手だな、はぁ……」
とりあえず敵でない内はそこまで厄介でもないかと、大和は思い切り溜息。
「敵?無いんじゃないかな。私はそう思うけど」
だって同じ黒髪黒目。ちゃんと話し合えたら、きっと私達に協力してくれる。彼もこの国の人間なんだから。私はそう言って笑うんだけど、大和は「どうだかな」って曖昧な顔で笑うの。もう、大和ったらどうしてそういうこと言うの?
「ふふふ」
「何だよいきなり笑って」
「別にーなんでもないー」
「何でもあるだろその顔は!吐け!吐かないと擽るぞ」
「わ、脇腹は駄目っ!本当弱いんだから私っ!」
通路内で私達が戯れていると、シャッターを切る音。どうやら何処かの雑誌のパパラッチがいたらしい。
「どうしよう大和」
「俺らまたろくでもない記事書かれるな、ありゃ。“熱愛!禁断の恋!”とか。俺は兎も角撫子がフリーなのを信じられないって奴多いからな。いや、彼氏持ちだったらだったで文句言うかビッチビッチ言うかのどっちかだろうに俺だったらいいのかよって話」
「なんかもう、そういうのにも慣れたよね。大和ったらノリノリでインタビューにまで応えるし」
「弁解のはずだったんだが、大きく歪曲されたんだよ」
嘘ばっかり。大和私のこと褒め殺しにしてたじゃない。でもそういう記事が載る度に……私がこっそり買ってるのは秘密だ。
「まぁ、悪い虫払えるなら恋人ごっこくらい付き合いますよお嬢さん?」
「もう、大和ったら」
「まぁ、もう少しこの建物内巡ってみようぜ。妖気があるのは確かなんだ。今後ここで何かやることがあるかもしれない。その時舞台事故後かあっても困るしな。金にはならねぇが、ついでだ。祓っていこう」
「あ、そっか」
あのお札が本物なら、何かがこの建物中を暴れ回っている可能性もある。私は大和の背中にくっついて頷いた。
「よし、それじゃあ行こう大和」
「いや、行こうってお前……」
大和は呆れたように私の頭を軽く叩いた。撫でるような優しさで、笑った。それはとても柔らかく。
*
「お前、何者だ?」
つい今し方だ。医務室の寝台に横になっていた僕に、殺気を纏った声が落とされたのは。
その人は僕が動けないよう腹に乗り、ナイフを突きつけてくる。髪はブラウン。黒いスーツに身を包んだ、細目の女。
「唯の怪我人ですけど何か?」
「ふん、唯の怪我人がそのような口を聞く物か」
それはシュリーのメールの指示通り、放送機材を遠隔操作で乗っ取って指定された別の曲を流した。シェリーの携帯にその曲のデータはあったからそれを貰ってくれば良かった。
「貴様がこれを貼って回るのを見ていた。驚いたな。こんな手があったとは」
彼女が僕に見せるのは僕が貼ったお札。二枚重ねの分厚さなのはその紙の中には小型超薄型のビデオカメラが仕掛けられているだけど、良く近付かなければ解らない。古びた紙のテクスチャでそれっぽい紙に印刷しているから年代物らしさは出ている。臆病者か常識人ならまずスルーするだろう。それに気付いてその中に監視カメラがあることを知り、尚かつこの場所を割り出すとは、この女なかなか出来る。
(事故で外れたってわけじゃなかったんだな)
……というか僕に気付かれずに息を潜めて観察していたのだ。ここへも後を付けていたのだろう。
(暗殺者ってところかな)
本職相手じゃ一学生、おまけに足が折れている僕では太刀打ち出来ない。
「どういうつもりだ!?プログラムとは違う曲を演奏させるとは……貴様、今日の一連の元凶か!?」
しかし聞くところによれば、何やら勘違いしているみたいだ。言い訳するのは面倒臭いが、黙っていればもっと面倒臭いことになる。これはシュリーがあんなことを聞いてきたことと関係しているのかも。なるほど。確かに予定のプログラムとは随分と違いがある。
例えば出演者の順番の変更。……遅れた者を待つという名目で、予定の時間より長くステージに立っていたグループ。そこで時間を使って、プログラムに狂いを生じさせる。遅れがグループが後から参加できるようにと他のアーティストの曲を減らしたり、弱小グループを出番をカットしたり。
(なるほど)
プログラムのデータが何枚も見つかる。これは予め渡す相手を選んでいたな。時間通りに来ようと思ったメンバーは、交通渋滞で間に合わないようになっている。三強の出演予定時間の前後が一番混む。だから公開プログラムはそういうことにしておく。それで海外から来た三強は、なんやかんやで遅れたって事にしてトリに持っていく。
そもそもは……確かクラスメイトの噂では、今日のトリはフォルテ達、Barockだったはず。それがどうやら違うらしい。
(こんな所で、また名前を見てしまうなんて)
僕は思わず舌打ちしそうになった。
三強の中で一番最初に出るはずだったグループが会場入りに遅れた。結果、プログラムが狂った。それでその遅れたグループがトリになった。
「黙っている気か?ならば……怪我人とて容赦は」
「僕はフォルテとシュリーに雇われた人間だ」
このタイミングで怒り狂って来たということは、この女はバロックサイドの人間。そう考えて良い。間違いだったらここで僕は殺されるかも知れないが、黙っていても問題だ。仕方なしに僕は話す。とりあえずここでナイフをしまわせることが出来たなら、後はどうにでも……。腹に乗られてさえいなければ声で攻撃も出来る。
「ウェルさーん!さっきはどうもありが……」
そう言えばメールで場所を教えていたことを思いだした。明るいシュリーの声と共に開かれるカーテン。彼女が止まった。すぐにさっと彼女の両目を手で隠したフォルテが冷たい目で僕を見る。
「最低」
褒めようかと思ったが、必要なくなったと彼は実に冷たい目で僕を見ている。
「仕事中に女連れ込んで一発とは良い度胸じゃねぇか!」
「これは僕が襲われているんだ」
「嘘吐けっ!」
「僕はそんな面倒臭いことをするくらいなら普通に昼寝をする!」
「説得力はあるが嘘を吐け!お前男だろ!」
「ほっほっほ。坊ちゃま、それをよくご覧下され」
「何だよシュトラーセ」
「それは私の娘にございます」
「娘……?」
シュリーの後ろからはあのオルガン執事も現れて、何かとんでもないことを口にした。何歳の時の子だ爺。どう見ても60越えたような爺さんと、20前後の女。孫と呼んでも良さそうな年に見えるけど。
「本当にフォルテ様方の従者だったとは」
舌打ちながらに女は僕から離れナイフを引っ込める。その声に口元をほころばせるシュリー。
「あ、その声リード!」
「お久しぶりです、お嬢様」
「別ルートでこっちに入ったんだったな。着いたなら連絡くらいしろよ」
はしゃぐシュリーとふて腐れたような態度のフォルテ。
「……知り合い?」
尋ねたいのは僕の方だ。
「はい。ライアーの娘さん。私達の護衛の一人です。護衛道具を色々密輸する必要があったので別行動になっていたんです」
「まぁ、こいつが来ればお前の仕事も楽になる。おいリード、今日からそいつも護衛対象だ。優先順位は俺達より下で良い」
「ですがフリューゲル様」
「そいつは俺達が拾ったハッカーだ。そこそこ使える。さっきのあれは見ただろう?見ろよテレビの中」
僕が流した曲で、フォルテ達の曲は変わった。そうなれば会場の空気も変わる。あのグループに喧嘩をふっかけて、無事で済むとは思わなかったけれど……出来る限りのことはやった。やりすぎたかも知れない。
(今日は来てなかったんだな……)
仕事が上手く行き過ぎた。おそらく奴ら子飼いのハッカーは交通情報を麻痺させることを任されていたのだろう。
出会さなかったことにほっとして、僕は寝返りを打った。そこでフォルテと目があった。
「何寛いでるんだてめぇは!」
「いや、一仕事終わったし」
「終わったから帰るんだよ!さっさとしろよ!」
文句を言いながら、フォルテが松葉杖を僕へと寄越す。
「ありが……ぶっ」
「フリューゲル様。使用人とはいえこんな民間人のような格好をした男相手に迂闊に触れてはなりません。スキャンダルになりかねません」
突然頭から腹までゴミ袋を被せられた。あの黒服の女の仕業だ。
ゴミ袋を被せられたまま僕は女の方を見る。手を差し出すが彼女は意味が分かっていない様子。面倒臭いけれど僕は言葉に出すことにした。
「それ、返してくれない?新しく作るの面倒臭いし」
「断る。こんな怪しげな装置、始末するに限る。貴様がフォルテ様やクラヴィーア様を盗撮しないとも限らない」
そう言って誇らしげに僕の仕掛け道具を見せつける女。僕はそれを凝視し数が合わないことを知る。画面が移動したのは確か二枚だった。
「あれ?一枚しか回収していないのか」
「貴様、これ一枚だけではなかったのか!?」
「そりゃあ、一枚で監視出来るわけがないじゃないか」
「貴様っ!こんなもの、敵の手に渡ったらどうしてくれるっ!」
「……仕方ない」
剥がされてしまった物があるのは気付いていた。分解されたときに壊れる仕掛けは施していたが、人目のあるところではテロ扱いされる。もう少ししてから壊したかったけれど仕方ない。僕は携帯を弄って、始末を行うことにした。
*
「OMGああああああああああああああああああああああああああ!!!クロウぅううううううううううううううううううううううううううう!!!」
「何騒いでんだロック?」
ステージを終えて控え室。あの歌姫に出会さないようにさっさと荷物をまとめ始めた俺の背中に投げつけられた大声に振り返れば、やけに興奮したような様子の相方の姿。こんなんでも人気があってあっちこっちで男女問わず黄色く野太くきゃーきゃー言われてる金髪碧眼パッキン野郎なんだが、こんな情けない姿を見たらファンはドン引きだろう。俺の相方ロックが手にしているのは謎の紙切れ。
聞けば通路で壁にぶつかった際に、剥がしてしまったお札らしい。ホラーに弱い相方はすっかりガクブルしてやがる。俺が見せたうちのホラー映画は笑い飛ばした癖に、お札イコールキョンシーイコールゾンビが襲ってくるとかそういう展開に至ったのだろう。相方はこの国に銃を持ち込めなかったことを心の底から悔いている。そんなホラーゲームのような展開があるわけないだろう現実的に考えて。オカルトなんて馬鹿げている。
「だから東洋の国を何でもかんでも間違えるなって」
「そういうクロウだって西洋は全然だったんじゃね?」
一時期俺がんじゃね?を乱発したら、こいつは俺の国の言葉はとりあえず語尾に「んじゃね?」を付けていればどうにでもなると思っているような節があるのは頂けない。ツボったらしくてなかなか訂正に応じてくれないのが困りものだ。」
「馬鹿言え。俺なんか自分の故郷だって首都より上半分しか覚えてないぞ。そんなことよりだ。さっさと張り直して来いよ。はぁ!?俺に付き合えって!?呪われるのはお前一人で十分だろ」
「のぉおおおおおおおおお!俺とお前は運命共同体じゃね?ぶらざざあああああああああ!ソウルメイトっ!」
「へーへー。仕方ない。んじゃ行くか」
腕力勝負になったら敵わない。この脅えっぷりだ。あんまり無下にすれば骨折られてでも連れて行かれる。それも嫌なので俺は出たくない部屋からこっそり出ることにした。ローザはいないな。よし。
「ってさり気なく俺にお札持たせるなっ!」
「今のお前超絶クールだぜブラザー」
「ホラースポットに置き去りにしてやろうかぁっ!」
「絶叫マシーンに乗せてやろうかぁっ!?」
「すみませんでした」
海の向こうで何が参ったって、一番それだ。俺はあれだけ苦手だ。うちの国のとは桁違いの化け物だ。敵勢力に拉致られて乗せられた時は屈するかと流石の俺も思った。あれは人間の乗る乗り物じゃねぇよ。死への片道切符、急行特急だ。
「ん?」
「って、どうしたロック……?ぎゃあああああああああああああああまいがぁああああああああああああああああ!!」
「ぅあちっ!」
突然手に痛みが走った。かと思うとお札が燃えだした。は、般若心経でも唱えるべきか?
「はんにゃーはーらみーたー……ってこれ以上わかんねーたらみーたらったらみたらしみーったらたー!」
「阿呆かっ!」
頭から思い切り煙を浴びせられた。振り返れば消化器を手にした黒髪の美少年。
「お前それでも日本人かっ!まったく神社の娘の俺だってそれくらいは知ってるぞ」
舌打ちをしているそいつの後ろには長い黒髪の可愛らしい少女が居る。顔面偏差値は平均以上、今日の参加者であろうことは何となく理解した。が、名前が解らない。
「おう、サンキュー、助かったぜ。ええと……」
「わ、私達の知名度って……やっぱり実はそんなにないんじゃ……」
「帰国子女にはわかんねーよ。こいつ、最近こっちに戻って来たバンドだろ」
落ち込んだ様子の少女をフォローし少年は呆れた溜息。
「犯人は現場に戻る……とは限らないってか。この兄ちゃん達どう見ても無関係だな」
「ん、このお札のいわくでも知ってるのか?うちの相方が間違って剥がしちまったらしいんだが」
「そんなにお祓い受けたいっていうならぼったくりしてやっても良いけどな。正直俺にもよくわかんねぇ。あんたらが呪われたようには見えないからその札自体に意味はないみたいだぜ」
焼け焦げた札の破片から、少年は小さな何かを拾い上げる。
「大和、何かわかった?」
「……ビデオカメラ。こんなの操る悪霊も妖怪も俺は知らない。本当よくわからない相手だ」
二人の子供は何やら内輪で話をしている。俺達はすっかり置いてきぼりだ。
「でもこのお札って、東洋的な物だよね。それじゃあの誰かに付いてるのかなあの人」
「あの楽団にはうちの国出身のもいたなそう言えば。大分末席っぽいけど」
何か事情に通じているなら教えて貰いたいもんだ。オカルト苦手な相方のためにも夢見は良くしておきたい。怖くて眠れないとか部屋に入り浸られて俺の至福のエロ本タイムを邪魔されたら酷だ。如何に相方とはいえ、そういうプライベートな時間って大事だと思うんだぜ。
「おい、ロック。俺今あの子達に聞いて来っからここで待ってろ……ってぐえっ!」
突然相方は俺の首を引き、自動販売機の陰まで引っ張っていく。
「痛ぇな!何すんだ!」
「あ、あの子!か、可愛くね!?美しいんじゃね!?最高なんじゃね!?俺の女神が舞い降りたっ!」
「は?……」
視線の方向を見る。あの少年だろうか。
「お前、そっちの趣味があったのか。いや、確かに顔は良いと思うが……そうか。俺に被害が及ばない限りは生暖かく見守って……」
「ファッ×っ!その隣の子なんじゃね?!」
「ああ、あの大和撫子を絵に描いたような方の子か。でもお前駄目だぞ。うちの国の女が淫乱って通説は全般に罷り通らないんだからな。ああ言う子は身持ちが堅いんだ。後、委員長とピンクの髪はエロいって言うのは基本二次元限定だぞ!確かに真面目な子に限ってむっつりエロってのもあるがな、だとしてもああいうお嬢様は嫁入りするまでさせてくれないぞきっと。腐っている可能性もある」
「なら、求婚に漕ぎ付けばいいんじゃね!?」
「最初からやる目的でナンパすんなって。女は面倒臭いぞ。下手すると刺されるし」
現に刺されたことがある俺の忠告。それも火に油なのか。
「Ohっ!数百年前に流行ったってYANDEREって奴じゃね?!」
「おい、リアルヤンデレは質が悪いから止めとけって。どうするんだ、脱がせてみたらタイプじゃなかったら!そんなびっくり箱をお前は開ける気か?胸詰めてる可能性だってあるんだぞ!?あとお前その語尾いい加減にしやがれ!お前がそんな事言ってるからこの国で俺らの人気いまいちなんじゃね?って移っただろ!お前笑わせるな馬鹿っ!」
「馬鹿なんじゃね?」
「素で言うな!腹立つなお前っ!最高っ……!あはははは!」
やべ、ツボった。こんな下らないことで笑ってしまうとは一生の不覚。流石は俺の相方だぜ。何かよくわからんが敬意を表してやらないこともない。
「行こう、撫子」
自動販売機の向こうから、少年がゴミ虫を見るような冷ややかな目で俺達を見ていた。今にもこっちに唾を吐き捨てそうだ。
なぜこうなった。それはどうやらいつの間にかヒートアップしていた俺達の大声が聞こえていたかららしい。絵に描いた大和撫子少女は少年の陰に隠れて涙目だ。
「撫子で嫌らしい妄想してみろ。俺が祟ってやる」
「む、胸?胸以外なら良いって話か?」
「俺の相方の名前を汚すなっ!」
「よ、よくわからないがすみませんでした」
家が神社とか言っていたなそう言えばこの少年は。今にもジャパニーズ悪魔召喚でも始めそうなおどろおどろしさがある。俺はオカルトなんて信じちゃいない。あの札が燃えたのだって機械的仕掛けだって解ったんだし。それでも今この瞬間だけは、信じかけた。
この少年は人間絶叫マシーンだ。その位の恐ろしいオーラを放っている。ちらと横目で相方を見れば先程以上にガクブルしている。ロックにしてみれば、人間ホラーハウスってところだったのだろう。
*
「姉さん?どうかしたんですか?」
姉さんが立ち止まる。
「僕らの控え室はもう少し向こうですよ」
「ええ、解っていますイーリャ」
姉さんが見ていた控え室の扉は開いていた。中に人はいないようだ。でもそこには“969メイカー”と言う張り紙。後ろ四文字は読めない。でも時計を模したロゴがあるから九百六十九はクロックと読むのだろう。
三強に続く勢力の一つとしてクロックメイカーとか言うバンドのことは聞いていた。それのことかな。
(姉さん、やっぱりちゃんと仕事に関してはしっかりしているなぁ)
僕は内心見直していた。
「姉さん、早く行きましょう。敵情視察も大事ですけど、指令無しの接触は仕事に差し障ります。変な噂を流されても困ります」
「ええ、そうですわね……」
「姉さん?」
「私達を敵と知っていて助けてくださるなんて、ますます素敵な方……クロウ様」
「え、姉さん?」
何か今とんでもない一言が聞こえた気がする。
「うわぁっ、カチューシャ?」
僕の背中から抱き付いてくる妹(設定)。振り返れば機嫌を損ねたような表情で僕を見上げる。
「兄様、私咽が渇きました」
「はいはい、わかったよ。向こうに自動販売機があったよね。何が飲みたい?」
「一番高いのが良いです」
「イーリャ私にはお茶を。カチューシャ、先に着替えに戻りましょう」
「ふ、二人とも酷いっ!」
僕は涙目になりながら走り出す。
「おい、そんな風に走ると危ねぇぞ」
「え?」
自動販売機の側まで来た時だ。誰かに声をかけられた。見れば茶色の髪をした一人の男。その横には金髪の男もいる。
(この人、さっきも見た。僕らの前に出ていた……)
それじゃあこの人が969メイカー。姉さんは部屋に戻って正解だったかも知れない。僕は二人の護衛役でもあるんだから。
「僕に何か用ですか?」
「ん……、いや……別に用って程じゃねぇんだが、あのままだとぶつかってたしな。ってお前あの女の妹か?」
「僕は弟ですっ!」
「弟…?え?じゃああれが妹……?え?」
男は訝しげな顔をした後に短く謝罪の言葉を述べる。
「悪い、んじゃこれやるよ。詫びだ」
投げられたペットボトル。まだ開けられてはいない。だけど僕はそれを投げ返した。
「他人から貰った飲み物なんて飲めません。それも別勢力の人間から貰った物なんて」
「やれやれ。だから俺はそんな物になったつもりねぇってのに」
「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!」
「笑うなロックっ!」
茶髪は舌打ちしながら自動販売機へと向かう。追い越しなんて大人げない。
「ほらよ」
「え?」
男はまた僕にペットボトルを投げて来た。新しく買った物らしい。
「今は500円硬貨入れたから、まだ残ってる。そいつでも気に入らないならそれでチャラ。今ので十分なら残りで姉ちゃんにでも持って行ってやんな。さっきは悪かったって言っておいてくれ」
男は相方と連れだってその場を去る。僕は返す言葉が見つからなくて、点灯している自販機の前で立ち尽くしていた。
僕自身、咽が渇いたこともあってようやく僕の仕事を思い出し、ボタンを押した。
「あの人……何なんだ、一体」
僕に優しくして得なんか何も……
「あ……」
僕は思い出す。謝っていてくれって、どういうこと?
「あの人、どうして姉さんのことを……」
*
「白鳥の湖っていいわよね」
「突然どうしたんですかお嬢様」
ほぅと口から感嘆の息を溢したお嬢様。デザートへの反応じゃなかったのかと俺は少し内心凹む。
「ハッピーエンドで終わらないところが堪らないわ。悪魔的にぞくぞくするのよ」
「それとこれとが何の関係が?」
「白鳥と黒鳥を見つけたのよ」
そう言ってお嬢様が指し示すのは黒髪よりは明るい髪の男と、白に近い金色の髪の少年。物語の悪魔たるお嬢様はそこから修羅場の気配を感じ取っているようだ。しかしこの人何昼ドラ感覚で人の人生覗いてるんですかね。いや、確かに封印されてて暇な身の上なんだから、昼下がりの奥様化しても仕方ないのかもしれないけれども。
「いや、私自身呪われるのは堪らないけど、他人が呪われるのは見ていて心底楽しいわ」
「流石お嬢様。腐っても悪魔ですね」
「第二公が怠惰でも、周りは粒ぞろいだわ。他に面白い子も見つけたし、どうしてなかなか……いい暇潰しになりそうじゃない」
お嬢様がけたけた笑う。実にお嬢様は上機嫌のご様子で。
(なるほど)
白かろうが黒かろうが、どうせろくなことにはならなそうだ。
「お可哀想に」
「何?何か言ったかしら使い魔?」
耳聡い癖に耳が悪いお嬢様。地獄耳なのかそうではないのかはっきりして貰いたいものだ。
「いえ、お茶のお代わりはと」
「あら?珍しく気が利くじゃない。頂くわ」
引き続き敵勢力の掘り下げ。新キャラ数名。
その内血で血を洗うイリヤとクロウの確執はじまる予感。
三強の最後の一つはあくまで楽団名を出さずに完結させたい。
そして勿論舞台シーンはカット。出番も今回はカット。
ゴリ押しの風刺は反対に出番を削ってやる方式。無論曲も作らんぞ。
描かないと思うけど仮に絵を描いても無駄に目に線入れるか全面モザイクになる。キャラデザが楽になるね!
風刺小説とは言えどこまでやって良いものか。違う意味でドキドキします。