表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/30

28:昔日のゼーレンフォル

クロウ回。

 人は非力だ。だからこそ彼らの魂や、彼らが魂を込め作り出す物には魔力が宿る。対して我々悪魔という物は、魔力を消費し何かを為す者。魔力の強さが全てというヒエラルキーで生きていながら、我らは生まれ持った以上の魔力を自ら生み出せない。故に、魔力を生み出す存在から魔力を摂取し続けなければならない。それは我らが生きていくために、より強くなるために。

 魔とは力。魔王とは膨大な力の化身。人間世界の言葉で言えば、我々悪魔とは……銀行に近い存在。奇跡を起こす力を与え、それ以上の利益を回収する。


「使い魔、私達の声にはどんな力があるかあんたは知っているわね?」


 そうだ、だからこそおかしい。悪魔と契約せず、悪魔に愛されず……悪魔と同等以上の奇跡を起こせる人間は存在しない。

 お嬢様の問いかけに、俺は本の世界を怪しみながら返答をする。


「契約者等、我々に関わった者以外……通常の人間ならば聞こえないはずでは? 我々が聞かせようと思わない限り彼らは悪魔を感知出来ません」

「そうね。でもあの“英雄殿”は違うようなの。それに思い出して御覧なさい? 彼のあの回復力――……第二領主並みだと思わない?」


 あの世界に魔法は存在しない。神に等しい“第二領主”以外誰一人、魔法が使えるはずはないのだが。


「彼の片耳は死んでしまった。深い眠りについた。第二領主の領域に」

「第二公の歌で……眷属化した、と!?」

「……そこまではないと思うけど。あいつの魔法に触れたのよ。何らかの恩恵は得ている。この度の過ぎたバッドエンドブレイカーは、そんな絡繰りに違いないわ。……使い魔! 今すぐペンとインクを用意なさい!!」


 天然物が好きなのではなかったのですか? 問いかけるも馬鹿らしい。他の魔王の力が加えられているなら、見ているだけでは本当にハッピーエンドになりかねない。それではお嬢様は空腹を満たせない。俺は先程彼女が捨てた羽根ペンを拾い、血のインクを卓上へと持って行く。


「大丈夫ですかイストリア様――……? この本の中には、“第二公”が御座します」

「違うわ使い魔。居るのは名も知れぬ青年と、その他大勢の人間達。餌を海に流した位で、魚の味は落ちないわ。……まぁ万が一何かあったら怖いし、外堀からやっていくけど」


 主人公ではなく、その他大勢の人間達を脚本能力で動かすと俺に告げ、お嬢様は本に何やら文字を書きこんで行く。


「見せなさい、英雄“水本黒烏”――……! お前の魂の血を、臓物を! その魂は何処から来て、何処へと行った!! 我が白き皿に横たわれ雛鳥っ……!! お前の卵を運んだ鸛は“誰”かしら!?」


 契約者でもない人間の名を口にする、覚えるなど希有なこと。英雄を呼ぶお嬢様の声は、何処か歓喜に満ちていた。ああ、裏切られたのだな。彼女にとって予想外の出来事を、彼女はとても喜んでいる。それと同時に……


(……幸せになれた英雄などいない)


 誰よりも悲惨な死を、物語の悪魔は望まれた。



(“聞くな”――……っていわれてもな)


 ウェルメイドから託されたデータは、手持ちの端末で解析を行っても音波に動きは見られない。無音のデータを何故、あの男は俺に託した?

 それは単なる思いつき。どうせ満足に聞こえないんだ。頭にヘッドフォンを付け……俺はそのデータを再生してみた。


「!?」


 声が、聞こえた。もう何も聞こえなくなったはずの耳へと。まだ聞こえる方の耳では、何も聞こえないのに。


(何語だ、これは……。旋律…………何かの歌か?)


 こんな物に何の意味がある? いや、これはどういうトリックだ? 歌を聴いている内に俺は、病室から町中へと移動していた。


(なんだ、この建物……この町並み)


 初めて目にする場所なのに、俺はその町を知っている。


「もう一曲歌って! 吟遊詩人さん!」

「私、今度はウンディーネ様の歌が良い!!」

「わかった、わかった! みんな落ち着いてくれよ」


 知らない声が俺の喉から発せられ、俺の指はギターに似た古い楽器を奏で始める。彼らの言葉だって俺は知らないはずなのに、意味がわかるのは何故だ?

 また、夢か? それにしては今日の夢は……いつもよりはっきりしている。肌で感じる風の息吹も波の音も、市場で売られる物の匂いまで思い起こせる。

 歌を聞き、満足そうに帰って行く子供達。人が捌けていった後、俺の方へ近付いて来たのは金髪をした子供だった。


「まだ、歌ってんのかお前」

「ふふん、どうだ繁盛してるだろ? お前こそ、お忍びでこんな所に来て良いのかカロン? ウンディーネ様がこんな下町なんかに」

「まったく老いぼれたなお前は。それは父さんの……あれ? 母さんだっけ? まぁいいや。とにかくそれは俺の名前じゃないって言ってんだろ」


 嗚呼、これはあいつの子か。口の悪さと髪はあいつに、澄んだ優しい瞳は王によく似ている。新たな王と人魚を得、海神も鎮まった平和な世界。誰もがフルトブラント王を讃えるが、ここは日に日におかしくなっていく。

 不審死した歌姫シャロン、失踪した歌姫シレナ。最初はみんな、覚えていた。けれど、彼女たちがいた痕跡が――……街から次々消えていく。人の記憶も抜け落ちて。俺の歌は唯の物語へと変わってしまった。

 悪魔と関わった人々に俺は会いに行ったが、あの出来事を覚えている者は俺以外誰もいなかった。生きている者も死んでしまった者も……もう、“食われて”しまったのか?

 ナルキスは失踪エコーは自殺。マイナスと殿下は病死、ドリスとメリアは行方不明。彼らはまだ、生きた痕跡が残っているだけマシな方。お嬢さんとシャロンは何もかもが消えたのだ。


「……悪かったな。それで、何を聞きに来たんだ可愛い殿下?」

「俺と同じ名前の歌を。お前がシャロンシャロン五月蠅いから、うちの両親が俺に付けたんだぜ。下の妹はシレナと来た」


 この子は“シャロン”。俺の物語を気に入った王と妃が子へ付けた。俺がこの子の名付け親と言うことで、シャロンは時折俺に会いに来る。


「ではこれより。男勝りでお転婆なお姫様とは違って、それはそれは美しい歌姫の物語を」

「な、なんだよ! 俺だってちゃんとした格好すれば綺麗なんだからな!!」


 それは、お情けのようなハッピーエンド。初恋の人とそっくりの、親友の娘が俺に好意を寄せて来る。何かと彼女と張り合う妹も同様で、“シレナ”と“シャロン”の姉妹仲は最悪だ。


「お前はすごいなぁ。よくそんな見て来たように歌物語を作れるな。人気の吟遊詩人様になるのも解るよ」


 俺があの場所で、聞いた歌には到底及ばない。こんな俺の歌にお姫様は聴き惚れる。


「お前、良い奴だし。顔はそこまで格好いいわけじゃないけど悪くはないし」

「歌を聴きに来たのか俺の外見に駄目出ししに来たのかどっちなんだ? そんなことを言いに来たんじゃないだろう?」

「そ、それは――……」


 姫も年頃。婚姻の話が持ち上がり、貴族同士の婚姻よりは……俺を“男歌姫”として傍へ置きたいらしい。


(そろそろ街を去るべきか)


 もう俺に出来ることはないのかもしれない。こうして歌い続けても、失われた人々を……思い出させることは叶わなかった。

 事件は存在しなかった。いつの間にか……偶々下町に恋人となる歌姫を探しに来た貴族に、あいつが見初められたことになっている。最初から、シャロンなんか存在しなかったみたいに。

 旦那様だってそうさ。お嬢様の失踪を悲しんでいたはずが、いつの間にか平然と立ち直り……問えば娘なんか居ないと仰ったのだ。悲しみで心が壊れたのかと思えば、本当に。俺以外の全ての人間が、口裏を合わせたように彼女たちを覚えていなかった。彼女の部屋も私物も街から姿を消していて。俺の記憶の中だけの住人になって…………それから俺は歌以外に、彼女たちを語ることが出来なくなった。


「……お前、なんで城に顔を出さなくなった? 父さん達も悲しがってる」

「…………会いたく、ないんだよ」


 あいつは俺の知ってた親友ではない。何の悩みも苦しみも知らずに、唯幸せになってしまったあいつなんか。俺が大好きだった“あの子”の事を、俺が想う以上に大切にしていた“お前”を無くしてしまったお前なんか。

 シャロンは最後に、俺の前で泣いたんだ。あの子のして来たこと全てを許せたり、正当化出来たりしないけど。女の子としてではなく、俺が彼女を……あの子自身として見た、最初で最後の姿。あの子を泣かせて終わらせるのは間違っている。最後に間違ったからって、それまでやって来たこと全てが否定されるなんて……悲しすぎるだろう? 俺が好きになったあの子の歌は、最初から間違っていたとは思えないんだ。


「どんな理由があったって。どんな痛みを受けたって。あいつは誰かを傷付けた。……なのに全てを忘れてあいつはきっと、天国へ行く。俺はそれが、許せない。あんな風に笑うあいつが……俺は大嫌いになったんだ」


 利用するだけ利用して、何の代償も支払わず幸せを享受する。悪魔を、ドリスを……シャロンのことを。それでいいのかフルトブラント。今のカロンはお前が見限ったシャロンとまるで同じだ。むしろ……俺にとってはシャロンより、今のカロンの方が悪しき者に見えている。


「あの子はきっと……地獄へ行った。自分の罪を、償いに…………。なのに、あいつは!」


 まだ胸はギシギシ痛む。俺が愛した人が、俺を愛してくれた人を死へ追いやった。俺には何が出来ただろう。もし俺が、彼女の行為に気付いていたら。空へ向かうお嬢さんを連れ去っていたなら。もし俺が、シャロンの望み通り彼女を友人として愛せていたなら。シャロンがあんなにも追い詰められることはなかったんじゃないのか?

 自分の無力を思い知っても、自分の過去に悔やみ続ける。何もしてやれないのなら、せめて同じ地獄に落ちたい。そこから救うことが出来なくても、隣で一緒に苦しみたいんだ。だから俺は、忘れたくない。何一つ、忘れたくない。傷と痛みと共に生きたい。全てを忘れたカロンが許せない。

 あの時俺が見送った、海神に挑みに行った親友は。もっと素晴らしい魂を持っていたのに。今のあいつの魂は、何の価値もない。悪魔もだから不要になったのだろう。あんな物を食べたら腹を壊すと。


「…………それならお前の魂は。どんな味がするのだろう?」


 俺の顔を覗き込み、少女が赤い瞳を光らせる。それまでは、海のように真っ青だった瞳を血のように赤く染め上げて……“それ”は再び問いかけた。


「芳醇な香りがする。お前の魂は食べておくべきか?」


 価値のなかった存在が、一人取り残されることで熟成されて旨味が出た。少女の物言いは、悪魔達のそれに似ている。それでも俺が出会った中に、こんな男はいなかった。見事な角と、血のように赤い髪と瞳を持った男なんて。


「幸福な夢よりも、残酷な現実を望む者。痛みを知り、壊れない強靱な魂。お前だけが……ここにいるのも頷ける。お前を喰った瞬間に、此の世は消えて無くなるだろう」


 彼は言う。世界は尚、夢の中。海神は怒り全てを滅ぼした。生き伸びた俺が夢を見ることで、人々は生き存えている。夢が俺を絡め取ろうとするのは、夢が生き延びていくために。


「お前の願い、聞き届けよう。罪を望む罪無き者よ。“地獄へ行きたい”……そう願った瞬間の、お前の魂は美しかった」

「……あんた、何者だ?」

「私は取り残された夢。ああ、そうだ。名は――……」



「あら嫌だ。うとうとしてたわ」

「お疲れですか? 世話になりっぱなしですみません。ああ、これは駄目だな。このバラードは眠たくなる! 没だ!! …………あ! そうだ……あんたはどう思う? さっきの曲の感想を教えて欲しい。サビのこのメロディなんだが」


 俺がちょっと歌ってやれば、相手は目に見えて動揺する。曲も歌も覚えていない、聞いていない……いいや、聞こえていなかったと顔に書いてある。だから適当に話を合わせ、この場を去ろうと急ぐのだ。


「クロウさん。あまり熱心になりすぎて、傷口が開いても知りませんよ」


 OK、今回の奴の捨て台詞はそれか。新曲を口ずさみながら、ありがとうと片手を振って職員を見送る。これで、三人目。給仕係や看護師が来た時に病室で試してみたが、皆もれなくその場で気絶した。ボリュームを絞れば気絶時間は短くなる。

 俺の部屋に来る者ばかりが続けば脱走計画が疑われるな。それならばと窓を開け食事を置き、集まった鳥に曲を聴かせる。人間より体が小さい分、気を失う時間も長い。


(マジかよ……)


 この“無音データ”はやばい。俺自身がウェルが語ったように気絶した。仲間を疑うわけではないが、これが本物なら徒に複製は出来ないと……俺自身が分析を行うことにしたのだが。


(人を気絶させる音楽、か)


 おまけに常人には聞こえない。俺の他に聴覚を失った者での検証も必要だが、今のところは俺以外の誰にもこの音源は認識できない。

 “聞かない”という意思表示? これは自分で試したが、ボリュームを上げても耳を塞ぐという行為をすれば、本来聞こえる距離にいる者も気絶することはなかった。

 脱走の迎えが来た時も、そんなこんなで俺は情けないことに気絶していた。妙な夢を見たのは最初の一回こっきりで、あれは何だったのだろうと心に残った。


(夢の中の俺が話してた奴……フォルテに似た姿をしていたな)


 向こうの俺は俺の知らないことも理解している風に、不思議な会話を行って……最後は。最後は驚いて飛び起きたんだ。俺は食われた。フォルテからウェルによく似た巨大な男に変わり……ミジンコでも食うクジラのように、俺を頭から一飲みされたんだ。なんて悪夢だと呆れてしまった。俺は時計屋が、彼奴らに利用されて消えるのかと不安になっていたのだろう。

 そうやって悪夢に理由を付けようとする俺と……違うもう一人の俺がいた。あいつに食われた瞬間に、なんだかほっとしたんだよ。嗚呼、やっとこれで終わるのかって。


「あれは本物だ。ウェル、この音量数値で流せ。ベゼルのシステムをハックした後、俺達がいない区画全てに打ち噛ますんだ」


 作戦会議中、俺はウェルメイドに言った。お前のデータを信用すると。馬鹿げた作戦だが、使えるものを出し渋れる状況ではない。要約して話を共有すると、Barockの双子は男の異質な声を知っていた。


「そっか、色々あってすっかり忘れてた。あんたあれ……特技だったの? 何かの暗殺スキル?」

「あの時は混乱していましたが、あれは奇跡のようでしたね」

「フォルテ様……何故教えて下さらなかったのですか? そのようは不審者を飼うなど正気ではありません!」

「よくそんな怪しい奴を雇ったなお前等……」


 金の歌姫は自身の飼い犬の出自を怪しみ、銀の歌姫は信仰めいた熱い視線を注ぐ。初耳だという残りの二人は当然疑念を抱くが、手っ取り早く最小音量で五分ほど眠って貰った。


「……お前が便利な奴だってのはよく解った」

「…………後で顔を貸せウェルメイド」


 実証されてしまっては、ぐうの音も出ない。彼らも彼を前向きに利用する方向で話は落ち着いて行った。メモでもしておけば良かったな。気絶実験をしている内に、夢の内容……鮮明には思い出せなくなっていた。覚えているのはあの時覚えた感情と。数人の顔と名前と、悪魔という単語だけ。


「……“Καταστροφή”」


 思い出そうとした途端、口から転がり出た言葉。悪魔が俺に名乗った名。不意に赤い瞳と目が合った。


(ウェル、メイド?)


 ウェルが俺へと振り向いた。無意識的な行動なのか、あいつ自身が驚いていた。俺だって驚く。夢の続きを見ているようで、心臓が鷲掴みされた気分だった。ここは胃袋の中の走馬灯なんじゃないかって。

 そんな訳が無い。多分光の加減か、目の錯覚か? ああまた、現実的な言葉を当てはめようと脳が働く。


「新曲の名前だよ。そういうタイトルはどうかと思ってな。どう思う、ウェル?」

「…………」

「おい、無視することはねーだろ? そんなこっちを見ている癖に。おい、本当に聞こえていないのか“Well-made ”?」


 その名を呼んで、ようやく奴が返事する。それで……瞳の色もまた真っ黒に戻って見えた。おかしいのは俺なのか? 俺以外なのか? 嗚呼、夢でもなんかそんなことを言っていた気がするぜ。


(ここが夢でも、地獄でも……)


 夢とは違う。だって、俺は幸せだ。俺が頑張れば応えてくれる人がいる。俺が死ぬ気で頑張れば、奇跡は手繰り寄せられる。それならやることは一つだ。


「……ありがとな、ウェル。お前に会えて良かったよ」

「黒烏、さん……?」

「一緒に戦ってるんだ。クロウって呼んでくれ」


 真っ黒な男の肩を叩くと、奴はきょとんとした表情。赤目を思い出しても、今はもう怖くなかった。


「“腹が減ったなら好きなだけ喰らえば良い、見ていて可哀想だからな”」


 夢の終わりに呟いた。思い出した言葉を繰り返す。言われた男はやはり何も解っていない風に首を傾げる。そんな姿を笑いながら、俺はもう一度奴の肩を叩くのだ。


「帰ったら、俺の奢りでパーティーやろうぜ! 頑張ろうなウェル?」



「余を、殴った――……? ほ、報告と違うでないか!? あの男は今戦える体ではないと」

「心配してくれるのか? 嬉しいぜ!! Like this! 俺は暴れられるぜ!? 情報通が祟ったな!!」


 部下の責任を追及する王に、もう一発拳を入れた。ついでに蹴りもくれてやる!


「ヘッドフォンに曲送るから合わせろロック! 新曲行くぜ、“Καταστροφή”!!」

「……クロ、ウ?」


 曲が流れないことを相棒は訝しんだが、そのまま待機とサインを送る。聞いたらまずいんだよこれは。俺もヘッドフォンで両耳ちゃんと塞いでる。実験はまだ数回しかしていない、これで防げるかは一か八かの賭けだった。

 ベゼルのウイルスはシステム内部を破壊するが、この歌は違った。物理的に破壊するんだ。俺が壊されたように、機械を破壊する! まるで魔法だ。聞こえる場所で“聞こえない歌”を届けるだけで、内側から弾けて崩壊。


「なぁ……そこの少年よぉ。王様は、手術をしているんだってな? 技術の進歩って凄いよなぁ。何時までも若々しいし男前だ。お近づきの証にもっと近くで俺のライブを味わって頂きたいね」


 夢から目覚めた後、俺の傷は塞がっていた。魔法みたいだ。いいや――……こっちが“夢”のよう。聴覚以外の全ての傷が、ほぼほぼ癒えているなんて。最初は何事かと思ったが、俺は不思議とその事実をすんなり受け入れられた。夢と現で出会った奴らの所為だ。寝ても覚めても同じ顔の男が俺を迎えに来るんだからよ。


「や、やめろその――……お方はっ!!」

「……ベゼルには随分酷いことをしてくれたな。いいぜ、やめてやっても。代わりにお前が同じ事をしろよ。自分の手でまだ残っている足と腕、首をもげ。なんだ、出来ないのか? 抗えよ機械。お前がまだ人であるなら、動けるはずだ」


 俺は大事なことをはっきりと思い出したよ。俺は全てを救う英雄じゃない。俺は苦しむためにここへ来た。歌姫の痛みを、苦しみを……この身で受けるために来た。

 少年兵士の制止も無視し、俺は王の耳元に口を寄せ……恋人のように囁いてやる。彼の機械を破壊するための旋律を!

 それだけでいともたやすく内部から弾け、動かなくなった肉塊をその場に捨てて俺は罪を喜んだ。


「狩らなきゃ狩られてお終いだ。解ってんだろ? 音楽戦争はもう始まってんだ。なるぜ俺は英雄に。……こんな風に、他人の命でのし上がって、……な」

「く、クロウ……?」


 俺の様子にロックは衝撃を受けている。これが“偶像”の気分か。今迄ずっと近くに居た相棒でさえ、“俺”が見えてはいなかった。胸に広がる悲しみを、何処か愛おしく感じる。


「大歓声で応えてくれよ。ヒーローが助けに来たんだぜお姫様? 先に仕掛けて来たのは奴らだろ? それなら後は、勝つだけだ。それでみんなのお望み通り俺は偶像の英雄になる」

「黒烏さん……それは、駄目です。貴方は今を、大事にして……? 貴方が手にしているものは、簡単に捨てて良いものではないんです」

「おいおい、助けに来た相手にそれはないだろお姫様方。ほら、さっさと帰ろうぜ」


 俺を非難する少女の口ぶりに、心外だと戯けながら手を差し伸べる。彼女は手を伸ばすことなく、悲しげに俺を見た。仕方ないとそのまま手を相棒へと向けてみる。彼は戸惑いがちに伸ばしかけ、その手を丸めて引っ込める。ちょっと求められた姿と違うことをすればすぐそれだ。群衆って奴は残酷な生き物だな。

 例え“偶像”であっても。信じ憧れる者が居るならば、その信仰は信頼は捨ててはならない。綺麗事だな。お飾りの英雄、求められる正義に俺はうんざりしていた。担がれる内心の何処かに芽生えた不自由さ、それが雨雲のように胸に広がる。


「黒烏さん、貴方は黒烏さんでしょう? 私達を助けてくれた。969メイカーのリーダーで、ロックさんの大事な――……」

「……撫子。その言葉……あんただけには言われたくなかったよ。偶像は――……今のあんただ。お前が本当に藤原撫子なら、もっと他の相手を選んだらどうだ?」


 今お前が傍に置いている大和こそ、お前が過去を追っている証拠じゃないか。俺なんかより余程お前の方が過去に囚われている。


「あんたの望みは知ってるぜ。欲しくなったんだろう、人魚すら手に入らなかった“永遠”を」

「!?」

「撫子! 黒烏! おい、お前等何揉めてるんだよ! さっさと逃げないと」


 俺と撫子の口論を止めに入った大和。大和は気が気でないのだろう。いつまでホテルの機能を乗っ取れるか解らない。早く安全な場所まで逃げたい。気持ちはわかるぜ。これ以上の会話は無意味と、彼女の声に従おうとしたところ――……乗っ取った音響設備以外の物から、場違いな音が響いた。

 パチパチパチパチ。乾いた拍手の音はシステムを壊したはずの、少年兵士の口から発せられている。“あの女”と同じか。これも遠隔操作の機械兵士。ウェルのハックから逃れる独自のネットワークが生きている?


「助かりましたよ英雄殿。やはり貴方は我々にとってもヒーローだ。此方が手を汚さずに済んだので、殿下は大層お喜びですよ」

「利用したってわけか。道理ですんなりと入国できたのか」


 書類の偽装や返送は行った。しかし内部の何者かの協力があったなら、侵入が容易となるのも頷ける。もっとも……此方は早く目的を達して帰りたいのだから、事の真偽などどうでも良かった。恩着せがましい台詞だが命乞いでもないらしい。


「共通の敵が居たなら、国も組織もまとめやすくなる。貴方を英雄まで育て上げたのは……我々メディアの力」

「別に頼んじゃいねーがな。それで? そんな英雄が“悪役”になったとして。そいつをぶち殺した奴が新しい正義でヒーローになれるって?」

「それも良いでしょうね? でもその前に船までお越し下さいな。お礼も兼ねて晩餐会でも如何? あなた方の切り札を、先に招待しておりますのよ」


 機械兵から流れる声が変わった。別の人間が割り込んだのか? 割り込み音声の言葉を信じるならば……先に退路確保に向かったBarockは、ウェルメイドを人質に取られ動けない。あいつなら、声一つであの場は片付くのだが……動けば撃たれる的な、Barockも耳を塞げない状態か?

 Barockの歌姫に危害を加えられたなら、リードは戦うはず。すぐに殺される状況ではない、交渉の余地があり……尚且つ今後のためにウェルメイドを失いたくない。奴らはそう判断したと思われる。


「……王様よりは話が通じそうだ。丁度腹も減ってきた。ご相伴に預かろうか?」



「ねぇ使い魔。人間が前世を忘れる理由は何かしら? 答えは簡単、記憶に耐えられる心身を持っていないから」

「問いかけで答えを言うのは反則ですよ、お嬢様」


 主の変化球に呆れながら、そうですねと俺は頷く。


「『海神の歌姫』達は、前世によって苦しめられて……今生の幸福を遠ざけた。何も知らなかったなら、きっと幸せになれていたのに」


 あの世界はお嬢様にとって苦々しい記憶であり、しかしながら愛すべき一冊なのだろう。あの物語はハッピーエンドで終わらなかった。

 『海神の歌姫』のヒロイン……いや、本当の主人公は歌姫シャロン。彼女は自らの不信によって手にした幸せ全てを奪われた。魂が世界を離れても、彼女の嘆きと痛みが……極上の魔力となってお嬢様の血肉へ代わる。


「ではお嬢様は、先程英雄に……前世の記憶を取り戻させたのですか?」

「行動力のある奴は、前世に悔いのある奴らよ。今度こそと言う強迫観念で生きているのだから」


 詳細は思い出せなくとも、元々彼らの精神構造には前世から大きな影響を受けていた。自分が先程したことは、鍋の底に沈んだ記憶をかき混ぜ浮上させたに過ぎない。そんなことをお嬢様はにやけ顔で俺へと告げる。


「でもね、使い魔? “一度知ってしまったら、二度と元には戻らない”のよ。彼は嬉しいでしょうね、ようやく本当の意味で……かつての思い人と同じになれたのだから」


 過去を知ることは、今を捨てること。今生で大事にしてきた仲間も相棒も、以前の彼には無関係。なんと残酷なことをするのだろう。彼の心は、急速に冷えて行くに違いない。

テンションで書いていたけど、よく考えたらあいつ復活するの早過ぎるよなと思いました。

どういうことだよと物語の悪魔に聞いてみたところ、こういうことだったようです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ