27:二人のローコ
「ロックさん……泣いてらっしゃるの?」
「な、泣いてなんかいないぜ!」
「貴方は優しい人ね」
大和と出会ってなければ好きになっていたかも。笑う歌姫はとても可愛い。可愛い歌姫の身を縛る縄が許せないと思う位には。
(やめてくれよ)
そんな風に笑われたら、嘘で伝えた言葉が本気になってしまいそう。
「良いですかロックさん。今度は必ず私を見捨ててください。貴方は巻き込まれただけなのです」
「俺は大統領の息子だ! どんな国でも組織でも……俺が上手く立ち回れれば、俺やあんたに危害は加えない!」
「あのね、ロックさん。きっと私を助けても。貴方は救われたりしませんよ。だって貴方は……誰かを助けるヒーローじゃなくて、助けられることを待っている」
じっと俺を見据える少女の瞳。真実まで見透かすような澄んだ瞳だ。立場が似ている……俺が自分自身を彼女に重ねていることを、彼女は見抜いてしまった。
「大丈夫ですよ。私は“簡単には死にませんから”」
「撫子……、ちゃん?」
「一通りの地獄は知っているんです。今更……怖いことなどありません」
一つだけ、怖いことがあるとするなら。それは愛する人に会えなくなることだと撫子は言う。
「私は待っているだけで良い。大和はいつも約束を守ってくれるの」
「約束……?」
「ええ。私をお嫁さんに貰ってくれるって約束したんですよ」
心が痛い。どれだけ優しくされても、どんなに傷付けられても他の誰も愛さないと笑顔で語る少女を前に、俺の淡い恋心は見事に砕け散ったのだった。
「ねぇ、ロックさん。貴方にも……誰かと交わした約束があるのでは?」
こんなところで死んでしまっては駄目でしょう? 優しく諭す撫子は、俺の母親に少し似ていた。ああ、だからか。母さんに似ていたから俺は……彼女を死なせたくないと。
(約束……)
もう、果たす相手が居ない。母さんは眠り続けているし、家に戻ると“約束”したベゼルは俺が殺した。
「あの子って、完全な機械じゃありませんよね。無事でしょうか……? 何処の部位に肉体が使われているか解りませんか? もし回収が間に合うようなら、Тро́йкаかfolcloreにお願いしましょう。今回のことがあるので聞き入れて下さると思います」
「そういう慰めは止してくれ撫子ちゃん」
「彼も、私と同じ目をしていました。大事な人がいるから、簡単には死ねない者の目を。ただの機械が貴方に対し、そんな感情を抱くでしょうか?」
なんだこの会話は。これが敵の組織に運ばれている捕虜が行う会話なのか? 現実逃避には決して見えない、彼女の余裕。彼女はこれから酷い目に遭うかも知れないのに大した器だ、こんな雑談を行う余裕があるなんて。
(いや、雑談じゃない。この人は……俺の心配をしてくれている)
今の俺だけじゃない。これから先、生き延びた俺のことをも。
彼の中身に心当たりはないのかと問われ、考えてみるも何も思い出せない。解らないと伝えると、まだまだ時間はあると彼女が笑う。
「……撫子ちゃん、なんで君はそんなに他人に優しいんだ?」
「かつて叶えられなかった夢を。目指した姿に近付きたい。使命を果たし罪を償う。それが私の――……贖罪なのです」
俺を見ながら遠くを見る目。俺はこの目を知っていた。彼女が似ていたのは、母さんだけではなくて。俺の金髪を追い彷徨う……何処か生き急ぐ、あいつの目。
「……あんた、ちょっとクロウに似てるよ」
「ふふふ、そういうことですか。光栄です」
「…………でもさ撫子ちゃん。それは本当に、君自身の罪なのか?」
「この罪の意識が消えない限り、私は幸せを幸せと感じられない人間なんです。……全てを終わらせるまで。私は大好きなあの人に、愛される資格がない」
クーデターなど起こさずに、隠れて生きていたならば。愛する人との幸せなんて容易に手に入れられるものなのに。使命に、心の声に背いたら……それは愛する人に求められる姿ではなくなる。愛しい人の目の中に、映る自分の姿は美しい者でありたい。少女の語る欲望は、貪欲過ぎる愛? 彼女が嫌う醜いままの彼女でも、きっと彼女は愛されるのに。
「……撫子ちゃんが思っているような罪なんて、撫子ちゃんにはないと思う」
「それはロックさんが、罪を知らないからだわ。どうかそのままでいて下さいね。貴方は幸せになるべき方です」
似た境遇でも、自分と俺は別の存在だと彼女が宣言。その直後、潜水艦は動きを止めた。それだけで俺は、死刑台の前に着いた囚人の気分。情けない。刑務所に入ったこともあるのに、傍らの少女より余程みっともない顔をしている。
それでも彼女は言うのだ。言ってくれるのだ。
「先程の言葉を撤回させて下さい。貴方はヒーローだわ。貴方の存在が……クロウさんを救ってくれる」
*
「確かにお届けしましたよ、陛下」
「ほう、実物は映像以上に美しい。よくやったガーディ」
俺達を浚った男が恭しく頭を垂れる。その先には身なりの良い男。
(陛下っていうと、ここは何処かの国なのか?)
銃口を突きつけられ、拘束されたまま俺と撫子は“王”の御前に連れ出されていた。“王”は俺の想像する一般的なイメージから一回り二回りは若い青年だ。王は何処かの血が混ざった混血か? 国籍や人種は解らない。話す言葉は俺達に理解できる言語であるから、これは聞かせるための会話だろう。状況の分析に努めるが、彼についてはすぐにお手上げ。
だがガーディと呼ばれたスーツの男。聞いた声の持ち主が、装備を解いて正装すれば、意外な真実が明らかになる。総合的な外見から判断するに、彼は西洋人のようである。おまけに若い。Barockの歌姫達より数歳年上、俺より年下。そんな幼い少年が、随分と物騒な銃を手にしている。ここは戦場の真っ直中か!?
「美しい歌姫よ、余に感謝せよ。余が其方を地獄から救い出してやったのだ」
「……ありがとうございます、名も知らぬ高貴なお方」
殊勝な撫子の態度に、王は機嫌良く杯の果実酒を呷った。
「良い良い、余は美しいものに目が無いのだ。其方は死なすには惜しい美女だ。其方の勇敢さ、美しさに免じ、余は其方の罪を許そう!」
(罪……? クーデターのことか? だがこの言語、撫子の国のそれじゃないんじゃね?)
ならば彼女の罪とは何か。彼女が艦内で語った罪とは違うようだが。事情を深く知ったなら、俺は生きては帰れない。悟った撫子は王に疑問を投げかけることを選ばなかった。
「して、其処な男が其方の婚約者と言うが。それは確かか?」
「……まだ保留中です。先日求婚して頂いたばかりの方です」
「なるほど、その男の一方的な好意という事か」
撫子の答えに、王は歪んだ笑みを浮かべた後……残りの酒を俺の顔へと投げ捨てた。
「陛下、そこの男は……例の大国の」
「おお、そうじゃったな。丁重にもてなさねば……。余の寛大さに感謝するのだグラムの倅よ」
少年が咎めなければ、俺はこの場で死んでいた。王は残忍な瞳を爛々と輝かせている。なんて無邪気な悪意だろうか。網で捕らえた獲物のついでに、愉快な玩具が付いて来たと思っている子供の目。
「グラムの倅、其方の気持ちもわかる。余も歌姫は嫌いでない。美しいからな……。だがこうも思わぬか? 美しい姿は余だけに見せれば良いと。民草共に与えてやるには過ぎた宝よ」
発言が矛盾している。メディアに露出する撫子を目にしたから、彼は彼女を浚わせた。
「陛下、それなら彼もなかなかの美貌ですよ。しかも彼も“歌姫”だ」
「父上と余を一緒にするなよガーディ。全く、汚らわしい!」
少年の提案を王はその場で却下する。良かった……王にその気がなくて良かった!! 安堵の後に罪悪感。撫子はこれからどう転んでも、破滅か地獄。一瞬でも安堵した自分を俺は心から恥じる。
「き、聞き捨てならないな! このロック様が……“歌姫”に劣るだと!? そういうことは、俺と寝てから言うべきだろ!? 大国の箱入り息子で勃たねぇとかないんじゃね!? 俺の純潔はカジノで動く金より凄いぜ!!」
嗚呼もう、俺何言ってるの。こんな所、クロウに似るなよ。憧れたって真似て駄目なことってあるだろう!? 力のない正義感なんて、墓穴掘るどころかケツまで掘られに行くだけだ馬鹿!
「くくく……よく言った。グラムの倅。流石は“歌姫”。偶像らしい英雄気取りの人形が!」
「がはっ……」
腹に一発、重い蹴りを入れられた。王様サッカーでもやってやがるのか。良い蹴りしていやがった。輸送中何も食べてもいない、吐き出す物もない腹から出るのは胃液と血。汚れた靴と床を舐めるよう命じられても従わない俺を見て、王は愉快だと大笑い。
「その心根。そうまでして惚れた女を守るか……確かに其方は美しいな。だが……残念だ。次は女に生まれて来るが良い!」
配下に俺の斬首を命じる王。ああ、こんなところで俺は死ぬのか。俺はクロウになれなかった。振り下ろされた刃から風を感じたその刹那……
『生憎ですが』
幻聴だろうか。もしも俺を再び助ける者が居たならば。それはクロウだと思っていたのに。それはあんまりだろう。俺が壊した……お前の声が聞こえるなんて。撫子は俺に罪が無いと言ったが、罪ならあった。
『ロック様は今のままで最高です』
室内の照明全てが落とされて、俺の首を落とす予定の刃は俺を縛める縄へと向かった!
「撫子ちゃんっ!!」
かけておくもんだな、サングラス!! クロウからの贈り物も俺を助けてくれた。俺は刃を奪い、撫子の手を掴み……出口を求めて走り出す!
*
(最初は、真実を明らかにしたかった)
子供の頃、よく遊んでくれた。兄のような存在だった俺の叔父。彼を殺した犯人に罪を償わせたかった。
叔父が残した資料から犯人の目星を付けたものの、相手が偉すぎて手を出せない。悔しい思いを引きずったまま、俺は……撫子に出会った。叔父が遺した情報、“藤原”という女性アイドルと似た面影の“藤原撫子”に。
(次に、利用してやろうと企んだ……)
撫子は母を殺した犯人を、叔父を殺した政治家を失脚させる。撫子はあいつの娘だ、俺のために使ってやる! はじめはどんな奴よりも、俺が彼女を道具とみていた。最低だと思う。
(でも、撫子が笑うんだ)
最低の俺の傍で、楽しそうに……幸せそうに。彼女の笑顔を見ていると、復讐心も何処かへ消えていた。家族や肉親への思いより、彼女への思いがあっという間に上回っていて。
だけどいつか……撫子は、俺の事情を知ってしまった。あいつをクーデターへ追いやったのは、俺の存在の所為なんだ!
母を捨てた、我が子を捨てたことじゃない。真実を暴いた俺の肉親を、彼女の父が殺させたこと。撫子はずっと気に病んで。彼女は何も悪くないのに、罪から生まれた存在を、彼女は肯定できず…………遂には浄化を求めた。俺はもう、そんなこと望んじゃいなかったのに。
(お前が隣にいてくれるだけで良い! 傍で、笑ってくれているだけで良い!!)
歌って踊って、大勢の誰かを幸せにするよりも。たった一人、お前が笑ってくれたらそれでいいんだ。なのにどうして俺達は、こんな所で藻掻いているんだ。互いに互いのためと思うばかりに、俺達は。そこにあったはずの物を自ら捨ててしまった。
「この先だ大和! 先に行けっ!!」
ロックに埋め込まれたチップを、ベゼルの力でウェルが見つけてくれた。狙った区画の電気を落としたのも彼の仕業。リードの仲間が退路と船を押さえに行った。俺達は二人を助け出せば、作戦成功! 撫子を無事に助け出したら、私は一生彼らに頭が上がらない。
「撫子っ!!」
「……大和っ!」
夢みたいだ。もう会えないと思った人。名前を呼べば、響く愛しい人の声。
「まだ、安心する時間じゃ……ないんじゃね?」
「無事かロック! 遅くなって悪かった。お前等、早くこっちへ来い! 後ろは見てやる!!」
抱擁する俺達に、合流した時計屋達が辺りを警戒しながら注意する。その直後、リードのライフルが唸り後方闇を打ち抜いた!
「……ハディード」
「やぁ、リード。元気そうだね。今は外れだったけど、もう撃たない方が良いよ。体の一部にガソリンを使ってる。解るよね? ここは水中だ。水に触れればどうなるか」
彼が追っ手か。胸を撃たれた少年は、血を流さずに微笑んでいる。奴も機械人形か!?
「今ならまだ誤魔化せる。仲間を助けたければ戻るんだ。今の状況はかなりまずいよ」
「大和……私…………」
「大丈夫だ。もう二度と、俺はお前の傍を離れない。約束しただろ……誰にだって、渡すもんか!」
撫子の涙で俺の胸元が濡れている。こんな格好じゃ決まらないが、Barockの言うことも解る。スカートの下には、武器が隠せる。足のホルスターから拳銃を手に取り、撫子を庇う。機械の戯言なんか聞いてやるものか!
「せめて男装してきてくれれば良かったなぁ。残念です。勇敢な歌姫。国外に出たことはありませんか? ああ、あってもこの国は情報が知られていませんからねぇ」
「構うな走れ!! Barock道を拓け! リード、俺とロックを援護しろ!!」
礼は後から、互いに生き延びてから伝えよう。黒烏に感謝しながらBarockを俺は追う。撫子の手を引きながら。
「こっちだ大和! もうすぐ潜水艦が……」
銃の扱いに慣れたフォルテとシュリー。俺の手にした銃は飾りのように唯重く。アクション映画を見ているような夢見心地で彼らに唯々ついて行くだけ。Barockの二人と俺は、生きている世界が違かった。俺で役に立てるだろうか。彼らのためにこの引き金を引けるようになれるだろうか?
(なるんだ。ここを逃げたら、そういう奴に!)
誠意を感謝を示すため。受けた恩を返すため。俺と撫子の戦いは終わったのだ。今度は彼らのために彼らの道具になってやる! 彼らが作る未来にたどり着くまで、世界の何処にも俺達の安息は存在しない。
*
「残念だ。実に残念だ撫子。お前は余の妻になる資格を失った」
RAnkabutの後に現れた青年。彼の口調は圧倒的王族オーラ。やばいな。目にしたら二度と生きて帰れない。それでもそんなことで震えるのはロックじゃない。
「へっ、王様。今時そんなの古すぎて粋じゃないぜ」
「ほぅ、これはこれは英雄殿。貴方が映れば視聴率が上がり稼げるのでね。貴方のことは殺したくありませんぞ。お引き下され」
「そうかい、それじゃあその前に一曲どうです王様? 録画すればすげー視聴率になりますよ。俺と相棒の歌は最高に痺れるぜ。逃げた女のことなんか忘れさせてやるよ。歌だけで昇天したくありやがりませんか!?」
俺の時間稼ぎトークに、少年兵士が口を挟める。
「それやめたほうがいいですよ英雄殿。陛下の代で結構国内も変化があったので」
「誰が誰を好きになっても良いだろうが。少なくとも制限のある場所に女連れ込んで相手の好みにケチ付けるのはカッコ悪いぜ」
七月王国の文化か宗教か法律か。王の一存による法かも知れないが、連中の口ぶりからして“海底王”は同性愛者を忌み嫌っているのは確かなようだ。俺の言葉にも目に見えて嫌悪感を露わにしている。
「王様、貴方の花嫁候補は昔から思い合う人がいた。それが女だったって話の何が悪いんです?」
「不自然で不道徳な者が、世界を滅ぼす。英雄殿には解りませぬか?」
「それは人類全員の責任だろう。誰かが悪いわけじゃない。滅ぶなら、みんなで仲良く一緒に死にましょうぜ。みんなある程度汚れてて、何処かは綺麗が残ってる。それが人間でしょう?」
メディアを操っているなら、世論を動かすことも可能だろうに。七月王が何をほざいているのだ。情報でも操れない人の心をも支配したいと言うのなら、それはあんたが神様になりたいって事じゃないか。誰だこんな馬鹿に玉座を与えた大馬鹿者は。
「不況も少子化も温暖化も台風が来るのも地震が津波が起きるのも全部そいつらの所為だって? それは脳みそフラワー畑どころかファイアー畑状態だぜ」
「残念です。解って頂けませんでしたか」
「いえ、もっと語らえば馬鹿な俺でも解るかもしれませんよ。後学のためにご教示賜りたいですが、あんたは花嫁の資格を失った彼女をひっ捕まえてどうするおつもりで?」
「美しい者は私の目だけに触れれば良い。汚れた者は望み通りの偶像に。娯楽となって頂きましょう」
「そうかい、そいつは…………残念だっ!!」
殴られると思わなかったか。殴られたこともなかったか? 俺が一撃加えた相手は、間抜けな面で俺を見ている。…………数秒後。遅れて痛みを感じたようで、怒りに肩を震わせる。何か言われるのを待ってやる必要もないよな。言われても聞こえなかった振りしてやるぜ。
「そういや、うちのロックが世話になったそうじゃねーか!!」
今度は思い切り蹴りを浴びせる。刑務所とストリート仕立ての格闘術を、謎の王様相手に食らわせるなんて最高にロックかもな!
「わかり合えないんじゃ、殺し合うしかねーよなおっさん? 英雄の看板は今日で終いだ!! そんなもん、肩が凝って仕方ねーんだよ!!」
仕上げは頭突き一発! ちゃっちゃと王様を人質に取り形勢逆転。
「そっちの坊やは見ているだけか?」
「子供いじめはロックじゃないんじゃね?」
「武器を振り回せりゃ立派な大人だろ」
煽ってやっても彼は動けない。最初にリードが食らわせたのはとっておきの弾なんだ。ベゼルのウイルス入りの電子弾。機械が接触したなら動作不能となる。
「仲間は来ないぜ。あいつの歌を流したからな」
「“あいつ”……?」
「これ以上の暇は無用です! 撤退しましょうクロウ様!」
「だな! 後は全員合流すれば――……ハッピーエンドだ!!」
*
「……なんてなったらつまらないじゃない」
「お嬢様はそう言いますよねやはり」
「ここまでの陵辱展開フラグたたき折るとはやるわね彼」
英雄クロウ。自身のみならず、周りの人間のあんな展開こんな展開全てをねじ曲げハッピーエンドに向かわせる。
「余程、悔いがあったのねぇ。今度こそ全部を守るって頑張る男の子は可愛いわ」
英雄の魂。前の持ち主とを重ね合わせながら、お嬢様はクスクス笑う。嗚呼、これはまずい。英雄殿は目を付けられた。
「格好いいわね素敵だわー。カタストロフの奴形無しでどっちが主人公か解ったもんじゃないわよねー! ああいう素敵な子が全てに裏切られて絶望して死んでいくのが最高なのよねぇ」
「お、お嬢様……やり過ぎては公開場所を変えなければいけなくなりますし、手心などを」
「とは言え、私も養殖より天然物が美味しいと思うのよ」
一度手にした羽根ペンを、お嬢様は放り捨て……愛おしげに白紙のページをなぞりあげるのだ。第二領主が世界を夢に取り込むように、お嬢様は世界を本へと変えてしまう。彼らにとって、全ては愛すべき暇つぶし。永遠を生きる者。永遠と遊ぶ者にとって、時を忘れさせる娯楽は……なくてはならない食事に等しい。
「ふふふ、誰が悪魔かって話よね。使い魔?」
人の世に住まう愛すべき悪魔に向かって、お嬢様は笑みかける。刹那を生きるお前達も、我々と何ら変わらぬ悪意を持っているではないかと。




