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24:密約のソルディーノ

「ほら、貴方も歌って」

「う、うん……」

「口だけ動かしても駄目よ、真面目にやりなさい!」


 おかしいな。僕はちゃんと歌っているのに。どうして誰にも聞こえないのだろう。もっと大きな声で歌えば良いのかな。すぅっと深く息を吸い込んで、僕はもう一度歌ってみた。

 僕以外の全員がその場で気を失って、僕の歌を覚えていない。幼い頃は原因不明の事故で済んでいたが、成長すればそれで済まない。

 自覚が出た後、僕は歌うことを。人と関わることをやめたのだ。学びの場では歌う機会もありさぼり続ける内に、不真面目だと評価されることも増えていた。


(僕の歌? ……声には“何か”ある)


 普段の声とは違う声。意図して使えば、“何か”が出来る。

 歌姫にとって歌は武器。僕は歌姫ではないけれど、僕の歌声は……“少し”変わっているのだ。出会った時の事をフォルテとシュリーが思い出していたならば、僕にそう命じていてもおかしくなかった。

 フォルテと共に落ちた時、僕は死を覚悟していた。恐怖も不安もなかったが、歌えば何とかなるという……不思議な余裕があって。あの局面で、僕が残ることを頭の何処かで考えていた。もし、相手が機械なら。壊して構わないのなら、僕が残るべきだった。


(何なんだろう、これは)


 僕には“何か”出来たかも。いや、失敗しても死ぬのは怖くないなら、そういう者が残れば良かった。僕が泣いた理由を二人は“寂しさ”と指摘したが――……なるほど、そういう気持ちも感じていた。そう気付かせられた。

 しかしあの時僕が自覚していた感情は。正確には“無力さ”などではなかったのだ。あの場に残る彼らのために“何もしてやれないこと”を嘆いた。彼らは死ぬべき人間ではないのに、死ぬかも知れない場所に置き去ることを“損失”だと考えた。誰にとっての“損失”か……? “世界”にとっての? 何故僕が、そんなことを嘆くのだ? 自分の心が解らない。

(“美しいものが、見てみたい――……”)


 本当に美しいものとは、選ばれた一人が作り出すもののこと? それとも大勢が力を合わせ、作り上げるもののこと? その何方も辿り着けない領域のこと?

 音楽戦争、良いじゃないか。殺し合い滅ぼし合え。醜くつまらない、さっさと滅びれば良いとさえ思った場所を、未練がましく思い始めた僕がいた。一度人を美しいと思えば、様々な美しさが転がっている。そのどれもを拾い集め、守り切ることは出来ないと知り……“勿体ない”と泣いたのだ。全く、愚かだと思う。そんな“美しいもの”を傷付け合わせるシステムが。


(全てが滅ぶのだとしても、せめて……)


 せめてこの両手で掴める、守れる“美しいもの”だけは。決して壊させたくないと願った。僕の腕は二本しかない。他の“美しいもの”が傷つく様に、してやれることは嘆くことだけなのだ。

 失ってはならない。美しいもの達を危険な目に遭わせながら、簡単に逃げ出してしまった自分。世界より個人を選んだ。これまでどちらもどうでも良いと思っていた僕が。フォルテとシュリーの傍に居たいと思ってしまった。機内の中で静かに寝息を立てる二人を見ていると、僕の選択は何一つ間違っていないようにさえ思う。

 気持ちが悪い。いや、居心地が悪い。だと言うのに気が抜けて、心地良い。依存している、この僕が? 執着、未練を他人に対して抱え込む? 初めての感情に戸惑いながら、二人の無事に安堵している。


(歌が、歌えたら良いのに)


 自分自身の理解できない思いを旋律に乗せたなら、少しは楽になれるだろう。今ここで歌えば、機体が落ちることは想像に難くなく……僕も再び瞼を閉じた。



「まぁあの人、“破壊の悪魔”だから」

「お嬢様、そんな身も蓋もない……」

「諦めて? としか言えないわよね。全部あんたの所為なんだからって言うより他に答えようがないじゃない」


 本の中で苦悩する第二領主様。彼の様子に我が主はご満悦と言ったところだ。


「確かに存在する世界でも。あの人の夢と繋がった時点であの人の夢なのよねぇ。夢の創造主が相手なら、物理法則もそれは歪むわよ」

「しかし彼は、夢の中でその異常性に気付けたようですよ。これは大きな意味があるのでは?」

「そうね。だけどあの人は、世界まるごと自分の夢になったことには気付けていない。気付いちゃったら意味がないものね」


 “真に美しいものが見たい”という第二公の願い。幾つもの世界に飛んで見限り……数多の世界を滅ぼした。


「しかしこんなに簡単に美しさを感じているのなら、そんなもの……掃いて捨てるほどこれまでの世界にだってあったでしょうに」

「そうね。それなら変わったのは彼自身なのよ使い魔」


 もう何杯目かも忘れた茶を優雅に啜る物語の悪魔(お嬢様)。もっと大きなティーセットを用意するべきだろうかと俺はしばし考える。


「変わった、ですか」

「ええ。あんたは『海神の歌姫』の世界を覚えている?」

「え、ええ……まぁ」


 あの時俺は、止むに止まれずこの人を裏切った。あまり触れたくない過去だ。俺にとってもお嬢様にとっても。


「第二公はお子様……いいえ、赤ん坊だから子守歌に弱いのよきっと。あの世界で“歌”という概念に触れて、何か変化があったのね。成長したって事かしら。あんの糞野郎……とんでもない古株の癖に畜生――……!!」


 第三公の思惑で、第一公へは負の感情だけが残されている。あの本の中であった、好意的な感情全て……この方は失ってしまわれた。弱体化し封印されたお嬢様には、感情と記憶の欠落が生じている。取り戻すことは彼女の消滅を意味しているため、なるべく刺激をしないよう……俺は言葉に気を付けた。


「つまり第二領主様は、“歌”を美しいものと。“歌”を生み出す人間を、愛しいと感じておられるのですね」

「私たち、音階悪魔な所あるものねぇ。歌姫の傍に居れば、彼も少しずつ力が増していくと思うわ。でも思い通りに操る夢を、あいつは望まない。養殖物より天然物を食べたい贅沢な奴なのよ。――……本当に、残酷な男! もしかしたら、私以上に」


 可哀想にと哀れみながら、全ての元凶が彼自身。彼が眠らず夢も見ず、争いばかりの醜い領地を治めていれば。遠い世界はある程度には最低で幸福であった。

 もはやこの世界は夢であると認めてしまえば、全てを守ることも出来るだろう。お嬢様の脚本能力のように、世界を人を自在に操れる。行く先々、出会う全ての人々に愛されることも可能であろう。しかし、“終末の悪魔”の望みはそんなことではないのだ。

 我々悪魔の中で、誰より人を純粋に愛しているのに。傷付ける以外滅ぼす以外に語らい触れ合う術がない……哀れな存在なのだあの人は。


「魔王の力で世界を操り救った瞬間、あいつは世界を見限るの。あいつが手を加えてしまった存在は、その者自身として死んでしまうのよ。意思も心も魂も――……全てがあいつの物になる」


 それも面白そうねとせせら笑うお嬢様は、正真正銘の悪魔。


「もしも愛しの歌姫に、あいつの幼稚で純粋な愛情が拒絶されたらどうなるかしら? はぁ――……今からワクワクしてしょうがないわ!!」


 ショックで世界を滅ぼすだろうか? 歌姫の心を操り、形だけの玩具にしてしまうのか? そんな物はもう不要と投げ捨て夢から目覚めるか? いやいや、そんな終わりはつまらないと彼女は喉を鳴らして笑う。俺のご主人様は、今日も今日とて魔王であらせられた。


「カタストロフには、頑張って欲しいの。長く長く人として、苦しみ傷ついて生きて欲しいわ。……私が受けた痛み以上の痛みを思い知って貰わないと!」

「……はいはい。あ! お嬢様! 場面が変わりましたね。どうやら東の大陸まで到着したようですよ」



「大和……ウェルだ。起きてるか?」


 扉をノックする。返事はない。僕の声は届かない。撫子を残し、逃亡したことで……彼女は追い詰められていた。


「クッッソォオオオぉおおお!!!」


 まるで、獣のような声。

 遠い異国で目覚めてから、大和は大いに荒れていた。彼女にとってこの状況は最悪に等しい。国が何処かの陣営を選択すれば内乱が起きたかもしれない。しかし戦う前に交渉の機会は得られたはずだ。

 例え何処かの陣営に支配されても、いつかは独立を目指す動きが起きたかも。


「土地を守って、人を守れなきゃ意味がないだろうがっ!!」


 日本政府による音楽中立宣言。これにより表向き祖国は戦争を回避した……。英断と見るか否か。

 領土か人命か、人命か領土か。それは施政者にとって永遠の課題。大和と撫子は、土地よりも人。政府とは逆の答えを持っていた。

 大和達が選択したのは大多数の命と、文化への愛を呼び起こすこと。自国の文化を愛することが、平和に繋がると信じて。

 故に、多少の犠牲を払っても、何処かの陣営に支配させたかった。自国の音楽を、文化を愛し……取り戻そうとする動きを芽生えさせたかった。彼女たちの決起は全て、水泡に帰した。嗚呼そうだ。国の決定は、地獄の始まり。祖国をなんとも思わない僕でさえ、大和の慟哭には胸がズキズキと痛む。

 さらに悪い知らせを彼女に届けることは出来なくて、閉ざされた……扉の前から立ち去った。


「また、駄目だったか」

「大和さん……もう何日も食事に手を付けていません。心配です」


 逃げ帰った僕に、フォルテとシュリーの溜め息が返して寄越す。


「大和さんを預かったのは僕だから。責任を持って……何とかしなきゃ」

「思い詰めないでよシュリー。あんたの所為じゃないんだから」


 思い悩む片割れを、フォルテはぎゅっと抱き締める。二人も食事が進んでいないようだ。


「……“中立宣言”、か。老獪な爺共が考えそうなことだ。音楽戦争が始まれば、何処の国に逃げても無事では済まない。逃げる必要は無くなった……それか、亡命先として国土を明け渡した」


 どんどん音楽で民を支配してください。好きなだけ持って行って下さい。それは彼らの“自由意志”なのですから。“音楽戦争”を嫌う人はどうぞ、我が国で受け入れましょう。


「そんなこと、何時までもは続きません。人が減れば税金だって……国家が立ち行かなくなる」

「そこで亡命者の受け入れ、だ。“誰”の入れ知恵だろうな。こんな答えが出せるなら、時間は必要なかった」


 犠牲を払っても、将来的に国が豊かになるのなら。人の命は紙切れ同然。文化を誇りを手放した国にはもはや、守るべき国民がいなかった。

 人種の垣根がない……それ自体は良いことだ。しかし。何がこの国なのか。国民という頭数さえ揃うなら、それは誰でも良いのか? 自国の音楽も守らず他国に売り渡した時に、もはやあの国は死んでいた。

 音楽戦争から逃れる亡命者で、今より国は豊かになるかもしれない。それでも……この国は、死に絶える。唯、地図に名前が残るだけ。

 僕の心が死んでいたように、故郷は既に死んでいた。僕はフォルテ達に出会い、生き返った気がするが……あの国は撫子の決意によっても蘇ることなく黄泉へと帰った。亡骸を食い散らかすことはあれど、死んだ者を再び殺すことは出来ない。故郷を離れたというのに、寂しさも感じないのは恐らくそんな理由から。


(亡命、か)


 他人事ではない。今の僕らも同様の立場に甘んじていた。ここは969メイカー最大拠点である州の大病院。大和の精神状態の回復と、シュリーの治療のためにここにいる。立場のはっきりしないまま……いつまで置いてもらえるのだろうな。


「……黒烏にはまだ、会えないのか?」

「ええ。まだ手術をしたばかりだし、しばらく絶対安静なんだって……」


 余計なことを言ってしまった。黒烏の話題にフォルテが落ち込む。


「今回の件で、彼は生きた伝説となった。969メイカーは三強を超えた一大勢力にまで成長したわ」


 そんな大事な時なのに、リーダーが動けないのは問題だ。そしてその……問題の責任を感じているのがフォルテ。それでも聞かなければならない。亡命してから一週間――……何時までも時計屋の世話になる訳にはいかないのだ。僕たちは選ばなければならない。このままここに留まるか、Barockの本拠地に戻るか。

 シュリーには教会からの連絡が後を絶たない。その一方でフォルテの方は、マフィア組織から連絡の一つもない。


「歌姫にとって、耳は声の次に大事なものよ。私が彼を巻き込んで……彼から耳を奪ってしまった」

「もう片耳も……なのか?」

「耳栓をした方は聞こえているけど、以前よりはよく聞こえないそうなの。今は、回復を祈るしか……」


 黒烏の片耳は、あの戦闘で聴力を失っていた。内臓へのダメージもある。


「シュリー。彼の容態次第だが、最悪の場合私は……、Barockを抜ける」

「リュール!?」


 何を言っているのか信じられないと、シュリーは目を見開いた。


「でも、出来ることなら――……お前が抜けて欲しい」

「そ、それこそ何を言ってるの!?」

「このままBarockにいたら、今度こそ……お前は死ぬ」


 嫌な話ばかりが続くが、目を逸らし続けることも出来ない。世界情勢が動いているなか、それは命取りになる。とうとう二人はフォークを置いて、食事を中断してしまう。


「シュリー、落ち着いて聞いてくれ。今回の件は……ボスがリードにお前の暗殺を命じたことが始まりだ。私とお前の仲を、組織は目障りだと思い始めた」

「……!?」

「だけど、私とリードは組織の意向に背いた。ボスから連絡が来ないのも、向こうも私の離反に気付いたって事だと思う」

「…………リードはリュールを守るために、組織を裏切りRAnkabutに付いたんだよね。リュールは見逃してもらえるように」

「……そんなんじゃ、ない。あいつが守ろうとしたのは、俺の……墓場まで持って行かなきゃならねぇ秘密だ。だからなシュリー。“俺”は今、墓に埋まっても構わないんだ」

「……“私”がリュールとして時計屋に付く。リュールは私として……Barockに戻る。私を死なせないために。…………そういう話?」


 対話の内に、二人の口調が変わる。二人は今日の姿とは逆の言葉遣いで向き合った。


「二人で教会に戻ろう、“フォルテ”。組織のことは私が上に掛け合うから」

「今、内輪揉めは起こせない。そうなれば、RAnkabutの思惑通りだ。そうなれば……戦場になるのはBarockの領土」

「……だから、時計屋と組む。彼らが今や一強でしょう? 彼らが味方に付けば、ボスも手出しは難しいはず」

「これ以上、クロウに迷惑は掛けられない! あいつは俺の所為で……大事な武器を、失ったんだ!!」


 音楽戦争を、“最も平和的な方法で終わらせられた”かもしれない男。彼に取り返しの付かない怪我を負わせた。フォルテの望みは、シュリーの身の安全と969メイカーへの罪滅ぼし。どちらも叶えられる道は唯一つ。シュリーとフォルテが共に、Barockを抜けることだった。


「シュリーがここに残るなら、俺自身が償える。でも……お前が帰るというのなら、俺の罪をお前に背負わせることになる」


 それでも生きていて欲しい。頭を下げるフォルテを前に、シュリーは悲しげに俯いた。


「…………それなら、あの男が頷けばいい」

「ウェル……?」


 割り込んだ僕の言葉に、縋るような四つの目。その内二つは数秒で、瞬間的な怒りに染まってしまったが。フォルテの本音は別にある。


「……馬鹿! そんなこと出来るわけがっ」

「飛び降りた時だって、君はそう思っただろう?」

「ウェル…………本当に、やれるのか?」

「失敗しても、僕は君の側に居る。だから……僕に、やらせてくれ」


 フォルテが死にに行くのなら、約束通り何処へでも行く。Barockにでも共に戻ろう。力強く頷く僕に、フォルテが「任せる」と……掠れた声を吐き出した。大和の殻を破れなかった僕だけど。今度の仕事は少しだけ……勝算があったのだ。


「……“解ったわ”。大和のことは私に任せて」


 強い意志を宿した瞳で、フォルテが僕に頷き返した。



「お前、見かけによらず大胆なことするんだな」


 窓ガラスを開けた後、嫌いじゃないぜと黒烏が笑う。彼を軟禁する病室は、ひんやりとした空気が流れていた。


「通路のセキュリティが厳しいからって、窓から入り込むかねぇ……そもそもこの高さだろ? 落ちたら間違いなく死ぬってんのに」

「前に落ちたことあるからそこは別に」

「変な奴だなぁお前……。てっきりお前がТро́йкаの二番目かと思ってたのによ、Barock側の人間だったりしやがるし」

「思い込みが激しいとか言われませんか?」

「いいや? 馬鹿だとはよく言われるけどな! ははははは!」

「そうですか。では頭以外の怪我は?」

「……大きな声は出せそうにないしな。もう少し近付いてくれると助かる。……まだ聞こえ難くてな」

「解った。貴方はそのまま……」


 命綱を使い、窓からの侵入を図った僕を黒烏は快く出迎える。もう起き上がれるのか……聴力以外の怪我は快方に向かっているようだ。……とは言え無理は禁物だ。僕は彼を再び横にならせて、傍らの椅子に腰を下ろした。


「それで? Barockのウェルメイド君? こんな夜中に密会とは、またサインが欲しいって話じゃなさそうだ。急ぎの話なんだな?」

「…………これを。絶対に聞かないで。聞く場合は小さな音で再生して、耳栓をして。これの音だけ解析して欲しい。貴方の伝手なら可能だろう?」

「解った。具体的には何なんだ?」

「……僕の“歌”、です。壊して良い物がある場所でなら、実演する。信じてもらえるか解りませんが、僕は相手に悟らせずに気絶させられる。頑張れば、殺せると思う」

「そうか。寝ぼけてやって来たってことにしてやりたいが、そんな顔には見えないな……解った。仲間に解析させた上で判断する」


 僕が渡した記録媒体を懐に仕舞い、黒烏はじっと僕を見据えた。


「仮に、だ。その言葉が真実なら、お前はお前自身を交渉の切り札と考えている訳だな? 俺に、時計屋に何をさせたい?」

「Barockと協力して欲しい。教会側だけで良い」

「ああ、そのことか……少しは俺も知ってるぜ。連中、表と裏から勢力拡大した所為か、内部が結構まずいことになってやがるんだよな。フォルテの奴……気にすんなって言ってやったんだが――……やっぱ、気にするか。良い奴っぽいもんな、あいつ」


 くしゃくしゃと髪を掻き毟り、黒烏は何度か溜め息を繰り返す。


「要は、教会と裏社会の潰し合いにあの子ら巻き込まれてるんだな。互いに殺し合いをさせたくなくて、まだまともそうな教会側に二人の歌姫を守らせたい。うちとBarockは毛色が違い過ぎる。連中がうちに亡命したとなると、信じてついて来ていたファンが暴動を起こしかねない。そうならないため、協力関係……ってか」

「…………Barockと組むことは、あなた方にとっても価値がある!」

「価値もあるが、害もある。うちは自由が売りだ。何処にも属さず誰にも縛られない。それが三強の一つに入れ込んだら、いいのか? 周りは敵だらけになるぜ?」


 頂点である時計屋と三強がBarockが手を組めば……Тро́йкаもX-TrionもfolcloreもRAnkabutも一斉に敵になる。勢力が拡大することで、他から見過ごせない脅威となることを黒烏は望まない。唯でさえ、969メイカーは株を上げすぎた。

 彼らが望むのは、音楽のように誰もが持っている“自由”を守ること。彼らは自ら望んで領土拡大を望まないから領土とファンが増えたという矛盾の権化。そんな彼らが音楽戦争に挑むBarockに肩入れすることは、彼らを支持するファンを裏切る行為。


「ファンを、裏切りたくない……ってことですか?」

「好き勝手やる俺達が好きで、ついて来てくれた連中だ。ついて来てくれる奴らも大勢居るだろう。だが、俺達は守るために戦って来た。格式張った奴らからは、野蛮な連中だと思われてるが……戦うのも歌うのも、殺すためでも奪うためでもねぇ」


 奪われた自由を取り戻すためなら戦う。自由が奪われそうなら力にもなる。人間らしく自分の意思で生きられるように。


「音楽戦争で、防戦一方っつーのは……本当に難しい。今が最盛期な時計屋でも、やり遂げられる自信はねぇ。守るために、生きるために……奪う側になる必要が出て来るのかも。ああ、そうなりゃ……何処かに手を貸すことも出て来るだろう」

「決断は早いほうが良い。何かがあってからでは遅過ぎる」

「それならBarockは。俺達に何をしてくれる? 俺達がお前等を保護しているのも、成り行き半分、見返りへの期待半分だ」


 この場で確認できない切り札の他、カードはないのか。問われて僕が答えられないことを彼は知っている。僕はBarockを率いていない。僕の一存で組織を動かせるはずもないのだ。僕の手に残っているカードは、後……。


「善意半分、成り行き半分ではなく?」

「ははは。あのなぁ……俺達を、正義か何かと勘違いしていないかウェルメイド? 俺は……見ているだけではいられない。馬鹿だから、見なかった振りも出来ない。そのまま見過ごせば、踏み潰される弱い者。明日の目覚めが悪くなる。俺が上手く歌えなくなる。だから手を貸しただけだ」

「その結果が、今ある貴方の組織だろう!?」

「Barockは。あの子らは弱い者じゃない。立派に殺し合える牙がある。片側庇えば此方も無傷じゃ済まねぇ。勿論……俺一人だけなら、喜んで手を貸したい。だが……今の時計屋はでかくなり過ぎた。今回のことで身に沁みたんだ。俺が無茶すりゃあ、ついてくる馬鹿が大勢居る。命を投げ出す大馬鹿共が」

「……ロックさん。彼はグラム大統領のお子さんでしたね?」


 二枚目の切り札を出したところ、黒烏の表情が一変。彼との会話の中で初めて敵意を向けられた。彼にとって、大事な相手なのだろう。


「此方はまだ信憑性があると思います。どうぞ。外からの情報は、遮断されていたので情報を集めました」


 僕が携帯端末を差し出すと、黒烏は手荒く奪い取る。


「…………ロックのことを、よく調べたな。国家ぐるみで隠されてるってのに、よくここまで」


 並べられた情報に、やがて黒烏は笑い出す。その頃には、僕への敵意はなりを潜めた。代わりに……彼の敵意は端末内へと移行する。


「お前の主人は音楽戦争が始まる前に、マフィアを一掃したいんだよな? それはいいことだ。こっちの国内にも不審な動きがある。手を組むことに俺としては異論はない。問題は――……政府の方なんだよな」


 お前が調べて来た通りだと、黒烏は相棒の素性を語った。

 彼の父親……北米の大きな国の大統領。まだ若かった頃のグラム=ルーフに捨てられた女が産んだ子供がロックであると。


「元はしがない議員だったんだが、俺達を利用してあの地位まで成り上がりやがった。俺達はあいつの言うことを聞かないし、ライブ場所を提供してくれるパトロンってだけなら良いんだけどな。あのおっさん、大法螺吹いてやがるんだ。自分なら時計屋を動かせるってな」

「国は貴方と彼の接触を禁じて、貴方をここに閉じ込めている。彼の不在と貴方の治療――……トップである二人が消えれば、“何者か”は組織を乗っ取れると考えているのではないですか?」

「そんなもん……“国”しかいねーだろ…………」


 黒烏を病室に隔離し、ロックの情報を流さない理由。それは大統領自身が彼を救い出し、黒烏に恩を売ることだ。世界で最も影響力のある男を手中に収めたい。我が子を餌に使っても。聞いていて酷い嫌悪感に吐き気を覚える。


「基本的に969メイカーは政治とは無関係の組織だが、ロックはそうもいかねぇ。あいつは大統領のお坊ちゃんだからな。撫子と同じさ。それまで見向きもしなかったのに、有名になった途端“こいつは使える”って認知されたんだ」


 大統領自身は、音楽戦争に乗り気だと言う。時計屋の力を利用出来たなら、最も勝者に近いのはこの国なのだから。


「しかし、大統領からも情報を盗むか。窓のセンサーも……当然あったよな? ははは、よく侵入できたもんだ。そうだな。お前は大した男だ、敵に回したくないぜ」


 僕が探り出した情報を前に、僕の侵入能力を黒烏はようやく理解してくれた。


「黒烏さん……貴方が望むのなら、今の彼の状況も手に入れられる」

「国より先に、あいつを取り戻せるって?」

「情報が公表されない理由があります。この先は、映像をどうぞ」


 僕は一度端末を返して貰い、動画を再生してやった。今流している物は、あの後のテレビ局の映像だ。“彼”のセキュリティを破り、容易に映像を入手できたのは“その後”の管理者が杜撰な無能であったため。


「あの後テレビ局を、再びRAnkabutが襲撃しました。ロックさんも撫子も彼らの手の内にある」

「……ベゼルは」

「…………解りません。彼は技術の機密情報集合体。敵を巻き込み自爆したように見えました」

「くくく……内分裂してんのは、お前らの所だけじゃなかったな」


 ロックが捕らえられたことで状況が変わった。この国は、彼をどう使うか考えている。助けて使うか、その死を有効活用するか。黒烏も969メイカーの頭なら、仲間一人のために大勢の仲間を犠牲に出来ない。しかしたった一人の相棒のためならば。黒烏という人間個人は……動く以外の道がない。


「時計屋の戦力、領土ではなく……俺だけの力を寄越せって話なんだな、“Barock”?」

「決めるのは、貴方の“自由”だ。そんな貴方に付いて来るかどうかも、貴方の仲間が“自由”に決める」

「…………少し、時間をくれ。明日の夜までで良い。それまでにもっと、手に入れられるだけ情報を集めて欲しい」

「解りました」

「それから……明日の夜は、俺をここから盗み出せ。出来るか? 凄腕のウィザードさんよ?」

「……勿論。必ず迎えに来ます」 

 実在する人や団体、国には迷惑は掛けないよう……こんな未来は嫌だという近未来の話なので、実在の国名は極力出したくなくて、大陸とか大まかな地域くらいしかなるべく書かないようにしています。国! 国! ばかりでは話がわからないなこれと思い、自分が住んでいる国は流石に出してしまいましたが。ぼんやりと、あの辺りかなと想像して頂ける程度に留めるつもりです。

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