23:幕開けのアルバ
もうすぐ長い、夜が明ける。状況が変わり、僕らは皆……テレビ局の最上階に退避している。政府発信の緊急ニュースでは、まもなく藤原首相からの発表があると流れた。固唾を呑みモニターを凝視しその時を待つ……ような、緊張感もそう長くは続かない。年若い歌姫達は、再会を心から喜び泣き笑う。崇められる偶像などではなく、人間としての彼らの姿を僕は垣間見た。
「シュリーっ!! 良かった……ほんと、よかったぁっ!!」
「もう! そんなぎゅっとされたら……痛いよ、リュール」
泣きながら抱擁するBarockの双子。少し離れた場所でそれを眺めるリード。
「あああああ!! ローザ姉さんっ、どうしてそんなボロボロにっ!」
「兄様っ!!」
姉ローザへ駆け寄ろうとした所を、エカテリーナに飛びつかれるイリヤ。Тро́йкаの歌姫達はフォルテ達より騒がしい。戦闘を請け負ったエカテリーナはピンピンしているが、ローザは負傷していて元気がない。……969メイカーのクロウもそうだ。
しかしローザは自身の治療を終えた途端、クロウの側で甲斐甲斐しく世話を焼く。彼の仲間達は困惑しながら生暖かい目でそれを見守り、クロウに助けを求められていた。
「クロウ様……こんなにまでなって、皆を。私を助けようと戦ってくださったのですね。このローザ! 惚れ直しましたわ!! 弟と妹を助けて頂いたこと、感謝いたします! ささ、お疲れでしょう? ゆっくりお休みになって? 僭越ながら私の膝をお貸ししますわ」
「勘弁してくれ……こんな所撮られたら殺される! お前ら、何してんだ助けろ!!」
「お前功労者だしそのくらい、ありじゃね?」
「ねーよ! 俺知ってんだぞ! ちょっとでも良いことがあれば反動で絶対酷い目に遭うんだよ!! そういうもんなんだよ人生ってのは!! たーすーけーろー!!」
「……助けたいけど、俺も違う奴に捕まってる的な」
苦笑を浮かべるロックの腕にはがっしりと、抱きつく少年の姿。細身に見えるのに、ロックを完全に拘束している。彼こそが時計屋が持ち出した最終兵器“ベゼル”。機械との戦いにおいてデジタル上でもアナログ物理戦闘でも圧倒的火力&防御力で全てを守護する鉄壁要塞。彼一体のために●年分の国家予算が使われているとかいないとか。
「そろそろ迎えが来ますからねロック様? 約束ですからね! もう逃がしませんよあはははは! またあの白い家でロック様のお世話が出来るのが嬉しいですよ!」
「もう黙ってくれベゼル」
そんな風にテレビ局の最上階は、ちょっとした再会劇が繰り広げられている。その傍ら、数人……表情の暗い奴もいて。僕もその内の一人。
(そうだ、まだ……安心は出来ない)
……まだ、この夜は終わらない。正式に、国は答えを出してはいないのだ。血を分けた娘が命がけで反乱し訴えても、首相は暗殺者を差し向けた。“歌姫の盾”がどこまで通じるのだろう?
主要な歌姫が消えたなら、クーデーターの鎮圧に移行できる。×××――……X-Trionと手を結んだ日本は、歌姫を排除する目的を持つRAnkabutに罪を着せ……RAnkabutはその代わり、主要歌姫の皆殺しという成果を得られる裏取引。
まだ国がクーデター鎮圧に着手できない理由は、RAnkabutの暗殺失敗。取り戻した電力で、歌姫の無事な姿をクーデター側は発信する。傷ついた歌姫達の姿は、信者の怒りを煽れる。
Barockのクラヴィーア、Тро́йкаのローザ、969メイカーの黒烏。英雄と三強の歌姫が重体を負った様を流すことで、国は動けなくなったのだ。この先の言い訳、行動……一つでも誤れば、X-Trion以外の全てを同時に敵に回す重大な局面。 他国の顔色を伺い過ぎれば今度はX-TrionとRAnkabutからの報復を覚悟しなければならない。ある意味で……僕ら以上に四面楚歌。今回の件で、反発は国内からも興っている。
「音楽で語るクロウ様傷付けるだなんて許せない!」
「よくもクラヴィーア様にあんな大怪我をっ!! 本当に生きていらっしゃるんだよな!?」
「ローザ様はご無事なの!?」
「時計屋を守れ!! いいや、歌姫達を守れ! 派閥なんか関係ない! 今こそ、俺たちも目覚める時だろう!? 歌で戦う彼らが傷付けられていいはずがない!!」
街が目覚める。どこからか集まった信者達が、街へと雪崩れ込んで来た。英雄達の活躍により集まった、テレビ局を包囲する奴らを包囲する群衆。彼らの掻き鳴らす音楽はまとまりがなく騒がしい。信じる派閥も違い、異なるメロディ。合わさり響く不協和音。美しい旋律とは呼べないが、熱い魂が宿っていて……不思議と心地よい騒音だった。これが夜明けか。暗殺者達の静かな夜を打ち破る、新たな時代の幕開けとでも言うのか。
ファン達は愛する歌姫達のよう、……音楽で訴える。政府は民間人を無差別に攻撃してまで鎮圧する気は、……今のところはない。歌姫と彼らの力で、戦線は再び膠着状態まで戻る。
この均衡を作り出したのは、969メイカー。僕らがつかの間の休息に浸れているのも、投入された機械兵器を無力化する存在と、リーダーである黒烏のおかげ。
ファンは非暴力など讃えているが、黒烏の演奏の影で恐ろしい盾。いや恐ろしい矛盾が彼を守っている事を、彼らは知らない。
「まぁ……これも一周回ってロックじゃね?」
交渉のカードを切るには、理想だけでは意味がない。戦いを防ぐため、見せつける戦力が必要なのだと黒烏の相棒が言う。彼はいい加減、フォルテの服から着替えたいようだが物資がなかった。いまいち決まらない人だ。
「……ああ。最高にいかしてるぜお前ら。後は……お偉いさん方も、クールな答えを用意してくれりゃあ俺も歌った甲斐があるんだが」
ローザからの膝枕を受け、死人のような顔色の黒烏。彼女の弟からは怨念の籠もった熱い視線を注がれている。敵対勢力の二人がどうしてこうなったのか僕にはよく解らないが、彼の頬を撫でるローザは幸せそうだった。黒烏は此の世の全ての不幸を一身に背負ったように青褪めていた。
「浮かない顔アル」
「……そっちも」
青褪めるという程ではないが、暗い顔。壁に背を預けた僕の隣へ、やって来た歌姫二胡。folcloreの連中も、暗さ担当側だった。ワヤンは負傷していてまだ目覚めなていない上……彼女たちの内から裏切り者が発覚した。鈴篠 神楽はX-Trionの歌姫ユアンリャン。おまけに彼女の体は――……その大部分が機械で出来ていた。それこそが、僕らの憂鬱の理由にあたる。
(機械兵器を投入なんて、歌姫の盾は……表向き以外では通用しなくなっている)
歌姫を傷付けただけで開戦の理由になる。そんな世界情勢で、歌姫に兵器を向けるなど……通常ならばあり得ない。だからこそ。大和と撫子の再会も、重苦しい空気になるのも頷ける。彼女達の仲間は、誰一人として笑ってなどいなかった。
「歌姫を一カ所にまとめて始末できたら大きい。先日のライブでそれを行わなかったのが不思議なくらいだ」
「あの場には主賓として首相がいたアル。見境なしのテロリスト、ナイ」
「…………君はまだ、この国が奴らと組んでいないと思っているのか?」
「交渉材料、気の利いた手土産アル。機械兵器で退路を奪たネ。手を組んでいるなら、さっさと発表してるアル」
二胡曰く、この国がどの陣営に属するか。大和と撫子クーデターを利用する形で、RAnkabutとX-Trionは動き、圧力を掛けた。そして歌姫を皆殺しにしたい勢力が最新技術を投入した。命を奪うために、命ある者が向かう必要はもはやない。価値ある歌姫を傷付けないために、此方に攻撃できないという大前提が覆された今。首相の回答次第では、戦況は大きく動く――……前哨戦の終焉に。
「いよいよ音楽戦争、アル」
時代が動く。歌姫が歌ではなく、武器を手に持ち戦う局面。民を煽動し戦へ駆り立てる戦女神に変わる局面に。
こうして音楽戦争に深く関わるようになってからも、まだ僕には実感がない。この国の人々は大抵そうだ。例え好きな歌姫がいたとしても、まさか彼女たちのために自分たちが殺し合いを始めるなど想像もしていない。すぐ後ろまで来ていた足音に気づかぬまま、振り向けばそんな所に立っていた。
「腹立たしいアル! あいつらも、我達も……泳がされた!」
二胡は何のために歌姫になったのだろう。今の状況を喜んでいる風には見えない。それもそうか。この国は文化伝統の観点でfolcloreに加入していた。すでに傘下に収めたつもりでいて、彼女は飼い犬に手を噛まれたようなもの。何もかもがまやかしだった。誰にぶつければ良いか解らない怒りが彼女の内に渦巻いている。
「それでも彼女の目的は果たせたんだろ。彼女は国民に……真実を伝えるためにこんな戦いを始めたんだから」
大和と撫子がクーデターを起こさなければ、彼らは僕らは何も知らないまま流されて死んでいたのだろう。彼女たちが立ち上がった意味ならあった。
「瞿麦女士は良くても我は大損! 何か寄越せアル!」
撫子と僕を見比べての発言なので、それは彼女のことを言っているのか。何故僕が……と思いはしたが、地下で騙し討ちにしたことを根に持たれていた。
「じゃあ、はい」
「……何アル?」
「少しは世話になったし、僕のサイン。いつか価値が付くかも」
今後もfolcloreと協力することがあるかもしれない。Barockから渡されていた名刺に名を書き渡してみたが、二胡はその場に投げ捨てる。
「不用了!! 垃圾アル!! 燃える垃圾アル!!」
彼女は名刺を数回踏みつけた後、文句を言いながら拾っていった。Barockへの連絡窓口を、入手していて損はないと判断したらしい。
(歌姫ワヤンのこと――……シュリーは気になるだろうからな)
色々あったが、ワヤンは大けがを負っている。暫定的なリーダーは二胡のままだろう。彼女はシュリーに興味があるようだった。回復すれば連絡くらいしてくれるかも。
Barockも一枚岩じゃない。いざという時のため。シュリーとフォルテを守るため……、他組織との関係も良好に保ちたい。
(そうだ。出来れば大和達とも――……)
《我が国は――……》
「皆様、お静かにっ!!」
撫子の号令により、皆は雑談を止める。モニターに映し出された映像は、政府放送。藤原首相による臨時ニュースが始まった。一瞬にして緊迫した空気が流れる!
あれが、撫子の父親。ニュースで見慣れた顔だが、彼女と似ているのは目の印象だけだ。ここまで音楽侵略を放置した男とは思えない、真剣な眼差しで……彼は前を向いていた。
《我が国には思想、信仰の自由があります。音楽も同様に。今後も国内ではいかなる音楽をも禁止することは致しません。恒久の平和と安全を、我々は皆さんにお約束致します!》
「ふざけんなっ!! 何処にも付かねぇつもりか!?」
誰より早く、吠えたのは大和だった。
「何処にも肩入れしないってことは――……誰の味方にも、敵にもならないと言うこと? それで平和が守られると思っているのかしら?」
「…………表向きはな。裏では“好きにしろ”ってことだ」
「……それってどう違うのですか?」
「この島を、戦場にしないでくれ。だが、歌姫の呼びかけに応じて国外に流れ戦う者が居ても国は止めない。歌で民を持って行っても構わない。そういうこった」
カチューシャ、イリヤの問いかけに……応えたのは黒烏。彼に続いたローザの表情も、彼同様に硬い。共に傷ついて時間と多くの命を守った。その結果がこれではショックを覚えても無理はなかった。
「治安維持。形骸化した平和の存続。国内での犯罪は、国内法では裁くということでしょうね」
「ちょっと待つアル! それなら我達はどうなるアル!?」
臨時ニュースを受け、撫子は天を仰ぐ。行き止まりの灰色の天井を。“今日の平和を守るため、異分子であるクーデターは鎮圧する。例え武力を行使しない反乱であっても”……そう、国の方針が定められたのだ。彼女達はたった今、救国の女神から大罪人に変わったのだ。
「本当に、ありがとうございました…………皆様、脱出の準備をお願いします。全ての責任は私が取ります。皆様には何の咎もありません。皆様の人道支援、深く感謝致します」
戦闘に巻き込まれる前に脱出を。決断を下すのがあまりに早い。撫子は、どんな結末になろうとも……全ての答えを決めていたのだろう。僕が路上ですれ違った時にはもう……彼女は覚悟を決めていた。僕は今一度……お花畑と馬鹿にした少女への評価を改めた。
「皆さん、屋上の方へお急ぎ下さい。第一便が到着しました! その後もヘリコプターが次々来ますので……まずは歌姫様方の退避を優先し、重傷者はその次に……その次は我々に協力してくださった順番にТро́йка、Barock、folcloreの関係者を乗せてください。我々は、負傷者であっても一番最後です」
「撫子、時計屋は?」
「大丈夫よ大和。黒烏様が辞退されました。そちらは専用の迎えが来るそうです」
自分が一番重傷なのに。大所帯の969メイカーはクーデター側の手を煩わせない配慮をしている。…………出来た男だ。初対面時の軽い調子からは想像出来なかったが、いくつもの戦線を潜り抜けた英雄というのは本当らしい。そんな彼らを見ていると……なんだか、不思議な気持ち。複雑な感じがする。
「カチューシャさん!?」
「忘れていたわ撫子。姉さんを先に逃がしてくれたお礼がまだ」
屋上に留まっていたヘリからぴょんと、飛び降りる少女が一人。重火器を補充してきたのか。物騒な装備を手にした少女が微笑む。
「まだ戦い足りないの。やれるわ……私、交渉も得意なのよ? 貴女に手荒な真似をするようなら。本国からの許可もある。私たちが一番最初に付いたなら、一番最後までいるものよ。一番最初に逃げられないわ」
何処かの三強とは違うのよと、Barockは挑発されている。フォルテは悔し気に、思わずリードに命令を出しそうになり寸前で堪えていた。
「一番最初は、俺たちじゃね? なぁクロウ?」
まだ乗り込んでいなかったのか。969メイカーのグラサン……ロックは機械少年を撫子の方へと向かわせた。
「交渉なら、俺か。ま……俺なら撫子ちゃんの盾くらいにはなるんじゃね? いいかベゼル、俺は言ったな。そこの撫子ちゃんを守ることが……彼女と一緒に帰ることが、俺が国に帰る条件だって」
「解ってますよロック様! 僕は撫子様が国へ着くまで全身全霊お守りします!」
「いや……なるべく穏便にだなベゼル…………! 親父に撫子ちゃん会わせるんだぜ?」
969メイカーは、ロックと彼の従者であるベゼルという奇妙な少年。小柄な彼が、クーデター側最大戦力とは誰が思ったことだろう。
これまで興味もなかったが……調べてみるとロックという男、何一つ正確な情報が出て来ない。彼についての情報が意図的に偽装され、真実は消されていたのだ。彼の側で上機嫌の機械少年。彼はホームセキュリティロボットなのだと言うが、白い家白い家と連呼する……彼の家は広すぎた。
「とんだ伏兵ネ。将を射んと欲すればまず馬を……アルが馬の方がサラブレッドだったアル!! ロック様! 傷、痛むナイ? 我、薬あるアル!」
「アルフ様、ロック様に得体の知れない物を与えないでください。本国から許可が下り次第射殺します許可が下りなくとも次同様の行動をしよう物なら発砲します」
「何アル!? 唯の惚れ薬ネ!!」
「ロック様には撫子様という将来が約束された女性がいます! 余計なことは許しません! 家庭の平和は僕が守る!」
folcloreは歌姫アルフが残るのか。彼女は目を輝かせて、ロックに近づき機械少年と火花を散らし始めた。
「おい撫子……なんだよあの男」
「黒烏様の策なの。かの国との関係を考慮すれば、極刑は免れるって」
撫子が大統領令息ロックの婚約者を名乗れば、政府も武力による鎮圧は難しくなる。今の平和を守るなら、他国を敵に回す行為は控えたい。内乱罪でも死刑や終身刑を逃れ……恩赦で刑期が縮められる可能性があると。
水本黒烏……半死人のような有様で、知恵が回る男だ。彼を敵に回したくない、回す未来があるならここで息の根を止めておきたいと……考える者もこの場には幾人かはいるだろう。
(改めて考えると、すごい連中だったんだな……あの人達)
時代を、世界を動かす者が一同に会したこの場所で。日常でも非日常でも、僕は異分子だ。僕だけが何も変わらない。何も出来ていない。誰の力にもなれない。劣等感と憧れを、同時に抱え込みそうになる。
「ウェル……?」
シュリーの手を引き僕の側へとやって来た、フォルテが目を見開いている。その後に、小さな手で僕の頬へと触れたのはシュリー。
「貴方が泣く必要はないんですよ、ウェルさん」
言われて気付く。しかし何故、今僕は泣いていたのだろう。目にゴミでも入ったか。二胡の捨て台詞は呪術だったか。
「泣くなよ馬鹿。お前を置いて行ったりしない。お前の大声で切り抜けられる状況じゃないからな」
「フォルテ……」
お前が残れと言われると思い、僕が泣いていたと思ったのか。フォルテが呆れる風に僕を見た。
「うちではリードを残す。あいつもそれを望んでる……あいつの分まで、あんたがしっかり守りなさいよね」
乱暴に、フォルテがもう片方の手で僕の腕を取る。撫子一人を首謀者として置き去りにすることを各陣営は拒み、各々の戦力を僅かに残すことを決めていた。
「……リード」
「次に会うことがあれば、まともな撃ち方を教えてやる」
別れ際、リードは僕に弾の箱を押しつける。僕らのやりとりを見たフォルテは、リードに言葉を投げかけた。
「リード、“俺”への忠誠を示せ。この場を潜り抜け、必ず戻れ。いいな」
「……はっ!」
リードを残す理由はRAnkabutの者が来た場合への対応と、信頼の回復……贖罪の機会。シュリーを撃ったリードのことを、フォルテは無条件では許さなかった。彼とすれ違った時「頼む」と小さな声が聞こえた。……そんな気がした。僕が気になり振り向くと、口論をする少女達の姿が映る。
「さぁ大和。貴女も……」
「撫子……俺も残る」
「大和。言ったでしょう? 貴女はこれから何があっても、Barockの味方になってと。大恩を徒で返せないの。どうか……解って」
「でも! お前にだけ責任を取らせるなんて俺は嫌だ! 一緒だって言ったじゃないか!!」
互いを思い合う少女。二人の望みはささやかな物であるだろうに。背負う物は大きく重い。彼女たちでは支えきれず、押し潰される……その時は刻一刻と近付いている。
「貴女はよくやってくれました。……後は、私の仕事です」
まるでここは天守閣。撫子は総大将の身であるのに、殿を務めると言う。全てを逃がすまで彼女は逃げない。否、全てを逃しても彼女は逃げない。
「大和……」
熱っぽく彼女を見つめ、撫子が顔を近づけた。――…………と思いきや! 直後に大和がその場に崩れる。
「お……い、撫子…………お前、いま、俺に何を……」
「……お願いしますね、Barockの皆様」
睡眠薬を飲ませたのか。自分の意思では動けなくなった最愛の人に撫子は手を振ると、各陣営に感謝と別れの言葉を伝え、脱出を急がせる。空からの攻撃を防げるのは、夜の内だけ。夜が明ければ脱出も難しくなるという判断か。一人また一人……最上階から少しずつ、人が減って行く。
「何してるのウェルっ! シュリー!! あんたも早くっ!!」
梯子をなかなか登らない僕らを、フォルテが呼んだ。フォルテは黒烏を運ぶ手伝いで、一足早く搭乗していた。フォルテはそのまま969メイカーの航空機に乗り込むようだ。黒烏の怪我はフォルテを守ってのことらしく、放っておけないのだろう。残る人々に対し、後ろ髪を引かれていた僕同様に……シュリーも足を止めていた。迷いを感じさせる弱々しい声色で、シュリーが僕の名を呼んだ。
「ウェルさん……」
飛行機がどこへ向かうか心配なのか。確かに……黒烏達は本国まで戻るだろう。国内に仲間を大勢残したまま逃げるのは不安なのか。
「大丈夫だよ、シュリー。さぁ」
僕はシュリーの背を押し促す。僕もそれに続くと、シュリーは明らかに安堵していた。シュリーが不安だったのは、フォルテとの道が分かれることだったのか。時計屋に肩入れするフォルテと同じ機体に乗り込むことで、自身の陣営を裏切ることを恐れていたのだ。
「……はい」
僕が共にいるのなら、そこが自身の陣営だとシュリーは頷き微笑むと……シュリーはもう振り向かなかった。置いて行く、リードのことも。
長かったー……!! やっとクーデター編終了です。次から本格的に音楽戦争はじまります。




