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22:添星のファング

 「使い魔、変な顔してるけど何? そろそろ盛り上がってきそうな所なのに」


 ティーカップを持ちながら渋い顔をする俺に、お嬢様は首を傾げる。確かにこれから色々怒りそうではあるのだが……如何せん、ある単語が気になって仕方がない。


 「いえお嬢様。第二公のお心が文章さえ歪めているのは解っているのですが……この×××というのはいい加減我々としては読み辛い上に感情移入しにくいのでは? ×××メンバーそれぞれの名前とかどうやって表記するんですかこれ」


 宿敵が×××って。格好付かないのではないか? そんなやる気がないところが実に第二公らしくはあるのですが……一傍観者としてはもう少し格好付けて欲しいと感じてしまう。


 「そうね一理あるわ。でもね使い魔、色々と面倒なのよ人間の世の中ってのは。これがデジタル禁書の憂き目に遭うとも言い難いのよ。私はあくまで傍観者であり、何処の人間に肩入れするとか特定の主義主張を叩こうとする気は全くもって今の所はないわよ。魔王としては基本的に人間滅びて堕落してなんぼなところあるじゃない? 人間なんて皆ある程度愚かで、ある程度愛らしく、どうしようもなくどうしようもない奴なのよ。好き嫌いはあっても夏休みの蟻の観察みたいなもんよ。この蟻良い黒光りしてるわねーと褒めたりはあるかもけど」


 相手は腐っても魔王。腐ってる魔王。そのフォローもどうなのかと口にするのも野暮だろう。そうですね。今のご時世色々面倒ですからね。一応これ近未来で現実のあれこれには関係ありませんなわけですが。


 「そうは言いましても……何とかもう少しどうにかなりませんか? 例えば×××を別の言葉で聞こえるように、とか。スリーエックスとかサンバツとか」

 「何処の言語でそれ読ませるかによってまた面倒なことになりそうなのよ使い魔。でもそうね……色々渾名付けたがる子が居たわね。ちょうどその子が出てきた所よ。名前はそっちで良いとして……うーん、×××の方はヒロイン達の方から持って来ようかしら。使う回数多そうだし…………そこに古代語を混ぜてフィクション感を盛り…………」


 答えが決まったのだろう。ほんの少し手を加えましょう。より物語らしく聞こえるように――……。そうお嬢様は微笑んで、羽ペンの羽根で本をなぞった。


 *


 「な、何が起きたアル!?」


 踏みつけて来る足を退かしながら、二胡は爆風の向こうに目を凝らす。そこでは鈴篠が、ケタケタと愉快そうに笑っている姿。胴体の半分が吹き飛んでいるというのに、どうして笑っていられるのか。答えはすぐに見つかった。彼女の身体からは、血の一滴さえも流れない。


 「ふ、ふふふ! まぁどうしましょう! こんなに壊されたら……事務所に怒られてしまいます。一定の仕事の成果を上げないと大変だわ」

(機械、人間!?)


 欠損した彼女の身体からは火花が飛び散り、所々ショートしたパーツが覗く。二胡は、今見ている物を受け入れられない自分に気付く。悪い夢ではないのか? と……そんな風にさえ思う。


 「貴方達が隠蔽しようとしたあの事件に……我々は真実を知っている。うちの情報網を舐めないで」


 加勢? に来てくれたのはどうやらТро́йкаの末娘。名前はええと……確かカチュー…………カシューチャ? …………カチャーチュー――……カチャーシュー。忘れた。語感的に叉焼でいいアル。確かそんなはずネ。


 「助かったアル、叉焼(チャーシュー)

 「もう一回踏まれたい? 感謝の気持ちが感じられない」

 「助かったアル叉焼娘娘(ニャンニャン)……って撃つなアル!」


 咄嗟に避けたが、本気で撃ってくる奴があるか! 感謝の気持ちとして女神的な敬称を付けてやったのにとんでもない娘め! しかし至近距離で避けるとは流石我。ではなくて、この娘……わざと外した?


 「ちっ……」


 舌打ちの様子を見るに、弾切れか。空になったリボルバーを恨みがましく彼女は見ている。


 「お姉さんと違って少しはやると思いましたが、もう頼りの武器がないようですね」

 「馬鹿にしないで。貴女を完全に黙らせられる装備はあるわ〇〇」

 「〇〇……?」


 歌姫〇〇【円が2】――……歌姫〇〇(ユアンリャン)。×××【×三人組】――……X-Trion(イクストリオン)の元歌姫。確か彼女は二年前の事故で死んでいる。今は三人だが、X-Trionは元々四人組。その名を此処で聞くとは思わなかった。


 「あれは歌姫ユアン。まだX-Trionには彼女の姉がいる。貴女彼女をそっちと間違えたんじゃない? 双子のように顔がそっくりだから」

 「そもそも二次元あるある判子顔現象よろしくX-Trionは美の究極系の方向が統一化され過ぎてて正直見分けつかないネ。センター以外丸刈りか弁髪をオススメするアル。個性は大事アル」


 私としては鈴篠の頃の薄化粧の顔の方が好みだ。控えめな美があり私を際立たせる。


 「小鈴……ユアン。お前……そんなになってまで、歌いたかたアル?」


 事故で身体を失って、機械になって。それでもまだ歌姫でいたかった? 


 「何言ってるんですか? 私のことは関係ありません。私は事務所の指示通り仕事をしているだけです」

 「嘘アル! お前が唯の人形なら……お前の歌、誰にも届くナイ! まだ人間アル!」

 「はっ! 貴方に私の何が解ると」

 「解るアル! 小鈴の歌……一番近くで聞いていたのは我ネ!」


 半壊したユアンに駆け寄り、涙ぐむ私。その背後から現れた叉焼娘娘は、頭上の配水管に手榴弾を投げ……私ごとユアンを狙い水を降らせる!


 「何するネ!?」

 「熱源反応。爆発の予兆かも知れないし、怪しい動きがあったからとりあえず」

 「とりあえずで人殺すアル!?」


 咄嗟に反応できなければ我まで感電して死ぬところだった。そう文句を言うが、聞入れられない。都合の良いタイミングで言葉が通じない振りをするな。


 「私の仲間がこいつに殺されている。……尋問するのに首だけ持ち替えれば大丈夫でしょ。センサーに反応なし、頭部には自爆装置がないようね」

 「ふ、ふふふ! 歌姫ローザの仇討ちですか!? あはははは! それだけ手柄を取っていたなら事務所も満足してくれますね。わざわざ伝言ありがとうございました!」


 最後にユアンは勝ち誇り、稼働を停止する。


 「小鈴……あああああ! 何てことするネ!?」


 涙ぐむ私の隣で、壁からもぎ取った鉄パイプを叩き付ける叉焼娘娘。ユアンの頭部を殴打し叩き割り、内部から小型の装置を取り出しまたもや舌打ち。


 「こいつ、まだ死んでいないと思うわ。気をつけなさい。無駄に多様性な貴女の組織には、他のボディで紛れ込んでいる可能性もある」

 「怖いこと言うナイ!」


 彼女が無事ならば嬉しいが、此方の命を狙っているなら喜べない。名前を変え、顔を変え……近付いてくる。もう近寄っている。人を信用出来なくなりそう。昔の自分に戻ってしまう。そんな風に歌う歌は……きっと、楽しくないのだろう。嗚呼、そんな時だった。


 「歌――……?」

 「こんな地下まで? 音響設備が復活した!?」


 何て楽しそうな歌。歌っているのは……男。仲間に裏切られ、仲間を失って……これからの未来に落ち込んでいる。そんな私の気持ちさえ無理矢理浮上させるような……騒がしくて楽しい歌。


 「969メイカー――……」


 叉焼が呟く名に私は飛び上がるほど驚いた。ああ、確かに彼の声。何かで聞いたことはあると思う。でもこの歌初めて聞く歌。

 三強には属さない、イレギュラーな組織。それでも三強さえ凌ぐ影響力を持つ男。対峙した多くの敵を味方にした男。その男を手に入れれば……現状を変えられるだろうか? ユアンを取り戻すことも可能かも。歌で世界を変える男が味方になったなら――……!?


(あと、サイン量産させたら資金わんさか稼げるネ)


 目を輝かせる私の傍ら、叉焼娘娘は苛立っていた。彼の歌に気に入らない箇所があるのか? それなら良い。Тро́йкаは彼に手を伸ばさない。この場を脱したら、色々策を練るとしよう。クロウを手に入れたら、folcloreが三強入りも夢ではなくなる!


 「“夜よ、オデット”」


 野心に燃えていた所、叉焼娘娘がまた何かを言った。


 「何アル?」

 「差し詰めあいつが妨害電波の原因の一つ。通信機、復活してるわ。貴女は報告しなくて良いの?」


 *


 飛び降りて間も無く、開いた小さなパラシュート。布は目立たぬように特殊迷彩で作られている。音も気取られぬよう、カチューシャは屋上を目がけて手榴弾を投げておく。同じやり方で侵入する階より数階上に爆薬を投げ、窓を蹴破りビル内へと再侵入。片耳を覆うヘッドセットから聞こえた通信は……冷淡な機械音声で短く告げる。


 《白鳥ハ湖二》


 それの意味するところ……階下を守るローザの身に何かがあったと言うこと。自分は見捨てろと言うにも等しい作戦名。


(私まで、イーリャと同じ扱いなの……?)


 貴女にとって私は妹かも知れない。それでも彼の姉なのだ。同じ気持ちもよく分かる。私が彼を大切に思うよう、貴女が私達を愛してくれていることは。


(姉さん……そこまでする必要ないのに)


 私は貴女が私を思ってくれるほど、貴女を大切に思わない。イリヤのためなら貴女を見捨てる。今ここへ来たのは……イーリャが悲しむから。それだけなのに。


 「……Дурак(馬鹿)


 カチューシャは、一人呟く。自分自身と他の誰かに向けて。ローザはとの合流をするはずだった下層フロア。そこに姉の姿は見えない。あの女……一方的に本部に作戦を伝えた後は全ての回線を切っている。敵に気付かれることを恐れてか。


 「Дурак(ドゥラーク)は、貴女よ。何ですか仮にも姉を馬鹿呼ばわりとは」

 「!?」

 「ふふふ、生憎まだ……生きてますわ。私、最後に踊る相手は……殿方と決めてありますの」


 笑うローザは血塗れで、手には旧式の回転式拳銃。オートロックが掛からない、彼女の切り札。


 「あれを使ったの!? 本物のДуракだわ! もっと別の方法が」

 「もしこの一発が祖国の意思に反するならば、私が私に引き金を引く。その覚悟はあります」


 こんな時も余裕面の姉には呆れるが、肩を貸し立ち上がらせればすぐにその手を遠ざける。一人で歩けると言う強がりも、様になるのが憎らしい。


 「さ、折角来たのだから手伝って貰えると助かるわ? 急所に当てても死なない辺り、X-Trion……あの歌姫唯の人間ではありませんわね」

 「ローザ、それって……」

 「相手の機密情報くらい奪わないと。此方の味方が奪われた分以上に。私は折角ですからこの怪我を利用しようかしら。借りは返す主義ですの」


 支える姉の身体は温かい。その温もりに、カチューシャは安堵した。何処か悔しさを感じながらも。


 「珍しく私を頼ったと思ったのに……こんな時も妹扱い」

 「ふふふ、一人の兵士として頼りにしてるわ。……でもね」


 それ以上、ローザは何も口にはしない。そんな姿も憎らしかった。

 彼女を支え、しばらく通路を進んだその後に……姉の身体がビクリと震える。


 「…………ローザ?」

 「エカテリーナ。状況が変わったわ」


 暗視鏡で何かを目にしたらしい姉。彼女は落ち着いた声色で、私に一つ……お願いをした。頭のそれを私へ握らせながら……


 「一人の兵士として……立派な貴女に頼みたいことがあるの」

 「解ったわ、……姉さん」


 *


 化け物とはいえ、エネルギーは必要だ。ベゼルは情報を書き換える傍ら、各フロアの電力を吸収し自らに蓄積。

 こいつは機械だから暗闇も見える。視覚情報リンクして、ベゼルは俺のVR機能付きサングラスにも送り付けることまで出来やがる。国家予算幾らこいつに注ぎ込んだんだ親父。野党から叩かれるぞ。ロックは不安になりながらも、ボディガードに感謝する。

 これから大勢乗り込んでくる。なるべく犠牲を減らすよう、支配下エリアの扉はロックした。窓からの脱出を支援するため、残したメンバーには外でも仕事をさせている。

 敵はRAnkabutだけに在らず。敵はこの夜の内に仕事を終わらせたい。そして姿を見られたくも無い。故に目撃してはいけない。

 俺は……「なるべく犠牲を最小限に留めたい」。そんな願いを口にしたところ、ベゼルは最適解として上記の作戦を導き決行。


(間に合った……クロウ)


 相棒が生きて居たことに、ロックは胸をなで下ろす。安堵すれば涙腺も緩む。汗を拭う振りで袖で涙も振り払う。後はもう、顔を上げていつも通りだ。……いや、いつも通りでもない。こいつはこんな大怪我してるし、俺は馬鹿みたいな衣装のままだ。あいつが用意した衣装に着替える時間も惜しい。だから情けない格好でも、俺は走った。これまでのことも、これからのことも……後悔はしていない。ピンチだとは聞いていたが、ここまでだとは。


 「くそっ、くそっ! くそぉおおおお!! 貴様等何をしたっ!!」


 機械に痛覚はない。あいつはそこを逆手に取った。専用のナイフや弾丸でも良い。クロウの演奏による爆音で、ベゼルの攻撃は成功していたのだ。それでも念には念を。既にこの建物内の機械は支配下に置いたが、こいつは停止させた方が良い。


 「やれベゼル!」

 「“ Welcome to my home. System outage! ”」


 ベゼル言葉に反応し、撃ち込んだ弾が一度光って……機械兵士は糸の切れた人形に。一昔前に家庭内の電化製品統括するAIが流行った。

 ベゼルはあれを応用した兵器。指示系統は自宅に留まらず、こいつは何処でも自分の家に出来る化け物で、息吸うよう機械達を支配する。メインシステムを殴って乗っ取らなくとも、片っ端から従えて……他人の家にもう一軒自分の家を築いてしまう。後は陣取りゲーム。

 こいつ以上のクラッカーは恐らく地上の何処にも居ない。直接乗り込んで来れば、どんな機械でも自在にプログラムを書き換える。仕組みとしては対象に破壊装置を組み込むことで、クラッシュさせて命令を塗り替える。そのため、遠隔操作では行き届かない状況も多く……直接乗り込む必要があるのだそうだ。最高峰の技術結晶体の癖に変なところがアナログ。これで俺の言うことを聞いてくれれば助かるが、あいつは親父の命令しか聞かない脇腹の棘だ。


 「ロック……助かったよ。あ……えっと、な」

 「クロウ、解ったか?」


 いつもの調子の口調を止めて、俺はあいつに訴える。肩を貸して立ち上がらせた男は、とても気まずそう。当然だ。こいつは知ってる。ここまで満身創痍なのは初めてでも、これまで何度だって死にかけたことがあるのだから。


 「お前は英雄だ。けど、……お前の身体は人間だ。一人で出来ることに限界はある」


 俺の強い口調に、あいつは罰が悪そうに……小さく言葉を返して来た。


 「悪ぃ……」


 違うな、お前はそれは理解している。理解しているから一人で無茶をした。俺を遠ざけることで、俺達の味方は混乱する。俺もお前もいないんだ。支持者は味方。俺やお前から頼まれたことは果たそうとはしてくれる。だけど、それに囚われて……自分で考えることを止めてしまうんだ。

 生きた英雄であるお前。お前に選ばれた俺の言葉は届いても……互いの言葉を交わせば内分裂してまともに機能はしなくなる。その混乱こそが、お前が残した“防御壁”。

 乗り込んで来るのがこの国の勢力でもあると仮定するなら……目的のためであれ、これだけの民間人を殺しては彼方に分が悪い。

 責任はお前。それでも一人一人が自分の頭で行動するなら、全員が反逆者とはなり得ない。逃げ出す者も出てくるはず。


(それを……俺達が煽って、壁の多くを武器へと変えたんだ)


 クロウの望まぬ結果だろう。それでもそれが、俺達の総意だ。


 「クロウ…………お前の力は、お前一人の物じゃない」


 人は一人で英雄になれない。お前に従う者、憧れる者……認める者がいて初めて人は人を超えるのだ。お前一人きりじゃ、お前は唯の人間だ。


 「自惚れんなクロウ! お前が今まで無事だったのは、俺やファンが傍に居たからだ。一人で戦おうとするな!」

 「ロック……そうだな。……そう、だったな。すまん。…………でも本当に助かった。どうやってここまで?」

 「此処にいる全員にお前は感謝するべきだ。その中でも功労者は……あそこのベゼルと、ここには居ない舞姫だよ」

 「お前が一番の功労者じゃないのか? ……って、そうそう! あの子誰だ? お前のファン? え、舞姫……? ローザはどうした!? なんか足下から嫌な予感がするんだが」

 「正解じゃね?」


 階下の騒がしさ。それは間も無く上へ上へとやって来る。きっと朝が来る前に――……

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