21:不揃いのドゥエット
「おまえ、俺のこと嫌いだろ」
あいつとは小さな頃から何度も喧嘩をしたし、その度に出る俺の言葉にリードは何も答えなかった。
「シュリーのこと好きだろ」
「………………………………」
これにもやはり何も答えない。答えれば不味い問いかけ……しかし沈黙が答えになると解らなかったのか? ああ、でも……入る名前を入れ替えたって、こいつは同じ答えを返す。沈黙を。
「嘘吐くの下手だよなおまえ」
「そんなはずはありません」
そこは即答するのかよ。吹き出したら俺の負け。そうやって喧嘩は終わる。
「やらないからな」
「僭越ながら、それをお決めになるのはフォルテ様ではないのでは?」
牽制されても真っ直ぐに……リードは俺を見つめ返す。主も臆さず物を言う。そんな所は気に入っていた。いっそ嫌ってくれる方が、何も偽らずに接することが出来るから気楽でもある。そうだ。あの片割れなんかより余程、お前の方が居心地が良い。お前が俺を選んでくれた時、正直なところ……嬉しかったさ。
あの子以外を愛せるのなら、別に誰でも良かったのかも知れない。あの子を傷付けないように……変わって行ければ良いと思った。それでも人の心はままならぬもので……
「フォルテ様! お久しぶりです!! 今日は其方の姿なんですね好きっ!!」
好きになってくれる人を、好きになれたら良いのに。
だけど、あの子は私を見ていない。その前に彼女の感覚は受け入れがたい。
「だからすぐ抱き付くなバレルっ! こっちは歌姫なんだぞ!!」
「きゃっ……! そんな冷たいところも素敵!」
生前の彼女は、何度突き放してもめげない奴だった。そういう悪い点は、全く変わっていない。それでも昔は良いところも可愛いところもあったように思う。思うが……彼女を遠ざけたのは、歌姫という立場が全てでも無い。
スキャンダルにならないように、リードとバレルは変装もする。基本的には主が演じる性別と同じ姿で付き従った。私とシュリーが同時に同じ性別を演じることはほぼ存在しないから、バレルと私は見た目の上では異性であることが殆どで。こんな風に出会い頭に突撃されては問題しかない。彼女が本来は女性であっても、手荒に撃退する必要がある。
「やれリード」
「はい」
「ぐああああああ! そこで殴る!? しかも銃で!! たった二人のきょうだいに対して容赦なさ過ぎっ!」
「ちっ!」
私は指を鳴らして組織の黒服達を召喚。バレルを別室へと連行させた。
「……バレル、シュリーとは上手く行っているか?」
「もう! 久々に昔なじみに会ってすぐそれですかー? ……うまくやってますよ?」
「シュリーに少しでも嫌がらせをして見ろ。即日始末する」
女は信用出来ない。一番星になるために……他人を蹴落とすためならなんだってやる。しかし男も信用出来ない。魅力的な少女が傍に居て、何も思わないような相手はそうそういない。歌姫が生きる世界はそういう汚れた場所。……だから、私はシュリーだけは守りたい。あの子だけは、歌姫になんてさせたくなかった。最初から……私が代われたら良かったのに。
「家族のように生まれ育った幼なじみに対して酷すぎません? ……でもそこが好きっ!」
バレルはそれでも扱い易い。此方への行為を利用してやれば良い。今度は抱き付いてくる彼女を咎めず、軽く頭を撫でてやる。動物のようだ。それだけで今日は満足してくれたのか、咽を鳴らす猫のようにバレルは目を細める。
「物好きだな、お前」
「貴方は酷い人だから……こういう甘さが、病みつきになるんです」
嬉しそうに笑うバレルは可愛い。それでも……それ以上は何も思えない。
バレルがシュリーに信頼されていることは知っている。でも、バレルはシュリーをなんとも思っていない。そこが怖いのだ。“俺”に嫌われないため、好かれるためにシュリーを利用している。外堀埋めだとしか捉えていない節もある。こんなことならリードを彼方に付ければ良かった。誰より大事な子を、誰より信用できない相手に任せる歯痒い気持ち。私は弱みを握られているに等しい。
(こいつが好きなのは……あくまで“俺”のことなんだよな)
“私”のことなんて、どうでもいい。“私”を完全に塗り潰して、“俺”にしてしまおうと考えている。それが恋する乙女なんて言葉で片付けられて堪るか。本人にとっては殺人事件と同義だぞ。
(“私”は……)
“私”は逆なんだ。シュリーを傷付ける“俺”なんか、死んでしまえば良いって思ってる。だけど……私が誰より殺したい相手を、バレルは何より愛している。そんな彼女を“私”が好きになれるはずがない。
「それで? お前は本気でこんな風にふざけに来た訳か?」
「あれは挨拶です。本題は此方から……」
仕事の話になれば、こんな風にじゃれつけはしない。渋々身体を離したバレルは、懐から書状を取り出した。渡されたそれに目を通せば、中身は実にくだらない……あちら側らしい内容。
「そちら側のトップは耄碌したか? 三強同士が手を組むなんて現実的じゃない。均衡が崩れればすぐに戦争がおっ始まるぞ。しかも×××と手を組むだって? 無理だな。文化圏が違い過ぎる」
「そんなことありません! Barock圏内の他陣営好感度調査ではТройкаより断然×××! 老害は知りませんけど、中高年も若者もかなりの者が陣営に好感を示しています!」
「それメディアの影響受けた連中だろ。流されやすい奴らは味方になっても信用出来ない。いざって時には敵になる。敵に好感抱かせるより、もっとこっちで骨抜きにしなきゃ駄目だろ? 何処かと手を組むにしろ時期尚早だ」
「そんなことないです! 貴方に一途な私も×××は好きですもん! 今度CDお貸ししますね!」
「尚更信用出来ねーしそんなもん要らん! お前他陣営のCDなんか買ってるのかよ馬鹿っ!」
「え、いやほら! 敵を知ることも大事じゃないですかー! 勿論一番はフォルテ様ですよ! 唯、別腹で憧れるなーっていうか、何ていうかそんな感じで」
ミイラ取りがミイラになってどうする。この馬鹿バレルは、敵陣営の情報を集める内すっかり敵のファンになっていた。どうしようもないなこいつ。
「お前、公費で旅行行きたいだけだろ」
強く頷き掛けた後、バレルは焦って否定する。もうバレてるぞお前の考えはほぼ。
多少お茶目ではあるが、敏腕執事のシュトラーセから……こんなアホが生まれてしまったのか。リードに全部取られた出がらしなのか? 顔の作りは同じだが、無表情の可愛くないリードより、普段から笑っているバレルの方が見た目は愛嬌がある。一般的には可愛いとか美形の部類に入るだろうに、この性格は酷すぎる。
「あっちのブランド、現地の方が安いんですよ関税とかあれとかの関係で! ほーら! こんな可愛いのシュリー様に着せたくありません? このデザインセンスの彼方と手を組んで彼方の音楽風に可愛く歌ったり衣装がセクシー路線になったシュリー様が見たくないと!?」
「見たいけど駄目。俺以外が見たら両眼抉ってから殺す。あとシュリーに他国の服なんか着せられるか。隷属したって舐められるぞ」
「きゃっ、発言がグロいところも素敵!! でももうこれ話決まってるんですよね。てへっ。親交を深めるためのツアーがあってですね、もう訪問日程も旅費も組まれています」
「今すぐ止めさせろ!!」
「フォルテ様はそうだと思いましたので、今回はシュリー様単独ツアーとなりました。此方のトップが決めて事ですから、シュリー様の行動をフォルテ様側が縛ることは出来ません」
「馬鹿かお前は! 本当に歓迎されると思っているのか!? 弱み握られるに決まってる! 暗殺される可能性だってある! うちの国に他の三強が来てみろ! 俺ならそうするし最終的に始末するぞ!?」
「大丈夫大丈夫! こう見えても私強いんですから! リュール様に見直して頂けるよう頑張ります!」
あのアマ、わざと危険な場所にシュリーを放り込んで、自分の株を上げるつもりだ。予めそんな計画教えられても好感度がもっと下がるわ! でも“俺”のシュリーはピュアだから、「ありがとうバレル!」ってもっと信頼しちゃうんだろーなちくしょー!! 俺が傍に居られないばっかりに、こんな女に騙されて!!
あの女が去った後、ボスに頼んですぐに空の便を手配した。
「リード、此方からも精鋭を飛ばせ。シュリーに害為す奴は始末できるよう、気付かれない位置から狙撃させる」
そして……あの“事件”は起きた。表向きは不幸な事故だが、×××とBarock……両陣営の思惑に大勢踊らされ、双方に犠牲が出ることになる。情報戦でも此方は奮闘したが、あの事件を×××と紐付けることは叶わなかった。素直だったシュリーが、時に私に……俺にさえ譲らない意志の強さを持ち出したのは、あの頃から。
バレルの死については、シュリーは目の前で目撃している。しかし未だその真相については半分も知れてはいない。リードは……全てを知っている。それでも私の、傍に居た。
「リード……その、今回のことは…………残念だったな。花は贈っておく」
「いいえ、マイロード。これで私は…………全ての弱みを失いました。より強く、貴方をお守り致します」
だから……とても言えるはずがない。片割れを失った悲しみを、リードは忠誠心に変え……誠心誠意仕えてくれたけど、私はあいつが死んだと聞かされた時……心の何処かでほっとしたんだなんて。
(リードが俺を裏切ったのは……)
俺のそんな気持ちが伝わっていたからか? そんな風にさえ思う。
俺には自信がなかった。どうしてそこまで俺に仕える? 昔を思い出せ。恨まれるようなことばかりしてきただろう? 俺はお前に何もしてやっていない。リード……お前を見ていると何かがチラつくんだ。嫌な気持ちになる。だから私は……私を選んだ。“私”なら……貴方のことも、好きになれる。もっと素直に信頼出来る。シュリーのことでお前と争ったりしない。積み重なった信頼が……何時か私を変えてくれると信じていた。
「フォルテ様、御髪が乱れております」
「時間ないんだから、そんなの言う暇あったらさっさと直しなさいよ」
「ではご遠慮なく」
なんか変な気分。数年前からは想像も付かない二人の姿が鏡に映る。こんな奴に身支度を調えられてじっとしている俺。嫌な顔一つせず従うあいつ。お前が好きなのは、シュリーなのにな。時々とても優しい目で私を見る。
あの子の面影を、私から感じ取っていたのかな。あれはシュリーを見る目か。気付くと少し寂しくて、鏡の私は不機嫌な顔。
一度は殺そうとした“俺”を、私は仕事で演じ始める。昔よりは落ち着いている。“私”が根本にあるのだもの。それでも服を着替える度に、心が不安定になる。どちらの私が、本当の気持ちなのか見えなくなりそうで。いや、それならまだ良かった。次第に私の心は混ざり合い……切り離せない物になる。
男の姿をしていても、私は私の心があって……女の姿をしていても、押し殺した俺が時折浮上する。
「リュール!」
「シュリー……!」
バレルを失い、あの話は消えた。教会側も自陣営の結束強化に方針変更したのか、以前よりもシュリーの傍に居られることが増えた。仕事で会えるのが嬉しい。だけど時折……“俺”が出てくる。私の傍で安心しきったその顔に、手を伸ばしたいと騒いでしまう。
(シュリー…………)
可愛いお前は何も知らない。あの日のように……きっと私の全てを知っても、この子の瞳の輝きは色褪せない。この子は決して私を否定したり拒絶したりはしないんだ。
そんなこの子を愛しいと思う。どうかそのままで、“私達”なんかに傷付けられず汚されず……美しいまま笑っていて欲しい。私にとって、シュリーだけが…………この世に存在する“美しいもの”なんだから。
「あっ、リード…………その、久しぶり……」
「ええ、そうですねクラヴィーア様」
そんな“美しい”あの子が、時折揺らぐ。バレルの一件以来、リードとの仲はぎこちない。引き裂こうとした二人がいざ、こんな風になると苦しくなるなんて……私は身勝手と言うより他に無い。シュリーと離れた後で、私はリードに聞いてみたんだ。
「あのさリード。シュリーのこと……嫌いになったの?」
「仕事に好きも嫌いもありません」
「だから嫌いな“俺”に仕えてくれたのか?」
「仕える者であれ、私も人間ですから選ぶ事は出来ます。貴方を嫌いになったなら、このまま引き金を引いてやりますよ」
リードは自分の額に銃を押し当て笑って見せる。シュリーの前でも見せないような微笑をもって。
疑い試し、聞く私。懲りずに答えてくれる彼。過ごした時間は何時からか……そういうことの積み重ね。それが続くと、私にも……新たな気持ちが芽生え始める。大嫌いだったはずのこの男が……信頼出来る仲間から…………それ以上の相手に変わる。
(リード……お前になら)
誰より大事なあの子を、誰より大嫌いな自分から……俺さえ納得出来る形で奪ってくれるんじゃないかって。そう思った瞬間、馬鹿だと思った。すっかり“私”になりきった私は、予定以上にこの使用人が好きになってしまっていたのだ。
私の罪を、私の汚れを誰よりよく知るこの者を。同じ闇を共に見た者として依存した。矛盾した俺と私が言い争う。殺してしまえ、ずっと傍に居て欲しい。頭がおかしくなりそう。私は誰? 俺は何なんだ?
あの子のため、喜んでこの身を人形と変えたのに。誰より愛したあの子を……僅かでも憎んだ“私”を許せない。だから女は信用出来ない。こうやってすぐ……蹴落とそうとするんだから!
(ごめんね……ごめんねシュリー)
貴方を傷付けた俺を私は許せない。貴方を憎んでしまった私を俺は許せない。死んでしまえば良いのよ、死んでしまえば良いんだ。俺なんて、私なんて……いなくなって、しまえば良い!
こんな私の葛藤も、シュリーは何も知らない綺麗な目。そんな目で私達を見ないで。もう、耐えられないんだ。その目に映る私自身が、とても醜く見えて辛いから。ずっと傍に居たいのに……その目でこちらを見ないで欲しい。消えてしまえ! 寂しい……傍に居て。同じになって。私の全部を知って、それでもまだ……美しいままの貴方でいてよ。それでやっと私は救われる。でももし軽蔑されたら? とても私は生きていけない。
(だからね……シュリー……)
何も知らないまま、私と一緒に死んで。あの日のように、目を閉じて。
そんな自分の気持ちにぞっとした。胸の中に押し殺し、必死に笑顔を取り繕って……そうしてみても、一度芽生えた気持ちは消せない。
「リード……命令だ。俺を殺せ」
「……出来ません」
「お願いだっ……お前にしか、頼めない」
「フォルテ様、仕事のことがお辛いならば……私が話を付けてきましょう」
「こんな傍に居てっ……何も解らないのかよ! そんなことじゃないんだよ!!」
そう、それだけじゃない。それだけじゃないの。
リードが目を離した隙に、私は一度試みた。あれが失敗。私を繋ぎ止める枷を上は必要とした。その枷は、暫し私を現世に繋ぎ止めはしたけれど……死の誘惑、その香りは日増しに強くなる。
歌は私に愛を説く。顔も名前も知らない人々に向けての愛を歌わせる。私には何もないのに。俺を、私を……本当の意味で愛してくれる人なんて、誰も居ないのに。歌う言葉が耳から注ぎ込まれる毒になる。自分にはない物を歌い、それに焦がれる。
もう限界だった。これまで守ってきた物も、築いた全てを壊してやりたい。目に映る物……全部が憎くて堪らない。敵意と悪意ばかりが見える。あの時出会ったあの人は……リードを思わせる漆黒を纏い、私の前に現れた。リードさえ、シュリーさえ言ってくれなかった言葉と共に。
*
この国で再会した時……ライブ会場で、私が男の格好をしていたのにリードは女装していた。彼らしかぬミス。
謎めいたあの男……ウェルメイド。あいつは他人に辛辣だが、それでも女相手にはほんの少しだけ甘い。お互い第一印象は最悪なようだし、それならリードを女と思わせた方が良いかとそのままにさせたが……もっと早くに気付くべきだった。リードは此方の情報を掴む以外のことに、時間を思考を割かれていると。
(馬鹿なのは……いつも私だ)
かつてこんな状況ならば、私は赤面していただろう。しかし抱きかかえられても今は何も思わない。緊迫した状況で、“俺”が強く出過ぎたか。それとも……あいつの存在か。
「リード……」
「フォルテ様、お静かに」
暗闇の中、フォルテは息を潜める。移動中は取り付く島もない。ようやく相手がまともな会話をしてくれるようになったのは、控え室らしき部屋へ辿り着いてから。
スタジオを逃れた後、リードは私を何処かへ連れて行こうと進んでいたが……突然電気が消えてしまった。あいつに何かあったのかと不安になるも、リードは私を放さない。仕方ない……小声で私は問いかける。
「……この状況、何か知っていることはある?」
「彼が作り出した電気……それをこのフロアの何者かかき集め、どこかで使っているようです」
「それでこっちが消えたのか。……たぶん、味方だよな?」
「断定は出来ませんが、抜け目のない連中がこの付近にはいたので恐らくは」
「おい、それって……? あっ!!」
私が追求する前に、辺りに歌声が響き渡った。局内のスピーカーに彼が歌を乗せたのだ。電気は消えても、クロウの歌声はまだ聞こえて来る。彼が動かす機材はまだ無事のよう。
(あいつ……)
歌はまだしっかりしている。でも演奏はボロボロ。あんな手じゃ当然だ。
「……私は戦える。あの状態のクロウよりはずっと強いっ……なのに、どうして駄目なんだ?」
「私さえ撃てずに抱えられたままの貴方では、あそこに居ても足手纏いです」
「私はもう大丈夫だ。お前だけでも加勢に行け。……従うか?」
「従えません」
リードは何故動かない? こんな場所に隠れた理由は何だ? この暗闇に敵が居ることを悟っているのか? 敵は此方以上に見えている? ローザの暗視鏡の様な物を私は持っていない。リードを確認して見るが、それらしき物は所持していない。どうしたものかと悩む内、ぱっと視界が明るくなった。
「…………電気が、点いた!?」
クロウが勝ったのか? と浮かれる私に、リードは静かに答える。
「いえ……今は様子を見るべきです。下が騒がしい。何時でも上へ逃れられるように致しましょう」
階段は目立つ。窓から上に登るつもりか? 確かに私達が潜む部屋には窓がある。方角は海……隣接するビルはないから射撃される危険も少ない。
「リード…………Тро́йкаに貸しを作りたい。乗せて貰えるか解らないが、あいつらは屋上にヘリがある」
「…………頼まないのですね。もうあの方には」
「お前が裏切ったって言うんなら、いい加減私も解る」
時間をおいて少し冷静になれた。全て投げ出そうとしたときは、本当に身体が軽かった。生きようとすることは大変だ。捨てようとした過去がまた、私を縛り付けに来る。逃れられない鎖のように巻き付いて、私を地べたに引き摺り下ろす。鎖に繋がれることで、私は信頼を買って来た。全ては、今更なのだ。
(それでも、私は――……)
まだ死ねないと感じている。可愛いシュリー……あの子が気がかりだ。決して手に入らないなら投げ出してしまおう、私の痛みを理解出来ないなら要らない! そんな風に遠ざけたのに……自分勝手なことだ。せめてあの子に幸せな未来が約束される瞬間まで、私はまだ生きていたい。死ねないのだ。私がやって来たこと、全てがあの子に降りかかる可能性……気付こうともしなかった。先程リードに言われるまでは。
「969メイカーにはでかい借りが出来た。あいつに何かあったなら……責任を取る。私はあいつの所に組することになるかもしれない。そうなりゃ……共に組織から追われる身だな、リード」
「…………フォルテ、様」
「その前に、けじめと……大掃除が必要になる。まだまだお前の力を貸して貰う。良いな?」
「…………甘いですね、良くありません。一度裏切った奴は何度でもやりますよ?」
「そうだな。フォルテ様のために、お前はな。シュリーにしたことは一生恨むけど…………こんな“俺”を、生かそうとしてくれたことは感謝する。でも、シュリーに傷が残ったらお前責任取れよ」
言えなかった言葉の半分をようやく口に出来た。喜び頷くところなのに、リードは神妙な顔つきで……その後に、不思議と穏やかに笑うのだ。
「取りたいのは山々なのですが……厄介な番犬を貴方に付けられましてね。先程も食い殺されそうになったばかりです。あの犬、撃ち殺しても構いませんか?」
「え?」
何かが少々引っかかる。それでもリードの言葉を噛み砕けば……あの二人が無事だと聞こえた。しかしそれ以上を問いかけようとする前に、扉の向こうが騒がしくなり、私達は息を呑む。
(クロウの歌以外に……なんだこの音は!?)
「どうせ僕ら灯りとか要りませんし、エネルギー貰いながらぶっ壊しますね」
「おいベゼルっ! もうちょいサイレントに」
何だ何だ? 扉の外を覗こうと、……するが扉が開かない。リードも珍しく焦っていた。隙間を開けて外の様子を窺っていたのに、騒ぎの直後に自動で閉じ込められたのだから。
「敵でも味方でも彷徨かれたら迷惑ですからね。僕一人で全て解決出来ますし。これってとってもロックですよねロック様?」
「それ唯の施錠じゃね?」
「はいはい、雑兵の皆さんは窓に注意して下さいねー! 爆弾魔以外は窓から来ますよ! それ以外は僕が仕留めます」
足音の数は夥しい。それもクロウの歌に掻き消され、正確な数は解らない。辛うじて騒いでいる二人の声が聞こえるくらい。
聞く限りではクロウの仲間。助けを求めれば此処を空けて貰えそうだが……駄目だ。すぐに戦闘が始まった。
フォルテ過去回。メインヒロインなのにこんなに病ませて良いのだろうか。いいんじゃね!?と頭の中でロックがゴーサイン出したのでゴー。




