20:敗者のラストソング
気がつけば、敵ばかりがそこにいた。戦い蹴落とし、勝ち上がり……私は歌姫となった。
国で一番の歌姫。そこに胡座をかいては居られない。誰より努力し、その座に相応しい者であろうと私は理想の偶像であった。何時からだろう。虚しさを覚え始めたのは。
『ニコちゃーん!』
『アルフちゃあああああん!!』
何時からか……私が見つめ、微笑めば……全てが私の虜になった。私が偶像らしかぬ事を言っても。私は周りを試すよう、少しずつ我が儘に……横暴になる。身の丈以上の言動は慎むも、私は憂さ晴らしの方法を見つけたのだ。
『私以外、黒髪なんて要らないネ。全員染めるか坊主にするアル』
どんなに歌が上手くても、どんなに綺麗な女であっても……数は正義、数は力。民の数が力に直結する。故にfolcloreで私が一番偉い。誰も私に逆らおうなどと思わない。媚びへつらい、機嫌を取り……私に可愛がられることを望む。傍で甘い蜜を啜ろうと。嗚呼、それにも飽きて来た。違う憂さ晴らしを見つけたい。そう……思った頃だった。
『そうですね、事務所に聞いてみます。ええ、検討します事務所が』
肯定しながら否定する。なんだこの小娘は。どんな嫌味を言っても凹まない。頷きながら何一つ私の言葉に従わない歌姫……神楽 鈴篠。私を褒めながら、私を出し抜こうとする。小細工なしの分かり易い悪意は、親密な冗談を思わせる。何処までが嘘で何処までが本音? 何だこいつは、底が知れない。嗚呼そうだ、何か面白い。その時私はそう思ったのだ。
私のサポートをそつなくこなす傍ら、暴走しがちな私を宥め妥協案を提案する鈴篠。彼女は私とそれ以外との橋渡しとしてfolcloreでは重宝された。鈴篠は一番人気ではないが、ここで確固たる地位を築いた。
『鈴篠……』
『何ですか二胡さん。名前で呼ぶなんて珍しいですね拾い食いでもしましたか? 駄目ですよそういうの調理免許が泣きますよ……って事務所が言ってました』
『相変わらずアルな』
私はあの女が心地良かった。小気味よかった。
『もうすぐ大仕事アル』
大仕事の後に、お前の国は故郷はなくなる。鈴篠は、国ではなく文化を残すことを良しとした。全て破壊し尽くされる前に、残せる物を残せるよう強者に降り謙る。そんな派閥から抜擢された歌姫だという。
私に付き従うのなら、国に良いように進言してやろう。思ってもそうとは言わず、私は代わりの言葉を口にした。
『……その後も、我を支えてくれるアル?』
『ええ、勿論』
物騒な言葉を続けて彼女が一度微笑んだ。どの瞬間とも違う微笑み……あの顔が忘れられない。自分以外の他人を可愛いと思ったのは……あれが初めてだったのだから。
*
『アルフさん、早速ですがお願いできますか?』
そう頼まれたのは一刻ほど前のこと。そう……「貴女にしか頼めない」などと言われたら折れてやってもいいだろう。
「全く人使いが荒いアル。我はセンターネ」
時間差で二胡は苛立っていた。苛立ちながらも渋々と、Barockからの指示に従う。ワヤンがやられたのは私の判断ミスだ。
(折角の美貌が台無しアル)
このfolclore一いや世界一可愛い私に、地下に行けとはご命令だこと。区画の一部を爆破された危険な場所に歌姫を送るとは正気の沙汰ではない。それでもろくに通信機器も使えないこの状況で。
『この建物は、地下に非常電源・熱源があるようです。そこに数日分の電気は残っています』
しかし停電したと言うことは、そことの繋がりを遮断されたと言うこと。原因は……
『敵に破壊されたか、もしくは貴女がたを助ける際の爆発による物と思われます』
そんな言い方するか、Barockめ……何て嫌な奴! しかしその可能性も否定できない。私達がいたのは地下B区画。鈴篠がいたのがD区画。地下電気室はC区画にあるらしい。B、D区画どちらにも隣接するため、爆発の影響で緊急停止した可能性がある。その確認と安全装置の解除に行けと奴は私に言って来た。
大勢で行くと目立つのは解る。しかし、せめてもう一人くらい来て欲しい。幾ら私が可愛くて最強でも、流石に一人というのは無理があるのではないだろうか? 私の不安を見てかBarockは、「貸し一つですね」と言わんばかりの表情で雑兵を一人だけ寄越してくれた。腹が立つ!! 少し前まで伏せっていたというのは本当か? 儚げな印象はどうした、交渉の席に着いた途端態度が別人のよう。それでもこの雑兵は有り難い、確かに私は電気設備については専門外だ。歌姫だし。
「で、どうアル? 直たか?」
私の仕事は雑兵をここで作業させるための護衛だったとも言える。地下に潜入した際に、この一帯の地図は頭に叩き込んでいる。案内役としては打って付けでもあったのだろう。
「ええ、何とか終わりました。見ていて下さい。ここをこうすれば……」
「何も点かないネ」
「あれ? おかしいなぁ」
「!?」
殺気を感じ飛び退ける! 小さなライトの薄暗闇で、雑兵は作業台から落下し血を吹き出した。灯りに向かって撃ち込まれたのだ。
「ネズミが一匹。あら、もう一匹……? 一人でお話なんて出来ませんよね? ねぇ二胡さん?」
(小鈴っ……!)
聞き間違えるはずもない。長くはないが共に歌って来た相手の声を。だからこそ蠢材なのだ。何故気付けなかったのか。この女が×××のメンバーであることに!
「趣味悪いことするネ、最初から壊せばよかたアル」
「あら。だって……事務所に言われませんでしたし。それに……希望とか可能性をばっさり切るよりも、残して目の前で握りつぶす方が素敵じゃありませんか? って社長が言ってました」
「いつもそうアル! お前の言葉は何もナイ!?」
他人を騙る見え透いた嘘。その毒舌は本心。でもそれも嘘の姿なら、お前は一体何者だ。
「我は……小鈴もワヤンも大事な駒……いや、部下……いや、子分思てたネ。笑うアル! この我が、あんな女のためにこんな場所まで来てやったアル!」
「そうですねー、それって二胡さんらしくありませんよね。爆発で頭でもぶつけたんですか?」
言葉が何も届かない。言語の壁が問題ではなくて、心の壁が高すぎる。虎の威を借る狐のように、お前は小物を装った。いつも私を持ち上げて、忠実な部下のような顔で……本当は私を馬鹿にしていたのか!?
「……一度なら許すアル。我の力で隠蔽してやるネ」
戻ってこいと、口にした。言葉も彼女に届かない。あの時のように嬉しそうに、愛らしく……鈴篠は笑っていた。私の敵として。
「言ったはずですよ二胡さん。私は、……“貴女の死に顔見るまで傍に居る”って! 今日がその時なんですよ!!」
「何で×××がっ、folcloreに入たアル!? それだけ我を恐れたアル!?」
「伏せて」
「!?」
感情を感じさせない小さな声が傍でする。直後に私は踏みつけられた!? 続く轟音! 至近距離で何やら爆発物?
「愚姉が世話になったようだから……御礼に来たわ」
「何してるネ! 小鈴が死ぬアル!! あと早く降りるアル!」
小柄な割りに重い影。どれだけの装備を携帯しているのだこの小娘は。
「たぶん壊れても、そう簡単には死なないわ。半分くらい人間じゃないんだから」
「壊……す? え?」
「私は姉より掃除が得意なの。とっても家庭的でしょ?」
誰に向けてのアピールだ。背中の荷物が可愛らしい声で笑った。
*
いまいち俺もノれてない。演奏に歌に集中出来ないのは怪我の所為だけでもなくて……色々考えちまうんだ。クロウは息継ぎ合間に溜め息を吐く。
恐らく設備自体は無事なんだろうな。少しの調整で電気は戻る。それでも戻らないと言うことは、発電所自体落とされた。辺りの街一帯が暗い以上そのはずだ。だが最悪のケースは、全部やられたって時。
此方の電気を奪う方法、それは簡単。物理的に破壊すれば良いのだ。例え発電所へのハッキングが成功しても……送電線を破壊されては意味がない。此方は自家発電だけで乗り切らなければならない。敵は、朝が来る前に終わらせるつもりだ。
例えその辺が上手く行ったとしても……実際に機材や照明自体を壊されたらどうにもならない。お手上げだ。例え爆音でギターを掻き鳴らせても、蓄電させることが出来ても……送り先が全部壊れてしまえば意味がない。
もうすぐ爆発するという機械女は黙って俺の曲を聞いている。観客として味気ない。もっとノって欲しいものだ。
「何だノリが悪いな」
「時間稼ぎで犠牲となろうという英雄の曲と動画を撮っているので、雑音が入ると高く売れないですから」
「おいおい、何てことしてくれるんだ。男クロウ様の一世一代の最終ライブを録音録画だと!? そいつは余りにも粋じゃねぇな! たった一人、あんたのためだけに歌ってるって言うのにさ」
音楽は世界を救わない。それでも人を救ったり変えたりすることはある。俺の命の灯火は、俺の歌にかかっているのだ。
「そうだな……それじゃ、とっておきを聞かせてやるよ。969メイカーの始まりの曲を。曲名は…………『Loser Rooster』、敗者の雄鶏だっ!!」
例えこいつが機械でも、遠隔操作で聞いている人間は居る。そいつに俺の歌を届かせる。戦ってこいつを無力化させるんだ。状況を変えるにはそれしか手がない。
「“真夜中に歌え負け犬鶏笑われても構わない俺のLast Song……っ!”」
「く、ふふふっ……自分で負け犬とか言って恥ずかしくないんですか? 負けフラグ自分でアピールして命乞いのつもりですか?」
笑ってんじゃねーぞちくしょう! 歌詞で笑えって言ったけどさ。思い出の曲馬鹿にされると腹立つぜ。
(この曲は……俺とあいつのために作った)
録音するならどうぞやってくれ。この歌が残るなら本望だ。この曲なら、機械の姉さんのため……だけじゃなくなる。なぁ、ロック。俺の最期の歌、最初の歌。きっとお前に響くよな。俺は最期まで笑顔で歌ってやるからさ、楽しく息抜いてやるからさ。湿気た面してんなよ。最高にロックでいてくれよ。最高に良い名前してんだからな!
《「一番に鳴けるのは、最高で最強の奴」と 蹴られながら聞いていた始まり檻の中で
朝焼けのStreet鳴き交わす歌声に唯 夢見ていたんだずっと小さなTerritoryで
顔色見て歌うような歌が本当に楽しいのか?
売ってやるNot white meat, not feathers, the only fight !
敗者の雄鶏さぁ歌え!
逃げ支度をしな! 負け犬雄鶏 Crazy, right? Are you crazy? Run like crazy!
誰よりも早く時歌えTrickster 続く夜を朝に変える俺がRooster
透明な檻の中飼い殺されていた臆病者 「いいか次に鳴いてみろ肉屋に吊してやる」
一番に鳴いていた 奴等から消えていった 黙って生きていても 時計は止められない
顔色見て噤むような 人生って最高に粋なのか?
売ってやる Not white meat, not feathers, the only heart !
敗者の雄鶏さぁ歌え!
目覚めたら一番にここから出て何がやりたいんだ? 答え探しに出かけよう時計の音に耳を澄ませて
真夜中に歌え時狂い雄鶏 You can't beat me. You can't beat that. まだまだまだ行けるぜ!
音のない街に掻き鳴らせCrazy beat 暗い夜を朝に変える俺は俺達はRooster's !
Loser Rooster ! Loser Rooster ! Loser Rooster's ! さぁ歌え! 》
「それで満足ですか?」
一曲歌いきったところで、女は冷たい視線を俺へと送る。能面クールに見えても笑ってもいた。勝負に勝ったという高揚感はある様子。俺は相手以上に勝ち誇った面で頷いた。
「ああ。大満足だ」
「では死んで下さい、負け犬鶏さん」
「仕事に忠実な女って格好いいよな。あんたなかなかロックだったぜ」
「煽てて懐柔するつもりですか?」
「違う。機械と人間の違いの話さ。あんたは立派な機械だって言ったんだよ」
「…………侮辱か褒め言葉か悩みますが、後者として受け取りましょう」
「ああ、そうしてくれ。さ、やれよ」
「……っ、おい……貴様っ! 何をした!!?」
爆発命令を自身に下す、それでも爆発は起きない。機械女は取り乱し、俺に掴みかかった。
「……機械と人間の違いはもう教えただろ? 人間ってのは、命令したって簡単に従ってくれない。俺の言いなりになんかならない。どんなにお願いしたってな」
英雄なんて呼ばれても、俺自身大した人間じゃないことは……俺が誰より知っている。人の限界を人より知っているだけ。だから踏ん張りが無理が利く。ギリギリまで足掻けるだけ。俺に出来るのは……行動しながら信じることと、祈ることだけ。
(誰も来るなよ。お願いだから……傍には来るな)
悔いはないように選択してきた。それでも思う。誰か傍にいてくれ、助けてくれよ。そんな俺の弱音に、気付かれる。口で行動でどんなに格好付けたって、最後の最期は思うもの。上手く笑えていると良いんだけど。
「Loser Rooster's は複数形じゃね?」
「……馬鹿、野郎」
気の抜けた奴の言葉に、笑った顔から涙が零れる。
「「そうだそうだ! 複数形だぁあああああああああああああ!!!!」」
「馬鹿のロックは兎も角、お前等まで来るかよちくしょう!! この大馬鹿野郎共!!」
どうやってここまで来た。外の守りはどうした。精鋭のファン達がロックと共に駆けつけてくれた。命知らずの馬鹿野郎共。俺一人の責任にすれば後は丸く収まるのに。
「格好悪いぞロック……着替える暇なかったのか?」
「クロウほどじゃねーんじゃね?」
「はっ、それもそうだ! それでこそ……お前は石頭だぜ!」
これだけ応援が来てしまっては、格好悪いところは見せられない。まだまだやれるな。やれるはずだ。それが《歌姫》ってもんだろう。観客の前で、情けない姿はさらせない。最高に格好付けてやる!
「もう一曲、アンコールはどうだ? Loser Rooster's勢揃いの方があんたに響く曲に仕上げるぜ?」
二胡と鈴篠、クロウとロック回。新曲仕上がったら小説進めなきゃってなりました。
【出典】Loser Rooster~敗者の雄鶏~
《歌詞》http://piapro.jp/t/uC_Z
《歌》 http://piapro.jp/t/7ULm




